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声の「有る」方へ



 手のひらを、空へ向かって翳す。


 なんて、私がやっても意味はない。

 だって、この空間に空なんてないんだから。太陽があれば、手のひらが少し透けて血管が見えるとかいうじゃない? でも、多分私にはそれすらない。

 まあ、どうでも良いけど。どうしても必要! って物でもないし。なくても生きていけるから。


「……まだ、帰ってこないかな」


 私は、片手を下ろしながら無意識にそう呟いた。


 白い空間が広がる中、遠くの方で人の声が聞こえる。でも、それは私に話しかけているわけではない。なんか、あいつが言うには「手続き」ってやつをしてる声らしい。

 ここに来て間もない時、私には関係ないから気にしなくて良い的なことを言われた。別に、気になって聞いたわけじゃないんだけどさ。


 ……って!?


「ひ、1人の方が気楽でしょ……。何言ってんの、私は」


 無意識に呟いた言葉に気づいた私は、ハッとして急いで言葉を放った。誰かが聞いていたら、言い訳に聞こえる感じで。

 ……誰も、聞いてるわけはないんだけどね。誰も、誰も……。


 と、何気なく辺りを見渡していると、ふと誰かと視線が合った。


「……」

「……」

「……!?」


 こんなところに来る人は居ないはずだから、気のせいと思って視線を逸らす。でも、途中でおかしいことに気づいて再度視線をそちらに向けた。

 すると、見間違いじゃなくて人が居る。……誰? なんか、どこかで見たことがあるような……。


「あ、あの……すみません。人を探しているのですが」

「私は、ここの人じゃないからわからないわ。でも、知ってるかもしれないから、話は聞いてあげる」

「ありがとうございます……。あの、そのお方の名前がどうしても思い出せなくて……それでも、良いですか?」

「ええ、容姿の特徴とか教えてちょうだい」


 その人は、背筋をピンと伸ばし、まるでお役所仕事でも請け負っているかのような印象を与えてくる。女性なのに、スーツ姿ってところもお堅い。

 でも、ちょっと違和感。こういう女性って、髪型もピチッとまとまってると思うの。でも、その人はボサボサとまではいかないものの、長い髪を肩に垂らしていた。


 袖まわりがインクで汚れてるってことは、書類整理を頻繁にしている人だと思うの。そんな人が、髪を結えないなんておかしいでしょう?

 書類整理は私もやったことあるけど、下を向くから髪の毛がとても邪魔なのよ。縛ろうとしたけど、自分じゃうまくできないし、イリヤにお願いしたら「お髪に跡を付けたくありません、ぐすん」とか意味わかんないこと言ってしてくれなかったし。だから、私は書類整理を諦めた。……なんて、自分の話は良いんだけど。


「……」

「ここに来る人たちは、生前の記憶がどんどんなくなっていくんですって。なんでも良いから、覚えていることを急いで話した方が良いと思うわ」

「……ええ」


 その女性は、何を躊躇しているのか言葉を出そうとしない。

 私が促しても、意味をわかっていないのか、脳内が混乱しているのか、迷うような態度はそのまま。


 こういう時、あまり急かせるのもよくないって言うよね。

 アリスだったら、色々聞き出せるトークできるんでしょうけど。私には、そういうの無理。……ん? アリス?


「あ、あの」

「……はい」

「あなたが探している人、私知ってるかもしれない」

「……え?」


 私は、性格が正反対の彼女を思い浮かべて微笑んだ。

 と、同時に、目の前の女性をどこで見たのかを思い出す。


 そうよ、この人……。


「あなた、シャロンね。……本名は、クリステル・フォン=ランベール。アリス・グロスターを探しているのでしょう?」


 アリスの記憶で、何度も見た人だわ。

 どうして、ここに居るのかしら。……まあ、そんな疑問は横に置いておいて。今は、彼女ね。


 私の言葉を聞いたのか否か、クリステル・フォン=ランベールは、呆然と立ち尽くす。

 それはまるで、私の言葉を懸命に咀嚼しているかのような印象を与えてくる。きっと、今の状況が理解できていないのね。そんな顔してるわ。


 あー、早くあいつが帰ってくればこの人を元の場所に案内できるのに。

 まだ帰ってこないとか、どこで道草食ってんのよ! 早く帰ってこい、あの馬鹿!



***



 イリヤの殺じn……いえ、普通味……って言うのもおかしいか。とにかく、イリヤの作ったクッキーを無事胃の中に収めた私は、シャラと一緒に街へと出向いていた。

 さっきまで通り雨があったから、足元に敷き詰められたレンガが湿っている。水溜りは見当たらないけど、露店のテントの屋根とか、広場に置かれたベンチとかに水滴が残っているのよ。私は、それを見ながらゆっくりと歩みを進める。


「でも、どうして急にそんなところに行きたいなんて言い出したの?」

「え、えっと……」

「まあ、良いけど。貴女のことだから、面白いことでも気づいたのでしょう?」

「そんなところ……かな」


 私自身、どうしてこんなことをしているのかわかっていない。

 だから、彼女にどう話したら良いのかわかっていないの。


 でも、シャラは問い詰めずにこうやって案内してくれる。それが、とてもありがたい。

 きっと、私が彼女の立場だったらもっと詳しく話してくれるまで動かないと思う。


「びっくりしたわ、ロイヤル社に行きたいだなんて」

「うちの国にもあるから、同じ感じなのかな? って思ってね」

「それだけじゃない気がするけどね」

「……まあ」

「後で、ちゃんと教えてね。一面を担当してるナリア・ヴィジョン記者とコンタクト取れてるから」

「え、もう取れたの!?」

「もちろん。……さっき、ケーキ屋さん通ったの覚えてる?」

「う、うん」


 街に入るまでは、馬車で移動した。

 城下町の城門からは、徒歩。もう、10分は歩いてるかな。


 ちょっと甘いものが食べたいなって思ってたところに見えたから、ケーキ屋さんはよく覚えていた。

 そして、「あそこにはイリヤクッキーは絶対置いてないわね」っていう冗談を脳内再生して笑ってたから。


 でも、どうしてそのケーキ屋さんが話題に上がったの?

 もしかして、こっちだと有名なお店だったとか!? だったら、帰りに買って帰ろうかしら。


 なんて考えていると、不意にシャラが顔を近づけてくる。


「あそこのショウウィンドウを見ていた人が、うちの情報伝達係なの。ジェスチャーで、アポが取れたって教えてくれたのよ」

「え、本当に?」

「……」

「……」

「ふふ、冗談よ」


 その真剣さと言ったら、私を心配している時と同じなんだもの。びっくりしちゃった。

 なのに、彼女は「冗談」と言って笑い飛ばしてくる。……どう言うこと?


 よくわからず唖然とした私を置いて、シャラは楽しそうにスキップしながらどんどん前へと進んでいく。


「それより、行きましょう。ロイヤル社へ」


 そう楽しそうに話しながら。

 シャラは、私のところに戻ってきて手を引いてくる。


 ……そうね、まずはロイヤル社に行きましょう。

 そこに、ドミニクのお父さんの情報が有るかもしれないでしょう。ジョン・ドゥさんが、あのタイミングでドミニクのお父様が亡くなってることを私に教えたのには意味があるような気がするの。

 今から、それを確かめに行くのよ。


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