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彼女の言葉を信じて



「だから、薬の成分を教えてください」

「さっきからしつこいぞ。頭痛をやわらげるものだと言っているじゃないか」

「それが成分の名前ですか?」


 ラベルに手を引かれてアリスお嬢様……いえ、サレン様のお部屋へ向かうと、そこではロベール卿とジャックが口論をしていた。奥のベッドでは、サレンお嬢様がぐったりとして眠っている。

 なぜ、治療をしないのだろうか。


 連れてきてくれたラベルによると、サレン様の診察を終えてからずっとこんなやりとりをしているらしい。命に別条はないとはいえ早く頭痛薬を処方させれば良いのに、なぜロベール卿はジャックに食ってかかっているの?


「ロベール卿、ジャックは宮殿侍医です。医療者の資格がない貴方が口を出して良い相手ではありません」

「そうですよ。さっきから何を言っているのだ、ロベール卿」

「そう思うのでしたら、薬の成分を口にすれば良いでしょう」

「ロベール卿! それ以上は医療者であるジャックを侮辱しているとみなしますよ」

「だから、この薬は……おや」


 私が間に入っても、ロベール卿は引かない。本当、どうしちゃったのかしら?

 彼には、サレン様が苦しんでいる様子が見えないの? ……良く見ると、彼女はうっすらと目を開けながらこちらを見ている。ああ、苦しそうに息をして可哀想に。早くなんとかしてあげないと。


 こうなったら、ロベール卿をラベルにでも抑えてもらい強行突破するしかない。

 そう思った矢先、ジャックが慌て出した。


「え、あれ……?」

「どうされたのですか?」

「先ほどまで持っていた、サレン様の頭痛薬がなくてですね……」

「でも、替えはありますでしょう。頭痛薬は、良く使われますし」

「え、あっ。……そっ、そうでした。薬をなくすなんて初めてで、動揺してしまいました。全く、年は取りたくないものです。お恥ずかしい」

「ジャックも人間ですから、そんなこともありますよ」

「そう言ってくださると落ち着けます。もし、その辺に落ちていましたら私まで届けてください」

「どんな薬ですか?」

「茶色っぽい錠剤ですよ。頭痛薬なので」

「承知しました。しばらくサレン様についていますので、見つけたら届けます」


 まあ、ジャックも人間だったってことね。いつも寡黙だから、サイボークか何かだと勘違いしていたわ。

 今の一件で、ジャックは落ち着いたみたい。先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていらしたのに、今はなぜか上機嫌だ。一方、ロベール卿は……。おや?


 見ると、彼も落ち着いている。先ほどまで食ってかかっていたのに。本当、この2人はどうしちゃったの?


「さて、ロベール卿。薬の成分でしたな。こちら、呉茱萸湯と言って激しい頭痛と吐き気に効果のあるものとなっております。通常は粉ですが、これは私が押し固めて錠剤にして飲みやすくなってます。これで満足していただけたかな」

「説明できるのであれば、どうぞ治療をお願いいたします」

「言われなくてもしますとも。君は、もう少し態度を改めた方が良い」

「失礼しました。サレン様が突然倒れてしまい、気が動転しておりました」

「ふん」

「すみません。後ほど、私の方からも注意しておきます」

「そうしてください」


 私が頭を下げると、ジャックはいつも通りの態度でサレン様に向かって歩いていく。

 ああ、あんなに汗をかいて辛そうにしているわ。早く、薬を飲んで良くなると良いのだけど。


 これは、後でロベール卿にお説教だわ。

 せっかくアリスお嬢様にお会いして気分が上がっていたのに。なんてことをしてくれるのよ。頭痛が酷くなりそうだわ。



***




「ロベール卿。さっきの態度はなんですか」


 診察を終えたジャックが部屋を出ると同時に、私はドアを睨みつけるロベール卿へと口を開いた。さすがに、ここで一度言わないと陛下にも迷惑がかかってしまう。

 ジャックは、宮殿の侍医をもう5年もやっているのよ。そんな方が辞められたら、次を探すのも大変なんだから。


 しかし、叱咤したのにも関わらずロベール卿は私を見ていない。相変わらず、ドアから視線を外さず……いえ、扉前に居るラベルと顔を合わせている。

 しばらく黙っていたが、ラベルが手でOKサインをするとやっと口を開けた。


「……サレン様が、倒れる際に「薬は嫌だ」と言ったんです」

「だからって」

「俺にはそれが、以前城下町を歩いた時の彼女の言葉に感じたんです。今までのアリスお嬢様を名乗っていた時とは違う、彼女の言葉だったんです」

「……それと今のがどう関係して「ラベル、拾ったものを出せ」」

「はあい」


 私が口を出そうにも、ロベール卿は何かをわかったような口調でラベルと話している。彼もわかっているみたい。ってことは、この場で良くわかってないのはサレン様と私だけってこと?

 ロベール卿とラベルは、何を掴んだのだろうか。


 色々諦めた私は、サレン様の寝顔を見ながらその続きを待つ。すると、ラベルがコツコツと靴音を立ててロベール卿の方へと近寄りながら、ポケットからハンカチを取り出した。


「あ、それ! ジャックの「声が大きいですよ」」

「……すみません。でも、それは彼に返さないと」


 ハンカチが手のひらで広げられると、そこには錠剤が1つ。

 真っ白な錠剤が、ポツンと置かれていた。


 返さないと彼が困ると思ったのに、ロベール卿の表情を見る限り返す気がなさそう。これ以上、ジャックをいじめて何がしたいの?


「もちろん、返す気はありません。だって、彼が言ったのは茶色っぽい錠剤でしょう? 白い錠剤ではない」

「……そうですが」

「だから、これは俺がいただきます。……おい、ラベル。触れてないだろうな」

「アイコンタクトもらってたから、触ってないよ」

「よし、良くやった」


 そう言って、ロベール卿はラベルの手からハンカチごと錠剤を取った。

 なぜか、錠剤へ手を直接触れないようにしている気がする。まるで、毒でも扱っているような。


 毒……?

 まさか。


「ロベール卿は、それが毒だと言いたいのですか」

「ええ。その可能性は高いでしょう」

「じゃあ、ジャックはサレン様を殺そうとして……?」

「それは、専門家に聞かないとなんとも言えませんが。ベル嬢が、誘拐された時のことを覚えていますか」

「……ええ。土砂降りだったから、良く覚えているわ」


 ああ、だから額に絆創膏を貼っていたのね。アリスお嬢様のことだから、木の上に何かあった! とか言って登って落ちたのかと思ってた。ちゃんとお見舞いを言えば良かったわ。すっかり忘れていた。


 でも、それとこのことがどう関係するのか、私にはわからない。


「その時ベル嬢が牢屋に立ち寄ったらしく、俺もシエラと一緒に後から行ったのです。訪問用ノートを見たのですが、彼の名前が載っていました。あの時は、誰か体調を崩したのかと思いましたが今思えば……」

「でも、もし仮にジャックが黒だとしたら、訪問用ノートには書かないのでは?」

「では、こちらからも「もし」を一つ。もし、ベル嬢の誘拐が想定外だったら? 彼女は、自らの足で牢屋へ行ったと言ってたのです。奇妙な花束を持つ男性に惹かれて。そうだよな、ラベル」

「はい。彼女から、そう聞きました」

「……なので、書かざるをえない事情があったのかもしれません」


 どうやらロベール卿は、ジャックを疑っているらしい。

 確かに、彼の言っていることは辻褄が合う。合うけど、彼は5年もここで働いているのよ。なぜ、今更そんなことをするのかの説明にはなっていないわ。


 でも、アリスお嬢様が嘘をつくはずが無い。ラベルの聞き間違い? 仕事はちゃんとこなす彼に、そんなことあるわけがない。とすれば……。


「……で、その錠剤が確実な証拠になり得るかもしれないってことですか」

「まだ確定ではないですが、そう思っています」

「当てはあるのですか?」


 ロベール卿は、私の質問へ応える前にサレン様の寝顔を見た。

 その表情は、まるでそこにアリスお嬢様が居るかのように柔らかく優しい。なんだかんだ言って会いに来なかったけど、結局彼もサレン様をアリスお嬢様と思っているのだろう。そりゃあ、彼女が「私がアリス」と言ったのだから信じてしまうのは無理もない。私も実際信じたわけだし。


 私は、そんな視線を向けるロベール卿に「彼女はアリスではない」と言えなかった。

 過去に精神を壊し、「アリスお嬢様はもう居ない」と毎日のように祈りを捧げて心の平穏を保っている彼に、言えるわけがない。

 外見の違うアリスお嬢様を彼が信じるかどうか、私にはわからないわ。

 

 そんな罪悪感と戦っていると、ロベール卿が意を決したように口を開く。


「フォンテーヌ家のアインスに、分析を依頼します」


 そう、私の顔を真っ直ぐに見ながら発言してきた。

 


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