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深層心理と物忘れ


 視界が、白に染まった。

 まるでそれは、自室にあるレースカーテンのよう。少しでも風が吹いたら、きっと飛ばされて戻ってこない。なぜか私は、そう思ったの。


「ここ、良い?」

「……どうぞ、お好きに」

「ありがとう」


 声に反応して見上げると、そこには美しいブロンズ髪を披露する女性が居た。

 白いお洋服に負けない肌白さは、どんなお手入れをすればそんなに輝くのか。青白さの残った肌の私は、少しだけ羨ましい。

 でもきっと、それだけじゃ私の視線は彼女から逸れてイリヤの後ろ姿を見ていたと思う。


 その後ろに、第二騎士団の制服を着たとても若いお方がいらっしゃったの。だから、私はその女性を二度見してしまう。

 こんなところへ来るのに護衛が付くってことは、彼女はどこかの上位貴族のご令嬢かしら? だったら、私は離れた方が良いわよね。

 でも、この髪色はどこかで見たことがある気がする。アリスの時? ベルになってから? 思い出せないわ。


「移動しなくて大丈夫よ。すぐ行くから」

「お気遣いありがとうございます」


 記憶を遡りながら車椅子のストッパーを外すと、声をかけてきた女性が慌てたようにそれを静止する。

 どうやら、退かなくて良いみたい。心配りのできるご令嬢だわ。悪い人ではなさそう。


 ストッパーを再度かけている隣へ、その女性はゆっくりと腰掛けてきた。

 すると、ピッタリ張り付いていた騎士団のお方がソファの後ろに移動している。再度顔を覗いたけど、知らない顔だわ。でも、ラベル様の部下ってことよね。一応、お辞儀をしておきましょう。

 それにしても、本当にお若い。私と同じくらいかしら? それなのに、こうやってご活躍してるなんて尊敬しかない。

 

「ロイヤル社は広いですね」

「ええ、とても。この辺りだと、一番大きいそうですよ」

「らしいですね。さっき、ここに連れてきてくださった方に聞きました」

「もしかして、受付に並ばれているとか?」

「ええ、そうなの。ということは、あなたも?」


 座って身だしなみを整えた彼女は、とても人懐っこい笑顔で話しかけてきた。相手を全く警戒していないような感じね。歳が近いからか、ちょっとでも気を抜いたら気軽に話しかけてしまいそう。

 いけないわ。もし、このお方が公爵令嬢とかだったら失礼を働いたとかで最悪お父様の爵位剥奪になりかねない。


 落ち着こうと両手を膝の上に乗せ、私は女性へ他愛もない話をする。


「はい。まだ出番じゃないみたいで。前の方には居るのですが」

「そうなの。私は、さっき並んだばかり。ほら、あの茶髪のポニーテールの……」

「茶髪の、ポニー……あのスーツ姿の女性でしょうか?」

「ええ。ここからじゃ顔が見えないわ」

「背筋が伸びていて、とても誠実そうですね」

「そうなの。昔から変わってなくて。……あ、こっち向いた!」

「え……?」


 私たちが話していると、その付き人と言われた女性がこっちを向いたの。声が大きかったのかな? って思って音量を下げようとしたのだけど、振り向いてきた顔を見た瞬間に思考が止まる。


「……シャロン?」


 一瞬、息が止まるかと思った。それだけじゃない。周囲のざわめきも全く聞こえなくなった。

 とても大人っぽく見えるけど、あの雰囲気を忘れるわけがない。2年も私の専属だった彼女の雰囲気を忘れたら、それこそ私は恩知らずだもの。


 シャロンは、私の隣に居る女性へ向かって小さく手を振っている。なんだか、とても気にされている印象を受けるわ。

 チラッと見ただけで、こっちにはあんな柔らかい表情をしない。ただそれだけなのに、なぜか私の胸にはモヤモヤとした黒いものが募っていく。


「……もしかして、クリスとお知り合い?」

「え、クリス?」

「私の付き人を見て、驚いていたような気がして。気のせいだったら、ごめんなさい」

「あのお方は、クリス様と言うのですか?」

「ええ。クリステルよ」

「……そうですか。知り合いに似たような人が居てビックリしただけです、すみません」

「まあ! クリスに似た人? すごいわ。ねえ、どんな人なの?」


 なんだ、人違いだったのね。

 私ったら、早とちりしちゃって。


 私は、女性の話を聞いてホッとした。どうしてこんな安堵したのか、自分でもわからない。

 そもそも、シャロンは突然居なくなったのよ。どこか体調を崩したのか、それとも私が嫌になったのか。どっちにしろ、私が原因なんだから近づかない方が良いのに。

 でも、人違いだから大丈夫ね。


「お待たせしました、お嬢様。……こちらのお方は?」

「イリヤ、お疲れ様。さっきここで会ったの。……おしゃべりにお付き合いくださり、ありがとうございます」

「いいえ、もう少し話していたかったわ。なんだか、とても気が合いそうな気がして」

「そう言っていただけて光栄です」


 その女性の質問に答えようとしたら、目の前にイリヤが現れた。どうやら、退社手続きが終わったみたい。退社受付が終わった証を持って、隣の女性と第二騎士団のお方を交互に見ている。

 第二騎士団のお方は、そんなイリヤを見てもなんの反応も見せない。ということは、イリヤが脱退してから入団したお方なのね。


 車椅子のストッパーを外した私は、そのままお喋りしていた女性と騎士団のお方に挨拶を交わす。

 あまりここにとどまっても、他の方が座れなくなるし。それは、よくないものね。


「よかったら、名前を教えて」

「はい。ベル・フォンテーヌと申します」

「ベルね、良い名前だわ。またどこかでお会いしましょう」

「ええ、ありがとうございます」


 彼女は、名乗らないみたい。

 こちらから名前を聞いたら、失礼になるかもしれないわ。だから、私は「座ったままで失礼します」と言って挨拶をし、イリヤに退社指示を出す。


「行きましょう、イリヤ」

「はい、お嬢様」


 不思議な女性だった。ハキハキとしゃべり、それでいて相手の言動を伺っている辺り、私の近くにいる人と性格が似ている気がする。

 でも、それが誰なのか考えてもよくわからない。誰だったかしら……。私も年ね。今日は物忘れが多いわ。



***



 手続きを終えた私は、急いでお嬢様の座るソファへと近づいた。

 今日は人が多いから、真っ直ぐには歩けない。多少遠回りしてしまったけど、お嬢様に何事もなくて安心したわ。


「お待たせしました、アリスお嬢様」

「お帰りなさい、クリス。どうだった?」

「あら、先ほどまでお話していたご令嬢はどちらに?」


 見ると、お嬢様は1人だった。周囲には、ガントしか居ないわ。私が受付に並んでいる時、確かにお嬢様の隣にどこかのご令嬢がいたのだけれど。車椅子に乗ったご令嬢が。

 気のせいだったのかしら? とても楽しそうな顔して、笑っていらっしゃったのに。


 お嬢様に声をかけると、すぐにサッと立ち上がってくれる。

 今までベッドの上で眠っていらっしゃったのに、それを感じさせない動きだ。


「帰ったわ。それより、一緒にお話していた方の知り合いに、クリスに似ている人が居るみたいだったの。とても驚いた顔して、貴女のこと見ていたし」

「私に似た人ですか……。会ってみたいものですね」

「確か、シャロンって言っていたわ。鈴のような音の名前で、きっと可愛らしい方なのね」

「え……?」


 シャロン? 

 その名前は、グロスター伯爵の屋敷に居るときにしか使っていない名前よ。貴女は覚えていなかったけど、それは私なのよ。

 まさか、さっきのご令嬢があの屋敷にいたの? でも、使用人のほとんどが遺体で見つかっているからそれはありえないわ。もっと年配の方ならまだしも、あんな若い子が居た記憶もない。……でも、5年も前だもの。曖昧だわ。


 私は、お嬢様の言葉にサーッと血の気が引く感覚を味わった。

 少しよろけてしまったけど、側にソファの背もたれがあったため倒れずに済んだ。それほど、その名前は私へ緊張感を与えるものなの。


「……クリス? どうしたの、あの作物カレンダーの方はどこ?」

「すみません、お嬢様。先ほどのご令嬢はどちらに?」

「クリスが来る5分前くらいに帰ったわ」

「……そうですか」

「やっぱり知り合いだった? ベルって子なんだけど」

「名前を聞いたのですか!?」

「え、ええ。ベル・フォンテーヌと名乗っていらっしゃったわ」

「……知り合い、ではないですね」


 知り合いではない。しかし、ここでも「フォンテーヌ」だなんておかしい。こんな立て続けに、その名を聞くことなんて何かあるのかしら?

 でもまあ、都合が良いといえば良いわね。だって、午後からフォンテーヌ子爵の屋敷に行くとお約束を取り付けてあるのだから。


 私があたりを見渡しても、先ほどの車椅子に乗ったご令嬢はどこにも居ない。ただただ、人々が行き交うだけ。

 5分も前じゃ、もう帰っているわね。


「やっぱり、知り合いだった?」

「いえ、すみません。私もそういう知り合いが居たのでびっくりしただけです。それより、お嬢様には残念なお知らせが」

「なあに?」

「実は、その作物カレンダーのお方とすれ違ってしまったようで。予定が早く終わったらしく、先ほど退社届けを提出されたばかりとのことでした。申し訳ございません」

「あら、そうなの。仕方ないわね。名前だけでも、聞けないかしら?」

「聞いたのですが、情報開示されていないようで。申し訳ございません」

「クリスが悪いわけじゃないわ。次の楽しみに取っておきましょう」

「……すみません」


 私は、少しだけシュンとしたアリスお嬢様とガントを連れて、なんの収穫もなしに出口へと向かっていく。


 今回は、アリスお嬢様の聞き分けの良さに救われたわ。

 本当はたくさん下準備して、この日を迎えたのに。カレンダーを作ったお方と対等にお話しできるようにって、色々資料を読み漁って勉強までされたのに。

 それでも、自分の意見を押し付けないなんて他のご令嬢では考えられないわね。


 ……にしても、シャロン、か。

 後ほど、陛下にご相談したほうが良いかも。潜入捜査がバレていたら、それこそ大変だもの。




***




 ロイヤル社を出ると、目の前にとてもよく見知った顔を見つけた。


「ラ・ベ・ル♡」

「イイイイイイイイイイリヤ団長様ぁ!? おおお、お、お元気でしたかっ!?」

「……だから、イが多いっての」

「ご機嫌よう、ラベル様。それに……」

「第二騎士団所属のシャディと申します。以後、よしなに」

「ご丁寧にありがとうございます、シャディ様」


 今の今まで、とてもキリッとしたお顔だったラベル様は、イリヤが声をかけた瞬間崩れ落ちた。どのくらい崩れ落ちたのかというと、隣に居たシャディ様が頭に「?」を2桁は浮かべているなって顔をしているくらいね。きっと、彼はラベル様のこの顔を見たことがないのでしょう。


 ラベル様は、そんな部下の視線なんか微塵も感じていないかのようにイリヤに向かって敬礼をしている。……なぜか、私にもチラチラと視線を送りながら。

 しかも、彼の声が大きいからか、ロイヤル社に出入りする人たちの視線まで浴びているの。入り口だから、仕方ないか。


「べべべべ、ベル様、本日はお日柄もよく……」

「おい、ラベル。お嬢様を口説くな」

「滅相もございません! そんな度胸はなくてですね……あ、ベル様に魅力がないのではなくてですね。貴女様はとてもお美しくて、昨日も怖い夢を見た後にベル様が現れる夢を見ましてですね。昨晩はその、とてもお世話になりました!」

「おい、ラベル。お嬢様に近づくな」

「ひひひひひひひィ!?」

「……ところで、今日はお仕事ですか?」


 多分、ここで私が声をかけなければ永遠と続くでしょう。

 シャディ様のお顔を見てラベル第二団長としての立場を危うく感じた私は、渋々助け舟を出す。シャディ様の戸惑いがすごいわ……。


 すると、これまたピシッと敬礼しながら、


「はい。隣国の公爵令嬢の護衛で」


 と、とてもハキハキとした口調で、しかし、理性はあるのか少しだけ音量を落として教えてくれた。

 そうよね。隣国の公爵令嬢が来ていらっしゃるのあれば、あまり目立つのはよろしくない。どこで誰が狙っているかわからないもの。イリヤを怖がっていながらも、その辺りはちゃんとしているのね。さすが、騎士団だわ。


 でも、その態度は騎士団への理想とか憧れとかそのような言葉が全て無になるから、正直止めてさしあげたい。ほら、シャディ様のお顔がすごいわ。戸惑いとか、そういう次元じゃない。


「そう、お仕事お疲れ様です」


 ロイヤル社に公爵令嬢ってことは、何かの取材かしら?

 隣国だから、カウヌでしょうね。どんな記事になるのか、今から楽しみ。


「はう!? い、今の微笑みをもう一度お願……なんでもないです、ええ」

「……? お仕事の邪魔になるので、私はこれで失礼します」


 ここで立ち話はよくないわ。

 そう思った私は、騎士団のお2人に頭を下げ……なぜか、ラベル様だけは今にでも土下座しそうな勢いなの。なぜ? まあ、とにかく、そのままイリヤに「行きましょう」と声をかける。でも、返事がない。


「……イリヤ?」

「え?」

「大丈夫? ボーッとして」

「あ、失礼しました。行きましょう」

「ありがとう、よろしくね」


 再度声をかけると、ハッとしたように反応を返してくれた。今日はとても天気が良いものね。ボーッとしちゃうのも、気持ちがわかる。

 帰ったら、ゆっくりさせてあげよう。


 それにしても、今日は第二騎士団のお方が大活躍ね。

 中にも1人、ご令嬢の護衛をして……もしかして、やっぱりあの方が公爵令嬢様? うーん、あのブロンズ……。どこで見たのか、どうしても思い出せない。喉元までは来ているのにな。

 アリス時代とベル時代の記憶を持つと、そういう点が厄介だわ。


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