瑞希、風紀委員会に入る(瑞希視点)
(瑞希視点です)
「ところで瑞希、生徒会執行部からずいぶん熱心に勧誘を受けているようだけれど、もう決めてしまったのかしら?」
「あ、いえ……。今は返事を保留して他の委員会を見学しているところです」
「何故? あなたは二ノ宮双葉とも仲が良いみたいだし、迷う必要はないんじゃなくって?」
「う~ん、確かにそうなんですけど……。なんというか、あそこは私なんかがいなくても十分機能しているし、私なんかより優秀な人がたくさんいるし……」
私が自虐的な発言をすると、アイリスちゃんが意外な言葉を口にした。
「『私な・ん・か』? ……見損なったわよ三日月瑞希。自分を卑下するような言葉を口にするものではないわ」
「えっ、あ……」
「自分に自信を持てない人間にできることなんてたかが知れているのよ。上を向きなさい三日月瑞希。自分の価値は自分で決めるもの、他人と比較するなんて愚者のする恥ずべき行為だと心得なさい!!」
「……っ!!!!」
その瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けていた。
流石は先輩といったところだろうか、こんなに愛らしい容姿からは想像できない、自信に満ちた力強い発言に私は痺れてしまっていた。
心にできていた空洞に直接落雷を受けたような、そんな気持ちになっていた。それと同時に、ジグソーパズルの欠けていたピースを見つけたような、ホッとする言葉だった。
言われるまで気付かなかったが、私は双葉ちゃんやソフィア会長を始め執行部のメンバーと自分を比較して、勝手に劣等感を持っていたのだと思う。
「まぁお嬢様はポンコツですし、背も低いので自分で思っているよりも他人から評価されていませんからね」
「う、うるさいわねシルビー!! せっかく先輩っぽい事言えたんだから、少しは格好つけさせてちょうやいっ!!」
(あっ、噛んだ)
「噛みましたね……」
「い、いちゃい。はぁ、どうしていつもこうなるのかしら。早くお父様やお兄様に認められる立派なレディーにならなければならないのに……」
「身長はもう伸びないでしょうし、立派なレディーは諦めて今のままでいてくださいまし」
「まだ伸びるもんっ!! 牛乳入りのミルクティー飲んでるもんっ!!」
「あら嫌だ、牛乳と間違えてカルピスを入れていましたわ。これじゃあ背は伸びそうもありませんね、申し訳ありません」
「なら仕方ないわね。って、どこの世界に牛乳とカルピスを間違えるメイドがいるのよっ!!」
アイリスちゃんとシルビアさんはしばらくやいのやいのと言い合っていて、そんな二人の様子を見ていた私はやっぱりほっこりしてしまうのだった。
「うふふ、仲がいいんですねお二人とも。あの……風紀委員会のこと、もう少し教えてもらってもいいですか?」
「へっ?」
「そういえば風紀委員室って新校舎ですよね? 他の委員会は全部旧校舎に入っているのに、どうしてですか?」
「うっ……それは……」
「こほんっ、実はお恥ずかしながら、お嬢様は片付けが大変苦手というか、おっと、お部屋をお汚しになるのが大変お上手というか……」
「ポジティブに言い換えても意味は変わってないわよ……」
「それで、まぁワタクシもメイドでありながら恐縮なんですが、片付けても片付けてもゴミが溜まっていく有り様でして……。何度かソフィア会長に注意されたんですが一向に改善せず、ついには『哲学の館』には相応しくない、と追い出されてしまったんですよね~」
「ふんっ!! あの制服バカと同じ建物じゃなくなって清々したわよ」
「そうですね、ソフィア会長は確かに優秀な方ですけど、『哲学の館』はちょっと息苦しかったかもしれませんね」
「へぇ、ソフィア会長に否定的な意見って初めて聞きました」
私はちょっと驚いていた。初めて会った時に二人はソフィア会長と対立していたようだったから、仲が良くはないのだろうと思っていたが、そんないきさつがあったとは。
「でもどの委員会でも、運動部や文化部なんかもソフィア会長の学校運営を絶賛していますよね? お二人はどう思っているんですか?」
「ふんっ!! あの女のしていることは目の前の問題を表面的に解決してみせているだけよ。アイツの本性は制服をこよなく愛するだけの制服バカってところかしら?」
「そうですね。大半の生徒から支持されてはいますけど、そうでない生徒も少なからずいるということです」
「どんな世界にも必ずマイノリティは存在するのよ。例えば大会とかで結果を残せない弱小部や同好会なんかがそうね。ソフィアのやり方は学校側や保護者なんかに聞こえの良い強豪部に優先的に予算を割り当てて、目に見える成果を出すための効率の良さしか考えていないのよ……」
アイリスちゃんはそこで言葉を区切ると、私の目を見て話を続けた。
「私はあの女とは違うわ。これはまぁ商人としては失格だし、お父様やお兄様にも反対されるんだけど、私としてはマイノリティが必要とする商品を届けたいと思っているのよ。売れてなんぼの世界だし、商売として成り立つかどうかはさて置き、少数の人が必要とする、少数の人しか必要としない、そんな商品を扱う商人になりたいってところかしら」
「……………………」
驚いた。
そんな見方があったとは。さっきも思ったが、アイリスちゃんは見た目に反してかなりしっかりとした考えを持っているようだ。
作品タイトルにもなるくらいポンコツなのは間違いないが、そのギャップも手伝ってなのか、私の目にはアイリスちゃんが輝いているように見えた……。
ん?いや、本当に輝いている???
「ちょっと、シルビー!!スポットライトをそんな近くで顔面に当てないでちょうだいっ!!ま、まぶしいっ!!!」
「おや失礼しました。ここは視覚効果が必要かと……」
「………………」
シルビアさんがスポットライトを消すと、アイリスちゃんは気を取り直して話を続ける。
「例えばあの虹元半蔵がマイノリティね。空気を読まず、ところかまわず“でゅふでゅふ”しているようだし、この手の人間は大衆から浮いてしまうのよ。一歩間違えればいじめにも繋がりかねないし……。そういった事態にならないように、我々風紀委員会が目を光らせているという訳なのよ」
突然半蔵の名前が出てきてドキっとしたが、周囲から浮いていることをアイリスちゃんが認識していることには驚いた。
なるほど、今朝の校門でのシルビアさんの行動はこのことだったのか。
半蔵が校内で浮かないように双葉ちゃんから遠ざけ、なおかつ風紀委員会との関わりを持つことで学校に居場所を作るのか……。
「まぁ、お嬢様ご自身がマイノリティですし、肩身が狭いですもんね」
「はぁ、いつも一言多いのよこの性悪メイド!!まったく、どうしていつもこうなのかしら?」
「………………」
私は感動していた。これまではどこに行ってもソフィア会長を始めとする執行部は凄い、執行部は正しい、執行部を支持すれば間違いないなんて声ばかりが聞こえていて、私も素直に凄いなぁなんて思ってはいたけど、同時にどこかで違和感を覚えていたのだ。
アイリスちゃんの話で目から鱗が落ちたというか、マイノリティの存在という今まで見えなかった部分が見えたのも大きかった。
「少数派を助ける活動……。ん?でもそれって風紀委員会の仕事なんですか?普通は校則違反を注意するとか、そういうのが風紀委員会っぽいと思うんですけど」
「さ、流石になかなかの現実主義者ね……。まぁ瑞希の言う通り、風紀委員会っぽくはないかもしれないわね。ただまぁ現在の校則はソフィアが生徒の人気取りのためなのか、とにかく自由が多くて、校則違反に該当するような事案はあまり起こらないのよ」
アイリスちゃんの説明を引き取ってシルビアさんの補足が入る。
「ただし……行き過ぎた行為、いわゆるハラスメントに該当する行為は風紀委員会の取り締まりの対象になります。我々には風紀を乱す恐れがあると感じれば、自身の判断でそれを取り締まる権限が与えられており、それは委員会規則にも明記されているんですよ?例えば、今朝の虹元半蔵のように……。うふふ、魅力的じゃありませんか?」
「や、やります!!私風紀委員会に入ります!!」
思わず入会を希望してしまった。
「あ、いや、あのその……。べ、別に半蔵が双葉ちゃんにベタベタしすぎだからとか、そんなのが理由じゃないですからね? え~っと、その……アイリスちゃんのマイノリティを助けたい気持ちとか、き、共感できますし、執行部は確かに優秀だけど、緊張して息がしづらいというか。あっ、別にここの空気が緩いとかじゃなくって、居心地はいいのは確かなんですけど、アフタヌーンティーも美味しかったし……。いやいや、食い意地張ってる訳じゃないですよ? それに、掃除くらいなら私でもお役に立てそうだし……と、とにかくっ!! もしよろしければこちらに入らせてください!!」
しどろもどろになりながら言い訳の様に入会を希望する形となってしまったが、ここに入りたいという気持ちに嘘はなかった。
シルビアさんはさっきの邪悪な顔でニヤニヤ笑っており、アイリスちゃんはビックリした顔でほっぺたがリンゴの様に赤く染まっていてきゃわいい。
「おやおや~動機が不純な気もしますが……。まぁそれほど入りたいとおっしゃるのなら歓迎いたしますよ~。ね、お嬢様」
「うむっ!! 共に天下を取ろうぞ!!」
「いや天下は目指さないでしょ!! マイノリティはどこ行ったのよ!!」
「そうだった!! キョトンッ!!」
「お嬢様、それを言うなら『ぎゃふん』でございます……」
こうして私は、決めかねていたのが嘘のようにすんなり風紀委員会への入会を果たしてしまったのだった。
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教室に戻った私は、席が近い双葉ちゃんと半蔵に報告をした。
「と、いう訳で、私は風紀委員会に入ることになりました」
「ええ~っ!! 瑞希ちゃん執行部に入ってくれないの? しかもよりによって風紀委員会とか……何で? どうして? どげんして?」
「おっ、双葉ちゃん千春先生の真似だね? でゅふふっ!!」
「半蔵君は黙ってて!! ねぇ瑞希ちゃん、今からでも遅くないから私と一緒に執行部に入って、お願い!!」
瑞希ちゃんに両手を合わせて拝まれてしまい、さすがに申し訳ない気持ちになる。
「う~ん、双葉ちゃんホントごめん!! なんて言うか、気のある素振りをしてしまっていたのは申し訳ありません」
「ホントだよ~、絶対入ってくれるって信じてたのに!! 悪女!! 美人局!!」
「そうだそうだ!! 性悪女!! え~っと、え~っと、お、幼馴染!!」
「それ悪口になってないわよ……。ああっ、もうっ!! 半蔵は黙ってて!! とにかくごめんね双葉ちゃん。その、いろいろな委員会を見た結果、風紀委員会が一番しっくり来たというか……執行部が嫌って訳じゃないの。ただ、あそこは双葉ちゃんも含めて優秀な人が揃ってるし、対して風紀委員会は私でもお役に立てるというか……ううん、私がいるべき場所って感じがするのよ……」
「あ~もうっ、そういう問題じゃないのよ~。ソフィア会長になんて説明したらいいの? 私に任せてくださいくらいの事言っちゃったのに~」
「ホントごめんっ!! 今度パニーニ奢るから許してくださいっ!!」
「はぁ、まぁしょうがないか……。パニーニで手を打つよ……」
「パニーニ!! パニーニ!! 俺も一緒に行っていい? でゅふっ!!」
「半蔵は関係ないでしょ? これは私と双葉ちゃんの問題なんだから」
「え~固い事言うなよ~!! ねっ、双葉ちゃんはいいよね? 一緒にパニーニ!!」
「うん、私は構わないけど……」
「やったね!! さすが双葉ちゃん、どこかの石頭女とは訳が違うね!!」
「むむっ!! 半蔵、これからは行き過ぎた言動があったら風紀委員権限ですぐにしょっぴくからね!! 覚悟しなさいよ!!」
「ぐぬぬ……大人しく執行部に入ってくれればこんなことにならなかったのに……。はぁ~、何故こうなった?」
「ホント、何でこうなっちゃうのよ~、はぁ~」
二人にため息をつかれてしまったが、早速風紀委員っぽく注意してみたら半蔵には思ったよりも効果がありそうで、私はこの決定に満足していた。
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この日の放課後、生徒会室にて──
「そうか、瑞希さんはよりによって風紀委員会に取られてしまったか……」
「はい、すみません会長……私が及ばなかったばっかりに……」
「なに、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。それに決めたのは瑞希さんだろう?君が悪い訳ではないよ」
「でも会長も瑞希ちゃんのこと気に入ってたみたいですし……」
「ああ、確かに彼女のアオザイを着た姿が見られないのは残念だが……。いや、待てよ?何も執行部に入らなければアオザイを着せられない訳ではない。むしろ制服をアオザイにしてしまえば強制的に着させることも可能なのでは?いや、さらに週替わりで色々な制服を指定してしまえば……うぇへへへ」
「会長……流石にそれはやりすぎです。今度の生徒会選挙に響きますよ」
「んんんっ!! も、もちろん冗談だとも。それに私は何もアオザイや瑞希さんにそれほど固執していた訳ではないんでね……。な、なんだい双葉さんその疑わしそうな目は。んんっ、今回はうまくいかなかったが、また別の方法を考えればいいだけのことだよ。風紀委員会のような少人数の脆弱な組織など、我々執行部の敵ではないさ」
言葉とは裏腹に、ソフィアの目は獲物を見定めた鷹のような鋭さを放っていた。
「…………」
対する双葉の目は死んだ魚を見る様に濁っていた。
数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。
読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、
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