透き通った水は話に差すか、花瓶に入れるか
カリナ・シャルルは、今日もお元気だった。
最初は私の包帯と車椅子姿に驚いて……いえ、なんだか嘆いていたような? とにかく、お大事にと悲しそうに言われたわ。
でも、すぐに以前お会いした時の調子に戻られた。
「いやあ、ベル嬢のコーナーが好調だよ! おかげで、僕もボーナスもらって女の子と遊「イリヤもボーナス欲しいです。棍棒を買います」」
「……は、はは」
この2人、なんだかんだ言って相性が良いのかもしれない。乾いた笑いしか出ないけど。
前回と同じ部屋でお会いしたシャルル卿は、これまた前回同様イリヤに睨みまくられていた。今回も、なんだか身体を舐め回すような目で見られている気がするけど……きっと、気のせいね。自意識過剰はよくないわ。
「では、次号に関して案を持参したので、目を通していただけると嬉しいです。前回言われた通りの形式でまとめてあります」
「なんと、僕の仕事なのにありがとう! いやあ、ガロン侯爵が羨ましい! こんな有能でお美しい方が居て。僕にもその胸をちょっとだけ貸し「イリヤの胸でよければいくらでもどうぞ。クーベルチュール1kgで手を打ちましょう」」
「……高い」
「おい、表に出やがれです」
ほら、仲良しでしょう?
本当はアランを連れてくる予定だったのだけど、イリヤがどうしてもついて行きたいって言ってね。もしかして、シャルル卿に会いたかったのかしら? そんな感じがしなくもない。
それでも、持参した資料を手渡すとすぐに真剣な表情になって読み込むところはさすが仕事人よね。その切り替えの速さには、驚くばかりだわ。
「……うん。季節的にも良いね。読者層の想定もしっかりできてる」
「はい、ロイヤル社の新聞を拝読するのはどんな方なのかを自分なりに調べまして。比較的裕福な方もいらっしゃいましたが、大体が家計ギリギリの中情報をお探ししているような印象を受けました。ですので、少しでも節約できるよう、生ゴミを使った肥料の作り方を持ってきた次第です」
「素晴らしい。ところで、この生ゴミの肥料は本当にできるのかい?」
「ええ。手順を踏めば、誰にでもできます」
「ふんふん。一応、審議があるから検証させてもらうけど良い?」
「はい、ぜひ。手順はその紙に書いてあるとおりで、少々時間を要しますので早めに着手をお願いいたします」
こういう検証をしっかりするところが、ロイヤル社が信頼できる要素よね。
私も、安心して案を提供できるわ。だって、一緒になってその責任を背負ってくれるって言っているようなものでしょう? 読者から「できなかった」って苦情が来ても、こちらで成功していれば堂々として居られるし。
もちろん、この提案はガロン侯爵のGOサインをいただいているわ。手紙でのやりとりで許可をいただいたのだけど、とても褒めてくださり自信がついたの。
アリスの時と同じことをしているだけなのに、どうしてベルだといろんな人に褒めてもらえるのかしら? とても不思議だわ。でも、それに甘えちゃダメよね。前作ったものより、時代に合う便利なものを作っていかないと。
「発酵するのに、季節で時間が変わるっていうのは面白いね」
「実験でもやっているようで、面白いですよね。私が試した際は、雨の日から始めたのですが数日で腐敗してしまって。なので、天気の良い日に始めた方が良いとの注意書きを少し大きめに記載いただきたいです」
「なるほどね。であれば、こちらでも晴れの日と雨の日の2パターンで検証をしようか」
「はい、ありがとうございます」
私が持ってきたものは、野菜や果物の皮など食べられずに捨てる部分や使用済みの茶葉、コーヒー豆の粉などを使って肥料を作るやり方なの。少しでもお役に立てれば良いな。
ただ、そういう生ゴミになり得そうなものを食べている領民の存在を忘れたらいけないわ。早く貧困層が減少することを祈るしかない。幸い、ロイヤル社の新聞を購読する人の中に貧困層はいなかったけどね。
シャルル卿は、私の言葉を使い古されたメモ帳に残していく。私から覗くと、ミミズののたくったような字が見えたけど……彼には読めるのね。
「他に、何か注意しておくことは?」
「注意事項は、提案書の2枚目に今お話したものも含めて赤字で記載してあります。大きな生ゴミは、できるだけ小さく刻んだ方が発酵が早い、などですね」
「ああ、こっちか。見逃してた。……うん、すごいね。これは、1回じゃ収まらないなあ。上司に相談してみるよ」
「ありがとうございます。一応、優先順位もつけてありますので参考になさってください」
「完璧。本当、君は仕事ができるねえ」
「ひゃぐっ!?」
シャルル卿は、そう言ってペンを置き私の頭を撫でた。急な動きにびっくりして、変な声を出しちゃったわ。
それを見たシャルル卿が、真顔で固まってるし。恥ずかしい……。
困って、後ろで待機してくれているイリヤの方を見ると……え? 怖い。どうしたの、その顔。
「結こ「イリヤは、次のお給金が出たら必ず棍棒を買います」」
「結婚「一番重たくて太いものが良いですねえ」」
「結婚し「先がトゲトゲになっていると、格好良いと思いませんか?」」
「……どうしたの、イリヤ?」
「お嬢様は、お仕事に集中した方が良いです」
「そ、そうね。ごめんなさい」
「お嬢様は全く悪くありません」
そうよね。お仕事に変な声は出しちゃダメだわ。
シャルル卿に呆れらていたらどうしよう。そう思って顔を覗くと……急いで資料を読み始めている。私も仕事をしないとね。せっかくお時間をいただいているのだから。
「では、こちらですが……」
気を取り直した私は、そのまま作物カレンダーを手渡す。
***
「クリス、こっちこっち!」
「お嬢様、はしゃぎすぎですよ」
「だって、久しぶりの外なのですもの」
外に出たアリスお嬢様は、とても嬉しそうに小走りで前を行く。それについていくのは、私と護衛の騎士団の団員が3名。本当はカイン皇子の側近を連れていく予定だったのだけど、別の予定が入ってしまってね。第二騎士団からお借りしてきたわ。一応隣国の公爵令嬢だから、責任問題にならないようラベル第二団長も一緒にね。
カラカラに晴れた天候の下、クルクルと楽しそうに回るアリスお嬢様が輝いて見える。
白と水色を基調としたお出かけ用のドレス、それに帽子もとても良く似合っているわ。ブロンズの髪って、どんな服でも似合うのね。
「転んでしまったら、痛いですよ」
「……止める」
「ふふ、痛みが苦手なのも変わっていないのですね」
「いつだって、痛いのは嫌だわ」
私がそう発言すると、すぐにピタッと足を止めてこちらを振り向いてきた。
その表情は、少し不満げ。頬を膨らませ、可愛らしい顔を私たちに向けている。ロベール卿が見たら、きっと卒倒するわね。そもそも、あのお方は女性慣れしていないし。
アリスお嬢様は、膨れた顔のまま目の前に聳え立つロイヤル社を見据える。
「お邪魔にならないところで待っていないとね」
「では、中で待ちましょう。私が受付してきますので、お嬢様はソファにお座りになってください」
「わかったわ。……わあ、広い! 新聞社って、こんなに広いところなのね」
「ロイヤル社は特別広いですよ。他の新聞社は、あってこの半分程度です」
「そうなのね。……じゃあ、私はこっちのソファで」
「お待ちください、騎士団の方は1名だけ中に。お2人は、入り口で待機をお願いいたします。あまり数を入れると苦情が来るので」
「承知しました。では、ガントを中に。オレとシャディは入り口の警備をします」
ロイヤル社は、いつ見ても統率されていて気持ちが良い。受付の清潔さ、ピシッと整って置かれたソファ、それに、壁側に置かれた色とりどりのお花も好感度が高いわ。今日は、オレンジのガーベラで統一されているのも良いわね。
ラベル第二団長に話しかけると、敬礼してすぐに団員へと指示を出してくれる。ガントなら、確かお父様がロイヤル社と交流があると言っていたから建物が良くわかるでしょう。
「アリスお嬢様、段差がございますので気をつけてくださいね」
「ええ、ありがとう」
私たちは、敬礼するラベル第二団長とシャディに見送られ中へと入っていく。
***
打ち合わせを終えた私は、受付のソファでボーッとしながら飾られているお花を見ていた。
オレンジ色のガーベラが1本ずつ花瓶に飾られて台の上にあるんだけど、こうやって均等に並べられていると、スッキリ見えるのね。まるでおひさまがたくさんあるみたいで、気分も明るくなる。
まさに、「冒険心」って感じ。
「……イリヤ、大丈夫かしら」
ちなみに、イリヤは受付に行って退社届けを出しているところ。ほら、あそこの受付に並んでいるのが見えるでしょう? 彼女の前に4人いるから、もう少しかかりそう。
私も並びたかったのだけど、車椅子だと場所取りそうだからやめたの。
さすがロイヤル社って感じでね。受付にも、たくさんの人が来ているのよ。まるで、王宮で入宮の手続きでもしているみたい。
その様子を見ていると、前回誘拐されたことを思い出すわ。まあ、今回は他にもソファに座っていらっしゃる方が多いし、こんな人混みの中誘拐するような人は居ないでしょうけど。なんて思っていると、
「ここ、良い?」
「……どうぞ、お好きに」
「ありがとう」
隣に置かれているソファへ、見事なまでのブロンズ髪を披露する女性がやってきた。
私は、笑顔で迎え入れる。