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二年前その3(瑞希視点)

(瑞希視点です)

 半蔵が相手選手に激しくチャージされピッチに倒れこんで動かなくなるのを、私は応援席の端っこで見ていることしかできなかった。


「おいおい、大丈夫か? 今のはだいぶ悪質だったぞ。大怪我じゃなきゃいいが……」


 この前の試合で半蔵を褒めていたおじさんがそんなことを言っていた。

 私は最初半蔵が怪我をしたなんて思ってなくて、すぐに起き上がってプレーを続けると思っていたんだけど、半蔵は一向に起き上がる気配がなかった。


 会場が騒然とし、半蔵のチームメイトが相手選手に掴みかかっている。審判が慌てた様子で本部の人と何か話している。


「半蔵君、大丈夫かなぁ」


 ののかが心配そうな顔でそんなことを言ってくる。


「えっ、あの半蔵だよ? 大丈夫に決まってるじゃない」


 声に出すが、震えてしまう。

 そうこうしているうちに救急車のサイレンが聞こえてきた。


「救急車で運ばれるほどの大怪我ってこと?」


「……………………」


 ののかが私の腕を掴んで言ってくるが、私は何も言えなかった。


 救急車に半蔵が乗せられるとき、半蔵のおじさんとおばさんが一緒に乗り込むのが見えた。どうやら二人も応援に来ていたらしい。

 私はすぐにスマホを取り出し、おばさんにメッセージを送った。


『半蔵、大丈夫ですよね?』


 しばらくすると返信があり、


『病院が決まったら連絡するね、大丈夫、心配いらないよ』


 というメッセージに続き、『大丈夫にゃ』という変なネコのスタンプが送られてきた。



 試合は両チーム一人ずつ退場者を出し再開されたが、半蔵を失ったチームは大きく動揺し、相手に同点ゴールを許してしまう。試合の趨勢は一転し、相手に押し込まれる時間が続いた。彷徨くんも頑張っていたが精彩を欠き、シュートまで持ち込めない。


 結局、制限時間内では決着がつかず、延長戦にもつれ込んだがそこでも決着はつかなかった。

 PK戦では相手チームが全員シュートを決めたが、ウチのチームは一人もゴールを決めることができないまま試合は負けてしまった。


 スタンドは騒然とし、すすり泣く声があちこちから聞こえる。選手たちもグラウンドで泣き崩れている。

 ののかも、彷徨くんまでもが泣いている。


 私は、もちろん悔しかったし、泣きたい気持ちもあったが、それよりも今は半蔵のことが心配だった。携帯を握りしめ、おばさんからの連絡を待っていた。


 ようやくメッセージが届き、近所にある大学附属病院に入院することになったとのこと。入院するほどの怪我と聞いて、居ても立ってもいられなくなった私は、


「ののか、ごめん私行ってくる」


 言うが早いかといった体で病院に走り出した。


「うん、彷徨くんと合流して後で追いかけるね~!!」


 後ろからののかの声が聞こえたが、振り返る余裕もなかった。



 病院に着くと、待合室に半蔵のお父さんが一人で座っていた。

 日曜日の午後ということもあって、待合室には同じように救急搬送された人の家族だろうか、私たちを含めても数人しかいない。

 広いロビーはしんと静まり返っており、余計に不安や心細さを増幅させる。


「ああ、瑞希ちゃん来てくれたんだね、ありがとう」


 息を切らせて駆け付けた私に、おじさんは落ち着いた様子で労う言葉をかけてくれた。


「あの、おじさん、半蔵は?」


「うん、詳しいことはまだ分からないんだけどね、レントゲンの結果では腰の骨が折れていて、しばらく入院することになった。今妻が入院の手続きをしているよ」


「こ、腰の骨って大変じゃないですか!! 治るんですか!? まさか半身不随とか? 意識はあるんですか? し、死んじゃったりしないですよね!?」


「ちょっと瑞希ちゃん落ち着いて。今はまだ何にも分からないんだ。半蔵も痛み止めと鎮静剤で眠っているし。それより、試合はどうだった? 勝った?」


「いえ、負けました。半蔵が抜けてからは防戦一方で……。PK戦まで行ったんですけど……」


「そうか、それは残念だったね……。彷徨君も落ち込んでいるだろう。そっちに行ってあげたら?」


「ああ、いえ、そっちにはののかが残ってますけど……。祝勝会、あ、残念会になっちゃいましたけど、彷徨君はそこに行ってるんじゃないですかね」


「ああ、そういえばそういう予定だったね。うーん、でも半蔵がいつ起きるか分からないし、起きたとしても、今日はちょっと……。あいつも混乱しているだろうし……」


「そう……ですよね。あ、あの!! 明日またお見舞いに来ていいですか?」


「うん、ありがとう。何かわかったらまた連絡するよ」


「はい。よろしくお願いします」


 私は病院を後にし、ののかと彷徨君にメッセージを送った。


『半蔵は腰の骨が折れててしばらく入院だって。まだ詳しいことは分からないからって面会もできなかった』


 するとすぐに既読が付き、続けてこんな返信があった。


『彷徨君たちも残念会に向かっちゃったよ。瑞希今どこ?』



 私はののかと近くの公園で合流した。

 日も傾き始めた日曜の夕方の公園には私たちの他に誰もおらず、私とののかはブランコに並んで座っていた。


 落ち込む私にののかが声をかけてくる。


「瑞希が落ち込んでどうするのよ? つらいのは半蔵君でしょ?」


「うん……そうなんだけど……」


「……まぁ、私たちはただの中学生だし、家族でもないんだからできることなんか限られててもしょうがないよ」


「限られてるっていうか、ほとんど何もできてないよ。私にとって半蔵は家族みたいなものだと思っていたんだけど……」


「家族、ねぇ。家族が女の子に告白されて、ヤキモチなんて焼くかしら?」


「ヤ、ヤキモチなんて焼いてないもん!!」


「自覚がないのもいいかげんにしとかないと、手遅れになっても知らないわよ? 今は半蔵君もサッカーに夢中だからいいけど、そのうち誰かに取られちゃうかもよ?」


 ののかの言ったその一言で、その時初めて胸にチクリとした痛みを感じた。さっきも同じようなことを言われたはずなのに何故だろう?

 ののかの言葉に私は明らかに動揺していた。


 次の日、学校が終わると私はすぐに半蔵の入院する病院に向かった。

 病室の前には半蔵のファンと思われる下級生が数人お見舞いに来ていたけど、半蔵のお母さんが丁寧に面会を断りながらお見舞いの品や手紙を受け取っていた。

 私は何故か廊下の隅に身を隠し、出ていくことができないでいた。胸がドキドキしている。


 下級生たちは残念そうに帰っていき、私も面会を断られたらどうしようと思いながら病室のドアをノックする。

 すると中から半蔵のお母さんが出てきて、病室に招き入れてくれた。


「半蔵、瑞希ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」


「えーっ、恥ずいからいいよ!!」


「バカ言ってんじゃないの、ホントは嬉しいくせに!! お母さんちょっとお花の水換えてくるから。それじゃ瑞希ちゃん、ごゆっくり~」


 おばさんはそんなことを言って病室から出ていってしまう。


 私は頬が熱くなるのを感じながら病室に入り、半蔵の顔を見る。一日しか経っていないのになんだか久しぶりに会うような感覚だった。落ち込んでいるかと思ったが、半蔵は思ったよりも元気そうだった。私は照れ隠しもあって、


「相変わらず半蔵のお母さんは若くてきれいよね、ウチのお母さんとは大違い」


 なんてことを言ってみる。


「なんだよ、俺の事心配して見舞いに来たんじゃないのかよ」


「そ、そうだけど……。でも良かった、思ったより元気そうじゃない」


「まぁな。今は痛み止めも効いてるからなんとかな。レントゲンの他に、MRIとCTってのも撮って、手術はしないで安静にして、しばらくしたらリハビリだって」


 手術はしないと聞いて、大怪我ではなかったと思い、正直私はホッとした。


「ふーん、リハビリって大変そうだね……。試合の結果は聞いた?」


「ああ、彷徨からメッセージが来たよ。残念会は大盛り下がりだったって」


 半蔵はスマホで写真を見せてくる。そこには監督を始め、サッカー部一同がうなだれるお葬式のような画像が写っていた。


「うわぁ……こんな会場、絶対行きたくない」


「ははっ、だよなぁ。……まぁ、今年は残念だったけど、怪我を直して、来年またリベンジするよ。彷徨ともそう約束したんだ」


「うん、そうだね!! 頑張ってね、私も応援する!!!」


 へへへ、とはにかみながら笑う半蔵はとても前向きだった。


 それから半蔵とは、大怪我から復帰したサッカー選手の話をしたり、怪我が治ったらどこに行きたいとか、何が食べたいとか他愛もない話をして過ごした。


 少し遅れてののかと彷徨君が訪ねてきて、クラスメイトやサッカー部の仲間からの差し入れを持ってくるため遅くなったと言っていた。


「半蔵君がいないと教室が静かすぎる」とか


「お前がいないとサッカーがつまらん。全然いいパスがこねー」


 とか、励ましとも愚痴ともつかないことを言って帰っていった。



 帰り際、私が病院の玄関まで見送りに行くと、二人はからかうようにこんなことを言ってくる。


「やっと掴んだ正妻ポジション、放しちゃだめだよ!!」


「案外瑞希ちゃんがキスでもしてやれば治るんじゃないか?あいつの怪我」


「………………」


 私は耳まで赤くなっていることを感じながら、何も言い返せなかった。

 二人はニヤニヤとした笑みを浮かべ、手をひらひらと振って帰っていった。


 実際、あれから一日しか経っていないのに、私ははっきりと半蔵への恋を自覚していた。


 ののかに言われたように、半蔵が誰かと付き合うことを想像すると胸が痛い。

 半蔵が怪我で辛い想いをしていると思うと自分の事のように心が苦しい。

 半蔵が前向きな笑顔を見せると自然に嬉しい気持ちになり、そのどれもに胸のドキドキが伴っていた。


「私は半蔵が好き」


 認めてしまえばなんてことはなかった。

 私はずっと前から半蔵のことを異性として好きで、ヤキモチを焼いたり、モヤモヤする気持ちをごまかしてきたのだけど、周囲にはすっかりバレていたのだ。


 半蔵は私の事、どう思っているのかな……。


数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。


読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、

ブックマークや評価などしていただけると泣いて喜びます。


引き続きよろしくお願いいたします。

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