水面下で進行するもの
「イリヤ、こっちは大体収穫したわ」
「こっちもですぅ」
「わあ、たくさん採れたわね!」
「さっき、バーバリーが手伝いに来てくれたのです」
「え!? い、いつ!?」
今日も、晴天!
風が少ないから、外に出ていても寒さを感じない。そのおかげか、いつもよりも小鳥の囀りが鮮明に聞こえる気がする。そうよね、小鳥も寒いの嫌よね。私も、あまり好きじゃないから気持ちがよくわかるわ。
そんな陽気の中で身体を動かしたくて、イリヤと一緒にお庭のカモミールとブロッコリーの収穫をしていたの。2人で作業をしていたと思ったのだけど、どうやら3人だったみたい。全然気づかなかったわ。
周囲を見渡すと……ああ、木の上に居たわね。お礼をしましょう。ぺこり。
私が頭を下げると、バーバリーはとても妙な動きで奥の方へと移動してしまった。やっぱり、彼女は面白い。
いつか、絶対会話してみせるんだから!
「今ですよ。お嬢様がミミズに向かって「今日も良い天気ね」とおしゃべりしていた時です」
「待って、私そんなこと言ってたの!?」
「ええ。それに、「このブロッコリーは私が食べるんだから、あなたにはあげないわ」とも」
「……嘘でしょう」
「イリヤは嘘をつきません。はあ、癒し」
「恥ずかしいわ……」
「何が恥ずかしいのですか?」
「ぐぴゃあああ!?」
ミミズとの会話だなんて、友達が少ない人みたいじゃないの!
私には、ベルとパトリシア様と……パトリシア様と、ベルと……うん、少なかったわ。あっ、イリヤとかもお友達カウントして良いかしら? それに、ロイヤル社でお会いしたあの美しいブロンズのお方もカウントして……って!? 本当に友達が少ない人みたいな思考やめましょう!?
なんて、ブロッコリーを両手に持って悶々していると、急に後ろから声をかけられた。
驚いた私は、そのまま声をかけてきた人物に抱きついてしまう。……ブロッコリーを持ったまま。
「……おっと、大丈夫ですか?」
「わ、アレン!? ねえ、ちょっと聞いてよイリヤ、が……」
「……?」
その人物は、アレンだった。
いつもの団服ではなくて、ちょっとお高そうな淡いブルーのスーツに身を包んでいる。彼は、こういう服のセンスがあるわ。サヴィ様に見慣れてしまうと、芸術的センスっていうのかしら? 自分の中にあるそういう感じのものが狂いそうになるのよね。たまに、こうやって他のお方の服も目に入れておかないと。
じゃなくて! 今は、こっちだわっ!
私は、シャロンとの会話の延長線だとでも言うように、普通に話しかけてしまった。気づいた時には、すでに名前を呼んでしまっていたの。
イリヤに助けを求めようとしたけど……ダメだわ。笑いを堪えてものすごく楽しんでいる。あれじゃあ、助けてくれそうにない。どうしましょう。えっと、えっと……そうだ!
「ご、ごめんなさい! えっと、ロベール卿。うちの執事のアランと間違えてしまったわ。それに、お召し物が私のせいで……」
「そんなの、洗えばなんとでもなります。それより、名前を呼んでくださったと喜んでいたのにな」
「……そんな失礼なことしませんわ」
「貴女様にでしたら、いくらでも良いですよ」
「そっ、それより、先日来てくださったのに私ったらご挨拶もしないで失礼しました」
「大丈夫ですよ。ベル嬢は、とても礼儀正しいのですね」
「はいはい、アレンそこまでー。お嬢様に近づかないでよね。何の用?」
「わ!? ちょっ、お前はやめろ!」
汚してしまったロベール卿の服の裾を掴みながら話していると、その間に不機嫌そうな顔をしたイリヤが割り込んできた。その手についている土を、これでもかとロベール卿になすりつけている。やっぱり、このお2人って仲が良いわね。
……はっ!? これが友達ね! ってことは、やっぱり私のお友達はベルとパトリシア様だけだわ。さっきのミミズ、飼いましょうか。どのあたりに居たかしら?
なんて落ち込んでいると、
「お嬢様、どうなさいました?」
「ベル嬢?」
と、2人して私の顔を覗いてきた。
こう見ると、まるで姉弟って感じで面白い。ああ、こんな姉弟がいたら、目の保養だわ。ずっと見ていても飽きない。
「なんでもないわ。2人が姉弟に見えてかわいいなって思っただけで」
「はあ!?」
「はあ!?」
「なんで、こんなやつと」
「なんで、こんなやつと」
「真似するな!」
「真似するな!」
「ほら、仲良し!」
特に、ブロッコリー片手に食ってかかるイリヤが面白いわ。「今のシーンを絵にして」って頼んだら描いてくれるかしら? ……無理ね。
私はそんな2人を横目に、近くに置きっぱなしにしていたカゴの中へ持っていたブロッコリーを入れた。睨み合いはまだまだ続きそう。
それにしても、ロベール卿はどうしたの? シエラの様子を見に来たとか? だったら、お夕飯を一緒に食べていってくれたら嬉しいな。今収穫した、カモミールのお茶をご馳走したいから。
***
陛下に許可をいただいた私は、そのままサレン様のお部屋で彼女が起きるのを待っていた。
一応、彼には「サレン様はアリスお嬢様ではありませんでした」とだけ報告しておいたわ。幸い、何も聞かずに「やはり、そうか」とだけ呟かれた。元々、陛下は信じていなかったものね。
にしても、また頭を悩ませることが起きたわね。なぜ、彼女はこんな嘘をついていたのかしら? 別人になるなら、悪名高いアリスお嬢様じゃなくて別の誰かの方が良いと思うのに。
……ってことは、もしかしてアリスお嬢様じゃなければダメな理由があった? その辺と、グロスター伯爵家殺害事件が繋がっているようで繋がってないのよね。後で、紙に書いて整理してみましょう。
「……サレン様、大丈夫かしら」
サレン様は、薬を飲んだ後から今まで一度も起きずにベッドで眠っている。
心配になって何度か近くまで行き吐息を確認したけど、ちゃんと生きていらっしゃるわ。だから、こうやって安心してソファで待っていられるの。
今日は、彼女が起きるまでここに居ましょう。
ああ、もちろん、サレン様にも事情があるかもしれないから、変に問い詰めたりはしないわ。ただ、心配するだけなら良いでしょう? 全く様子を見に来ない、彼女の両親の代わりに。
「……痛っ」
色々と考えを巡らせていると、頭が痛み出す。私も、疲労かしら。最近休んでいないから。
今倒れたら、それこそ笑い物だわ。もう少し頑張ってちょうだい。
気合を入れて立ち上がった私は、空気の流れをよくするために勢いよく窓を開け放った。そこからは、城下町の端が見える。
そういえば、あそこにある診療所は大丈夫かしら。数十件もパンク状態って聞いて数人医者を派遣したから、間に合っていると良いけど……。
なんだか、胸騒ぎがする。
でもそれが何なのか、今の私は言葉にできない。




