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タイトル:禁断の「作品」

 結局、あの遺体がドミニクだったのかどうなのかわからないまま、一夜が明けた。頭が混乱しすぎて、多分2時間も眠っていないと思う。ジョン・ドゥさんを待ってたっていうのもあるけど。

 とはいえ、今「寝て良いよ」って言われても眠る気になれない。


「アリス、大丈夫? 顔色悪いけど」

「ありがとう、大丈夫よ。それより、お世話になっちゃってごめんね」

「そんなこと! あんな宿に泊まってたなんて知らなかったのよ。こっちこそ、ごめんね」

「シャラが謝ることじゃないわ」


 朝食を食べようと外に出たところを、シャラの護衛に見つかってね。イリヤ共々強制送還のごとく、シャラのお屋敷に連れて来られたのよ。「あんな場所に友達を泊まらせるなんて、公爵の名が泣く!」とかよくわからない理由で、今日から帰省するまで客間を使って良いとのことだった。

 今、ちょうどその客間に居るんだけど……。


 公爵家って、こんな豪華なのね。しかも、悪趣味を一切感じさせない品の良さ……。さすがだわ。グロスターに居た時よりも、装飾品や家具の値段や質が桁違いに感じる。

 多分、あそこにある花瓶を私が壊したら、子爵のお父様が一生働いても弁償できないと思う。できるだけ、装飾品には近づかないようにしましょう。


「……でも、ごめんね。私の国で大切な人を亡くさせてしまって。犯人は、絶対に捕まえるから」

「ありがとう、シャラ。実感がわかなくてなんと言ったら良いかわからないけど、心強いわ」

「昨日の今日じゃ、そうよね。今日は、イリヤが現場に行ってくれてるんですって?」

「みたい。さっき、ドーラ副団長様とお話しててそのまま行っちゃった」

「ドーラ様と一緒に行ったなら大丈夫ね。ちゃんとここまで送り届けてくれる。……それとも、イリヤはそんなひ弱じゃないかな?」

「え……?」


 今は、マリさんに淹れてもらったお茶を飲んでるところ。お菓子も申し分なく美味しいのだけど、やっぱり精神的なものが作用しているのか昨日のパンケーキの味の方が口の中に残っている。あの時はまだ、ドミニクは生きていたのかな。……よくわからないや。

 いえ、それよりも今は。


 私は、シャラの意味深な言葉に顔を上げる。


「イリヤから聞いたわ。彼女……彼は、ルフェーブル侯爵の嫡男なのね」

「あ……。ええ、そうなの。黙っててごめんなさい」

「良いのよ。そういうプライベートは誰だってある。ドーラ様ったら、それを聞いて大興奮していたわ」

「え、どうして?」

「イリヤの現役時代の姿に憧れて、近衛軍団に入ったのですって。握手なんか求めていて新鮮だった」

「え、そうなの!? すごい偶然ね」

「ね、本当に。あれは絶対貢ぐタイプ」

「ふふ、なにそれ」


 ドーラ副団長様が、男性を愛する人なのかと思ったけど……これはちょっと違うかも?

 ベルが女性を好きになるという話を聞いて、最近は愛に対して柔軟な考えができるようになってきている。でも、今のは私の突っ走りね。なんだ、ベルの理解者が居たのかと思っちゃった。


「あ、笑った。良かった」

「……ありがとうね」

「ううん。うちの国に来て、泣いて帰るなんてしてほしくなかっただけ。ドミニクは残念だけど……でも、その様子だとアリスは彼が死んだって思ってないようね」

「え?」

「図星でしょ?」


 目の前で話しているシャラが、私に気を遣ってくれているのはわかっていた。こんなところでアリス時代の友人に助けられるなんて、人生なにがあるかわからないな。

 それに、シャラは鋭い。まったりと紅茶を飲みつつも、嘘を許してくれなさそうな、そんな雰囲気がある。後ろで立っているマリさんも同様にね。やはり、ここは公爵家だわ。


 私は、手に持っていたカップを置いて口を開く。


「……さっきまで私たちが宿泊していた宿の話なんだけど、ドミニク本人が宿泊人数の変更を受付に依頼していたのですって。2名に。事件前にそんなことってある?」

「それは意味深ね。まるで、自分が死ぬことが予想できてた感じ」

「それに、誰かに狙われていたとしたら、ドミニクの性格上ここまでついてこないと思うのよね。単独で動くと思う」

「それは、イリヤから聞いたわ。あなた、自国のジャーナリストのせいで狙われていたんですって? なのに、あんな宿に泊まって! もう少し、自分を大事にしなさい!」

「あ、そこもイリヤが話してくれたのね。狙われていたと言っても、私は一度も危険な目に合ってないのよ」

「……イリヤとの温度感がすごいわ」

「え?」


 シャラは、イリヤとどんな話をしたのかしら?

 聞く限り、かなりの情報量を交換している気がする。いつの間に?


 その表情を見る限り、私の知らない情報も知っているような感じね。聞いてみたいけど、きっとはぐらかされる。だって、顔にそう書いてあるもの。

 ティーカップを傾けたシャラが、そんな意味深な表情で私を見つめてくる。


「なんでもなーい。それより、マリ。今の話聞いた?」

「はい、聞きました」

「じゃあ、アリスが泊まってた宿の経営者を調べてちょうだい」

「かしこまりました。お時間頂戴いたします」

「え、ちょ、ちょ……。どういうこと?」

「貴女とイリヤの話を聞く限り、ドミニクって人があの宿を予約したのでしょう?」

「ええ、そうだけど」

「ドミニクって人のことを私は良くわかってないけど、少なくとも無駄なことが嫌いで堅実な人だと思ったわ。その人が、あんな連れ込み宿に貴女を宿泊させたのには何か理由があるはず。それに気づいて欲しくて、わざわざ何か行動を起こす前に宿泊人数を変更したのよ。そうとしか思えない」

「……なるほど」

「情報はあればあるだけ良いでしょう? 確実なものになったら、私たちも動きましょう。私、裏でこそこそ動いている輩が大っ嫌いなの。ぶつかるなら、正々堂々前から行くのが筋じゃない?」

「そうね。本当、そうだと思う。……ありがとう、シャラ」

「どういたしまして。5年前に貴女にもらった恩はもっと大きいの。このくらいはさせてちょうだい」


 マリさんが部屋を後にすると同時に、シャラが私の隣にサッと移動して小さな声でそう言ってきた。

 確かに、言われてみれば変よね。ドミニクがああいうところ好きだからって理由だけで泊まるなら、自分1人で行きそうだもの。イリヤも、それに気づいたから捜査協力してるのかな。

 シャラは、頭の回転が早いわ。ボーッとジョン・ドゥさんを待ってるだけの私とは大違い。……彼の存在は、シャラに話せないな。どう話したら良いのかわからないもの。


 でも、ドミニクは何がしたかったんだろう。

 貴方は、生きてるの? それとも、もうベルの居るところに行っちゃった?


 ねえ、返事してよ。



***



 王宮に繋がっている牢屋へ行くと、いつもより湿った空気が肌を撫でてくる。それは、牢屋全体の湿度の問題だけではなさそうだ。


 隣国から、ジェレミーが焼死体として発見されたとの連絡をもらったんだ。知らせの手紙は、イリヤの直筆だったが……。アリスお嬢様は大丈夫だろうか。こちらとしては、奴を捕らえなくて済んだからホッとしたというか。

 まあ、あいつは殺しても死なないと思う。ましてや、アリスお嬢様が戻ってきたんだ。地獄に落ちても這い上がってくるくらいのことはする。


 奴の「後は頼んだ」って、こういうことだったのか? サリ様を牢屋に入れて、新たにエン様というサリ様にそっくりのご令嬢と会って今、ジェレミーからもらったあの分厚い書類が一番役に立っている。

 それに、ジャック・フルニエが生きていたという事実までは書かれていなかったが、モンテディオで焼死した遺体を調べろとの指示はあった。あいつはどこまで事件の真相に気づいたのやら。


 あの書類には、ヴィエンとマークスの雇い主の話のほか、モンテディオのことや、盗品の元持ち主に盗んだ人物、裏カジノ事件に関与していた人物の名前から住所まで個人情報が羅列されていた。最初見た時はわからなかったが、捜査が進むにつれ、どこかで見たような名前が並ぶと思いきやあの資料とそっくりじゃないか。最初から教えてくれれば、調査に3日もかからずに済んだのに。

 とはいえ、あいつが残してくれた書類が役に立ったのは事実。感謝しても仕切れない。


 それに……。


「失礼。騎士団責任者のアレン・ロベールです。ジョセフの様子を見に来ました」

「どうぞ、憔悴しきって話はできませんが」

「こちらの声が聞こえれば、それで十分です」

「それは問題ないでしょう。記録しても?」

「ええ、公的なものなので記録してください」


 それに、ジェレミーからもらった書類には「ジョセフへの伝言」もあった。この言葉が意味するものを、俺は知らない。……いや、知らなかった。しかし、サリ様とエン様を見てしまったから、その意味を知らざるを得なかったと言うのが正しいか。

 伝えるなら、このタイミングしかないはず。カウヌの4大公爵の1人が、自国の王族に対して攻撃を仕掛けてきたことが明るみに出た今しか。


 俺がベッドへと近寄ると、後ろに居た専門医療者が記録ボードを机から取り出したのが横目に入る。


「ジョセフ、久しぶりだな」

「……っぁ」

「痩せたな。もう起き上がる体力はないか? ひとつ、伝言を頼まれている。聞いてくれ」


 横たわるジョセフは、最後に見た時よりもひとまわり小さくなっている気がした。小さな吐息をこぼしながら呼吸をしているその様子が、なぜか滑稽に映ってしまう。

 話しかけても、言葉が話せないのか押し黙る姿を披露してくる。


 サリ様と行った大衆食堂での出来事が、この騒動の始まりだと思っていた。でも、違ったんだ。

 ジェレミーの言うことが正しいのであれば、こいつは……。


「もう、逃げ隠れはやめましょう。ロバン公爵」


 俺がそう言うと、部屋の空気が全て止まった。

 ジョセフも、その場に居た医療者も。


 誰1人動かない異常空間の中、点滴の落ちる音だけがこだまする……。



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