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プレゼントは、ガラスの靴



 シャロンは、……。いえ、クリステル……うーん、しっくりこない。

 シャロンで良いわ。彼女もそっちが良いと言ってくれたし。


 ともかく、あの後シャロンは5年前のことを話してくれた。皇帝陛下の命令で潜入捜査をしていたこと、お父様に勘づかれて夜逃げしたことをね。

 元々、陛下の御膝元で働いていらしたのですって。びっくりよね。でも、シャロンなら納得だわ。だって、スケジュール管理がお上手なんですもの。


「ねえ、シャロン」

「はい、なんでしょうか」

「私のこと嫌ってない?」

「もちろんです。嫌う要素がありません」

「良かった。それを聞けただけで、ここに居て良かったわ」

「……逆に、私のことを嫌っていませんか」

「どうして?」


 私たちは、そのまま医療室へと向かっていた。

 シャロンったら、隣をどうしても歩いてくれないの。「私は後ろからついていきます」って。だから、おててを繋いだわ。これなら、隣を歩かざるを得ないでしょう?


 でも、そのあたりからイリヤの機嫌が悪いのよ。もしかして、おててを繋ぎたいのかしら。

 そう思って後ろを振り向くと、ニッコリ笑ってくれたわ。機嫌が悪いなんて、私の気のせいだったみたい。


「私が逃げなければ、お嬢様は……」

「それは関係ない。そういう巡り合わせだったの。むしろ、私はあそこで逃げてくれて良かったと思ってるわ」

「なぜですか」

「だって、残っていたらシャロンも殺されていたかもしれないでしょう? あのお屋敷に、私の味方は貴女だけだったんですもの」

「え、でも……」

「だから、貴女だけでも生き残れて私は嬉しい。それに、こうやってまたお話できたんですもの。結果オーライってやつでしょう?」

「……」


 シャロンが何か言おうとしていたけど、それを私は遮った。

 繋がれていた手をギューッと握り、牽制して笑う。


 もう少しで医療室が見える廊下を歩きながら。

 私は、「アレンも敵だった」という言葉を聞きたくなくて、ただただシャロンの顔を見て笑ったの。




***




「あら、シエラ。無事だったのね」

「あのさ、もう少し驚いてくれないかな。一応、九死に一生を得たんですけど……」

「わかっているわ、無事で何より」

「……複雑」

「お久しぶりです、ランベール殿。……おっと、今は伯爵ですな」

「よくご存知で。お久しぶりです、トマ卿。陛下のお手紙を受け取ってくださり、ありがとうございます」

 

 もちろん、シエラのことは驚いた。でも、想像ができたし、その前にもっと驚くことがあったからかインパクトに欠けるのよ。……なんて、本人には言えないか。

 どうやら、イリヤの言っていたもう一つのプレゼントはシエラのことだったみたい。子爵家にしては立派すぎる医療室へ入ると、トマ卿と一緒にシエラが迎えてくれた。


 私は、トマ卿と握手を交わし、ベッドから動けないシエラへと歩み寄る。

 お嬢様と手を離すのに抵抗があったけど、自分がなぜフォンテーヌ子爵家に来たのかを思い出し断腸の思いで離したわ。また後で繋いでくれるかしら。


 にしても、酷すぎる。

 シエラをここまで痛めつけて、何が目的なのか全くわからない。彼の怪我は、どこか残虐性を持っていて、見てるだけで気分が悪くなりそうになる。


「アインス、シエラの様子はどう?」

「順調ですよ。今、リハビリのスケジュールを立てていたところでした」

「そうなの。シエラ、アインスのリハビリは地獄よりも辛いから覚悟していてね」

「……それを聞くと、ちょっと延期したいですね」

「ふふ、頑張ってやるのよ」

「わかっています。1日でも早くお嬢様の側へ参りますので、見ていてください」

「ええ、見てるわ。でも、無理はしないこと」


 ……どう言うこと?

 リハビリをするのは、まあ良い。でも、その後の言葉が問題だわ。

 どうして、シエラが「お嬢様の側に参る」の? なぜ、お嬢様はシエラを「見ている」の?

 私だって、お嬢様のお側に……いえ、それは無理なのはわかってる。そうじゃない。


 私は、深呼吸をしてその場で起きていることを整理しようとした。


「アインス、クリスが困っているのでイリヤから説明しても良い?」

「ああ、お願いしようか」

「……説明?」


 すると、私の様子を見ていた……と言うより楽しんでいたイリヤが、口を挟んできた。

 このいたずらっ子そうな顔は、騎士団にいた頃と全然変わっていない。


 イリヤは、端に置かれていた椅子を持ち出し、アリスお嬢様の元へと向かう。話が長くなるからだろうか。

 最初は「座らない」と意地を張っていたお嬢様も、イリヤの「倒れたら、夕飯のパンはイリヤの」と言う言葉で静かに座ったわ。昔はあまり食事に関与していなかったけど、彼女はパンがお好きなのね。覚えた。


「まず、シエラをフォンテーヌ家の使用人として迎え入れることが、旦那様によって決定されました」

「それは……ありがとうございます」

「旦那様にお礼を言ってね。……でもって、シエラが回復したら、お嬢様のお仕事の補佐に入ります」

「そっ!? ……そ、そう。良かったわね、シエラ。ええ、良かった、良かった」

「はい。僕はもう騎士にはなれませんが、こうやって違う形でお嬢様をお守りできるなんてとても光栄です」


 そう言って、シエラは笑った。その笑顔を見てると、何もかも振り切れたって感じの笑顔にほっとする自分と、嫉妬する自分が居ることに気づく。

 きっと、少しでも気を抜いたら、今すぐ早馬を走らせて陛下の元に辞表を提出してしまいそう。私だって、アリスお嬢様の補佐をしたい!

 仕事の補佐でしょう? いつも陛下でやっているから私の方が……。


 いえ、お嬢様が選んだのはシエラよ。私じゃない。

 落ち着いて。深呼吸よ、落ち着いて。


「でもって、イリヤはお嬢様の専属メイド兼騎士です。ふふん」

「じゃあ、私はお嬢様の主治医です。ふふん……? なんだ、これ」

「み、みんな、どうしたのよ……」


 きっと、心の声が顔にでも出ていたのでしょうね。イリヤが、私を見ながら煽ること煽ること。

 と思えば、トマ卿も乗っかってくるし! 彼も結構お茶目ね。だって、薬棚の中にクマのぬいぐるみなんか置いているのだから。


 そんな中、よくわからず首を傾げるアリスお嬢様の可愛さったらない。ああ、今日は良い日だわ。

 良い日だから、この波に乗ってイリヤを少しいじめましょう。あっちが先に煽ってきたのだから、これくらいは許してよね。


「お嬢様、お手をいただけますでしょうか」

「……良いけどどうしたの?」

「久しぶりなので、以前お庭で散歩をした時のように繋いでいたいのです」

「懐かしい。ちょうど伸びていたバラの棘が私のドレスに引っかかった時があったわ」

「ええ、覚えております。その後、まさかお嬢様が自らお裁縫箱を開けるとは思いませんでした」

「だって、自分で直した方が早いでしょう?」

「お嬢様らしいです。また一緒にお庭でお茶をしましょう。カモミールティを淹れますから」

「私の好きなものを覚えててくれたの!? 嬉しい!」


 お嬢様の手に触れながら昔の話をしていると、嬉しくなったのかそのままギュッと強く握り返してくる。

 ああ、可愛い。このまま、ランベールのお屋敷にお持ち帰りしたいわ。フォンテーヌ子爵に言えば、許可をいただけるかしら。


 ……おっと、そうだ。イリヤのことを忘れていたわ。どんな顔をしてる?


「……イリヤもお嬢様のおてて触りたい」

「いいわよ。どうぞ、イリヤ」

「わあい! お嬢様のおてて可愛い。ふふん」


 全然効いてない!!

 もうちょっと、なんというか嫉妬をしても良いと思うのだけど。

 だって、さっきここに来るまでの廊下での表情! 頬をプクッと膨らませて不機嫌そうにしてて、面白かったと言うのに。

 まあ、お嬢様を前に言い争いをしても仕方ないわ。ええ、さっき年のせいとか言ったのも全っ然気にしてないわ。これっぽっちも!


 なんてしていると、トマ卿とシエラがポカーンとしながらこちらを見ていることに気づく。

 不味い、はしゃぎすぎたわ。え、アリスお嬢様のことって言わないほうが良いよね。


「お嬢様は、ランベール殿とお知り合いなのですか?」

「え、ええ。なんと言うか、その、と、年も近くて」

「ごめんなさい、お嬢様。私、御年24です……」

「えっ!? あ、えっと、……そ、そう! 王宮でお会いして、ウマがあってね」

「左様でしたか。それは、それは。お嬢様は、いろんな方に好かれますなあ」

「僕もお慕いしております。ああ、早くお嬢様とお仕事をしたい」

「……ええ、そうね」


 なんとか誤魔化してくれたお嬢様は、トマ卿とシエラの言葉に一瞬だけ表情を暗くさせた。でも、次の瞬間、いつもの笑顔に戻られたわ。今のは、なんだったの?

 イリヤが背中をさすっているところを見ると、何か不安なことでもあったのだろうか。


 原因はわからないけど、だったら私は頭を撫でるわ。


「え、ちょ……2人して何よ」

「お嬢様を愛でているのです」

「同じく」

「では、私も」

「あ、ずるい! 僕が動けないのを良いことに!」

「ふふ……。みんな、ありがとう」




 それから少しだけ談笑をした私は、客室に寄ることなく王宮へと戻った。

 最後の最後まで、ロベール卿の名前が出なかったけど、もしかしてあれは彼の片想いだった? だとしたら、不憫すぎる。


 もちろん、私だって未練タラタラに決まっているでしょう。そこは、隠しても仕方ないわ。陛下がお待ちだし、まだ仕事もあるしで帰らないといけなかったの。

 王宮に着いても、あの時間が夢だったのでは? と思うほど、実感が湧いてこないけど。


 でも、そんな時差ボケのような感覚も、出迎えてくれたラベルによって一気に吹き飛んでしまった。




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