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気持ちを新たに、反撃の狼煙を



 みんなで客間に居ると、顔色を悪くしたマリさんが戻ってきた。

 何か、とんでもない情報を手に入れたのかしら。聞くのがとても怖い。


 って思っていたら、シャラが私の手を引いてお庭まで連れ出されてしまったわ。

 正確に言うと、なぜか衣装部屋まで引っ張られて動きやすいお洋服を借りて着替えさせられ、お庭まで来たって感じ……何が始まるの?


「さあ、思う存分身体を動かしましょう!」

「……シャラ? お話は?」

「後でちゃんと話すわ。でも、その前にアリスは身体を動かした方が良いと思うの。今、いっぱいいっぱいでしょう?」

「……うん」

「あまり詰めすぎると、精神が参っちゃうわ。私、そうなったことがあるからわかるの」

「シャラが?」

「貴女が亡くなったって知らせを受けた時よ。2週間は飲食ができなかったもの」

「……ごめんね」

「ほーら、貴女のせいじゃないんだからそんな顔しない! ちょっと、バーヴィン! その辺に居るのでしょう?」


 あー、そっか。さっき泣いたのを見られていたから、気を使ってくれたってことね。きっと、マリさんのあの表情を見て、良い情報を運んできたわけじゃないと思ったのかな。確かに、とんでもない情報だったら結構キテたかも。

 シャラは、私のせいでそうなってしまったことがあるのね。申し訳なさ半分、嬉しいって気持ちが半分って感じ。彼女は強いわ。


 なんて作業服姿で考えていると、生垣の向こう側から男性が出てきた。


「はい、お嬢様!」

「お庭を触りたいの。どこかお手入れが必要なところはない?」

「たくさんありますよ。……おっと、初めましてマドモアゼル。私は、公爵家庭師のバーヴィン・カルローと申します」

「はっ、初めまして。えっと……」

「この子は、アリス。土の知識は、きっと貴方以上にあるわ」

「ちょっ、シャラ……」


 かなりガタイの良い身体だわ。このまま、お洋服を着替えれば軍人さんだって言われても納得しちゃうくらいの。

 そんな男性が、爽やかな笑顔で私の手の甲に口付けをしてきた。どっちの名前を言おうか迷っていた私は、その行為に驚いて固まってしまう。


 ちょっと待って、フレンドリーすぎるわ!

 それに、庭師の方よりも知識があるなんて嘘はやめてちょうだい。恥ずかしいじゃないの!


「なんだって!? よっし、アリスお嬢さん! 僕と一緒に愛の巣をつくろうじゃないか!」

「あ、愛!? え、何っ!?」

「君と僕との相性は抜群と見た! 共に、この庭を……愛の巣を育てていこう!」

「あ、えっと……」


 と、イリヤにも負けず劣らずのハイテンションで、私に迫ってくるカルロー庭師。そのテンションが、演技のようで演技じゃない……なんて言うのかな。

 そう! ミュージカルの俳優さんのような感じ! そのイメージにぴったりなの。まるで、舞台から1人だけ抜け出してきたかのような……。だから、否定する気も肯定する気も起きない。


 どうやって返事をするのが正解なのか分からずオロオロしていると、隣に居るシャラが肩を震わせて笑っている。


「ふふ、ダメよバーヴィン。この子は引く手数多で、男性が順番待ちしてるくらい人気なんだから」

「なんと!? では、私もその最後尾に並ばせてくださいな」

「だって、アリス。どうする?」


 その笑いに感化された私も、シャラと同じく笑ってしまった。

 そもそも、私にそんな男性は居ないし、死人に引く手数多って……おかしい。シャラも、面白いわ。そっちを見ると、ウィンクなんてしてきて……。これは、わざとやってるわね。だったら……。


「ふふ……。では、ご一緒にお庭を触らせてくださいな」

「もちろんでございますとも! そのまま、愛の逃避行にでも?」

「い、いえ、それは……」

「あーあ、バーヴィン振られてる〜」

「お嬢様、慰めてください……」


 と、ミュージカルのようなセリフをはいてみた。

 すると、カルロー庭師は「ヨヨヨ」と言いながらポケットから取り出したハンカチで涙を拭う……ふりをしている。体格の良い男性がそういう行動をすると、なんだか可愛らしいと思ってしまうわ。

 シャラのお屋敷に居る方たちも、みんな優しいね。それを取りまとめるシャラは、本当に素晴らしいお嬢様だわ。彼女のように、私もなりたいな。


 私は、涙の演技をするカルロー庭師の頭をよしよしと撫でる。

 すると、「今の行為で、僕の順番はどうなった?」と真顔で聞かれてしまった。……順番? 順番って?

 その隣では、シャラが「バーヴィン、本気で地獄見るからダメよ」なんて言っている。よく分からないけど、早く土を触りたいな。



***



 クリステル様の診察後、私は騎士団の待機室に呼ばれた。

 このまま一旦お屋敷に帰宅しようと思ったが、どうやらまたもや何か起きたらしい。ジャック・フルニエの件でも、サレン様が2人居たという話でもなさそうだ。一瞬だけ、宮殿侍医へ戻る話をされるのかと思ったが、タイミング的に違うだろう。


 案内された待機室には、ロベール殿以外の団員の姿が見られない。


「アインス、疲れてるところすまない。頼みたいことがある」

「旦那様の許可があれば、請け負います」

「フォンテーヌ子爵には、すでに早馬を向かわせている。まだ許可が取れているわけではないが、アインスにも聞きたくてな」

「ご配慮ありがとうございます。どのような内容になりますか?」


 机に向かっていたロベール殿が、立ち上がり私の方へと歩いてきた。いつもとは違う雰囲気に、ただならぬものを感じる。

 カウヌ国に滞在中のベルお嬢様関連か?  色々あって、精神面が消耗仕切っているところだと思われる。私もそっちに行ってカウンセリングでもしたいところだが、なぜか旦那様からの許可が降りないんだ。まあ、宮殿からのヘルプの方が優先度が高くなってしまうのは仕方ない、か……。


 なんの話やら予想を立てていると、ロベール卿は一瞬だけ迷いを見せてくる。

 言いにくい話なのかもしれない。


「アインスは、人物鑑定の技術を持っているか?」

「人物鑑定、といいますと?」

「そうだな……一言で表すと難しいな。例えば、髪の毛や皮膚などで特定の人物を探り当てるような技術という感じなんだが」

「ふむ……。興味深いですが、残念ながらそのような技術は夢物語の中ですな。聞いたこともありません」

「そうか、そうだよな」

「しかし、似たようなものは存じています」

「似たようなもの?」


 何を言い出すのかと思えば、人物鑑定だと?

 それは、医療ではなく科学の分野じゃないか。と言っても、その違いをロベール殿に「分かれ」と言う方が難しい。それほど、医療と科学は隣り合わせで切っても切れないものだからな。


 にしても、人物鑑定とはまた面白いことを……。

 この年になっても、まだ学びたいという意欲はある。面倒ごとには首を突っ込みたくないが、好奇心というかなんというか。……イリヤに聞かれたら「またアインスは!」と言われそうだな。


「はい。特定する人物が証拠隠滅に走ってしまっていれば難しいですが……フィンガープリント法という技術なら存じ上げております」


 私がそう言うと、少し場所が離れているのにも関わらず、ロベール殿の生唾をのむ音が聞こえてくる。

 さて、どんな話が出てくるのやら。




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