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揃わないピース

 そこには、大男が居た。

 ベル嬢ほどの大きさの斧を片手に持ち、下を向いて立っている。しかも、その斧にはべったりと血のような液体がこびりついているように見えた。幻覚ではなさそうだ。


「何も言っていません! 何も話していませんから!」


 サレン様がその男に向かって叫ぶ声で、俺とラベルは動いた。

 腰に差していた剣を抜き、男に向かって構えの姿勢を取る。しかし……。


「……え?」

「な、なんだ?」

「あー……」


 襲ってくると思ったその大男は、そのまま前のめりになって倒れてしまった。

 バーンと大きめの音を立てて、その衝撃によってか床に頭をのめり込ませている。


 ラベルとサレン様は、その光景に驚き声をあげている。しかし、俺にはその状況がわかってしまったからさほど驚きはない。

 これは、あれだ。どうせ、あの人だ。


「いえーい」

「バーバリー殿!?」

「嘘、でしょ……」

「やっぱりな」


 ほら、思った通りだ。


 そこには、血塗れになったバーバリー殿の姿があった。

 一瞬怪我をしたのかと思ったが、どうやら返り血らしい。店内の明かりに姿を表すと、すぐにわかった。大男の背中に、大きな傷があるということは、彼女が斧を奪って一撃をかましたんだろう。

 そんなバーバリー殿が、両手ピース姿でこちらに向かって……あれは、微笑んでるのか? ものすごい表情で立っている。血塗れになっているのもあり、軽くホラーだ。

 その表情に苦笑しながら、俺はまたしても使えなかった剣を腰にしまう。


「てき、はいじょ。しごと」

「感謝します。女性の服はないですが、こちら羽織ってください」

「……あれん、いいひと」

「弱くてすみません。お手数をおかけしました」


 サレン様をラベルにお願いして、バーバリー殿の肩に上着を羽織った。受け取ってくれるか不安だったが、良かったよ。嬉しそうな表情になって、今まで俺が着ていた上着をギュッと握りしめている。

 こうして見ると、マクシムやマークスとは似てないな。普通の女の子だ。


 しかし、ゆっくりとはしていられない。


「お、前……よくも」

「……あら、バーバリーよわい?」

「後は任せてください」

「うん」


 床に顔をのめり込ませていた男性が、起き上がったんだ。斧を握り直して、こちらを睨みつけている。

 となれば、後は俺らの出番。……まあ、そろそろ剣を抜きたいというのが本音だが。


 俺は、迫り来る大男に向かって剣を構えた。相手は怪我をしているような動きではない。油断しないほうが良いだろう。

 前を見据えた瞬間、すぐさま斧による重い一撃が襲ってくる。剣を真横にしていなかったら、身体が真っ二つになっていたかもしれない。


 バーバリー殿が暴れてくれたおかげで、戦うスペースは確保されている。

 後は、盗品を傷つけないように気をつけて戦えば大丈夫そうだ。横目に、ラベルがバーバリーとサレン様を奥へ移動させているのが見える。


「よそ見するとは、舐められたもんだ」

「舐められますよ、そんな重いだけの攻撃じゃ」

「んだと?」

「喧嘩の仕方を教えて差し上げましょう」

「っ、王族の狗が!」


 大男は、俺の挑発に簡単に乗った。

 こう言うやつは、怒りで我を忘れると攻撃が大振りになる。困ったもんだよ、こんな狭いところで斧を振り回すなんて。


 イリヤの攻撃は、もっと速い。

 ジェレミーの攻撃は、もっと的確だ。

 バーバリー殿の攻撃は……あれは規格外だから、比べるもんじゃないな。とにかく、この男は敵にもならない。怪我もあって、見た目だけのやつだ。


 再度振り下ろそうと斧を掲げた瞬間、俺は奴の懐に入りボンメル部分で鳩尾を突いた。

 思った以上に脂肪が多く、かなり奥まで入ったと思う。すでに内臓が傷ついていたのだろう、大男はガッと血を吐きながらよろけた。


「グアッ!?」

「っ……!」


 大男の体重がのしかかってきて、体勢が崩れる。

 剣を床に突き刺し左足をふんじばり、かろうじて倒れずにすんだが……。大男はそのまま、俺が倒れそうになった場所へ転がるように仆れ込んだ。


 こんな呆気なく倒れると思っていなかった俺は、その光景に唖然とした。

 一瞬、バーバリー殿が手を貸したのかと思ったが彼女はラベルたちと一緒に居る。と言うことは、それだけこいつが弱っていたと言うことか? 今まで奮闘していたやつが、急に?


 ……いや、違う。

 こいつ……。


「……サレン様」

「はい……」

「この男に貴女の毒を差し出しましたか」

「っ……」

「もう少し言うと、ジョセフの中毒症状も貴女の毒ですよね。全部話していただけますか?」


 倒れた大男に寄ると、口元から微かにあの香りがした。

 気のせいじゃない。近づいて嗅ぐと、口臭に混じってあの甘ったるいなんとも言えない香りがするんだ。中毒症状によって、倒れたとすれば説明がつく。


 その香りを嗅いだ時、牢屋に直結している医療室のベッドで治療中のジョセフの口臭を思い出す。

 甘味でも食べたのかと思ったが、そうじゃなかった。

 これは、サレン様の体臭にそっくりだ。先ほどまで一緒に居たのもあり、すぐに思い出した。


 案の定、俺の発言に彼女の顔色がサーッと青くなっていく。


「アレンは、私が入れ替わったことに気づいてここにやってきたの?」

「入れ替わった?」

「……その様子だと、偶然のようね。あのね、鉱山へ連れて行かれた時に、私とあの子が入れ替わったの。これ以上、毒の味がしない平和な食事に耐えられなくて」

「……サレン様?」

「貴方には、嘘がつけないわ。どうしてかしらね」


 その真っ青な顔色のまま、彼女はそう言った。

 床に倒れている大男に怯えながらも、視線は真っ直ぐに俺を向いている。


 しかし、その意味がわからない俺は、質問すらできずにただただそんなサレン様を見ていることしかできない。

 さほど広くない酒場の中、人が多くいるのにも関わらず、音という音が全くしてこない。

 それが、俺自身の問題なのか、そもそも音がないのか。


 いや、待てよ。

 入れ替わった? 鉱山で?

 じゃあ、彼女は脱走したのではなくそもそも宮殿に今居るサレン様は……。


「今、宮殿に居る貴女は別の人ということですか?」

「はい。……私が、いつまで経ってもカイン皇子を暗殺しないから、この人たちに「ラベル、近くの駐屯基地に応援を頼め。半分はこっちに、半分は宮殿に」」

「わかった」

「バーバリー、てつだう」

「では、申し訳ありませんが、バーバリー殿はラベルと一緒に先に宮殿に向かってください。俺は、罠も考えてこちらに残る」

「そうだね。ヴィエンたちが見つかっていないから、君はそっちの捜索をした方が良い。僕は、バーバリーちゃんと王族をお守りする。アレンの名前出して入宮できるようにしちゃうね」

「おー」

「終わったら向かう」


 本当は、カイン皇子をお守りしたい。


 しかし、今はここに残って倒れているこいつらとサレン様の話を少しでも聞き出さないといけないだろう。

 俺は、ラベルが知らない情報……ジェレミーからもらった情報も持っている。それを、今サレン様の居るところで話すのは得策じゃない。


 素早く走り去るラベルとバーバリーを横目に、俺は意識のあるサレン様と向き合った。


 ジョセフの毒、サレン様の「入れ替え」発言に大男に怯える行動。盗品に、ヴィエンたちを雇った男たち。

 全てがつながりそうで、何かが足りていない。かといって、ジェレミーからもらった情報は隣国のものだから今は関係ないはず。


 なんだ、何が足りないんだ?


「駐屯基地からの団員が来るまでに、今までのこととこれからのことを話してくださいますか?」


 俺の問いに、1人ポツンと残ったサレン様が小さくこくんと頷いた。

 その瞳に、もう大男は映っていない。


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