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だから、彼女は後ろを向く


 いつもの暗闇の中、寂しそうに笑うベルが立っている。


「わかった? 私の好きな人」

「ええ……。貴女が想いを寄せていたのは、パトリシア様ね」


 そう言うと、ベルは口角を上げた。


 答えは口にしないみたい。でもその表情から、私が出した名前が正解だとわかる。


「なのに、あのお方はアリスしか見てなかったの。知ってた? パトリシア様は、貴女が地方を視察しに行ったり王宮へ行ったりする度、毎回予定を合わせて付いていってたのよ」

「……知らなかった。というかそもそも、パトリシア様の存在すら知らなかったし」

「でしょ? そんな奴に、パトリシア様を取られて最初はすっごく嫌だった。どうして私を見てくれないの? って。でも、貴女と何度か話してみて納得だわ。ちょっとアホっぽいけど、芯がある」

「アホっぽいは余計!」


 ベルは、今度はちゃんと笑いながら私の方へ寄ってきて、両手を握ってきた。

 その手に、体温はない。

 私も握り返すと「温かいね」と言ってきたから、体温を感じることはできるみたい。


 そのまま、私の手を頬に持っていってすりすりとさせてくる。やっぱり、そこにも体温はないの。

 ベルは、実体を私に取られているから魂しかない状態ってこと? そうなると、体温がなくなるとか。でも、触れられるのよね。

 そういう研究家居ないのかしら? 今なら、大枚をはたいてでも情報をいただきに行くわ。


「でもまさか、私の姿でパトリシア様に気に入られるとは思ってなかった。すっごく嬉しかったわ」

「……ってことは、貴女やっぱり私が見てる景色が見れるのね」

「たまに、ね。嫌?」

「……プライバシーって言葉知ってる?」

「元はと言えば、それは私の身体でしょう? 馴染んできてるみたいだけど」

「ああ、そうだった。……別に嫌ではないけど、事前にちゃんと言ってよね」

「言ったら、気味悪がって自殺でもされちゃうと思って」

「私、そんな弱くないわ」

「まあ、そうね。パトリシア様が気に入るだけのことはある」


 そんなことだろうと思ったけどね。

 でも、毎回は見れてないみたい。イリヤにバラしたこととか、アレンとの会話については知られてなかったから。どんな法則があるのかしら? 聞いてみたいけど、どうせ答えてくれないわね。


 ベルは、そのまま私の手を引っ張って座らせてきた。

 何もない空間って、とても便利なの。どこでも椅子になって机にもなるし。これ、現実世界でも採用して欲しいわ。どこに居ても、お仕事ができるじゃないの。


「……私ね、女性が好きだってお父様お母様に言えなかったの。仕事もロクに覚えない娘なのに、それに合わせて男性を好きになれないなんて貴族として致命的すぎるでしょう?」

「……貴女のお父様お母様は、そんなことで責めないと思うけど」

「一線を引いて考えると、確かにそうよね。でも、その時の私にはわからなかったの。ひたすら、隠さなきゃって思って。そんな中、イリヤだけは私のことを理解してくれた……」

「ってことは、貴女イリヤのこと知ってたのね」

「当然。そういうのって、会えばわかるもの」


 互いに電波みたいなのが出てるってこと?

 良くわからないけど、そういうものらしい。


 私、別に好きになる対象が男か女かなんてそこまで重要じゃないと思うのよね。

 だって、人間全員が異性を好きで愛し合ってって気持ち悪くない? 地球上に、人間が何人居ると思ってるの? みんな同じ方を向いていたら、それこそ異常だわ。


 男性を好きな女性がいれば、女性を好きな女性が居たって不思議じゃない。人間っていう枠組みを超えて、猫やうさぎ、虎などを好きになることだってゼロじゃないでしょう? 

 恋とか愛とか良くわからない私だから、言えることかもしれないけど。


「でも、イリヤは女性が好きなんだって。男性は可愛くないから好きになれないって言ってた」

「じゃあ、イリヤは貴女と同じね。女性の心を持ち、女性を好きになるって」

「まあ、そうね。でもあの人は、身体が男性だから。その違いは大きいわ」

「……世間の目って嫌ね。私だって、男性に憑依でもしたら性別が良くわからなくなってたと思うし」

「あんたなんかを呼ぶ物好きは私くらいしか居ないわよ」

「え、貴女が私を呼んだの?」


 色々頭の中に落とし込んで自分なりに整理をしていると、唐突に新情報をぶち込んできた。

 急いでそちらに視線を向けると、「しまった」という表情のベルと目が合う。この子、油断させると欲しい情報くれるよね。ちょっとずつわかってきたわ。


 前屈みになって顔を覗いてあげると、真っ赤になって睨みつけられる。

 こういうところは、パトリシア様になりきれていないのね。彼女は、こういう時こそ堂々と振る舞うもの。


「……今のなし」

「わかってるわよ。パトリシア様の憧れだった私を、どうやったかはわからないけど引っ張り出してきたんでしょう?」

「……パトリシア様には言わないでね」

「言えるほど、私は今の状況を理解してないわ」

「なら良い。これからも、覗いてて良い?」

「ええ、別にかまわないわ。むしろ、私はベルとして居て良いの?」

「うん。その代わり、香料のあの計画書作るお仕事にパトリシア様も出して。側で見ていたい」

「貴女に言われなくても、そのつもりよ。私の体調が落ち着いたら、お願いしようと思っていたの」


 今回で、ベルとの距離が縮まった気がするわ。気のせい? 

 まあ、気のせいでもなんでも良い。私、なんだかんだ言って彼女のこと嫌いにはなれないし。自分の妹みたいな感じがして、放って置けないの。

 私は、隣に居るベルをその身ごと抱きしめた。


 すると、すぐに私へと身を任せてくれる。

 その頭を私の肩へと擦り寄せて、甘えてくるの。口を閉じていれば、可愛い妹なのにな。


「……アリスは大人だ」

「どうして?」

「いろんな概念を受け入れても、ケロッとしてる」

「そんなことないわよ。これだって思うことがないだけ。どれが普通かなんて、16年しか生きていない私に判断できるわけないじゃないの」

「そういう考えが大人だって言うの。私なんて、自分の感情をどう表現したら良いかわからなくて、アインスやザンギフたちを払い除けちゃった。それが一番心残り」

「身体に戻ったら、伝えれば良いわ。私は余計なこと言わないでおくから」

「……そうなれば良いね」

「え、どう言う意味?」


 やっぱり、その身に体温はない。

 風なんてないのに、隙間風があるように冷たい何かが吹き荒れている。でも、不快ではない。

 むしろ、今日はなんだか温かいまである。


 ベルは、まるでそれが過去のような言い方をしてきた。意味がわからず聞き返したけど、彼女のことだから……。


「なんでもなーい。それよりさ」

「……まあ、わかってたわよ」


 ほらね。

 そう言うところよ!


 私から離れたベルは、そう言ってニコニコといたずらっ子のするような笑顔で私を見てくる。


「怪我、大丈夫? ジェレミーって、あの指名手配中の殺人鬼でしょう? 良く無事だったわね」

「指名手配中の殺人鬼!?」

「あー。3、4年前の話だから、あんたは知らなくて当然かも。私も、イリヤに聞いて知った程度だし」

「……今更ながら、怖くなってきた」

「あはは。でも、なんか気に入られてたじゃないの」

「殺すのにちょうどよかったんじゃない? イリヤがきてくれてなければ、私死ぬところだったのね……」

「まあ、元団長だし。イリヤは、一度守ると決めたものは守り切るよ。私みたいに、自死しなければね」

「……ねえ、ベル」

「なあに、アリス」


 ベルの好きな人はわかった。そのことで、後ろめたい気持ちを抱き、周囲の人たちを遠ざけていたことも。

 でも、それでもそばにイリヤが居たでしょう? なのに、貴女はなぜ自死を選んだの?


「私の憶測だけど、貴女はサルバトーレに何かひどいことを言われて何もかも嫌になったのよね。その後、彼からもらったペリエを毒とわかって飲んだ。……貴女、どうしてイリヤに助けを求めなかったの?」

「……まあ、ここまで知られてたら教えてあげましょう。体裁を気にしながらも、結局誰も望まない結末を迎えてしまった馬鹿な女の物語を」

「それって」

「口を挟んだら、そこでやめるからね。後……」


 ベルは立ち上がった。

 立ち上がって、私の前に来る。

 それにならい立ち上がろうとしたけど、両肩を掴まれてそれを拒まれたわ。私は座っていてよいみたい。


 そして、彼女は続けてこう言ったの。


「私のこと、嫌いにならないでね」


 そう言って、来たばかりの時に向けていたあの寂しそうな顔をする。「わかったわ」と声を掛けると、すぐにベルが語り出した。



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