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これからも、貴女は私の専属メイド



「いやっ!!」


 真夜中になっていた。

 

 自分の声で目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。

 夢の内容を覚えていないけど、相当怖いものだったみたい。冷や汗がすごく、手足がガタガタと震えているの。しばらくの間、それを必死になって押さえていると、ドアからノックが聞こえてくる。


「お嬢様、大丈夫でしょうか?」

「……アインス」


 私が声をかけると、アインスが入ってきた。

 その手には、カバンと白湯の入ったグラスが握りしめられている。それが日常と化していたのもあり、身体の強張りが一気になくなっていった。


 ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきてくれるのだけど、その表情は硬い。


「……せっかくですので、包帯を替えましょうか」

「じゃあ、お願いしようかしら」


 あの時は恐怖でよくわかっていなかったけど、私の身体はあちこちに生傷を拵えていた。

 額に切り傷と痣、頬に深めの切り傷。それに、縛られていた手首は鬱血してしまっていて大きな痣としてしばらく残るみたい。あと、右足首も捻挫していたし、あちこち擦りむいているしで満身創痍とはこのことかなって感じ。

 でも、私が先走った行動をしてしまったのが原因だから。しばらくは、大人しくしてろってことね。


「イリヤから聞きましたぞ」

「……アインス」

「はい、何か」


 起き上がり、かけ布団から身体を出すと、すぐに足台を持ってきてくれる。それに足を乗せている最中、アインスは包帯や消毒液をカバンの中から取り出した。

 その手際の良さに関心していると、アインスが私に話しかけてくる。


「……イリヤ、私のこと嫌ってない?」

「なにか嫌われるようなことをしたのですか?」

「あのね」


 私は、額の包帯を取ってもらいながら、あの時の話をアインスに聞かせた。



***



『助けてくれてありがとう。軽率な行動をしてしまったわ』

『……お嬢様、その』

『それに、えっと。なんと言ったら良いのかわからないんだけど、イリヤは無理していない?』

『え?』


 剣帯を腰に巻き剣をまとい立つ姿は、侍女のものではない。それは、完全に騎士のものだった。

 伸びた背筋も、その表情も何もかもが、私の目には男性の騎士に見えたの。

 身に付けているスカートに、そもそも違和感がある。だから、私はそう聞いた。


 すると、イリヤがぽかんとした表情になって私を見つめてくる。


『あ、いえ。その、無理して専属侍女してくれてたのかなって。私そんな詳しくないんだけど、イリヤってとても剣術に長けてるから。だから、私がイリヤの、あ、えっと、……ルフェーブル卿の邪魔になってる気がして』


 よくまとまらない。

 イリヤが男性だって聞いて驚いてるけど、それ以上に侯爵の嫡男であることと、元騎士団の団長だったという事実が脳内を大混乱にしていくの。


 だって、侯爵家の嫡男なのに子爵令嬢の侍女をしてるのでしょう? それって、ものすごく私が邪魔な人に思えてきて。私が居なければもっと別の働き場所だってあったと思うの。

 それに、そもそも侯爵家なのだから政治や領民の統治、それに、他国間での侵略に備えた軍事力の強化もしないといけないお家柄よね。それって、それって……。


『……嫌です』

『そうよね。……ごめんね。お父様に、私から話をするか『お嬢様が、イリヤをそう呼ぶのは嫌です』』

『え?』


 必死になって言葉を紡いでいると、イリヤが泣き出しそうな顔して私の両手を握ってきた。少し距離を取ったつもりだったけど、いつの間にか縮まっている。


 イリヤがいつもお屋敷でパッと動くのって、ここから来てるのかな。騎士団への入団基準はよくわからないけど、私の前に居る彼ってものすごい人物なのかも。でも……。


『お嬢様は、イリヤって呼んでください。イリヤは、ルフェーブル家から絶縁されたのです。ドレスやお化粧、キラキラしたものが好きで、長く伸ばした髪を三つ編みにする時間が何よりも幸せに感じる僕は、他の人からしたら異常でした』

『絶縁……』

『騎士団の服装に初めて袖を通した時だって、みんなが喜ぶ中、イリヤは吐き気がしました。剣だって、持つならフォークが良いです。甘いお菓子を食べながら、好きな香水のお話がしたいです。イリヤは……そういう人なのです』


 でも、イリヤは震えていた。

 拳銃を目の前にしても全く微動だにせず私を助けてくれたのに、今、その彼は……彼女は、消えてしまいそうなほど小さく身体を縮こませながら震えていた。


 以前、イリヤが嫌わないでほしいって言ったのはこれだったのね。


『今のイリヤは、無理してないってこと?』

『……絶縁される前より、ずっとずっと幸せです。無理など、したことがございません』

『そう。……剣、握らせてしまってごめんなさい』

『それは良いのです! お嬢様をお守りするためなら、イリヤは男になります。最期の最後までお守りします。だから……だから、イリヤを嫌わないでください』


 両手から伝わってくる体温は、いつも私のそばで笑いをくれる彼女のもの。ルースパウダーをポンポンと肌に乗せてくれ、長い髪へ楽しそうに櫛を入れてくれる、そんな彼女のものだった。

 私は、その体温が好きだから。イリヤにかける言葉は決まっている。


『イリヤ』

『はい、お嬢様』

『私は、自由な貴女が好き。可愛いものが好きな貴女も、剣を握って私を助けてくれた貴方も、両方好き。これからも、私の隣で髪の毛を梳かしてくれる?』

『……イリヤが専属で良いのですか?』

『貴女以外の専属を雇うつもりはないわ。それより、貴女は私なんかで良いの?』

『イリヤは、ちょっとおてんばで食いしん坊なお嬢様が良いです』

『それは、言わない約束よ!』


 私の言葉で嬉しそうな表情になったイリヤは、手を離し抱きしめてきた。一瞬だけびっくりしたけど、やっぱりイリヤはイリヤね。この体温、とても心地が良いわ。


 それに、イリヤはズルいわ。

 私がアリスだってことを認めて「守る」と言ってくれているのに、私だけが貴女を突き放せるわけないじゃないの。私が無理しない空間を作ってくれる貴女がいるから、私がここにいられるのに。

 私が貴女を拒絶することは、今までの私を拒絶することでもあるのよ。


 私は、そう思うの。


『イリヤ、ベル嬢!』

『……ロベール卿!』

『アレン? なんでここに?』


 その体温にうとうとしていると、ロベール卿が馬に乗って駆けてきた。落馬するのでは? と心配になりそうなスピードで、こちらに向かっている。

 私が慌てる中、イリヤは露骨に嫌な顔になったわ。……そうか、この2人は騎士団繋がりでお知り合いなのね。


 こちらに来た彼は、近くの木に馬の手綱を固定させて私の元へと走ってくる。


『ベル嬢、ボロボロじゃないか! 俺の……私の上着を着てください。お飲み物も、温かくはないですが少しお飲みになってください。お水です。それに『アレン、それは僕のお仕事なんだけど』』

『はあ?』


 着ていた服を私の肩にかけながら、ロベール卿は大慌てで話しかけてくる。顔が真っ青になっているだけじゃなくて、話すスピードもかなり速い。

 そんな彼が差し出す水筒を手にすると、それをイリヤが引ったくるように奪ってしまったわ。……飲みたかったのに。


『お嬢様は、お水があまり得意じゃないの。紅茶くらい持ってきてよね』

『なっ!? 急いで来たんだ、そんな時間はない。そもそも、お前だって』

『僕は、お嬢様の身が大事だから』

『俺だって!』

『あ、あの、お2人さん……?』


 ああ、私が水を飲んで死んだから気を遣ってくれているのね。ありがたいわ。

 だから、その2人して喧嘩腰に話すのはやめてほしい。


『お嬢様! 僕とアレンの淹れた紅茶、どっちが美味しい!?』

『俺だろう』

『僕だよね!?』

『いいや、俺』

『僕!』

『……ど、どっちも美味しいわよ』


 犯人は誰か、なぜロベール卿が来てくれたのか、それに、何があったのか。

 その話をするまでに、この喧嘩を少なくとも2回は挟まなきゃいけなかった。恥ずかしいから、やめましょうね。


 私は、いつの間にか緊張がとけて笑っている自分に気づいた。



***




「それから、イリヤがずっとムスッてしてて」

「もしかして、お嬢様はロベール卿のお水を飲んだのですか?」

「よくわかったわね! そうなの。ロベール卿が持ってきてくれたレモン水を飲んだのよ。彼、普通のお水があまり好きじゃなくて、いつも果実水をお飲みになるのだって」


 アインスは、素早く治療してくれた。

 私の話を聞きながらも、その手は止まらない。イリヤもだけど、アインスも早いのよね。

 私は、もらった白湯を飲みながらレモン水の味を思い出し笑みを浮かべる。


「ははは! イリヤはお嬢様のことを嫌っておりませんよ」

「だと良いなあ」


 明日、クッキー焼いて一緒に食べましょう。

 そうよ、一緒に焼いて……は、アランが倒れるからやめましょう。私が焼いて、イリヤと食べましょう。


 きっとまだ、彼女と話すことはたくさんある。

 少しずつ聞いて、イリヤの肩の荷を降ろせれば良いな。


 


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