4:私の好きな色
特に行く場所を決めずに歩く私たち。限りなく青く広がる空はやがて夕暮れへと変わり、私たち2人を包んでいく。
地平線に沈んでいく夕陽の光は私たちの身体より遥かに大きい影を映しだしていく。
これは、ある休日の話…。
「……………。」
無言で私の前を歩く彼女。歩幅は小さく、いつもより歩くのが遅い。私はその交差する彼女の脚を見つめながら無言で後ろを歩く。一歩また一歩と重なり続けていくその光景はどこか、彼女の感情が寂しいことを示している。
いつもと違うこの姿に私は戸惑っていた。
「……………。」
私の瞳にその弱々しい彼女の脚と薄紅色のレンガの舗道が映る。
視界には彼女の脚だけでなく、他の人の脚も映りこむ。
サンダルを履いた人、スニーカを履いた人、パンプスを履いた人。
休日の商店街の中を颯爽と人波が歩く中で、彼女の足下だけが私の眼前にとり残されていく。
「……………。」
彼女の姿を見失わないように気をつけながら私は腕時計に目を預ける。
もう既に数分以上この調子で歩き続けている。
昨日の夜に彼女からメールが届き現在に至るのだが、まったく今日なにをするか伝えられていない。
メールには「明日、つき合って」としか書かれていなかった。
「………。…。」
急に彼女は立ち止り視線を横に向けたまま静止した。彼女の視線の先を私もつられて視線を運ぶ。
そこには、まだ真新しい西洋風のお店があった。この商店街はもう何年も歩いているが、このお店を見たのは初めてだった。見た目は洋服が売られていそうな雰囲気であるが違うようだ。
店の中をガラス越しに望む彼女。
沈黙したまま熱心に見つめ続けるその姿はどこか懐かしく、微笑ましいものだった。
「……………園歌、ちょっと寄っていい?」
後ろを振り向き私に尋ねてくる彼女。その声はとても小さく、勢いがない。
しかし、瞳には隠しきれないほどの輝きがあり、私はその無垢で透明な瞳に快く頷くのだった。
「ガラガラガラッ、………ガラガラガラッ、バタン!」
故障のためかドアの前に立ってもまったく反応がない。仕方ないので私たちは手動でその自動ドアを開き、中へ入る。
ガラス越しで店内を見たときとは違い意外と広い空間であり、左右を見渡してみると様々な装飾細工が置かれていた。
木でできた棚の上に紙でできた手作りの値札とともに陳列されている。
緑色の石が埋込まれている指輪、赤色と桃色のビーズでつくられた腕輪、金色でできた長い首飾り。
奥に進むにつれて何色もの装飾が広がり続けていく。
「………園歌、覚えてる?」
彼女は髪に留めてある青色の髪留めをはずし、私に問いかけるように見せてくる。
親指ほどの大きさのそれは小さいが、とても深くきれいな青色。
「………ふふっ、もちろん。」
私も自分の髪に留めてある髪留めをはずし、彼女の手にあるもう一つのそれと照らし合わせる。
「きれいよね…。」
「そうだね…。」
外から漏れる光が私たちの手のひらを照らす。
その小さな光は小さな青色に出会い、やがて大きな光となって辺り一面を麗しく満たしていく。
「あら〜。かわいいお客さんね〜。」
薄暗い店の奥から姿をあらわした人は、若い女の人だった。その人は段々とこちらに歩いてくると私たちの正面で立ち止まり、私たちの手のひらにあるものを注視するのだった。
「…………………!!!」
そのやさしい瞳は私たちの髪留めを見た瞬間、大きく開かれていき、驚きを示していた…。
「ガサガサッ、バリッ!」
私の横には勢いよくお菓子を食べる彼女。まあ、朝から何も食べていなかったのでこの食欲の激しさは当たり前だろうか…。
私の正面にはお茶をすする女の人。湯呑越しに私たちを見つめ、にこにこと微笑んでいる。
私たちはこの人に連れられてお店の奥にある茶の間に来ていた。襖で仕切られたこの部屋からは先ほどの装飾細工が売られている場所は見えない。
「…店番、やらなくていいんですか?」
明らかに私たち2人は営業妨害をしていると判断した私は、お茶を飲んでほんわかしているその人に声をかけるのだった。
「………。ええ、もういいのよ。」
私の声を聞いたその人の表情が一瞬だけ止まる。
誰かに同意するかのように、何かを確信したかのように彼女の声は自信に溢れ力強い答えだった。
私は最初、冗談だと思った。見た感じではこのお店は最近できたばかりの様子。
よほどのことがない限り店閉いをするとは考えられない。
だが、その人の声を聞いた限りでは嘘をついているようには思えなかった。
「ところであなたたち、そこの高校の子でしょ?」
興味津々に尋ねてくるその人は卓袱台に身を乗り出し、至近距離で私に視線を合わせてくる。
「…は、はい…。そうですけど…。」
先ほどの雰囲気とはうって変わって急に明るくなるその人。
「やっぱりね〜。地元の子はみんなあの高校だもんね。
私もあの高校だったんだよ。」
両腕を組みながら何度も頷き、同調を求めてくるその人。空になった湯呑に新たなお茶を注いでいく。急須の注ぎ口を限りなく真下に傾け、一滴も残さないように注ぐ。
「ズズズズズーッ。ふう〜。」
熱いであろうそのお茶を少し飲み、緑色の表面を見つめている。よく見てみると、茶柱が浮いているのがわかった。
「…ちょっと聞いてくれるかな。私の昔話を…。」
おもむろに口を開くその人の声はどこか切ない調子だった。
再び、緑色の表面を見てみると、茶柱が沈んでいた。
小さな波紋が生まれやがて大きな波へと変わり、消えていく…。
「コンコンッ!入るわよ〜。」
中にいる彼に確認して私はそのドアを開く。中に入った瞬間、薬品の匂いが私の嗅覚を襲う。アルコールランプとピンセットを匠に使う少年が1人、誰もいない科学室で何やら作業をしている。
私の声に全く反応しないその少年の近くに歩み寄り、彼の座る試験台に散乱する作品の数々に顔を近づける。動物を形どった物、抽象的な形のものなどあらゆる形があり、その表面からの熱気が私を包んでいく。
「さわるなよー。火傷するからな。」
両手に持つピンセットで掴み、針金の一点を集中的に熱していく。若干、その一点が赤みがかった時、素早くアルコールランプから離し、加工していく。その細い棒を丁寧に慎重に扱う姿に私は息を呑む。黙々と作業をする少年の瞳には真剣さしか存在しなかった。
「今日もつくってるの?」
瞬きをしないで作業をする彼に問いかける私。ここ最近、彼は何かに憑かれたかのように急にこの作業を始めた。
「まだ続けるの?」
汗を流し作業をする彼に問いかける私。私と彼は幼なじみであり、住んでいる家も隣同士。よって、小さい時から一緒に帰るのは当たり前だった。
「ここに座って待ってるね。」
息を殺して作業をする彼に声をかける私。彼の正面に位置する椅子に座り、両手で顔をついたままじっと見つめる。
「………あ〜〜〜っ、どっかに行ってくれ!気が散る!」
顔をしかめ、目を合わさないまま怒鳴り散らす彼。その声は2人だけの科学室に反響する。
しばらくした後、私が涙目になっていることに気がついた彼は試験台にあった一つの作品を私にくれた。
「………あ〜〜〜っ、悪かったな〜。ほら、これやるからさ。
お前の好きな色だぞ。」
彼の手のひらにあるそれを受け取る私。
「………くれるの?」
髪留めのようなそれを私は恐る恐る受け取った。試験台の上にある作品の中で唯一、それは何の変哲のないものだった。
「………あ、ありがとう。」
そんなものでも私は嬉しかった。私の幸せを表すその言葉は彼の瞳を揺らしていく。
「バーカっ。」
恥ずかしそうに。だけど、嬉しそうな顔をする彼を最後に見つめ私は1人、帰路についた。
「ふわ〜はぁ。」
空を見上げてみるとそこには当然のように雲が広がる。
昨日、見つめた雲と同じものはあるのだろうか?流れていく白い塊を見つめながら私はそんなありえない事実を探していた。
複雑に絡む電線の向こうの世界の色はどこまでも青く、私はそんな限りない色が好きだった。
「ふわ〜はぁ。」
「ね、眠そうね…。」
私の隣にはあくびが止まらない彼が1人。連日、学校の科学室に閉じこもっては納得するまで作業をしている様子。昨日も家に帰ったのは部活動の活動が終わり、最終下校の放送が入り、見回りの先生が科学室に来てからだという。
「ねぇ、提案があるんだけど…。」
今にも瞼が閉じてしまいそうな彼に、私は一つの提案をした。
それは、アルコールランプとピンセットを借りて自宅で作業をするというものである。
先生が科学室の利用を認めているのならば道具を貸し出すことも容易なはず。むしろ、こちらの方が彼も学校も困らない。
「ふわ〜はぁ。
あぁ、お前頭いいな〜。」
曖昧な反応をする彼。あくびをしながら頭がいいと言われても腹立たしく、流されているような気がした。歩きながら体を伸ばす彼に私は質問してみた。
「なんで、あんなことをやり始めたの?」
前までなら学校に来て終わるまでの間、すべての授業を寝通していた彼。
そんな人間が急に工作に目覚めはじめては気にもなる。
「…きっかけは本当に、単純なんだ。
この前、祭りのアルバイトに行ってそこがたまたま装飾細工を売るところだった。
そこでちょっとな…。初めてだったよ、あんな気持ちは…。」
何かを思い返すようにしながら私に伝える彼。
私たちの制服に遥か空からの風が通り抜ける。
「えっ、たったそれだけ?」
「ああ、たったそれだけ…。」
その風はあの空のむこう側へと消えていく。
空、雲、風。
そして、それを見つめる私たちが歩いていた。
「じゃあね〜。」
次々と教室を出ていく友達。もう受験期間も間近であるため当たり前だろうか。
少しだけ開かれたカーテンのむこう側から夕暮れの赤い光が私たちの影をつくりだす。
その光の中で今日も作業をする彼を私は見つめていた。
「ほら、私たちも帰ろう?みんな帰っちゃったよ。」
「…………………。」
肩幅ほどの机の上にも赤い光が灯る。彼は無言のままその赤の中に瞳を潜めていた。黒板の上にある時計の秒針だけが音をつくりだしていく。
「…なあ、お前は進路どうするんだ?」
赤い光に瞳を集中させたまま藪から棒に質問してくる彼。体がぶれないように椅子に深く腰をかける彼に、私は何も隠さずに答えていた。
「…えーとね、大学に進学して…。
その先は何も浮かばないんだよね………。」
行く末の見えない自分を伝える私。他の人に質問されたら嘘をついてしまうだろう。
でも、彼にだけは今の自分を伝えることができていた。
情けない真実を伝えてしまった私は、仕返しに彼に同じ質問をする。
「…俺か?俺はな…。会いたい人がいるんだよ。
その人に会うためには高校を卒業した後、店をもたないといけない。
………もう、俺には時間がないからな…。」
初めその言葉を聞いた時、まったく理解できなかった。
好きな人に会いたいのだろうか?
そんな私の最低な思考にすぐさま現実の波が押し寄せる。
「よーし、帰るぞ、そろそろ見回りの先生が来る時間だ………か…。
………………………くっ、う!…。
……………………………………………………………………………。」
机の上の道具を片付け鞄の中に収めた後、椅子から腰を上げたその瞬間、彼は苦しそうに床に倒れこむ。
両手で左胸を押さえ、痛みを堪えるその姿。
両足を暴れさせ、周りにある机と椅子が蹴り飛ばされていく。
「…ね、ぇ…。どうしたのよ…。
どうしちゃったのよ………。
……………ねぇ…?」
恐怖と焦りを押さえつけ、急いで職員室に助けを呼びに行く私。
延々と続く暗闇の廊下を走り続け、光のない世界を彷徨い続ける。
もう、夕暮れの光は沈んでいた。
「…ねぇ、聞いていい………?」
彼の座る車椅子をひきながら病院の屋上を踏みしめていく。白い柵と灰色の地面、そして風になびくシーツの風景だけが私たちの居場所になっていた。
私は高校を中退した。
「…お前に俺の持病を伝えても、何も変わらない。
…お前が悲しんでも、この空は変わらない。
…それなら、俺は隠し通そうと思った。
…卑怯かもしれない。でも、俺が望んだことなんだ…。」
彼は今日も憎く、青い空を見つめながら私に伝える。
「…なにが何も変わらないよ。
…なにが望んだことよ。
………なんでよ…!なんで、こんな…。…なんで………。」
彼の心臓には生まれつき、穴が開いていた。手術には莫大なお金が必要であり彼の家計では到底、不可能だった。彼自身の体力も手術に耐えられる状態でなく、何もかも術を失くしていた。
「…なぁ、覚えてるか?
俺がお前に、あげた時のこと…。」
止まらなく流れ続ける涙。私の悲しみに溺れた瞳に、彼の瞳が重なり合う。私の震える手をやさしく解き、彼は自らの腕で車椅子の車輪を動かし私の体と対面させる。
「…正直、あの時は嬉しかったんだ。
周りのみんなはガラクタって言うけど、お前の言葉と笑顔が俺に勇気をくれた。
お前のでニ度目だったな…。あんな気持ちになれたのは…。」
悲しみに溺れる瞳に彼の残酷なほどにやさしく、暖かく微笑む姿が映る。
「…なぁ、俺も聞いていいか………?」
震える声が微かに私の耳をかすめる。いつの間にか、彼の瞳にも涙が浮かんでいた。それは悲しみに溺れたものではなく、力強い決意を表していた。
「…もう、遅いかもしれない。
…でも………。
俺は、あなたを…。」
…愛しています。
彼の右手から銀色の指輪が私の左手の薬指にはめられていく。彼の両腕はゆっくりと私の体を抱き寄せていく。
「………っ。ばーか。」
私の大好きな青色の髪留めは、空から降りそそぐ永遠の雨に流されていく。
「……………くっ、う!…。」
「…もう無理よ………。病院に戻りましょう…。」
私たち2人は結婚した後、彼の望みを叶えるために店を開いた。
だが、開店当日にお客が来ただけでそれ以来、この場所を訪れる人はいなかった。
「………たとえ、神様が俺の存在を奪おうとしても俺は、ここで待ち続ける。
…俺は会いたい…。お前と同じように勇気をくれた…。
…あの子たちに………。」
この後、彼は発作を起こし病院へ運ばれた。医師から、もう彼に明日はないと伝えられる。
逃げられない現実。それは常に大切なものを奪い続けていく。
「…ピッ、…ピッ、…ピッ、…ピッ、…ピッ…」
心電図の音だけが私の耳を満たしていく。確実に死へと向かうその音は、私に絶望を与えるものでしかなかった。
「…お前……に、…伝え…るこ…とが、…最…後に……ある…。」
酸素マスクを曇らせ一つひとつ言葉を紡ぎだしていく。その声を聞くたびに、私の胸に傷跡が残されていく。
「………一つめ…は…、店…を続けて…欲しい…。
俺の…会いたい…人は…お前…と同じ髪留…め…をつけている…。」
心電図の間隔が段々、広くなっていく。
「………ニつめ…は…、お前が…つけて…い…る…その髪留めと…指輪を…
俺と一緒…に焼いて…欲し…い…。」
呼吸が段々と小さくなり、瞳が閉ざされていく。
彼の手を握り締める私の手に、自分の涙が零れていく。
私は何も出来なかった。
彼に幸せを…もらうことしか…。
「…泣………く…な…………………。
ま…た………つく…っ…て…や………るから…………………さ…………………………………………」
「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
病室の窓越しから今日も青い空が世界を包んでいる。
その色はどこまでも広がりそして、限りない色。
「ねぇ…園歌…。」
私たちはお店を出た後、何も考えずにただ歩いていた。商店街を抜けて、大きな坂道を下っていく。右には限りなく青い海が広がり、左には私たちの住む家並が広がる。
「実はね…、今日、本当はみんなで集まるつもりだったんだ。
でも、みんな都合が合わなくなっちゃってね…。」
顔を下に向け、両手を後ろで組んだまま歩き続ける彼女。その視線は夕陽がつくる自分の影を見つめるものだった。
「時見くんが転校してきてからもう半年。最近ね、みんなで居られる時間も少なくなってきたでしょ…。
だから、なんか切なくなってきちゃって…。」
にこやかに笑うものの目には若干、涙が浮かんでいた。
今日、彼女が元気がなかったのはみんなで集まれなかったからだと私は悟った。
「…いつか、園歌とも…。離れちゃうんだよね…。」
小声で紡がれていくその言葉は、私の心までを切ないものに変えていく。
…そう。いまこうして彼女と…、みんなと当たり前のように過ごしている。けれど、いつか必ず離れてしまう。認めたくない。でも、確実にその瞬間は私たちの背中に迫り続けている。
「…でもね、今日あのお店に行って話を聞いたら、感じたんだ。」
水平線へ沈む夕陽を見つめながら彼女は水面に溶けていく茜色を目を逸らさずに望む。
「たとえ、この世界から自分が消えたとしても何かが繋がっている。
それを証明できるものはないかもしれない。
だけど、そんな見えない力が私たちを会わせてくれるんだよね…。」
後ろで組まれた両手を強く握りしめ、確信するその姿。
夕陽が完全に水面の中へと消えていく。
もう存在しないはずなのに、空にはまだ輝きが絶えていない。
「………ぷっ、ごめん!今日はらしくなかったね。
なにか、美味しいものでも食べに行こうかっ!」
彼女の腹部から空腹を告げる音が鳴り響く。その音を聞かれた本人の顔は恥ずかしそうであり、赤みがかっていた。
「ほ〜ら〜、いくわよっ!」
「ちょ、引っぱらないでよ〜。麻美っ!!!」
海風は彼女たちの髪をやさしく揺らす。
そこには青色の髪留めと、語り継がれていく思いが詰められている。
この空は今日も、彼女たちを見つめていた。
バーナで鋼を溶かし接合していく。手際よく作業するその姿は到底、俺に真似できるものではなかった。
夏の暑さに加えてこの炎の熱さ。親方の肩越しから俺はそのきれいな細工を眺めていた。
「おい新入り!ちょっと俺はメシを食ってくるからよ。
そんなに時間はかからんから、俺が作ったものを売っとけよっ!」
軍手をはずし、首にかかったタオルで顔の汗を拭く親方。
「あと、練習するんだったらそこにあるのは触るなよ!お前にはまだ早いから。
なんか作るんだったら、お前の足下にある色つきの針金でやりな!売る時は値札をつけろよ!」
俺の足下にあるのは様々な色の針金。
赤、青、黄、緑、紫、黒、銀…。数えだしたらきりがない。見た目は細いが意外にも鉄並みの硬さ。指で折り曲げようと試してみたが無理であった。
「………くっ、う!…。」
熱さのせいで胸の痛みが激しい。俺は我慢し作業を続ける。
こういう工作のようなことをしたことがなかった俺は失敗を重ねていき、なんとか商品になるようなものを作っていった。
練習を終えて、本番に取り掛かる。数ある色の中から俺は一色だけを集中的に加工していく。
「どうもありがとうございま〜す!!」
元気に挨拶をするものの、ここまで売れないと結構ヘコむものである。
売れていくのは、やはり親方の細工ばかり。俺が作った細工は未だに一つも売れない。
…仕方ないか。一色だけで同じ形を並べても芸術のカケラすらない。親方の細工と比べたらガラクタ同然。当然の結果であろう。
あきらめかけたいたその時、俺の前に小さい女の子2人があらわれる。
「キミ…、こっちの方がきれいだよ。」
自分の作品をけなす発言であるが事実なのでどうしようもない。俺は親方の細工をその子たちに勧めていた。
「こっちくださーい!」
俺の細工を2人分握りしめ、その子は大きく叫ぶ。何度、問いかけてもその返事は変わらなかった。
その子たちの瞳は純粋で、無垢で、透明だった。
「うわぁ〜。きれい〜!」
すぐさまお互いにその髪留めをつけ合い、はしゃぎ回る。
この声と姿を見た瞬間、俺の心の中で何かが生まれた。
嬉しそうに走り去っていくその子たちに俺は無意識に尋ねているのだった。
「…キミたち、お名前は?」
どこまでも澄み渡るその笑顔はとても美しく、あいつの笑顔に似ていた。
「わたしは、しらとり そのか!」
「…き、きでんいん あさみです。」
私たちは出会うだろう。
…そう。
偶然という名の必然で。