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正体を打ち明けた再開


 ヴェーラー卿のお屋敷は、案外サクッと見つかった。

 どうやら、ドミニクが知っていたみたいでね。「お前がなんで知ってんだ?」って言われたけど、ちゃんと案内してくれて良かった。


 しかも、目的の人物も滞在中だったの。

 もしかしたらレオーネ国に住んでるのかもって思ったけど、会えて嬉しい。


「こんにちは、お客様。ミンス・シャラ・ド・ヴェーラーと申します」

「初めまして。隣国から来ました、ベル・フォンテーヌです。とても素敵な庭園に惹かれまして、お邪魔しました」


 そうそう、この子!

 緑がかった髪色と、この好奇心旺盛な表情。懐かしいわ。

 まさか、本人に会えると思ってなかったからすごく嬉しい。いつカウヌに戻ってきたのかしら?


 この子は、私がアリスだった時に行った初めてのお茶会で知り合ったの。確か、真っ赤なドレスを着て私にブドウジュースを持ってきてくれたのよね。お母様がカウヌ国の方で、「シャラ」はシャラナ湖から取ったって聞いたな。懐かしい。


「あら、嬉しいわ! このお庭はね、私の自慢なの」

「この周辺の土地も、他の地方よりも草花やお野菜が多い気がしました。しっかり根付いているから、土が良いんですね」

「そうなの! あなた、レオーネ国の人よね? 2年前まで私もそっちに居たの。お父様の故郷だから」

「そうなのですね。お名前は、シャラナ湖からでしょうか?」

「……」

「あ、すみません。何か、違いました?」

「……っ、ぅ」

「わっ、え、えっと、ヴェーラー様。ど、どうされました?」


 イリヤとドミニクが後ろで見守る中、私は数年ぶりに再開したシャラと手を取り合っていた。……と言っても、一方的にね。だって、私は今ベルなんですもの。彼女的には初対面でしょう。

 こんな良い土があるところで育つ作物なら、とても美味しい料理になるのでしょうね。先ほど見たナスなんて、プリップリになっていたもの。


 とりあえず、失礼のないように会話をしようと思った。だから、昔の記憶を辿り、同じような会話をしてみたのだけど。

 シャラの表情は、一気に曇っていく。それだけじゃなくて、急に思い出したかのように泣き出してしまった。びっくりしてオロオロしていると、後ろに立っていた使用人がタオルでシャラの涙を拭ってこちらに向かって口を開く。


「失礼いたします、フォンテーヌ子爵令嬢様。使用人が発言してもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。私は、特にそう言うマナーは気にせず……」

「ありがとうございます。……シャラ様は、以前ご友人がいらっしゃったんです。一度しかお会いしたことがないそうですが、お嬢様にとっては一生のご友人とおっしゃっていたお方がいらっしゃり……。毎日のように、ご友人のお話をされていました。初めて名前を褒められたこと、生まれた国が違うのに、普通に接していただいたこと、それに、以前痩せ細っていたこの地の相談も真剣になって答えてくださったことなど、それはもう楽しそうに」

「……そのような方いらっしゃったのですね」

「はい。そのご友人が、5年前……もう6年になりますでしょうか。訃報の届けをいただきまして。まだ、お嬢様は心の傷が癒えてないのです。せっかく来ていただいたのに、このようなところをお見せしてしまい申し訳ございません」

「ごめんなさい……。貴女、その友人と全く同じことを言ったんですもの。思い出してしまったわ」

「あの、そのご友人を知ってる気がします。お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」


 使用人と名乗った年配の女性は、そう言いながら自身も涙を流している。相当仲の良い方だったのでしょう。亡くなってしまったなんて、悲しいわね。そう聞いていたわ、途中までは。

 

 でも、その話は覚えのあるものばかり。

 私は、衝動的に使用人の方に向かって質問をしていた。


「アリス様と申します。アリス・グロスター伯爵令嬢様です。とてもお美しい方だとお聞きしています。聡明で、礼儀も良くて」


 ああ、やっぱり。

 シャラは、ずっと私のことを覚えていてくれたのね。数年経っても、こうやって泣いてくれるほど親しく思ってくれていたのね。

 それが、とても嬉しい。


 今日、ここに来たのは懐かしい気持ちになりたかったからだった。

 でも今は、別の目的ができてしまったわ。


「……シャラ。土は、金属元素のものを使ってくれているの?」

「……え?」

「サラ伯爵夫人の立食パーティで、石灰質を使っていたと教えてくれたでしょう。新しい肥料を探しにレオーネ国に来たって。真っ赤で綺麗なドレスを着て」

「……嘘。なんで、知ってるの?」

「姿は変わっちゃったけど、私がアリスだって言ったら信じてくれる?」


 言って良かったのかな。

 変な人に思われたら、どうしよう。騎士団を呼ばれて、留置されちゃったら?

 でも、話したことに後悔はなかった。こんなに想っていてくれていたのなら、私もちゃんと嘘をつかずに応えたいって思ったから。


 すると、シャラは使用人にタオルを渡して、一目散にこちらへ向かってきた。びっくりして目を閉じると、すぐに体温が染み込んでくる。恐る恐る目を開けたら、シャラの着ていたドレスの布地が視界に入ってきた。


「嘘でしょ? 嘘だよね」

「本当よ。あの時のブドウジュースの味は、今でも覚えているもの。貴女が持ってきてくれたでしょう?」

「アリスなの? 死んだんじゃないの?」

「それがね、最近生き返っちゃったの。この身体の持ち主と色々あってね。シャラは、元気にしてた?」

「してないよ! 毎日、貴女に言われたように水の吸収が良い土を作るのに忙しかったし、たくさんの作物が実ったから見せようと思って手紙を出したのに亡くなったから届けられないって戻ってきちゃったし……。私、毎日頑張ったんだよ。貴女にこの光景を見せて、シャラナ湖紹介して、それから「ミュージカルを観に行く、かしら?」」


 良かった。どうやら、騎士団は呼ばないでいてくれるみたい。

 シャラは、私に抱きつきながら大きな声で泣き出した。私は、少しだけ背の高いシャラに向かって手を伸ばす。頭にそれを置くと、更に声が大きくなってしまったわ。そんなつもりでしたんじゃないのに。


 貴女に仕えている使用人は、優しい方ね。私を不審がらずに、「奇跡よ! お嬢様の祈りが届いたんだわ」と、こちらも負けじと涙を流しているんですもの。

 ふと、ドミニクとイリヤの方を見ると……こっちも、「良かったね」って感じの顔して私を観てくれていた。うちの使用人も優しい人たちなのよ、シャラ。



***



「これこれ! 見せたかったんだ」

「初めて見るわ。これは、何? 野菜?」

「違うよ。これは、フウセンカズラ。風船みたいな見た目でしょう?」

「そうね。鬼灯に似てる気がする」

「中身はちょっと違うけどね。見てて」


 あの後、私はシャラと一緒に庭園を回った。

 奥には畑が2箇所あってね。1箇所は来年用で土を休ませているのですって。もう1箇所の方には、外で見たナスやきゅうり、えんどう豆なんかもあったわ。

 今は、その手前にある小さな花壇を見てるところ。


 シャナは、楽しそうにフウセンカズラの実かしら? 茶色い袋を取り、私の耳元で振ってくる。カラカラと何かが入っている音がした。なんだか、楽器のような植物ね。こっちの国では、見たことがない。


「こうやって開けると、……ほら、種が入ってるの」

「わあ、可愛い! これ、ハートになってる」

「そうなの、ハートよね! マリさんは……あ、さっきの私の専属メイドなんだけど、マリさんは、ハートじゃなくて桃だって言うの」

「私は、ハートだと思うな」

「だよね! はい、この種あげる。アリスのお屋敷で育てて」

「良いの? 貴重なものなんじゃ?」

「良いの良いの。アリスの方が、植物に詳しいもん。……悔しいなあ。あの後たくさん勉強したのに、貴女には敵わない」

「ふふ、ありがとう。じゃあ、今度私のお屋敷に来た時にチューリップの苗をプレゼントするわ。オータムチューリップって言って、今の季節に咲く花なの」

「チューリップなのに、春じゃないの?」


 あー、友達って感じがして楽しい!


 正体を教えた後、シャラに対して一回敬語に戻したの。

 だって、ドミニクから耳元で「ちなみに、ヴェーラー卿は公爵な」って教えてもらったから。びっくりしすぎて、変な声が出ちゃった。どうやら、「西のロバン、東のヴェーラー」って感じらしい。勉強不足だったわ……。ここ、本邸じゃなくて別邸なんですって。本邸は、もっと東の方にあるんだとか。

 まあ、とにかくそういう理由で敬語にしたのだけど、シャラが「昔みたいにしゃべってくれないの?」ってまたもや泣き出しそうになったから更に戻したってわけ。


 シャラは、今までの時間を埋めるかのようにはしゃぎ、私から離れなかった。それが、なんだか心地良い。

 チラッと横目で見ると、ドミニクとイリヤもマリさんと談笑してるわ。


 来て良かった。

 アリスだって話して良かった。

 もし、あのまま死んでいたら、こういうことも知らないままだったってことよね。パトリシア様に、シャラ、アレンにシャロンに……。ベル、会いたいわ。今、貴女とすごく話をしたい。




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