窓越しの桜
「カチッ、カチッ、カチッ…」
カーテンの隙間から漏れる光が額にあたる。雀らしき鳥の鳴き声の大きさも次第にエスカレートする。
窓を開けて眠っていたせいか、近隣の朝食であろうトーストが焼きあがる音が聞こえてきた。
「園歌〜!今日は早く学校にいきなさいよ!」
部屋のドアを通り抜ける程の声が一階の廊下の方から聞こえる。それと同時に枕元に置いてある携帯電話のバイブレーションも鳴った。
「From:貴殿院 麻美
ちょっと!あんた何やってんのよ!!もう8時15分よ!このまま、あんたの家の前を通り過ぎるわよ!!!」
このメールを見た瞬間、階段を上る足音と目覚まし時計の音がした。この2つの音の共鳴が私の目を完全に覚めさせたのだった。
「起きなさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!」
「チリリリリリリリリ〜〜〜〜〜〜ン!!」
今日から新学期。高校3年生の始業式である…。
「麻美ちゃんは8時から家の前で待っていてくれているのよ!早くしなさい!」
さすがに時間が迫っている。8時30分には高校の教室に着かなければならない。
「お母さん、何かご飯は?」
「も〜う、これでも持っていきなさい!」
私は母親からバナナを受け取り、学校への支度をする。支度といってもわずか数秒。
この前に高校へ行った時と同じ中身が鞄に入っているだけである。
鞄を右手に持ち、一気に玄関へとかけ下る。
「行ってきまーす!」
階段をかけ上る音が廊下に反響する。
このペースのまま走ればチャイムの鳴る前に教室に到着できる。私達は、スパートをかける。肺と足が非常に苦しかった。
「ガラガラッ、ドゴォーン」
なんとか教室へ時間内に着くことができた。私達が自分の席へと座るのと同時にチャイムが鳴った。
どうやら、まだ担任は来ていないようだ。
「キーン、コーン、カーン、コーン…。」
私と麻美の席は、窓側の一番後方の前後の席である。前に座わる息切れした彼女は私に文句を言ってきた。
「ハー、ハァ、ハァ…。フゥ〜。
まったく、あんたはいったいどーゆう神経してるの!
メールで今日は8時に一緒に行こうって約束してきたのはあんたでしょ!!
いい加減に目覚ましをギリギリにセットするのはやめなさい!!毎回、同じタイミングで鳴ってるからバレバレなのよ!!!」
この高校では3年間、クラス替えをしない。そのため教室の全生徒はほぼ、みんな仲が良い。
席替えは気まぐれに行うのだが、なぜであろうか高確率で彼女と近い席になってしまう。ゆえに、私がミスをすると非常に厄介である。
結局、私が悪いのだけれど…。
「マアマアあさみサン、それくライにシテアゲナサイよ。」
わざとらしい片言の日本語が、麻美の隣の席から聞こえてくる。このわざとらしさ具合が毎回、私を腹立たせる。
「あら、ミレア。今日は早いじゃないの。」
「ナンデスカ?ソノ棒読み反応ワ。」
この片言日本語を発しているのは、藤林 ミレアである。彼女の父はイギリス人、母は日本人。つまり、ハーフである。
彼女の一家は父親の仕事の都合でミレアがちょうど高校1年生になったのと同時に日本に引っ越してきたのである。
英語は無論、日本語も普通に上手に話せるのだが、人をあざ笑う時に片言になる。
「園歌ちゃん、おはよ〜。」
麻美の前の席からあいさつが聞こえてきた。彼女がこの中で唯一、ありがたい人である。
「おはよ〜。速さん!」
私もあいさつを返した。彼女の名前は飛馬 速という。名前を見たとおり、彼女は足が速い。
それもそのはず、本人の話によると中学生の時には陸上部で全国大会の常連であり、名前も陸上界で有名だったそうだ。
窓側の列が私達の声で盛り上がると、廊下側の一番前の席で1人の男子が立ち上がった。その男子は私達4人の方へと向かってきていた。
そして目の前で立ち止まって言ったのだった。
「この中で誰か担任を呼んできてくれないか。」
彼の名前は塚原 聡。このクラスで2年間連続でクラス委員長をしている。
整った顔つきで真面目な性格とは裏腹に、文化祭の時には覚醒する。
彼はバンドを組んでおりボーカルなのだが、校内にとどまらず地元住民のファンが文化祭当日のライブに押し寄せてくる程である。
人は見かけによらないとは、このことである。
「飛馬、職員室に行ってきてくれ。」
「え〜っ、他に3人いるじゃない。」
「飛馬、足を使え。お前は高速だ。」
塚原くんは腕組みをして立ち続け、速さんは足組みをして座り続けている。両者、一向に動かない。
塚原くんは速さんに頼めば本当に速いので助かると思っているのだろうが、速さんから言わせたら,塚原くんの
「お前は高速だ。」という発言は
「お前はパシリだ。」と聞こえたのかもしれない。私が2人のやりとりを見学していると、前のドアが開く音がした。
どうやら、やっとその担任が来たようだ。
「いや〜、スマンな。遅れてしまった。」
担任は愛想笑いをしつつ、教室全体を見回していた。欠席者はいないか確認しているのだろう。
担任は全員が出席していることを確認すると教室を一旦、出たのだった。廊下から話し声が聞こえてくる。
「そういえば、あんたの席の隣に前まで机なんてなかったわよね?」
麻美に言われてようやく私は気づいたのだった。自分の隣にあるもうひとつの席の存在を…。これは、お約束の展開なのだろうか。
再び前のドアが開き、担任と見知らぬ男子が教卓の前に立っていた。
「じゃあ、自己紹介ね。」
担任の呼びかけに、見知らぬ男子は応えるのだった。
「初めてまして!時見 経人です。よろしくお願いします!!」
出会いと別れを告げる桜の木が、春風に揺らされ花びらを校門の前に散らしてゆく姿を、私は知らぬ間に教室の窓から見ていたのだった。