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Students  作者: OKA
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3:紡がれていくその行方


「それでは、ご注文の確認です。

クリームシチュが一つ、カレーライスが一つ、アイスティがニつ…。」

用紙に注文を書いていく。用紙自体が小さいせいかもう書ける余白が少ない。手の中に収まるその空間に文字を小さくさせ収納させる。

なんとか全て書くことができた。こうして見ると初めの注文と後の注文では文字の大きさが違う。

この現象はノート以外に文字を書くときによく発生する。代表的なのは授業で黒板に書く時である。慣れていないためか自分が思い描いた大きさとは全く違う文字を書いてしまう。

「は〜い!少々お待ちください!」

教室の景色は普段とは違い上品な雰囲気を出している。掲示物などは全てはがし、私の背丈ほどある観葉植物でアクセントをつけている。この植物はたしか保健室にあったものではないか…?

机には黒いテーブルクロスを敷き、椅子は白い布で覆われている。

上品さを重視した配色なので教室内の装飾は黒と白を基調としている。

余計な色や装飾を使わずシンプルにまとめられている。

「空いたお皿をお下げします。」

教室の装飾だけでなくこの料理の数々もすごい。

なんといっても料理総括をしているのが速さんなのでレベルが高い。

彼女は勉強と運動に加えさらに料理までも上手である。この前、速さんのお弁当を少し食べさせてもらったが無論、最高だった。その時はオムライスだったのだが味はもちろんのこと玉子の半熟具合が絶妙だった。お箸でその中身を割ると見事にとろけだしケチャップの酸味とからみ合うプロ並みの技だった。

「どうもありがとうございました〜!」

こうした数々のサービスの中でも私たちウェートレスの格好が一番の魅力だと思う。自分で魅力だと言うのも抵抗あるのだが…。

黒い制服に黒のニーソックス。白いカチューシャに白のエプロン。

いったいどこから調達してきたのか疑問である。私たちのクラスがこのような事をする原因となった人が担任である。

そう。あの人は私たちが提案した喫茶店に反応した。

時代に便乗するべく担任は激しく悟った。

これなら行ける。

これなら勝てる。

これなら儲かる。

もう私たちの文化祭は担任によって壊されてしまった。

このクラスの出し物の名前は…。

「禁断のメイド喫茶」

このいかがわしい店名の効果なのかうちのクラスの集客率は群を抜いていた。他のクラスも似たようなことはしている。が、こんな危ない名前をつけたのはうちのクラスぐらいであろう。担任いわく、第一印象が大事であるとか。

通りかかった風紀員に見つかったらなんと言われることやら…。


「…パシャ、…パシャ、パシャ」

大きなカメラで私たちの奉仕姿を撮る人がいる。この人は決して盗撮をしているわけではない。卒業アルバムに私たちの思い出を載せるために撮影する正統なカメラマンである。妙にアングルが下向きであるが…。


教室の時計はちょうど正午を差している。この時間は一番お客が来る時間帯。昨日のこの時間もやはり大勢の人がこのクラスに足を運んだ。

そんな文化祭も今日でもう最終日である。

行列する人が並ぶ廊下から食べ物の匂いが充満し教室に押し寄せる。

ダメだ。そろそろ私のお腹も限界である。誰かいい加減に交代してほしい。気のせいかもしれないが私1人だけ他のウェートレスと比べ、働いている時間が多いように思う。

「麻美ぃ〜〜〜!」

お腹がすいてただでさえ気が立っているというのに騒がしい声の彼女が私に近づいてくる。にこにこ笑顔で両手をひろげて抱きついてくる。

「か・わ・い・ぃ〜っ!」

「…んぅっ、やめなさいっ!!!」

私は即座にその両手から逃れ、ミレアから離れた。

悲しそうに下を向いて落ち込む彼女。いかにもわざとらしい演技であり腹が立つ。毎回、私に絡んではこの行動をして気をひこうとする。いったい何をしに来たのか?ミレアは速さんと一緒に家庭科室で注文された料理を調理する担当。注文用紙はさっき渡したので特に用はないはずである。

「これくださいなっ!」

いつの間にか彼女はテーブルの椅子に腰をおろしていた。メニュ表を開き一番下にあるメニュを指さす。

なるほど。ミレアが何を企んでいるのかようやく把握できた。これを頼まれてしまうと私は彼女から屈辱を受けることになる。

「ていうか、あんた並んだ?」

「すーんごい並んだね!」

彼女はどうしても私にアレをやらせたいようだ。教室の入り口にはまだ行列が絶えない。これは早く彼女に退散してもらうほかないようだ。


ミレアが頼んだメニュは「禁断のメイド料理」というものであり、怪しい名前からこれを注文する人は値段が一番高いながらも全体の半分を占めている。

「お…、お嬢様…に私の全てをご奉仕します…。」

「ガンバれ!わたしのアサみんっ!!!」

この制度を考えたのも担任であり、このメニュは注文を受けたウェートレス自身がお客に自分で料理を作り食べさせなければならない。

料理といっても、おにぎりだけの限定であるが…。


お皿に乗っている三つの食材。それはごはん、のり、塩。

私は両手にベトつくごはんを必死に丸める。だが、いっこうに丸まる気配がない。なぜであろうか…。

次に丸めた…ごはんに塩を適当にふりかける。

最後にのりで包んでいく。

「…お嬢様、…どうぞ私をお召し上がり下さい…。」

「ふむ。」

口を大きく開き私の初料理を食べる彼女。しばらく無言のまま静かに噛み続けるその姿はミレアにしてはめずらしい光景である。

ようやく噛み終えたのと同時にコップに入った満杯の水を一気に飲む。豪快に喉を鳴らす音が私の耳にまで聴こえてくる。

「ありがとうメイドさん!

 とって〜も、おいしかったよ!

 水が一番おいしかったかなっ!!!」

恥ずかしい発言をして頑張って初めて作った料理。

それはおにぎり。

私の苦労は文字どおり水に流された。

そこには両手についたごはん粒を口に運び、空腹を満たす私がいた。


文化祭が終わった後、私は速さんにおにぎりの作り方を聞いてみた。

その時に初めて、私はごはんをも持つ前に手を水で濡らすことを知ったのだった。

















細長いパンフレットを広げ行く場所を決める。目を細めて慎重に選ぶ。私に与えられた休憩時間はもう残り少ない。教室に戻ったら麻美と交代しウェートレスをしなければならない。

あの格好は相当恥ずかしい。まだ制服を着てやれるだけましなのだろうか。

人生で体験するかどうかさえわからないその姿をさっき、私はお父さんに撮られてしまった。学校で何かしらイベントがあると三脚と高そうなカメラを持ってきて撮り始める。

お父さんの仕事はカメラマンであり契約している学校の卒業アルバムの制作に携わっている。

よって、私の見られたくない格好が確実にアルバムの一枚へと刻まれていく。

昨日の夜にお父さんは満足そうな顔をして、いいのが撮れたと言いカメラのレンズを磨いていた。果たして、いいのが撮れたとはどういう意味のことやら…。


直線の空間には大勢の人が溢れている。必死にお客を呼び込む学生の姿は普段は見られない光景である。

廊下は行き違いができないほどの人が溢れ、前に進むだけで一苦労。

だだをこねて泣く子供の声、それをやさしくあやす大人の声、それを見て心配そうに声をかける学生の声…。狭い空間には様々な声が混ざっていた。

延々と続く廊下の窓からはわずかな日差しが覗き、小さな影をつくる。


中央階段を降りて一階へと向かう。学校のあらゆる壁という壁に広告が貼られている。こうして階段を降りている時でさえ叫び声が聞こえてくる。

「是非とも2ーCのミステリアス・ツアにお越し下さい〜!」

「いまなら1ーEは全品を通常の半額で販売しておりま〜す!」

「3ーAはクリエイト工房で〜す!無料で特製ストラップをお配りしてま〜す!」

どのクラスも知恵をしぼり集客している。一歩ずつ階段の段差を降りるたびに勧誘を受ける。


子供と手を繋ぐ人や恋人と手を繋ぐ人。

私と行き違う人たちの楽しそうな顔を横目で知らないうちに眺める自分がいる。

急にどうしたのか…。意識したわけでもないのに勝手に視線が奪われてしまう。

気がつくと、私の周りにいる人たちすべてが手を繋いでいる。

階段の踊り場で私は一人足を止める。頭上にある窓からの光が淡く、私の場所のみをかすめていく。


なんだろう、この感覚は。

なんだろう、この気持ちは。

なんだろう、この…。


心の底で何かが私に問いかけてくる。薄汚れた上履きから反射される光までもが私を孤独にさせていく。







「…おーい。白鳥?」

私の小さな肩に誰かの声が降りかかる。それに気づくことができたのは、だいぶ時間が経ってからだった。

















「炭酸、大丈夫だっけ…?」

透明な水滴がついた冷たい缶を手渡される。ゆっくりと下に落ちていくそれは、やがて私の肌を刺激した。

「きゃっ」

あまりの冷たさに声を出してしまった。よく缶の表面を見てみると氷のかけらがついている。ほのかに痛いそのかけらを我慢しながら封を開けていく。


外の空間もやはり大勢の人で溢れていた。正門からパンフレットを渡された人が次々と歩いてくる。一人ひとりの足取りを見つめながら私は炭酸を飲む。

「みんな体育館の方向に向かっているな。」

体を前かがみにして不思議そうにつぶやく時見くん。ストロを鳴らしながら抹茶ラテを飲みほしていく。

体育館では演劇や大型アトラクションなど時間帯によって様々な催しが行われる。

だが、いくら人気があるものでもこんなに人は集まらない。

「ところでさっきはどうしてたんだ?

あんなところで止まったりして。」

からの容器に刺さるストロを口にくわえたまま質問する彼。

私はこれに答えることはできなかった。

「ちょっとね…。」

偽りの笑顔で彼の声を流していく。

…自分でもわからない。なんであんな風になってしまったのか…。


「う〜〜〜んっ、と。」

急に立ち上がり体を伸ばす時見くん。両腕を伸ばし、つま先立ちになる。制服の上着が上がるのと同時に中の白いシャツが見える。

快晴の空が彼を大きく包み込む。

「んで、これから白鳥はどうするんだ?

俺はまだ、この看板をぶら下げて歩かないとなんだが…。」

眠そうな声で目をこすりながら地面に置いてあった大きな板を首にぶら下げる彼。

時見くんは宣伝担当であり、うちのクラスの広告をしている。これをぶら下げて歩くのは相当な勇気がいるだろう。なにせ、名前が恥ずかしすぎる…。


私も立ち上がり体を伸ばす。立ちくらみが激しく、ふらついてしまった。肩越しに後ろを見てみるとスカートが若干よごれている。花壇の淵に座っていたので仕方がない。

「私も体育館に行こうかなっ。」

私の発言を不思議そうな顔で聞く時見くん。しばらく体育館へとつながる行列を見つめる。並んでいる人全員がチケットを持っているのを見て彼はようやく理解できたらしい。

「…これってまさか、塚原のヤツ?」

彼は私の頷きを見た瞬間、驚愕した。

「時見くんも行こうよっ!」

止まった彼の体に私は動きを与える。無意識に彼の腕をとり、この長く続く列に並ぶ。

腕を急に引かれた勢いで転びそうになる彼。首にかかる大きな看板の一部は彼の体だけでなく、私の体とも密着する。

「そろそろ白鳥は交代の時間じゃないのか?」

「ちょっぴりサボりますっ!」

いつもと変わらない突き抜けた青色の海を見つめながら私たちは時を過ごしていく。







2人の姿を向日葵が花壇から見つめる。

既にその黄色い花びらは脆く、地面に無残な色を遺す。


今日も白い校舎は静かにこの学校ばしょを見守る。

















転落防止用の鉄柵に腕を絡めて下を眺める。きれいに並べられた椅子に大勢の人が順番に着席していく。天井の照明も段々と暗くなり準備が着々と進んでいく。ずっと立っているせいか気がつくと脚が痺れていた。ゆっくりと重心をずらす。

私のいる場所は体育館のニ階であり、ここには椅子が設けられていない。一階は来場客、ニ階は教師や生徒など学校関係者が占めている。


「長原〜。ここにいたのか。」

くたびれた声。やる気のない声。私の背後から聞こえてきたその声はやがて私の真横にきた。

「島田…先生。ずいぶんとお疲れのようで。」

「なんだ〜?その微妙な反応は。」

今日で文化祭も最終日。生徒たちには後夜祭があるが、私たち教師には関係ない。

彼のつまらない話を私は少しだけ聞いてやった。

目線を檀上の閉ざされた幕に向ける。

「本当にこういう文化祭とか体育祭の時は疲れるんだよな〜。

 保健室から出て、少しは生徒たちと触れ合いたいのにそうもいかない。

 さっきなんか迷子が侵入してきて大変だったよ。」

揺らめく幕の向こうの世界を思い描く。視界は段々と薄れていき、音も聴こえなくなっていく。

「そんな超忙しい俺でも、なんとか時間を作ってさっき校内を探検してきたんだよ。

 てか、お前のクラスの子たちはやばいな…。過激だぞあの格好は…。お前らしい荒技だよ。」

私の前に広がるのは夢のような懐かしい世界。繰り返されるその映像は決して今でも忘れることはできない。

「そういえば、細田と白川は少し遅れるとか言ってたな。

 さっき廊下で会ったんだが、大変だな。自分のクラスを持つといろいろ苦労するからな。

 …長原?…おーい!」

蘇る色、蘇る声、蘇る姿。

もう会うことができない彼女の幻影が私を包み込む。

虚ろな時間が私の身体からだをゆっくりと溶かしていく。

「おーいっ!俺の話を聞けぃ!」

瞬時に解かれていくその世界。私が見ていた幻影は跡形もなく消えていく。

「どうしたんだ急に?ボーッと笑いもせずに。お前らしくないな…。」

再び私の目に映る揺らめく幕。止まることなく揺れ続けるそれは私の心をも揺らしていたのだった。


一階のざわめきも段々と静かになっていく。放送が入り体育館の観衆全員に同じ音が与えられる。

「間もなく、開演致します。しばらくお待ちください。」

照明は完全に消されていき何も見えない。音と声だけが私たちの世界。

私は絡めていた腕を解き、体を天井いっぱいに伸ばす。重心を変えたおかげで脚の痺れはもう治っていた。

携帯の画面でこっそり今の時間を見る。私は数時間前からここに立っているため時間の感覚が狂ってしまっている。人気が非常に高く、早い時間からここに来なければいい場所が確保できないためである。


「長原、島田。」

誰かの小声が聞こえてくる。視界がないため声だけで判別するのは難しい。だが、彼の声はもう何年も聞いているため認識することができた。

「き、君主!いたのか!」

「あたりまえだろ。…てか、声でかいっ。」

私の声は彼の声の何倍のも大きさであり、暗闇の体育館に激しく反響こだました。






暗闇の中で島田が君主に愚痴をこぼす。

「さっき長原が俺の話を聞かずに黄昏(たそがれ)てたんだよ。どう思う?」

君主は微笑みながら島田の愚痴を聞き入れる。

「仕方ないよ。この場所は、俺たちにも思い出があるから。」

姿のない君主のその声は、切ない調子だった。

「…それに塚原くんの歌は、どこかアイツに似ているからな。」

この言葉の意味を静かに、深く理解した島田。

「………なるほどな。だからさっきはあんな風になっていたのか…。」

三人の気持ちは今、おそらく同じであろう………。

私たちの心には今もなお、あの旋律が残り続けている。


「………確かに、アイツの歌に似ているな…。」







島田の震えた声は静かに、暗闇の体育館に消えていく。
















俺の眼前は既に暗闇の中。閉ざされたこの幕の向こうには数えきれないほどの人がいる。心臓の鼓動は激しく自分の胸を打ちつける。この緊張は何とも言えない。

俺だけでなく、この幕の中にいる他のメンバも同じ気持ちだろう。沈黙の中、静かに深呼吸をする自分がいる。

目を開いても閉じても俺たちを包みこむのは暗闇の世界。この脚の震えは自分しかわからないだろう。

頭の中で時計の秒針が動いていくのを想像する。

「…カチッ、…カチッ、…カチッ、…。」

一秒また一秒とこの暗闇の世界の時も流れていく。ゆっくりだが確実に俺の身体からだを縛りあげていく。

惑い、恐れ、不安。

短い時の流れの中で襲うのは、どれも陰鬱な感情。

込み上げてくる負の塊だけが俺の背中を誘惑し、引き込もうとする。


今までの自分だったらこの渦に全てを委ねていただろう。目まぐるしく続くその螺旋の果てには強い恐怖しか存在しない。

たくさんの練習も努力もしてきたのに逃げようとする。

みんなに自分を伝えるためにしてきたことを自分で否定する。

そう。だから俺は見失おうとしてしまっていた。

うわべだけでどこか、満足させようとしていた。

結局、今までの俺は自分を隠していたに過ぎない。


暗闇の幕の向こうから始まりの合図が聴こえてくる…。

「お待たせいたしました。これから開演致します。」

ゆっくりと静かに幕が左右に開かれていく。






俺はもう逃げない。

あの日、あの人が俺に勇気をくれたように。

あの時、白鳥の言葉で自分を見つけられたように。

俺は、みんなに伝えなければならない。この光のない世界で自分を示すように。

そして、自分が光となりこの世界ぶたいをまぶしく照らすために。


マイクを力強く握りしめ、口元に静かに近づける…。












伝えてやる。俺のうたを。

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