9:一番星を見つめて
…雪が激しくなってきた。
急いで楽器を片付けよう…。
「今日も良かったぜ塚原っ!」
「明日もこの調子で頼むぜっ!」
背中を勢いよく叩かれる…。
俺も負けずにソイツらの背中を叩く。
「ああ、本番はもう明日だからな…。
気合い、入れないとなっ!」
「バコンッ!」
鈍い音が白く、冷たな街に響いていく。
「…っ、痛ぁ~。」
「お前、少しは手加減しろよ~。」
この注文に対して俺は即答する。
「…やだね。」
「ほんと、お前は容赦ねぇな~。」
「…まっ、塚原…らしいな。」
この発言に俺は半分、笑いながら言い返す。
「…、いつも俺は、本気…なんだよ。」
吐き出した息は限りなく空へと近づき、雪の色と同調していく。
「…ふっ、言ってくれるな。」
「俺たちも、見習わなきゃだな…。」
肩についた白い欠片を振り払う。
…指先が少し、かじかむ。
「明日は楽しい夜に…、しような。」
「もう、俺たちでやるの最後…だから…な…。」
足下に積りゆく雪が冷たく、靴を包む。
……………。
「…じゃあな、塚原。」
「また明日な…。」
正面に見える白い大きな木。
電飾で枝先を覆われたその木は今、この街をやさしく照らしている。
「………ああ…。」
降り続ける雪の中、その誇らしく輝く姿を羨ましく見つめながら俺は強く、答える。
………。
互いを見つめ確かめるように頷き、俺たちは静かに別れる。
「…。」
通り抜ける風。それは今日も、…冷たい。
「…、………。」
暗闇を照らす眩い光。
…店の照明か。
もう完全に陽は沈んでいる…。
普段のこの時間ならこんなに人はいない。
バンド仲間と別れた俺は、いつもと違う姿の街を歩いて行く。
「…、………。」
…寒い。
制服の上にコートを着ていても冷気が身体を突き抜けてくる。
…連日、降り続けている雪。
どうしてこの季節はこんなに冷たいのか?
なぜ、こんなに降るのだろうか…。
「………。」
周りの景色はもう、明日を待ちかまえている。
瞬きするたびに映り込むもの。
それは俺を無意識に引き寄せていく。
…今年も残りわずか…。
どれもこれも自分が考えていたより早く、過ぎていった…。
初めはそんな風に、感じなかったのに…。
「……………。」
…不思議だ…な…。
ふと、空を見上げる。
頭上に遥かに広がる漆黒の空。
その向こう側で輝く、一つの光。
果てなく続く雪の中、俺は強く輝く一番星を見つめる。
………。
公園で歌い、海辺で歌い、商店街で歌い…。
学校以外で歌うようになったのは高校生になってから。
…。
バンドを始めたのもちょうどその時。
…思えばキッカケは本当に些細だった。
あれは、高校の入学式の日…。
立ち止まるその少年に一つ輝く一番星は、記憶の欠片を語りかける。
「きーみーの声が聴きたいから、ぼくはうーみーを眺め…。」
歌い終えた後に込み上げてくるこの感覚。
その正体が知りたくて俺は歌い続けている。
誰も見てない場所で、誰にも気づかれず、誰にも知られないうちに。
ただ、声を空いっぱいに出してみると自分に、勇気があるような気がして…。
…そう信じて今も、この場所にいる。
新品の制服が爽やかな風に揺らされる。
「………。」
…本当の勇気があれば、ここにはいないだろう。
今まで、友達と呼べる友達はできなかった。
どうして俺は気持ちを上手く伝えられないのだろう?
ただ話すだけ。
そんな簡単なことが俺にはできない。
…歌うことなら、できるのに…。
春風が吹く屋上で、どこまでも広がる海を見つめる。
「………っ。」
小さい時、砂浜で会った長い黒髪の人。
あの時、あの人は俺に勇気をくれた。
…決めたんだ…だろ。
俺は歌で気持ちを伝えていくことを。
…でも、どうすれば…。
どうすれば歌を人に聴いてもらえるのだろうか…?
桜の花びらがまた一枚、風に流される。
「今日からもう、高校生…か…。」
……………。
「…君の歌、私も知ってる………!」
「!!!」
突然、俺の横に人が現れた。
…俺以外に誰もいなかったはず…。
俺の驚いた表情に、はにかみながら彼女は歌い始めた。
「きーみーの声が聴きたいから、ぼくはうーみーを眺め…。
あなたーのー笑顔が欲しいから、わたしーはー空を見る…。」
俺の記憶の深くに眠るあの人の輪郭が、蘇ってくる…。
「…。」
「あ、もう行かなきゃ…。
…私の名前は白鳥園歌。
クラス、一緒になれたらいいね!」
偽りのない笑顔でそう言うと彼女は走り去って行った。
「………。」
俺は名前すら伝えられないままその場に立ち尽くしていた。
「キーン、コーン、カーン、コーン…」
予鈴が鳴り響く。
…もう、指定された教室に行かなけらばならない。
「…………っ…。」
掌を強く握りしめたまま俺は唇を噛みしめる。
足下に散れた桜の花びら。
それを無情に踏みつぶす乱雑な俺がいた。
高校生になったその日、俺は屋上で同じ歌を歌う彼女と出会った。
この出会いこそ、今の俺を導いたキッカケ…。
屋上で別れた俺はそのあと同じ教室の隣の席で再び、彼女と会う。
それが、今の俺に…繋がったんだ…。