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記者は自由すぎる生き物だった


「へーいーかー?」

「ヒッ……!?」


 陛下のいらっしゃる執務室へ入ると、案の定何か別のことをしていたらしい。まあ、それを見越して、ノックをせずに入ったのだけどね。

 無礼行為なのは承知よ。でも、陛下はそれどころじゃないって顔しているからお咎めはなし。


 陛下の座っているところへとゆっくり進むにつれ、彼の慌て方が尋常じゃなくなる。

 最近、アリスお嬢様の登場でストレスが軽減されたかと思ったけど、そうでもないらしい。だってほら、机の上の資料にはうさぎが……。


「おや、うさぎではないのですね。これは……」

「……すまん」


 陛下が急いで隠そうとしていた資料には、真っ赤なバラが描かれていた。

 本当、お仕事は遅いけど絵だけはお上手なのよね。ミミズの這ったような文字も、こんな風に丁寧に書いてくれたら言うことがないのに。

 しかも、立体に描かれているところを見ると、封蝋用の赤い蝋をわざわざ溶かして作った感じだ。30分はかかっているはず。机の端には、隠す時間がなかったのだろう、彫刻刀のようなものが転がっている。


「はあ。まあ、それで仕事の効率が上がるのでしたら良いですよ。上がるのでしたら」

「……すまん」


 と言うことは、上がらないのね。

 本当、こういうところはイリヤにそっくり。いえ、やることやってるイリヤの方がずっとずっとマシだわ。


 私は、ため息をつきつつ持参した書類を陛下の机上に積み上げていく。


「上から、ジョセフの尋問記録、グロスターから提出された書類の筆跡鑑定結果、さらに、ミミリップ地方の現状をまとめた報告書になります。損害額は、周囲の地方から寄せ集めても足りないとのことでした」

「……そうか。筆跡結果を先に見よう」

「今後について、陛下のご意見を聞かせください」


 無論、その3つの書類は全て目を通してある。

 でも、私の口からは何も言わないわ。陛下の判断が鈍ってしまうかもしれないから。


 陛下は、折り目のつけられた筆跡結果を手にとった。すると、すぐに表情が苦いものになっていく。


「……この結果の信頼性は?」

「100を最高としましたら、90は硬いです。なお、結果が漏洩することは100%あり得ません」

「そうか……」


 そう言ったきり、陛下はしばらく口を開かなかった。難しい顔をして、筆跡結果とジョセフの尋問記録を交互に眺めている。

 私は、それに水をささないよう、一礼をして目の前にあったソファに座った。まだ、言わなくてはいけないことがあるからね。


 首を左右に動かしコリをほぐしながら周囲を見渡していると、最近忙しすぎてちゃんと背景を見ていなかったことに気づく。

 ずっしりとした机に皇族の紋章が付いた椅子、それに、壁際に置かれた本棚。それらが今、私を見定めるように置かれていた。

 改めて見ると、歴史を感じて少しだけ息苦しいわ。そんな中、陛下は毎日のようにここで執務をしているの。それだけで、尊敬に値するだろう。少なくとも、私はそうだ。


 この執務室の配置は、前陛下から継いだ当時のまま。彼も、このスタイルが使いやすいらしい。


「元老院はなんと?」

「匙を投げました。陛下のお目が届いていないのが悪い、と遠回しにおっしゃりながら」

「そうか。まあ、そうだろうな」

「そういう法を作るのを法官と共に賛成したのなんて、頭の隅にも記憶していないんでしょうね」

「そんなもんさ。それより、書類の件は時期を広めて追加鑑定を依頼してみよう。鑑定前に気づくべきだった」

「承知しました。尋問記録の下部も確認されましたか?」

「ああ、嫌でも目に入るよ」


 グロスター伯爵が提出していた書類は、筆跡鑑定の結果、別人が伯爵の文字をなぞらえて書いていることが判明した。

 本人の文字を故意に真似しているというのだから、綿密だ。きっと、その辺の鑑定士に依頼しても気づかれなかっただろう。多少金額は跳ね上がったものの、郊外まで出向いてその道のプロに依頼したのは正解だった。


 書類の件は、陛下もまあまあお気づきになられていたからまだ良い。それよりも、ジョセフの件の方がずっとずっと頭痛のタネになる。


「数十日以上留置されている彼から薬物反応が出たところを見ると、内部犯の可能性が濃厚になってきましたね」

「幻覚剤となると、流通が広すぎて追えん。アドリアンが居れば、分析ができたろうに」

「探させますか? 数日お時間をいただければ」

「……いや、良い。過去あいつを守れなかった私に、欲する資格はない。それに、私が探していたとでも言ってみろ。すぐに元老院の奴らが居場所特定をするかもしれぬ」

「もうしてるかもしれませんよ」

「……それだけ調べてくれるか? 元老院に知られていなければ、そのまま静かに暮らさせてやりたい」

「承知です」


 ジョセフの身体からは、薬物反応が出た。それも、ここ数日に摂取していないと説明がつかないほど、強力な反応が。

 出している食事に混ざっているのか、直接摂取しているのかは確認中だ。どちらにしろ、それは許されるべき行為ではない。きっと、彼が何か重要な情報を持っているのだろう。


 薬物の種類を完全に特定するには、隣国のロバン公爵の所持する研究施設の協力が必要になりそうね。サレン様のこともあって、彼にはご迷惑ばかりかけている気がする。

 陛下の言う通り、トマ卿が居れば話が早いのだけれど。確かに彼は宮殿を追放されているから、頼るのはお門違いだ。


「はあ。ここで話していることすら、盗聴でもされていたらと思うと気が滅入るよ」

「それはないかと」

「……なぜ、そう言い切れる?」


 陛下の言葉をメモ帳に記していると、弱音を吐いてきた。

 確かに、それもありうるわね。むしろ、私が敵なら一番最初にここへマイクをつけるもの。でも、大丈夫よ。だって……。


「先日イリヤが王宮に来ていたので、とっ捕まえてここと書庫、陛下とエルザ様の寝室だけは盗聴器の類がないか調べてもらいましたから」

「は!? いつの間に……」

「そうですね。陛下が、ガロン侯爵とミミリップ地方への派遣のお話をしている最中だった気がします」

「呼んでくれよ!」

「そうですね。ちなみに、ジョセフの毒の件ですがイリヤがロベール卿に助言して、こちらに依頼があったという経緯らしいです」

「なんで、みんなしてあいつに会ってるんだ!? 私は!?」

「そうですね。それに、ジョセフが発見した鉱山も一旦現地に出向いた方が良いとの助言も受けたそうです。許可いただいてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ。午後からでも見てくると良い。……じゃなくて!」

「それに、アリスお嬢様からロイヤル社の2面に掲載されている作物カレンダーの作者とお話ししたいとおっしゃておりましたが、連絡をとって良いでしょうか?」


 陛下は、なんだかんだ言いつつもイリヤが好きだ。でも、彼は彼で陛下を嫌う。嫌うというか、あれは反抗期の延長線のようなものね。側から見ていれば、とても微笑ましい。


 私がアリスお嬢様の名前を出すと、今まで不服そうな表情を隠そうともしなかった陛下が真顔になった。そして、


「……陛下?」

「君は、本当にアリスが帰ってきたと思うかい?」


 そう、淡々とした声で聞いてきた。

 起伏のない声を発するのは、元老院の前や大きな会議があった時だけだ。自身の感情を相手に読み取らせないような場面だけ。なのに陛下は、今その声を出している。


 なんと答えたら良いかわからない私は、ゆっくりと立ち上がり陛下の元へと近づいていく。


「それは……」

「私は、国の最高責任者として何事にも慎重に取り組まねばならない。だから、物事は最初に疑って見るんだ」

「……陛下は、アリスお嬢様ではないとおっしゃりたいのでしょうか?」

「私にもよくわからん。だが、サレンが嘘をついているとは思っていないよ。それは、子を持つ親としてよくわかる」

「物事は、嘘か誠かの2択しかありません。彼女は、アリスお嬢様にしか知り得ないことを知っていました」

「だが、君の名前は覚えていなかった。1年以上グロスター家に潜入した君の名前ではなく、数ヶ月しか滞在していないアレンの方をよく覚えている。それが、どうしても引っかかってね」

「……」

「君にとって些細なことでも、私にしてみればそれは大きい。……まあ、私の想像が正解でないことを、今は祈るだけだよ」


 サレン様が怪しいのであれば、宮殿から追放すべきでは? そう思うも、公爵令嬢相手に私が言える立場ではない。それに、陛下だって考えているはず。


 陛下、こうなると意地でも口を割らないのよね。ここは、時間を置いた方が良さそうだ。


「私は、今まで通りアリスお嬢様として接してもよろしいでしょうか」

「それは構わない。むしろ、そうしてくれた方が良い。ロイヤル社のことも、進めてくれて構わない」

「承知しました。では、筆跡鑑定の追加依頼、トマ伯爵の居場所に関して、鉱山探索にロイヤル社への連絡の4点を明日までに終わらせます。筆跡鑑定は、1週間を目安に依頼をかけます」

「そうしてくれ。メンバーは任せる」

「では、陛下は押印をお願いいたします。それに、ロバン公爵との連絡も」

「そうだな、やるよ」


 私は、メモに記した内容を一読し、執務室を出た。

 ロベール卿、今どこに居るのかしら? 連携を取らないと。

 



***




 今、私は後悔していた。


「いやあ、こんな可愛い子が来てくれるなんて!」

「イリヤと言います。お嬢様には気安く触らないでくださいまし」

「侍女の子も可愛いね。君、いくつ?」

「1+1はまごうことなき2でございます」

「うんうん、やっぱり若いと張りが違うよねぇ!」

「イリヤも、ここまで清々しく変態なヤロウとは張り合いがあって嬉しいです」

「……あ、あの、お仕事は」


 ロイヤル社に連絡を入れたら「すぐ来ても良い」とのことだったので、イリヤを連れてここまで来たの。洗練された空間で、男女関係なくテキパキと働く姿は見ていて気持ちの良いものだったわ。

 そんな空間で、今後お仕事の話ができるんだって嬉しくなったもの。……まあ、それも5分前までね。


 カリナ・シャルルは、男性だった。

 アリス時代に騒がれていた「シャルル」とは違うお家だったみたい。私の知っている「シャルルの兄様」じゃない。それがわかって安心半分、落胆半分。

 元々庶民だった彼は、シャルル伯爵家に養子入りして記者になったとか。それだけ記者への憧れがあって、たくさん勉強したのね。そう思っていた時期が、私にもありました。ええ。


『君、可愛いね。特にこの身体! ちょっと細すぎるけど、ラインが国宝だって言われない? ねえ、今日この後君のこと取材させてよ』


 会って初めての言葉がこれって、怖くない? 記者って、みんなこんな軽い人たちなの?

 その言葉でイリヤが応戦体制に入って、冒頭のやりとりに戻るのだけれど……。


「ああ、ガロン侯爵から話は聞いているよ。こんな可愛い子なら、花束でも持ってくればよかったね」

「その脳みそを、花びらみたく散らしてやりましょうか」

「良いねえ。真っ赤な花弁とともに散った命! これぞ、スクープだよ!」

「ちょ、ちょっと2人ともストップ! ねえ、お仕事のお話をしましょう」

「そうだね、ベル嬢。改めまして、僕の名前はカリナ・シャルル。よろしくね、ベル・フォンテーヌ嬢」

「よろしくお願いいたします。こちらは、私の専属侍女のイリヤです」

「お嬢様に指ひとつ触れたら、その触れた部分を根こそぎ切り落としますイリヤです」

「あはは、良いね。良いよ、イリヤ! さて、打ち解けたところで本題に入ろうか」


 全く打ち解けてないんですけど! むしろ、距離が広まりましたけど!


 先ほどまでニヤニヤしていた締まりのない顔は、「仕事」の言葉でパッと切り替わった。視線もやっと胸元から顔に移ったわ。

 いまだにイリヤがものすごい圧で睨みつけているけど、気持ちがわかるから止められない。


「ええ、そうしましょう。早速ですが、」


 でも、仕事はちゃんとしてくれる雰囲気があるわこの人。


 私は、持参した資料を目の前のテーブルに並べながら、その雰囲気に少しだけ安堵して話を始める。



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