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もう揃わない、パズルのピース



 ロベールの屋敷に戻ってきて、2ヶ月が経過した。

 自分では時間の流れがわからないが、マーレリーさんが言うにはそうらしい。


 確か、父様の後をついてお仕事をしていたはずだったんだけど……。

 俺はどうしちゃったのかな。見渡しても、父様のお姿は確認できない。


「アレン坊っちゃま、今日は良い天気ですよ。お庭に出てはいかがでしょうか?」

「……にわ」

「ええ、隣国より取り寄せました椿が見頃です。せっかく咲いていますのに、坊っちゃまに見てもらえないなら咲き損ではないですか?」

「……つ、ばき」


 椿、椿? どういう花だったかな。

 確か、アリスお嬢様が好きなお花だった気がする。彼女は、赤系のお花を好む。

 バラはもちろん、クリスマスローズにポピー、アネモネ、ハナキリンにデイジー。いつも、お庭で育てているお花は赤が多かった。


 そうだ、お花に水をあげないと。ジャックさんがあげてるけど、あの人ってばたまに忘れるんだよね。一度だけ、アリスお嬢様のチューリップを枯らしてしまったことがある。

 でも、そのおかげでアリスお嬢様と一緒に市場へお出かけができたから俺は嬉しかった。新しいチューリップの球根を買えたし、彼女と肩を並べて歩けたし。心臓の音が大きすぎて大変だったけど。


「おみず……」

「お花にお水をあげますか? では、私もご一緒させてください」

「お嬢様と行きたいな。……アリスお嬢様は?」


 そういえば、アリスお嬢様はどこだろう。

 マーレリーさんには悪いけど、彼女と行きたい。事前に調べた情報を元に、アリスお嬢様と一緒に植物のお話をして……。

 潜入捜査に期間は定められていない。それって、いつまでも居られるようで陛下が指示をすれば明日にでも撤退になるってことでしょう? だから、今この瞬間の時間を大切にしたいんだ。


 俺がその名前を口にすると、なぜかマーレリーさんの表情が曇った。それだけじゃない、頬に涙をこぼして俺の身体を抱きしめてきた。

 なんだ? どうした?

 そして、マーレリーさんが屈んだことで気づいたんだけど……。


 どうして、俺はベッドの上に居るんだ?

 お仕事は? アリスお嬢様は? 部屋着のままで、何をしてる?


「……アレン坊っちゃま。ああ、アレン坊っちゃま」

「マーレリーさん?」

「アリス様は、2ヶ月前にお亡くなりになったのです。お医者様も、事実を受け止めるようにと……。坊っちゃま、ごめんなさい。何もできずにごめんなさい」

「……え?」


 マーレリーさんの言葉と共に、俺の脳内へと情報の波が押し寄せてきた。

 それはまるで、スクリーンを通して見ている映画のよう。他人の人生を覗き込んでいる、そんなイメージを与えてくる。


 アリスお嬢様の笑顔。

 顔を大きく歪ませて苦しみ出した様子。

 そして、棺の中で穏やかな顔を披露する……。


 でも、それが「他人の人生」でないことは、自身の記憶が知っていた。


「あ、あ、……あ」

「坊っちゃま……」


 泣き叫びたいのに、それができない。なんなら、まばたきも難しい。文字通り何もできない俺は、ひたすらマーレリーさんの抱擁に身体を預けた。

 その温かさも、支えを失った俺には何も響かない。自分の身体が、他人のもののように思えてくる。今までどうやって息をしていたのか、それすら忘れてしまうほどに虚無になった。


 それから数ヶ月、俺は夢遊病を発症し、人間とは思えないような狂った生活を送ることになる。今は、その入り口にすぎないことを誰も知らない。




***




 アリスお嬢様が亡くなったと聞いた時、最初に湧き出た感情は「助かった」だった。


 これで陛下の付き人という立場を奪われることはない。

 それに、彼女のあの精神的なものをどうしようかと考える必要がなくなった。

 だから、私にとってはプラスだった。


 なのに、アリスお嬢様の葬儀が終わった後から数年間ずっと、この虚無感と戦う時間が増えた。

 仕事中でもプライベートでも上の空が続き、失敗が増えていく。もちろん、普通にお仕事ができる日が増えてはいたけれど。でも、このままだと王族から解雇通知がきてしまうのは目に見えている。

 失敗をカバーしようとしてさらに失敗して……そんな自分に嫌悪する日々が続いた。


「おや、シャロン?」

「……ジャックさん」


 その日は、久しぶりのお休みだった。

 多分、私の失敗続きを見た陛下がお休みをくれた……という言い方をした方が正しいかも。「何か手につけたほうが気が紛れるかと思ったんだ。すまん」と何故か謝られた。失敗ばかりしていたのに。

 今考えても、その意味はよくわかっていない。


 買い物をした袋を持ってボーッと城下町を散策していると、前から見知った顔が。

 本来であれば、知らん顔をした方が良いのだけど……。というか、最後の会ったのが数年前だと言うのに、どうしてジャックさんは私を覚えているの?


「やっぱり、シャロンだ。痩せたね」

「……」

「話しかけない方が良かったかな」


 ジャックさんは、以前と同じ優しい笑顔で私に声をかけてくる。……こんな、ダメな私に。

 その笑顔が、遮断したはずの心に響く。笑っちゃダメ。私は、お嬢様を蔑ろにした1人でしょう。彼女を殺した相手と同じ扱いを受けて当然なんだから。


 王宮に、しかも、王族に従事しているのに、いまだにお嬢様を殺した犯人を捕まえようと本腰を入れていない。彼女は、事件に巻き込まれた1人として放置されてしまっている。他にも、そういう人が多いの。行方不明者とか。

 爵位を持つ本人以外、そういうのが後回しになってしまうのも問題なんだけどね。私は、わかっていてそこに蓋をしている。


「そこの広場、子どもたちがたくさん居て楽しそうなんだ。一緒にどうかな」

「……っ」


 その笑顔に、何かを期待した自分が居る。「大丈夫だよ」「頑張ったね」と言ってくれる人間を探すように。ズルい自分は見ずに。

 こういうの、変えたいのにな。変わらずに大人になってしまった。嫌だ、嫌だ。


 めんどくさい私は、野菜やパンの入った紙袋を両腕で抱きこんなところで泣き出してしまう。

 なのに、ジャックさんは何も言わず頭を撫でるだけ。側から見たら、どう見えるんだろう。ジャックさんが悪者になってませんように。

 なんて。そんな皆暇じゃない。わかってる。自分が思ってるほど、他人は他人に興味がない。


「……私、シャロンじゃないんです。クリステルって言います」

「じゃあ、クリステル嬢。広場で子どもたちの声を聞きながらお花を見ませんか? 暇な年寄りにお付き合いくださいな」

「はい……」


 私はその日、ジャックさんに全てを打ち明けた。彼なら、口約束でも秘密にしてくれると思って。

 案の定、私の話を聞いて「やっぱり、そうか。君みたいな良い子が、あそこに居る方がおかしい」と言った。それはまるで、グロスターのお屋敷で働く全員が良い子ではないような印象を与えてくる。


 でも、私は馬鹿だから。

 自分のことで精一杯だから。

 彼は、私の話を聞いて「辛かったね」と言ってくれたのに、その逆はできなかった。


「私は、お嬢様が殺される要因を作ってしまったんだ。今更、君を責める資格はないよ」


 そう言った彼は、立ち寄った広場で遊ぶ子どもたちに視線を向けながら、瞳に涙を溜めていた。それを拭う言葉も、ましてやハンカチひとつ渡してやることもできず、私はただただ話を聞いていることしかできない。


 でも、衝撃的すぎて、いつもは「自分の下が居た」と思って安心するような場面なのに、全思考が停止する。


「お嬢様は偶然、とあるXXXXをXXXXしてしまったんだ。私と一緒に笑いながら作ったXXXXのXXXXーが、それだった。ここ3年調べてやっと犯人を突き止めたのに……。発端が私だったなんて……。私が殺されるべきだったんだ」

「……ジャックさん」

「すまない……。誰かに話しておきたかった。会ったのが君で良かったよ」


 その情報は、今まで調べたことがない路線のもの。なぜ気づかなかったのか、不思議になるほど身近で問題として何度も挙げられているものだった。

 


 それから、ジャックさんは広場に咲く花を教えてくれた。

 アリスお嬢様の好きだった花、ジャックさんが好きな花。それに、私が好きな花についての話もした。最初は辛かったけど、だんだん楽しくなって日が暮れるまで話してしまったわ。ここ数年の中で一番楽しい時間だったまである。


 別れる時、彼は「楽しかったよ、ありがとう」と言った。

 それが、最後に見たジャックさんの生きた姿だったなんて、その時の私が知る由もない。



 彼はその数ヶ月後、ミミリップ地方のはずれに位置する森林にて、首吊りした遺体として騎士団に発見される。皮肉にも、見つけたのがロベール卿だったと報告書を読んで知った。

 ジャックさんは身を持ってその罪を償ったのに、私は今もなお陛下の隣で息を吸う。……彼から託された情報を、都合良く忘れて。




 

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