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Students  作者: OKA
23/30

17:海風と彼女と紐靴と


「ザーーーーーーー…」

汗が流れ、体をきれいな水滴が包んでいく。

手で(あし)をやさしく()み、疲労が残らないようにする。

今日も全力で走った。

…明日に備えて今日は少し早めに寝よう。


「ザーーーーーーー…」

…塚原くんは歌に関わる仕事。

…時見くんは漫画家。

…麻美ちゃんは美容師。

…ミレアちゃんは通訳。

…園歌ちゃんは………

……………。


「ザーーーーーーー…」

みんなと別れてもう数カ月。

その間に私はたくさん走った。

もうすぐ、みんなも走りだす…


(たか)みに、行くために………。






「キュィッ、キュィッ、キュィッ…」

…そろそろ、出ようか…な。
















「ボワンッ」

このベッドは硬い…。

指で押すと弾力の強さが確認できる。

やさしく包んではくれず、起きたら体の節節(ふしぶし)を痛めている…。

爽快な朝を約束されたのはもう過去の話…。

「…。」

言葉を話してもなかなか言いたいことが通じない。

あらかじめ勉強した努力が水の泡。

結局は習うより慣れ…。

「…。」

…食事も困った。

味や材料の違い、どのお店に何が売られているのかなど…。

…料理を作り食べてみると何かが違う。

残さず食べるのが私の鉄則…。

「…。」

自分のことは自分でする…というあたりまえのこと。

私1人だけの生活…。

全て、自分の足で進まなければならない…。


「ポタッ」

…髪、もう少し乾かさないと………






「シュッ、シュルルルルル…」

この鞄もボロボロになってしまった。

…仕方がない。それが時が経つという…こと。

…?………、タオルが…ない。洗濯してこの中に入れたはず…。

……………、………。







手のひら程の小さな紐靴

その傷ついた衣に彼女の髪先の一粒の雫が

やさしく、溶け込む…








…なんでこれ…が………?






私、この(シューズ)入れた記憶(おぼえ)ない…
















「ヒューーーーーーー…」

…玄関の片隅にあった幼児用の靴。

最後に見たのは体育祭に行く時…。

体育祭が終わった後、そのまま空港に向かった。

…どうして………?

お母さんが入れた…のだろうか…。


「ビューーーーー…」

私が自分で入れたのを忘れているだけ?

仮にそうだとしてもなぜ、いれたのか…。

大きさが小さすぎて足が入らない…。

持っていく理由がない。

…使い物にならない靴。


「ヒューーー、ヒューーー、ヒューーー…」

この靴を履いたのはたった一度だけ。

あれは確か幼稚園の運動会の時…。

それ以来、履いた記憶がない。

なぜ、履かなくなった…のか…。

……………。


思い出せない。

気づいたら玄関の片隅で(ほこり)をかぶっていた。

小さくて、傷ついて、ボロボロで…。

…昔見た形をとどめたまま。

何も変わって…いない。


…とりあえず、ここに飾っておこう………かな。







「ビューーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!」

「っ!!!」


海風が彼女の身体(からだ)を包みこむ

部屋の中、開かれた窓から見える海と空

そして、一粒の微かな記憶…
















……………?何か頭の中…で…

なんだろう…、海辺を歩いてる…?

大きい男の人が、この靴を持ってる…。

…私がその人と手を…繋いでる…


…?何か聴こえる………。

黒髪の長い女の人が…歌ってる…

この歌、どこかで…

………っ!!!


………………………………………………………………………。
















「トゥルルルルルルルルル…

 トゥルルルルルルルルル…

 トゥルルルルルルルルル………」

「カチャ」


「もしもし…」

「塚原 悟と申します。飛馬 速さんはいらっしゃいま…」

「…つ、塚原くんっ!?」

「ふふっ、久しぶり…

 元気そうだ…な………。」







「ヒューーーーーーーーーーーーーーーーー…」


暗闇に()ちた群青(ぐんじょう)の世界

行方を知らせないその海風はやがて

どこかへと消える…
















「うまく走れてる…か?」

「うまく走れることなんて…ない…。

 …でも、楽しいよ。

 もう、何も考えずにただ全力で走れるから…」

「以前のお前と今のお前、違うな…。」

「…?」

「姿は見れなくても伝わってくる。

 …その声…で。」

「…声?」

「…、俺がお前と一緒に帰った日の事、覚えてるか…」

「…、もちろん。

 あの黄金色(こがねいろ)が見えた夜の日…」

「そう…、あの時のお前の声は…迷っていた。

 でも、今は突き抜けた、…真っすぐな…いい声だ。」

「…あの日を越えることができたから今の私がいる。

 迷っていた私を導いてくれたのは、…塚原くん…だよ。」

「俺が飛馬を導いた…か…。

 …俺はただお前の隣にいただけ。何もしていない…。」

「…ううん。あの日、一緒にいることができなかったら私………。

 違う道を進んでしまっていたと思うんだ…。

 もう一つの…道を…。」

「………、…。」

「本当にありがとう…ね。」

「………………………。」


「…………………。

 ………で…でっ、塚原くんどうして電話を…」

「…………………。

 ………あ…あぁ、ちょっと頼みごとを受けてな…」

「…、頼みごと?」

「…飛馬、突然で悪いが今週末に日本(こっち)()れる…か?」

「………。…?」

「俺たちの卒業式がちょうど今週末にある。

 その前日に貴殿院がみんなで集まりたいと言ってな…。」

「……………、…。」

「貴殿院が飛馬の携帯番号を知ってる俺に、お前が来るようにどうにか説得してくれ…と頼んできてな…」

「………もう今週末…か。」

「…?」

「…う、ううん。

 ひとり言…」

「時間も費用もかかりすぎる…。

 説得してくれと頼まれたが俺はこれ以上…何も言わない。

 飛馬の意思で決めることだからな…。」

「…。」

「また今週末の前に電話する。その時に答えを教えて欲しい…。

 ……………、飛馬…?」

「…え、あ…うん。」

「急な話で悪い。

 お前が来ない場合は俺が適当に話をつけておくから心配しなくていい………」

「…ふふっ、ありがとうね。

 でも大丈夫だよ…。もう答えは、決まっているから…」

「………、え?」

「…私………」







……………………………。


…行くよ。







窓辺から向こう側を望む小さな紐靴

それを静かに見つめる彼女

そして、海風が…また
















「…塚原くん、あの歌聴かせてくれない………?」

「………、どうした…?突然…」






…。
















ちょっと…ね。


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