6 林間学校と赤山さん
第二考査が終わり、もうすぐ夏休みになろうかという頃、林間学校があった。
お泊り行事は大の苦手。ずっと一人で何してれば…。
休みたいけどずる休みもできない、何もできない馬鹿な私は、ただただ憂鬱でしかなかった。
そして、これからまた班決めがある。ため息しかでない。
どうしたものか…。
席に座ったまま、机をただ見続けていた。
そこに、大きな両手が突然視界に入った。私の机の上に、誰かが両手を置いたのだ。
驚いて見上げると、白坂だった。
「黒田、赤山に声かけてこい!勇気を持て!大丈夫だ!」
そういうと、「早く立つ!」と言って、私を席から立たせ、
赤山さんがいる黒板近くの女子の集団へ向けて、私の背中を押したのだった。
突然近づいてきた私に、赤山さんたちは「なに?」という顔をした。
振り返ると、白坂が「がんばれ!」とエールを送っている。
それをみて一度俯き、また赤山さんのほうを見た。
赤山さんたちも私が何をいうのか、何しにここへ来たのかとそんな顔で私を見ていた。
これは何か言わないと…。
「…あの…私…。林間学校の班に…。あの…。」
続きがでてこない。断られるのが怖い。
いろいろな感情が全身を駆け巡って、私の口は貝のように堅くなった。開けたら死んじゃう貝みたいに…。
ぎゅっと両手を握りしめ、そのあとの言葉を紡げずにいると、
「もしかして、一緒の班に入りたいの?」
ハスキーな女子の声がした。私は顔を上げ、声の主をみる。
赤山さんだ。
私はこくりと首を上下に動かしていた。
「OK!」
え、「OK!」って、それで終わり?
信じられないものをみるかのように赤山さんを見つめる。
赤山さんと一緒にいた子たちは、「いち果がOKなら、うちらもOKだよ!よろしくね!」と私を受け入れてくれていた。
「よろしくお願いします…。」
自分で話しかけておいてなんだけど、いまだこの状況が信じられなくて呆然としていると、
「じゃあメンバーも決まったし、早速、話し合い始めようか?」
そんな私を全然気にしていない様子の赤山さんの一声で、どんどん班の役割分担が決められていった。
赤山さんが、あの日「OK!」と言ってくれてから、教室での過ごし方が少し変わっていた。
お昼ご飯を一緒に食べるようになったのだ。
白坂とではなく、赤山さんと。
「黒田さんって、いつも白坂にからまれているでしょ。」
「うん。」
即答すると、赤山さんは笑った。
「ちゃんと話せるんだね。」
「私のこと?」
「そう!だって今まで誰とも話そうとしないから一人が好きなのかと思っていたの。違うのね。」
悪気なく言う赤山さんになんて返していいか分からなくて、少し笑ってみせた。
「ごめん、ごめん。そういう人もいるのかなあって。ほら、個性は大事だし。」
ばくばく弁当をほおばりながらしゃべる赤山さんを前に、よくこんなに食べながら話せるなと感心したりしていたけど、それは口には出さないでおく。
黙ってご飯を食べていると、赤山さんは、さっき学食で買ったばかりの冷たい牛乳をごくごく飲んでぷはーと息をはき、満足そうに空になった弁当箱を片付けている。それが終わると、カバンからお菓子を取り出して、ぽりぽりとほおばり始めた。
「そんなに食べてよく太らないね。」
少し呆れた声を出すと、
「黒田さんが少食なのよ。弁当箱小さいし。それ幼稚園の時使ってた、とか言わないわよね?」
じっと私の弁当箱を見てくる。
「うーん。幼稚園で使ってたかどうかは覚えてないけど、小学校では使ってた、かも…?」
「えー、物持ち良すぎておばあちゃんみたいだわ。小学生のときと同じ量しか食べてないとか、そんなだから元気がでないのよ!話してみて分かったけど、白坂がからむのがわかるわ~。黒田さん面白いもん。」
「はい!?」
声がうわずってしまった。
何言っているの赤山さん?私が面白いって?そんなこと言われたことはありません。
心の中でぶつくさ言っていると、
「それそれ!その顔!」
人の顔を指さして笑い出した。
「顔って何よ~!」
ひどいっ!とすねてみると、さらに笑いが加速している。
まったく何が面白いんだか。
そう思って赤山さんをみてたら、あんまり楽しそうに笑うもんだから、なんだか私もおかしくなってきて
「赤山さんも面白い!」
って言って、何年ぶりかも分からない、自分でもびっくりするくらい笑っていた。
突然笑い出した私に、びっくりして笑いが止まった赤山さんは、
「黒田さんには言われたくないよ!」
と私を見て言った。私も笑うのを止めて
「私も!」
といって見つめ返すと、
二人で「ぷー。」と吹き出し、また笑いが止まらなくなった。
だから、今回の林間学校は、生まれて初めて楽しいお泊り行事となったのは言うまでもない。