愉快犯?
「ってことで、また来るわね」
「ええ、いつもありがとうございます」
「当然よ。私は、ベルの大親友なんだから!」
「ふふ。起き上がれるようになったら、たくさん恩返ししますから」
「別に良いわ。返して欲しくてこうやって行動してるわけじゃないもの」
私が目覚めてから1週間ちょっと。
パトリシア様は、毎日のように寝室を訪れてくれる。というか、ここで香料の企画書を進めてくださっているって感じ。……え、毎日来てて大丈夫? 彼女には彼女の予定があると思うのだけど……。
声が出るようになって「毎日来て大丈夫ですか?」と話しかけてみた。そうしたら、「え、もしかしてご迷惑だった?」って泣きそうになりながら返事が来るんだもの。光の速さで即答したわ。「そんなことございません!」と。
そしたら、隣で聞いていたドミニクが笑いを堪えていて……そもそも、私が狙われているならパトリシア様をお屋敷にあげないでよ! こっちは、毎日気が気じゃないのよ! ねえ、ドミニク!
「んだよ、こっちを睨んで」
「……別に。パトリシア様の身が心配なだけ」
「大丈夫だって。近距離戦なら、俺よりも強いやつを護衛につけてるし」
「そういう問題じゃない!」
「それに、サヴァンには話してあるから」
「え?」
「当たり前だろう。サヴァンを通して、デュラン伯爵とも話し済みだ。全面的に協力すると話をもらってるさ」
「……そう、なの?」
「人の命だぞ? ちゃんと根回しはする」
「……ありがとう」
やっぱり、ドミニクは変わったと思う。以前なら、自分以外の人間は知らないって切り捨てていたでしょう。こういう変化良いな。何かきっかけがあったとか? きっと、素敵な出会いがあったのでしょう。
でも、この人はもう少し人に伝える力を身に付けた方が良い。今までの心配を返して欲しい! あ、いえ、今も心配はしているけど。けど! 安心感が違うでしょう!?
なんて、今更文句を言ったところでドミニクは「へえ、そっか。ご苦労さん」で終わりだと思う。
「それよか、お前昼飯残しただろ。ちゃんと食え」
「……味が濃かったの」
「はあ? 味付けしてねえよ! 嘘つくな」
「ほんとよぅ……。とくに、パン粥がダメだった」
「味覚過敏になってんのか。待ってろ」
でも、ちゃんとこうやって動いてはくれるから、はっきり文句が言えないのよね。しかも、本当に心配してくれているのがわかるし。
聞いたところ、新聞社を継ぐために医療を学んだとか。他にもいろいろ資格を持ってるって話を聞いた時は、思わず「あの、ドミニクさんですよね?」って聞いちゃった。
ドミニクは、私の回答を聞くとベッド下に置いてあった医療用カバンを漁り出した。
何を取り出すのかしら? できれば、喉奥を見るやつは使わないでほしい。あれ、オエッてなるから嫌い。こっちが苦しんでるのに、この人ったら「あ、お前フェラ出来ねぇタイプか。残念じゃん」とか言ってくるし。
フェラって何? 人に向かってできないって決めつけないでほしい。なんでも、努力すればできるようになるんだから!
「ほい、これ飲んで。これからしばらくは出す」
「なにこれ」
「亜鉛。低亜鉛血症起こしてるっぽいから」
「ぽいからって……。飲んで大丈夫なの?」
「大丈夫。亜鉛は摂っておいた方が良い。しばらくすれば、味覚が正常になる」
「わかったわ、ありがとう」
震える手でグラスを受け取った私は、そのまま亜鉛? なんだったかしら? 多分亜鉛を口の中に放り込み水で流した。
特に、味はしない。
と、こんな感じで、幸い私は殺されてないし、体力はないけど快方に向かってる。なんの代わり映えもしない毎日に、「本当に、私って狙われてるの?」って何度も確認しちゃった。そしたら、「まあな」ですって。やっぱり、ちゃんと人に伝える力を身につけてほしい。
でも、いくつか気がかりなことはある。
ひとつめが、全く顔を出してくれないサヴィ様。別に、来いって言ってるわけじゃないわ。そうじゃなくて、いつもなら真っ先に駆けつけてくれるのになって。もしかして、婚約解消したからもう他人になっちゃった? でも、兄様になったんだし、彼はそこまで薄情な人でもない。聞きたいけど……嫌われていたら怖くて口にできない。
ふたつめが、アインスね。彼、ずっと王宮に居るんだって。このままここに戻ってこなくなったらどうしようって思って。確かに彼の居場所はあっちだったものね。でも、それじゃあ会えなくなっちゃうから。それが、とても寂しい。
で、最後は、王宮で起きた事件のこと。
捕まっていたあのお2人が脱獄したのですって。それに巻き添えを食らってエルザ様とシャロンが怪我をしているとか。アインスが診てるらしいのだけど、シャロンはいまだに目覚めないの。……だから、あの夢みたいなところに彼女がいたのね。もちろん、その話はイリヤに伝えたわ。
「身体、痛くねえか?」
「少し腰が痛むけど、ドミニクのマッサージでなんとか」
「いつでもしてやるから、言えよ」
「うん、ありがとう。ねえ、それより声が出るようになったし、そろそろ私が狙われてる理由を言ってくれても良いんじゃない?」
「あー、そうだな」
ドミニクはね、マッサージも得意なの。最初は変なことされると思って警戒してたし、他の使用人たちも総出で見張ってたとかいうすごい光景もあったけど、今は普通に1人の時にしてもらってるわ。彼は、とても器用だわ。
でも、そろそろ自分がどうして狙われているかを知りたい。別に、理由を知ったところで危険性は変わらないし、無茶も何もここから動けないから意味ないし。
ドミニクに向かってはっきりとした口調で話すと、思い出したかのように窓の外を見てるけど……この人、本当に教えてくれる気があるの?
「今、制裁を終えた本人が来るから待ってろ」
「……本人?」
「そ、本人」
え、まさか、私を殺そうとしてる本人!? いや、そんなわけ。ドミニクが雇われた経緯は聞いたけど、……まさか裏切るとか!? でも、制裁って何かしら……。
私は、身体を硬直させて、足元にあった毛布を手繰り寄せた。こんなんじゃ防御できないかもだけど、安心感が違う。
怖い。怖すぎる。なのに、ドミニクは「はは、おもしれぇ顔」とか呑気に言ってるし。お願いだから、人にもうちょっと詳しく伝える力を身につけてちょうだい! 怖いんですけど!
***
「ベル嬢、大丈夫ですか?」
「……はい」
「何かお飲み物でも?」
「……いえ」
「どうされましたか? 先程から、お顔の色が赤い気がします。熱でもあるのでしょうか?」
「……い、いえ」
部屋にやってきたのは、2名。どちらも、顔見知りだった……けど。
ちょっとよくわからない光景だから、順を追って説明するわ。私も、頭の中を整理したいし。
まず、部屋に入ってこられたのは、アレンとあの新聞社のシャルル様だった。後者は、なぜか満身創痍に近い格好をしている。それに、シャルル様に向かって威嚇するイリヤも一緒に。
『ベル嬢〜〜〜〜! お久しぶりですう』
『おい、カリナ。あんまひっつくな。立場を考えろ』
『なんだよ、義兄さん! こんな可愛い子が目の前に居るんだよ!? 口説かないなんて、男じゃないよ!』
『イリヤはそんな男を排除する機械になります。ががが、ぴー』
『え、ちょ!? いてっ、痛い! これ以上叩かないで! なにその電子音!』
『イリヤやっちまえ!』
と、部屋へ入ってきてからとても騒がしい。
もう、ここだけでカオスでしょう? でも、まだ序の口よ。
「ちょっとアレン、さっきから距離が近いよ。お嬢様が困ってる」
「でも、こんなお痩せになって……。誰かが支えてないとダメだろう」
「大丈夫だよ、さっきから1人で起き上がれてたし」
「いや、俺はベル嬢を思って」
「なら、僕が代わろうか」
「お前はダメだ!」
と言って、距離感のバグったアレンがベッドに腰を下ろして私の身体を支えてくれているの。もちろん、座って良いか確認されたし、良いって返事をしたわ。でも、ここまで近くに来られるなんて想像しろって方が難しいでしょう。それからずっと、こうして私の身体を支えてくれている。
……宮殿にいらした美しいアリスお嬢様のところに居たんじゃないの? どうして、こんな近くに来てくれるの? それに、アレンは私が食べ物で狂ってしまうのを知ってるのでしょう? なのに、優しくしてくれるの?
何もかもが、よくわからない。
「おいおい、隊長さん。こいつといちゃつきに来たんなら帰れ」
「違う!」
「なら、離れろ。自分で起き上がる動作も、リハビリのひとつなんだよ」
「……ぐっ。でも」
「アレン、お嬢様が「離さないと嫌いになる」って顔してる」
「離れます」
別に、そんなこと言ってないけど……。ただ、どう反応したら良いのかわかってなかっただけで。
でも、確かにリハビリもしないとね。このままベッド生活では申し訳ないもの。頑張って、早く歩けるようになりましょう。
彼が離れると、少しだけ寒さを感じた。でも、リハビリですもの!
そうやって意気込んでいると、アレンが寂しそうな顔して「ごめんなさい」と謝ってくる。良いのよ、別に。あっちのアリスお嬢様に笑顔を向けていないアレンを見ると、なんだかほっとする自分が居る。だから、「良いの」よ。
「じゃあ本題に入るぞ。まずは状況説明からする。カリナ、土下座しながら状況を伝えろ」
「え、土下座!?」
「早くしろ。じゃなきゃ、その顔ズタズタに引き裂くぞ」
「ひゃあ〜、怖い!」
「え、そこまでしなくても……」
「そこまでするようなことしてんだよ、このグズは」
「いやいや、知らなかったんだから」
「だとしても、だ!」
シャルル様が入ってこられてから、ドミニクの機嫌が悪いとは思っていたけど……。土下座することはないと思うの。でも、そう言っても止まらないみたい。理由を知りたいのだけど。
シャルル様は、私の居るベッドの足元まで来て本当に土下座をした。そして、床に向かってこう言ってくる。
「まず、ベル嬢が狙われているという噂を流したのは私です。申し訳ございませんでした」
「え……?」
「ベル嬢から頂いた植物カレンダーが、5年前に起きた隣国との裏カジノ事件で問題になった暗号とそっくりだったんです。義兄さんがその事件を追っているのは知ってたから、私も役に立ちたくて犯人の尻尾を掴むために……本当に、ごめんなさい!」
「……え?」
「補足すると、こいつはすでに俺とイリヤと隊長さんとザンギフやらフォーリー、アランなんかにコッテリ絞られた後だから一応人畜無害な」
「あの庭師の子が一番怖かった……」
「…………え?」
やっぱり、何もかもがよくわからないわ。
私は、結局狙われてるの? そうじゃないの?