疑問は、確信へ
あれからイリヤたちに意見を話した私は、シャラが用意してくれた部屋へと戻った。
イリヤたちが、もう一度現場に行くのですって。部外者の私は入れないけど、イリヤは入れるとのこと。……他国で信頼を得るって、やっぱり彼女はすごいわ。
本当は、シャラと一緒にお茶を飲もうってなったんだけど断ったの。
だって……。
「やあ、ごきげんよう」
「ごきげんよう。待ってたわ」
「おや、嬉しいねえ。相思相愛かな?」
「……ベルに言いつける」
「ちょ!? や、やめてくれ。冗談さ、冗談。ハハハ……」
と、急に現れたと思えば、ベッドに腰掛けていた私の手の甲にキザったらしくキスを落とすジョン・ドゥさんが。そうそう、貴方を待っていたのよ。でも安心して、好意とかそういう感情は一切ないから。
私が低い声で嫌悪を表すと、ものすごい勢いでサッと身を引いてきた。
……そんなにベルが怖いのね。まあ、あの子結構怖いところあるもの。気持ちはわからなくもない。この話は、後でベルに「笑い話」として聞かせようか。
「それより、どうだったの?」
「ああ、調べてきたさ。結論から言うと、君が思っているようにドミニク・シャルルという人物はこちらに来ていない」
「……そ、う」
「なんだ、もっと喜んだらどうだ?」
「ごめんなさい、なんか気が抜けちゃって」
ジョン・ドゥさんの言葉に、思考が止まる。
ドミニクが死んでいないことを、ずっと願っていたわ。でも、もし死んでいなかった場合、私には言えない何かをしようとしているってこと。それ以外に、目的が考えられないでしょう。
あのドミニクが……私の正体を知って涙をこぼした彼が、私を裏切るはずはない。けど、私のために何かをしようとしている可能性はゼロじゃない。そうじゃなきゃ良いのだけど……。
うーん。私のために危ないことをするって、何ができる? あの人なら、平気で人を殺すわね。でも、私を殺したお父様はもう亡くなってるし、使用人も居ない。ジョセフお兄様とお母様くらい? ジョセフお兄様は、まだ牢屋の中だと思うけど、お母様って逃亡中? その辺りの情報は、イリヤに確認したほうが良いかも。
「ちなみに、彼の代わりにこちらへ来た人物は居たよ。私も現場に行ってきたが、あの遺体と一致したね」
「じゃあ、ドミニクは遺体の偽装をしたの?」
「いや、されてなかった。そっちじゃなくて、検死官を偽装した感じだろうね。ドミニク・シャルルは、どんな人間なんだい? 隣国でそういうことができるって、かなりの権力者だと思うんだが」
「……シャルル伯爵家は、代々記者の家系なの。きっと、ドミニクのお父様がいろんな繋がりを持っているのね」
「ちなみに、そのシャルル伯爵はかなり前にこちら側に来てるけどね」
「え、亡くなってるってこと?」
「ああ、私が通したからあれは自殺だな」
「……そう」
まさか、自殺されてたなんて知りもしなかった。以前、ドミニクにお父様のことを聞いた時、表情が曇ったのはそういうことだったの?
いつ亡くなったのかしら、まさか私と同じ時期に? だから、ドミニクは私に涙を流したとか……いえ、それは自意識過剰ってもんだわ。別で考えましょう。
とりあえず私がこれからやることは、彼に協力してもらって……。
「……ァリス、今大丈夫?」
「あ、はーい。シャラ、今開けるわ。……ちょっとごめんなさい。もう少し話を聞きたいから、また後、で……? ジョン・ドゥさん?」
扉に視線を向けた瞬間、ジョン・ドゥさんの姿は見えなくなっていた。部屋を一周したけど、ベッドの下にも居ない。どこへ行ったのやら……。
「アリスー、大丈夫?」
「あ、うん!」
ちょっと心配だけど、そもそもあの人って神出鬼没だものね。落ち着いて会話ができるような人だなんて、思ってない。そういうところ、ドミニクにそっくり。……本当、ドミニクに。
もう一度だけ部屋全体に視線を巡らせた私は、急ぎ足で扉へと向かう。
扉を開けると、すぐに心配そうな表情をしたシャラと目が合った。
「やっぱり、いろんなことがあったから疲れたわよね……。ごめんね」
「シャラが謝ることじゃないわ。悪いのは、犯人だもの。疲れてないって言ったら嘘だけど……」
「でも、その顔は、何かやりたいことがある顔ね。さっき迷っていた時と全然違う」
「……シャラには敵わないなあ」
「ふふ、私はアリスのファンだもの。ちょっと見れば、わかるわ。で? 何を思いついたの?」
部屋に入るなり、シャラは私の顔をマジマジと見つめてきてそう言った。
私がわかりやすすぎるのか、彼女が鋭すぎるのか。考えても、よくわからない。もし、シャラが鋭すぎるのであれば、ジョン・ドゥさんのことを知られないようにしないとね。多分、私にしか見えないと思うし、どういう関係性かなんて聞かれても答えられる自信ないし。
だから、視線がどんどんシャラの顔から逸れていく。
「思いついたというか、知りたいことが見つかってね」
「それは、うちの国でできること?」
「できることとできないこと、半々って感じ。あの、もし良かったら……」
「良いよ、手伝うわ」
「えっ。もう少しちゃんと考えた方が良いと思うけど。まだ、私具体的なこと言ってないし」
「良いの。私は、もうあんな後悔をしたくないから。今やれることをやりたいと思う人にやることが……ん、ん、ちょっと言葉が難しいわね。とにかく、私はアリスの役に立ちたいのよ! だって……」
シャラは、どうしてそんなに私を慕ってくれているの?
今の農作物の管理に大きな影響を与えたから、ってだけじゃない気がする。うまく言えないけど、それだけでこんな高待遇が受けられるのはおかしいもの。
私が死んだ後の彼女の事情も聞いた。でも、それだけじゃ何かが足りない。
その何かは、次のシャラの言葉に詰まっていたわ。
「だって、アリスがずっとその身体に居るわけじゃないのでしょう? また突然、ありがとうも言えずに消えちゃうことだってあるんでしょう?」
と、なぜか泣きそうな声で言葉を紡いでくる。
本当に泣いていると思って顔を上げたけど、泣いているわけじゃなかった。でも、今にでも泣きそうな顔をしてる。
それは、大切な人を亡くした人にしかできないもの。
大切な人を亡くしたことなんてないのに、なぜかそう思ってしまった。この感覚は何かしら。私も最近、こんな感情になった気がする。確か、あの時は……。
「……ベル」
「アリス?」
「あっ、ごめん。あの、別にすぐに消えるとかはないと思うわ。最後は元の身体の持ち主に返すけど、まだ消えたりなんかしない。自分が死んだ背景を知りたいのよ。だから、それまでは絶対に消えないって約束する」
「わかった、あまり深くは聞かないわ。でも、あなたがこれからも生きていける選択肢を提示されたら、絶対に縋り付いて。私は、あなたが消えるなんて考えたくない……」
「……ごめんね、シャラ」
そうよ、この感情は、ベルに「私はもう、死んでいるのよ」と言われた時のものだわ。
意味を理解する前に、同じ胸の痛みを感じたの。私は、ベルを「大切な人」と思ってたってことで良い? その気づきが、嬉しいやら悲しいやら。なんだか複雑ね。
目の前に居るシャラも、同じ立場になったら悲しいと思う。パトリシア様もそうだな。サヴィ様も、フォンテーヌのお屋敷の人たちも、アレンたちも。
私は、たくさんの大切なものができた。アリス時代の時よりも、ずっとたくさんの……。でも、これもベルの犠牲の上に成り立っている関係だものね。そう考えると、早く身体を渡さないとと思う自分と、もう少しここに居たいと思う自分が居る。本当、複雑。
「そうだ、シャラ。何か用事があったの?」
「あ、忘れてた。あのね、イリヤが出掛けに「お嬢様を元気付けるためにクッキー焼きたい」って言ってくれてね。戻ってくる前に買い出しに行こうと思うんだけど、アリスの好みをよく知らなくって。一緒に選んでくれる」
「……え?」
……なんて、感傷に浸りながら扉近くで会話を続けていると、何やら不穏な単語が聞こえてきたような。
イリヤが? クッキーを? 焼きたい……?
「体調的に食べられない?」
「あ、いえ。体調はもう大丈夫。でも、その……えっと」
こういう時、なんて言えば良いのかな。
ストレートに「イリヤは料理の腕前が前衛的なの」と言う? でも、私のために作ってくれるって言うんだから否定するのも……。
私はしばらくの間、シャラを立たせたまま途方に暮れた。
もちろん、クッキーは完成して、なおかつ……いえ、その後は想像にお任せするわ。
でも、ずっと頭の中に残っている。ドミニクのこと、彼のお父様のこと……。




