16:悠久の旋律
「きーみーの声が聴きたいから、ぼくはうーみーを眺め…。
あなたーのー笑顔が欲しいから、わたしーはー空を見る…。
世界ーは交わり出会うだろう…。
偶然という名の必然で~。」
「………………………………………………………………………。」
きらめく水面に映る悠久の旋律が、彼女たちの眠りし過去の記憶を呼び覚ます…
「話、聞いてくれる…。私が園歌と出会う前の話…」
「………。」
「小さい時の私は外に出れなかった。部屋の窓から外の景色を見つめる毎日…」
「………。」
「いつも海辺を眺めていた。…このどこまでも続く…水平線…を。」
「………。」
「…昔の私は外の世界も家の中も同じものだと思っていた。…海と空を見つめても何も感じなかった。」
「………。」
「でも、ある日を境にしてこの青色が…きれいだと思えるようになった…」
「………。」
「その時、歌が聞こえてきた
そう、海辺から…」
「………。」
「あの時の歌とこの歌…同じなんだ。
不思議よね…」
「………………………………………………………………………」
「…聞いてる………?
…ねえ………」
「ザーーー、ザーーー、ザーーー…」
この海を越えた先に私が住んでいた場所がある。
この街に来たのは高校一年生の時…。
…いいや、小さい時にも来た。
「ザーーー、ザーーー、ザーーー…」
あの時も父親の仕事の都合で訪れていた。
…たった一日だけ。
あの日の出来事は…忘れない。
「ザーーー、ザーーー、ザーーー…」
…蘇る。
あの日も同じようにここに来ていた…。
そう、ここで…。
「ザーーーーーーー…」
あの人に会った…。
あの日、私はこの街に翻弄されていた。
…言葉が通じない。
右も左もわからない、どこに何があるのかわからない、全てが初めて…。
親の言うことを聞かなかった自分が悪い。
勝手についてきた私が悪い。
どこまでも進んでしまう気持ちが悪い。
そんな後悔だけが私を包んでいた。
悲しみで溺れた心を励ますものは何もない。
大きすぎた世界に小さすぎた自分の足先が虚しく映る。
立ち止まった私はもう歩けなくなっていた。
…その時だった。
海辺からこの歌が聞こえてきた。
傷ついた身体を、心を、私を包む旋律。
…子守歌のようにやさしく教えてくれた。
私は1人ではないと、語りかけるかのように…。
………………………………………………………………………。
ひとがいっぱいいる。
わたしよりせのたかいひとがたくさん。
どうしてみんな、おなじふくをきてるのかな…?
「………。」
おおきいおにいちゃんとおねえちゃんがいっぱい。
わたしもおおきくなったらこんなふうになれるのかな?
おともだちたくさんつくって、はなせるかな…?
「………。」
いろんなこえがきこえる。
みんなわらってる。
わたしはわらえてるかな…
おでこが、あついよ。
からだが、ふるえるよ。
めから、なにかながれるよ。
これがわらう…ことだよね…?
「………。」
どうしてみんな、わたしのことをみるの?
わたしどこかへん…かな…。
なんでそんなかおをするの?
ちょっとせがひくいけど、おなじだよ。
わたしもみんなと…おなじだよ。
…………………。
ねぇ…。
…なんで?
「この迷子、どうする?」
「外国の子…みたいね。瞳が碧いし…。」
「誰か交番に連れて行けよ。」
「先生に言ったほうがいいんじゃない?」
「お前、どうにかしろよ。」
「…やだよ、関わりたくないし…。」
「さっきからずっと泣いてるわよ…。」
「どうすんだよ?このまま放っておくのか…?」
「てか、もう授業始まるぞ………。」
「やべっ、俺たちもう先いくぞ~!」
「………………………。」
おはなししてる。
なんておはなししてるのかな…?
…わからないよ。
おみせがいっぱいある。
たべもののいいにおい、きれいなおはながさいてる、かわいいおにんぎょうがある…。
「………。」
わたしとおなじくらいのこがいる。
…?なにか、かってもらってる。
いいな…。
…わたしもあのおおきなクマさん…ほしいな。
「………。」
あのこはパパとママといっしょ。
わたしはパパとママといっしょ…じゃない。
パパはおしごと。ママはパパといっしょ。
わたしだけ…なかまはずれ。
「………。」
パパとママはわたしにいいこにしててっていってた。
でも、わたしいいこしてない。
いうこときかないでついてきた。
…だって、つまんないもん。
ひとり…なんて。
…………………。
ねぇ…。
…なんで?
「1人であの子、どうしたのかしらね?」
「父親も母親もいない…な。
あんな小さな子を1人にさせるなんて考えられない…。」
「…ねぇ、あのこにもおおきなクマさんかってあげて…」
「あの子は、うちの子じゃないからダ~メ。」
「…お、あの店でちょっと食べていこう。
ほ~ら、おなか空いただろ………」
「………………………。」
おはなししてる。
なんておはなししてるのかな…?
…わからないよ。
すごいさかみち。
ここはさっきのぼった。
こんどはおりるのか…。
「………。」
だれもいない。
さっきもいなかった。
…いいもん。
わたしさみしくないもん…。
「………。」
きれいなうみがみえる。
きれいなそらがみえる。
でも、おうちはみえない。
わたしのおうちって、ちいさい…な…。
「………。」
とりさんたちがいっぱいとんでる。
どこに…いくのかな?
ねぇ、わたしもいっしょにいっていい…?
………、どうしていっちゃう…の。
…………………。
ねぇ…。
…なんで?
「クウァーーーーーーーーーーー…」
「………………………。」
おはなししてる。
なんておはなししてるのかな…?
…わからないよ。
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………。
おはなが、むずむずする。
おくちのなかが、しょっぱい。
めが、ほっぺたが、くちびるが…。
ぬれてる。
ここはどこ…なの?
わたし、わからない。
もう、あるけない…よ…。
………………………………………………………………………。
「きーみーの声が聴きたいから、ぼくはうーみーを眺め…。
あなたーのー笑顔が欲しいから、わたしーはー空を見る…。
世界ーは交わり出会うだろう…。
偶然という名の必然で~。」
「……………………………。」
おねえちゃんは…、だれ?
「こんなところで泣いてどうしたの?
…お友達は?」
「…………………。」
「おうちは、どこかな?」
「…………………。」
「お名前は、なんていうのかな?」
「…………………。」
「う~ん、とりあえず交番に電話してっ…と。」
「…………………。」
「あ、はい…、はい…、はい………そうですか!
わかりました失礼します。」
「…………………。」
「瞳が碧いから間違いない…よね。
お名前は…藤林 ミレアちゃんっていうのかな?」
「…………………。」
「…ミレアちゃんのパパとママが心配して探してるって。」
「…………………。」
「いつまでもそんな顔をしてたら帰れなくなっちゃうぞ~。」
「…………………。」
「…よし、おねえちゃんが幸せになるおまじない…かけてあげる。」
「………、…………………。」
「…ふふっ。」
……………。
「やっと笑ってくれたね…
…さぁ、行こうっ!」
おねえちゃんはわたしと、て、つないでくれるんだね………
………………………………………………………………………。
「…ミレア………。
…ミレア………?
…ミレア………!」
「…?」
「…あんた私の話、聞いてた?」
「………話?」
「………、あきれたわ…。私の不思議体験談をことごとく無視するとは…」
「…アサみんはもともと不思議な生き物だから別に…」
「ベシッ!」
「…っ、痛いデスよ~、冗談に決まってるじゃないですか………」
「お金使わずに遊びたいって言ったのはあんたでしょうがっ!!!
何なのその態度は!
もういいわ!!!遊ばないっ!!!!!」
「わ、私もちょっと昔の事を思い出していたのですよ…」
「ピピピッ」
「あ、あれ…アサみん?」
「…あ、もしもし塚原くん?ちょっと今空いてるかしら………
話があるんだけど…」
「目には目を、歯には歯を、無視には無視を…デスか………。」
「悪いけど頼んだわ…。
…またね」
「ア・サ・み・ん~~~~~っ!」
「………もーーーうっ!!!うっとおしいわね!!!!!
何なのそのわざとらしい笑顔は!」
「何を話してたんですか~~~?」
「ヒ・ミ・ツ!!!」
「そんなこと言わないで教えてくださいよ~。
あ、ジュースおごりますよ!ささっ、行きましょう!!!」
「ちょ、そんなに引っ張らないでもいいでしょうが…
ミ、ミレアッ!!!」
「ふふっ、キコエナイ~~~」
……………。
あの人が何を言っていたのかはわからない。
…でも。
あの笑顔は私に教えてくれた。
そう、幸せになるおまじない…を。