見えそうで見えない、全体像
あれだけおふざけしていたカルロー庭師は、お仕事になるとパッと切り替えてお庭と向き合い始めた。なんというか、180度態度が違う。その切り替えの早さで、彼もプロフェッショナルの一員であることを知る。
「かぼちゃは、植える2週間前くらいに堆肥2キロと苦土石灰100グラムを土に混ぜて耕しておくと良いのよ」
「その後の肥料はどうなるんですか?」
「植える直前に、化成肥料を蒔くの。ここは排水が良さそうだから、うねは15センチくらいの高さが理想ね。幅は、80〜90センチ」
「なるほど……。排水が悪いところでは、どうすれば良いのでしょう?」
「もう少し高めにするの。肥料の量を多くするのはダメよ、あげすぎは植物にとって毒だから」
「ちょ、ちょっと待ってください。メモが追いつかない」
「ふふ、何度でも話すから、ゆっくり書いて」
うちの国だと普通に出回っているかぼちゃは、こっちでは珍しいみたい。「新種の苗を手に入れました」って言われて見てみたらかぼちゃじゃないの。先日、バーバリーと一緒に、ポット蒔きしたからやり方はよく覚えていた。
隣では、メモを取りながらぶつぶつをつぶやくカルロー庭師と、ニヤニヤしながらその様子を見ているシャラが。対照的で、ちょっとだけ面白い。
それにしても、シャラは畑をどのくらい持ってるのかしら? ここは、前に案内してもらったところとは別だわ。さすが、公爵様。
聞けば、国中の食物類はここで実験的に育てて、一番効率の良い育て方を理解したら領民たちに開放させるのですって。そうすることで、領民たちに無駄な資源と時間を使わせないようにするんだとか。それ以上のやり方が分かれば、そのやり方をまた広めていく……って感じで農業開発を任せられてるんだって。すごいわよね。
「いやー、お嬢さんはすごいね。これだけの知識を持って、子爵令嬢かい? そりゃあ、もったいない!」
「うちの国では普通ですよ」
「そんなことないわよ。アリスは、昔から知識豊富だったもの」
「ちょっと、シャラ……」
「ははは! お嬢様が惚れ込むのもわかるなあ。君は、机上の空論だけじゃなくて、ちゃんと土のこともわかってる。こっちに移住して、宮廷庭師も夢じゃないぞ」
「ダメよ! こっちに移住するなら、私が離さないわ!」
「ふふ、それは最高の褒め言葉ね」
うちの国では、かぼちゃの収穫はハロウィンの時期に合わせて行われるの。でも、カウヌではハロウィン用と食用で収穫時期を分けてるんですって。
今回蒔こうとしているのは、食用の方。収穫時期は、来年の雪が降った後みたい。雪の冷たさで引き締まったかぼちゃってどんな味がするのかしら? ちょっと食べてみたいわ。
素揚げに煮付けに、シナモンバター。ザンギフが調理するなら、かぼちゃの入ったおうどんが食べたいな。
他国の料理は申し分なく美味しいけど、たまにザンギフの味付けが恋しくなる。
ここでグロスターのメアリー料理長じゃなくて彼の味を思い出すってことは、私のホームはすでにフォンテーヌだってことかしら?
「さて、お次はかぼちゃの蒔き方を考えましょう」
「蒔き方、とは?」
「ポット蒔きと直蒔きがあるの。初めは直蒔きして肥料をあげて、途中でポットにするかそのまま土の上で育てるか……。ポット蒔きは、その間畑が空くこと、一番重要な時期の葉に虫がつきにくいこと、それに、水の量が少なくて済むのがメリットなのだけど、その分手間はかかるわ」
「なるほど。では、どちらも実験でやってみましょうか」
「そうね。費用面の計算と、畑の効率化も見ておきましょう」
「ちなみに、ポット蒔き中に空いた畑には、すぐ生えるハーブを植えると良いわ。悪い虫が寄りにくくなるし、ハーブはお料理によく使うからたくさんあっても困らないから」
「アリス、素敵! ねえ、次はハーブティの作り方を教えて!」
まだメモを取っているカルロー庭師を無視して、シャラが私をお屋敷へと引っ張っていく。
まだ土を触りたいし、後ろでカルロー庭師が何か叫んでるけど……え、大丈夫なの? シャラってば、強引すぎる! でも、嫌な気はしない。
私は、ここに来た時よりも軽くなった心で、手についていた泥とシャラの頬についた泥を交互に見て笑った。
ここで後ろを振り向いていれば、気づいたでしょうね。
カルロー庭師がバーバリーのようなお仕事をしていたということ、私が滞在するようになってシャラのお屋敷に多くの刺客が送られてきているということに。
振り向かなかった私は、シャラと笑いながらハーブティを作りに厨房へと向かっていく。それより、ウネの高さによって排水が変わるって話……何か引っかかるのよね。なんだったかしら。
***
それから数十分後の客間にて。
「え、じゃあ、あの宿ってドミニクの親族なの!?」
「ということになりますね。おそらく、ジェレミーは今までに何度もカウヌを訪れています。ここまでくると、敵の可能性も出てきそうです」
気分転換して落ち着いた私は、シャラと淹れた生ハーブティを片手にイリヤの話に耳を傾けた。
マリーさんが聞いてきた話によると、あそこの宿はドミニクの父親の弟さん名義だったとのこと。外装は貧相だったけど、内装はかなり良かったものね。もしかして、あれってカモフラージュってやつ? 代々記者の家だから、きっと情報収集に使ってきたんだと思う。私の名前を出したら、受付の人があっさり教えてくれたんですって。「アリスお嬢様経由でしたら、なんでもお話します」と言ってね。
もし本当にイリヤの言うように敵だったら、受付の人は私たちに情報を渡さないわ。
だって、相手は公爵様だもの。調べれば嘘かどうかなんて一発でわかっちゃうし、シャルル伯爵が敵う相手ではないでしょう。案の定、マリーさんが裏を取ってくれたんだけど、何ひとつ嘘がなかったと言っていたし。
「ドミニクは敵じゃないわ。絶対に違う」
「しかし……」
「私は、ドミニクを信じる。あのね、根拠とかそう言うのはないんだけど、今この瞬間もドミニクの計画のひとつな気がするの」
「計画のひとつ?」
イリヤに確認をしたところ、カウヌに行こうと言い出したのはドミニクらしいの。イリヤは他の国を見て回りたかったらしく提案したんだけど、却下されたとか。それに、「カウヌじゃなきゃ守れない」と言われたんですって。
それって、私が狙われているのが原因よね。あの宿に居れば、ドミニクの仲間が守ってくれていたっていう話じゃないのかなあ。まさか、私が公爵と関係があったなんて知らなかったと思うし、もしシャラと会っていなかったらあのまま宿に閉じ込められたままな気がする。
と言うことは、ドミニクはヴェーラー公爵を信頼してるのは確実。ここに居れば、少なくとも私の身は安全ってことだと思う。
もし、ドミニクが敵だったら、ヴェーラー公爵もシャラも敵になっちゃうわ。だから、ドミニクは味方。何か、別の目的があったに違いない。……ジョン・ドゥさんが戻ってくれば、もっと確実な情報が入手できるんだけど。
「ええ。昔から、ドミニクって集団を嫌うの。なのに、あの人はフォンテーヌに入ってくれたし、ここまでずっと一緒に居てくれたわ。それって、今考えるとすごく不自然」
「しかし、あいつはマクシムとつるんでいました」
「それだって、ずっとじゃなかったと思う。目的がない限り、あの人は誰かと一緒に居ない。それだけは、言い切れるわ」
「……まあ、確かにカウヌに来てからも何かコソコソやってましたものね」
「あれも、集団行動をしたくなかったからだと思う。他にも何かやっていたかもしれないけど」
あの遺体がドミニクじゃなければ、話は簡単なんだけどな。
なぜ、ドミニクは私とイリヤをカウヌに連れてきたのか。それ自体が、仕組まれたものだったと思う。
シャルル記者が私の噂を広めたからって話だったけど、そもそもそれもすっごく不自然。なんというか、本当にシャルル記者が口を滑らせたならドミニクはもっと過激になると思うのよ。あの人、アレン以上に過保護だし。でも、聞いた限り制裁は与えてないし、シャルル記者は日常生活を送ってるし。これって、ドミニクがそう頼んだとしか思えないでしょう?
だから、あの遺体がドミニクじゃなければ、私は必然的にカウヌに連れてこられたってこと。イリヤは……きっと、私の護衛役ね。他に、目的が見当たらないし。
とにかく、私がカウヌに来たと言うことは、レオーネ国で何かが起きると知っていたってこと。しかも、かなり前に。
結果、事件は起きた。でも、ドミニクは焼死体として発見された。……ややこしすぎる。あとは、ジョン・ドゥさんの結果を待たないと。
私は、順を追って脳内に描いたぼんやりとした考えを客間で話した。
イリヤ、シャラを始め、マリーさんとドーラ副団長は、私の考えを否定せずに聞いてくれたわ。もちろん、ジョン・ドゥさんの話はしてないけどね。