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Students  作者: OKA
19/30

13:月明かりの下の旋律


「お先でーす。」

制服をロッカに片付け鞄を肩に下げ挨拶をする。

陳列した商品を整頓する同僚の背中がピクリと動く。

まだ仕事中のその人は俺の声を聞くと同じように挨拶をしてくれた。

「お疲れでーす。」

笑いながら答えてるものの、その表情は隠し切れていない。

深夜の営業は…眠い。

その言葉は俺にではなく、その人が自身に言い聞かせているように聞こえた。

「ウィーン」

俺は同情をこめた背中を後に店を出る。

透明なガラス越しに漏れる店内の照明。

その細い線先は淡く、暗い帰り道を示す。
















「はーあ。」

進路が決まり次に学校に行くのは卒業式の前日。

それまでの間は長期の休み。

前の自分はこの休みの存在にすごく憧れていた。

きっと充実した日々を過ごせるのだと期待していた。

しかし、今は…。

「…はーあ。」

ため息しか出ない。

前と違うことはなんだろう…か?

…バイトの時間が増えたことぐらい…だ。

こうして家に帰って、また明日バイトに行って、この道を歩いて…。

……………。

「……はーあ。」

みんなと最後に会ったのはいつだっただろうか?

学校が休みなため会える機会がなくなってしまった。

前はあたりまえに話をしていたのに。

今ごろ、どうしているだろうか…?

………、会いたい。


…飛馬は、走っているだろうか?

…藤林は、笑っているだろうか?

…貴殿院は、頑張っているだろうか?

…塚原は、歌っているだろうか?

…そして、白鳥………は…。

隣で静かに佇む海に視線で無意識に問いかける。


頬を揺らす冷たい潮風。

陽の落ちた世界で微かに光る月の明かり。

昼間の穏やかな景色は消え沈黙の影が延々と広がる。

見えない足下は引きずり込まれ確実に吸い寄せられていく。

立ち止まろうとしても…とまれない。


鼓膜を揺らす細波の音。

通い慣れている道なのに…どうしてだろう。

胸奥で鳴り響く寂しい余韻。

身体を塞いでも振動するこの不安。

なんで掌を強く、握りしめているん…だ?


瞳を揺らす広すぎる世界。

歩いても歩いても追いかけてくる黒い水面(みなも)

…いつも青色で向こう側を見せてくれるのに。

今は、もう一つの素顔を見せている。

どこまでも続く、果てしない闇…を。

隣で静かに佇む海は俺を虚しく見つめた…まま。


「………、…?」

漆黒で埋め尽くされた砂浜から何か聴こえてくる。

こんな時間に誰かが…歌っている?

その正体を心の奥で探してみる。

…聴いたことのある旋律。

耳を澄ましてみるとそれは確信へと変わる。

この…歌…は。

気づくと冷たい地面に沈んだ足下は導かれるように、動いていた。







「…!き、君主先生…!?」

「久しぶりだね、時見くん。…バイト帰りかい?」


黒い空に映る月明かり。それは黒い水面へ溶け込み、海を揺らす。
















「どうだい最近は?」

「バイトだけの毎日ですね…。」

「ふふっ、かなり疲れているね。」

「…はい。先生はどうしてここにいるんですか…?」

「ちょっと散歩のついで…にね。」

先生は胸ポケットから何かを取り出すとそれを口にくわえ、ライタを取り出した。

「…元気ないね~。園歌ちゃんに会えなくてつらいのかい?」

「…!!!そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

「はははっ、冗談じょうだん。」

闇に()ちた水平線を見つめながら、何かを懐かしむように声を紡ぐ先生。

「時の流れは早いな…。ついこの前、夏祭りに会ったと思ったらもう卒業の季節…か。」

「そうですね…。俺自身、卒業する実感があまりわかないです。」

「…はははっ、誰でもそんなもんだと思うよ。」

先生の指先に灯る炎は静かに燃え続け、次第に煙草を短くさせていく。

「俺の高校生(むかし)の時も時見くんと同じだったな。

 気づいたら季節が通り過ぎて自分は何か変わったのかな?って思っていたな…。」

「…先生は長原先生、島田先生、白川先生、細田先生と親友なんですよね?」

「………、誰からその話を聞いたん…だ?」

「長原先生が言ってたんです。文化祭の時に話す機会があってその時に…。」

「………なるほど…ね。」

「あっ、先生ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど…。」

「ん?」

短い煙草を惜しみながら吸う先生の頬を見つめ俺はあの事を聞いてみる。

「先生が高校生の時、長原先生、島田先生、白川先生、細田先生以外に仲の良かった友達っていますか?」

「………、…。」

「長原先生のデスクに高校生の頃の先生たちが映った夏祭りの写真が置いてあったんです。」

「……………。」

「写真には6人写っているんですけど残りの1人がわからないんです。女の人で青色の浴衣を着ていて…。」

「………………………。」

先生の顔から笑顔が消える。

吸い終えた煙草を黒い水面へと押しつけ炎を沈下させるその姿はなぜか…。

力弱く、見えた。







「…時見くん、見たくなくても見えてしまう…。

 そんな記憶は…あるかい?」

「見たくなくても見えてしまう…?」

「…そう。たとえ、瞳を閉じたとしても映り込んでくる…。

 そんな、記憶…。」

「………。」

空に浮かぶ月を見つめたまま先生は再び、歌い始めた。
















「この歌って塚原がライブで歌っていた歌…ですよね?」

「…そう。実はこの歌、俺が高校生の時にも…聞いたことがあるんだ。」

「…え?」

「不思議だよ…。まさか再び聴くなんて…ね。

 この歌は俺の友達…、そう。

 青色の浴衣を着た…、アイツが昔、(ここ)でよく歌っていたんだ。」

「…アイツ?」

歌い終わると先生は流木に腰を下ろし、再び胸ポケットから煙草を取り出した。


「スーーーーーッ、ハァーー…

 …アイツはいつも(ここ)で空を見上げていた。

 長い黒髪で、歌を口ずさんで、青色が大好きで…。

 ただ、それだけの女の子だった…。」

「…、…。…?」

先ほどと違い先生の指先の炎は速く、煙草を灰に変えていく。

「俺とアイツと長原は仲が良くてよく高校に一緒に通っていた。

 その時のアイツの行動といったらもう予測不可能。ふと後ろを振り返るとアイツがいない…。

 どこに行ったかと探してみると(ここ)で歌を歌っている…。

 …ふふっ、まったくもう…な。」

足下に散れたその残骸を見つめたまま先生は寂しく笑う。

「その歌が聴こえると俺たちはため息をつきながらも海に向かうんだ。

 そのまま学校に行くと後で泣き始めるからな…。」

潮風が強く俺たちの身体に押し寄せる。

水面の月は揺らされ崩れたその衣は(まばゆ)く黒い空に反射する。

「アイツが歌うとよく子供たちが集まってきた。

 懐かしいな…。

 俺と長原もよく子供たちと遊んでいた…な…。」

煙草の炎が激しく燃え、消える…。

俺は先生の弱い声音を聞きながらそれを…見つめる。


「塚原くんがアイツと同じ歌を歌った時…、嬉しかった。

 高校生(あのころ)に戻れたような…気がしてね。」

「…。」

その言葉を聞いた瞬間、急に頭の中で何かが映り始めた。

…なんだ?これ…は………。







俺と手をつなぐ小さな女の子の姿。

…薄く(かす)んで、おぼろけな輪郭…。

それは、はっきりと蘇らない。

その子も歌を歌っている…。

この…歌…は………。
















空を見上げると夜明けが近づいていた。

月明かりは徐々に姿を消し、ゆっくりと青色に変わっていく。

身体を包む厚着の服に触れてみると、指先が凍ったのだった。


「ハックシュンッ!」

「…はははっ、ごめんね。

 …もう、帰ろうか。」

最後の一本を吸い終えた先生は明けていく空を見上げ、歌を口ずさむ。


「きーみーの声が聴きたいから、ぼくはうーみーを眺め…。

 あなたーのー笑顔が欲しいから、わたしーはー空を見る…。

 世界(ふたつ)ーは交わり出会うだろう…。

 偶然という名の必然で~。」

「この歌、白鳥も歌っているんですよ…。

 いい歌…ですよね。

 なんだか懐かしい気持ちが…します。」

なぜかとても嬉しそうな顔をしながら先生は俺を見つめる。


「この最後の台詞(セリフ)、アイツの口癖だったんだ…。」






バイトの帰り道。そして太陽は空を照らし、海を包む。

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