二年前その5(瑞希視点)
(瑞希視点です)
私がののかと彷徨を見送り、売店で自分と半蔵の分の飲み物を買って病室へ戻ろうとしたところ、病棟にある談話室で半蔵のお母さんが泣いている姿が見えた。
お花の水を替えに行くと言ってから随分時間が経っていたため、どうかしたのかと近づくと、白衣の男性と話しているようだった。
「ぐすっ!! 本当に、もう半蔵はサッカーができないんですか!?」
という声が聞こえ、慌てて私は物陰に身を隠した。
(え? 今なんて言ったの??)
続いて主治医らしき男性の声が聞こえる。
「先ほども言いましたが、リハビリを頑張れば日常生活は問題なく過ごせると思います。体育の授業とか、遊び程度の運動であれば可能だと思います。でも競技スポーツなどの激しい運動は医師として認めることはできません。無理をすれば半身不随、車いす生活や、最悪寝たきりになることもあり得ます」
「そんなっ!! あの子はまだ十四歳なんですよ!!」
「十四歳だからこそ、です。今無理をしたら、それこそ一生に関わるんです。成長期ですから、リハビリをして問題なく日常生活を送れるようにして、何年か通院しながら様子を見ましょう。上手くいけば数年後には競技スポーツレベルで運動もできるようになるかもしれません」
私は買ったばかりの飲み物を取り落としそうになるほど動揺していた。
でもわざわざ談話室で話すという事は半蔵にはまだ伝えていないということだろう。
ここで私が聞いてしまったことがバレてはマズい。
そう思ってなるべく音を立てないようにその場を離れようとしたのだが、
「それもそうですね、じゃあサッカーは辞めさせます♪」
なんておばさんが朗らかに言うものだから、私は今度こそ飲み物を落としてしまった。
中身の入ったペットボトルなのでボトボトと地味な落下音だったが、私がここにいる事がバレてしまった。
「瑞希ちゃん!! 今の、聞いてたの?」
「え、ええと……」
私はしどろもどろになり、返答に困ってしまった。
「まあいいわ。半蔵ね、サッカー辞めさせることにしたから。今からあの子にも伝えに行くんだけど、瑞希ちゃんも一緒に行きましょう♪」
おばさんは先生にお礼を言うと、一礼して談話室から出て行ってしまう。
振り向くと主治医の先生も予想外の反応だったのか、呆気にとられた顔をしている。私も先生に一礼して、慌てておばさんを追いかけた。
「あの、おばさん。さっきの話って本当なんですか?」
「ん~? サッカー辞めるって話? 本当よ」
「いや、それもそうなんですけど、なんていうか無理をすると車いすとか……」
「それも本当。MRIとCTの結果が分かってね、レントゲンでは分からなかった所が思ったより悪い状態だったみたいなの」
「そんな……。で、でもでも、いきなり半蔵にそれを伝えていいんですか?」
すると、おばさんは立ち止まって私と向き合う形となる。半蔵がいる病室は目と鼻の先だった。
「ありがとうね、あの子の事大事に思ってくれて」
「え、あ、はい……」
「いきなり伝えたら、ショックを受けると思う?」
「そ、それはそうですよ!! あんなに一所懸命に打ち込んでたサッカーができなくなるなんて……」
私は病室にいる半蔵に聞こえないように、声のボリュームに気をつけて言ってみる。
「でもね、瑞希ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「サッカーができなくなるのは、もう変わらない事実なの。今聞いても、後で聞いてもショックは変わらないわ」
「で、でも……こ、心の準備とか。私だったらもう少し時間を置いて……」
「時間をおいて……何か結果が変わるかしら?」
おばさんは悪気はなさそうな顔をして残酷なことをしようとしているように私には見えた。でも、その眼は遠い昔を思い出すような、少し寂しそうな憂いを宿していた。
「私だったら、悪い結果は早く知りたいわ。人生なんて思うように行かないものよ? でも、人生には無限の選択肢があるの。あの子の年齢だったらなおさらね」
「…………」
「人生はサッカーだけじゃない。ましてや一生サッカーができなくなるわけじゃない。そりゃあ、あの子がプロを目指していて、プロになる夢が大きく遠のくとしても、それで人生が終わる訳じゃない。それに、私はスポーツのことなんてよく分からないんだけど、プロになれるかどうかなんて、正直わからないじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないですけど」
「私はね、瑞希ちゃん……。あの子に、幸せになって欲しいのよ。このまま無理にサッカーを続けて、プロになることも可能性はゼロではないかもしれない。でも高い確率で身体には大きな負担が残る。身体が思うように動かないって、本当に大変なのよ? 母親として、そんなリスクは負わせられないわ」
「………………………………」
私は何も言えない。
言えないが、半蔵の気持ちを想うと涙が溢れてくる。
おばさんの言うことは正しくて、こどもを想うやさしい母親の顔で、痛みを知る大人の経験で、反論なんてできない重みがあった。
私だって、半蔵には無理をして欲しくない。プロになんかなれなくたっていい。
幸せで、笑っていて欲しい。
でも……半蔵の気持ちを想うと……。
「な、何とかならないんですか? 怪我の事。他のお医者様に診てもらうとか」
おばさんは私に同情するような、悲しい顔をする。
「残念だけど、この辺りの整形外科でここよりいい病院はないわ」
「でも、それでも……」
私は聞き分けのない子供のように、尚も別の可能性を探そうとするが、何も浮かんでは来ない。おばさんは残念そうに首を横に振ると、まっすぐに私の目を見て言った。
「瑞希ちゃんは、半蔵の事が好きなのね」
「……はい」
少し恥ずかしかったけど、認めない訳にはいかなかった。
半蔵の怪我をどうにかしてあげたいなんて、おばさんもとっくに考え抜いたのだろう。主治医の先生にも相談して、半蔵の将来を想って、ベストではないかもしれないけど、ベターな選択肢を選んだんだろう。
それが伝わってきて、私はそれ以上何も言えなかった。
「ありがとう。瑞希ちゃんが傍にいてくれれば安心ね。私は今から半蔵に伝えてくるから、瑞希ちゃんはここで待ってて。たぶん一時的にはショックを受けるだろうから、瑞希ちゃん、後の事はお願いしてもいいかしら?」
「は、はい!!」
「大丈夫、あの子はそんなにヤワじゃないわ。少し時間が経てば、人生における他の楽しみを見つけてくれると信じてる。恋愛とか、ね!!」
おばさんは私の肩に手を置いてそう言うと、半蔵の病室に入って行ってしまった。
しばらく静かな時間が流れた。
病室では半蔵がおばさんから話を聞き、私と同じように、いや、私以上にショックを受けているだろう。
半蔵のために、何をするべきか。病室のドアの前で膝を抱えてしゃがみ込み、私はそればかりを考えていた。
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