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ドミニクの手土産



「シャルルの兄さ……ドミニク」

「あん? どうした、アリス」


 風が心地よい昼下がりのある日。

 私は、フォンテーヌ家の正面に広がる芝の上に寝そべるドミニクに声をかけた。日向ぼっこしているのかしら? 気持ちよさそうで羨ましいわ。さっきまで、バーバリーが芝に水を浴びせていたけど……もう乾いてるみたい。今日は、天気が良いものね。


 最近、ドミニクが良く遊びに来る。

 しかも、必ず手土産を持って。今日は、長蛇の列の先で売られている大人気のお菓子メーカーのチョコレートクッキー! お父様お母様は、大喜びして受け取っていたわ。……私が一番多く食べたことは内緒にしてね。


「クッキー、美味しかったから。ごちそうさまって伝えたくて」

「お前も食ったの?」

「ええ、先ほど。お仕事の区切りのお茶で頂いたわ。イリヤが、カフェ・シェカラートを入れてくれてね。呼べば良かった?」

「いや、あいつの淹れるコーヒーなんか飲みたくねえ」

「もう、ドミニクは!」

「シャルルの兄様って呼んでも良いぞ」

「……そんな歳じゃないわ」


 言い直したのに、ちゃんと聞かれていたわ。失態ね。

 気が緩むと、昔呼んでいた名前が出ちゃうの。気を引き締めないと。


 私は、顔が熱くなるのを感じつつも、寝そべるドミニクの隣に腰をおろす。

 確かに、風が心地良くて寝そべりたくなるなあ。でも、ベルの髪ってストレートだから寝るのが勿体無いのよね。ほら、私って昔猫っ毛だったじゃない? だから、いざストレートヘアになると、それを崩すのが怖いの。ちょっとでも跡が付いちゃったらきっと、ショックで寝込むかも……。っていうのは冗談だけど。


「もうちっとこっち来いよ」

「え、でも……」

「ほら」

「わっ、え!?」


 会話しながらドミニクの顔をのぞいていると、不意に両腕が私を襲ってくる。避ける間もなかった。バランスを崩した私は、そのまま彼の胸へと飛び込んでしまったの。

 急いで起きあがろうとするも、力強い腕が私の背中に回って離してくれそうにない。ドレスが汚れるとか、髪がぐしゃぐしゃになるとか、そんな些細なことはどうでも良くなった。それよりも、距離が近い! なんで、ドミニクはこんな良い匂いがするの!?


 最後の足掻きをするように足をバタバタさせても、「はは、魚釣ったみてぇ。大漁じゃん」って言って笑ってるし! 

 ちょっとはこっちの気持ちも考えてほしいし、私を魚にしないでほしい。


「アリス可愛い」

「……どうせ、ベルの方が可愛いし」

「聞こえてねえの? アリスが可愛いって言ってんの」

「そんなこと言ったって、この身体を「お胸様」って呼んでるの知ってるんだからね!」

「やべ、バレてら」

「もう! 女性の身体をそういうふうに見ないでちょうだい」

「お前だって、俺の体臭嗅ぐの好きじゃんか。おあいこさんじゃねえの?」

「……ううう、うるしゃいぃ!」

「はは、噛んだ。可愛い」


 ドミニクは、こうやって口が達者なの。あー言えばこー言う的な。

 別に、ドミニクの匂い嗅いでるのは深い意味はないわ。ほら、香料の企画書してるじゃない? もし、香水を使っていたらその参考にしようと……ほ、本当よ! 嘘じゃないわ!


 恥ずかしさで自分がどうにかなりそうになって、ドミニクから離れようと腕を精一杯押した。でも、結果はお察し。女性に本気出すとか、この人は大人気ないんじゃないの?


「まあ、冗談抜きでさ。お前が着てる服って首までぴっちりじゃん? 苦しくねえの?」

「……べ、別に」

「ほらー、苦しいじゃんか。意地張んなよ」

「苦しくないもん……」

「別に全裸になれって言ってんじゃないんだから、良いじゃん。減るもんじゃねえ」

「私の精神が減る! 私は、そういうふうに見られたくないの。そもそも、ドミニクが見たいだけでしょう」

「そりゃあ見たいに決まってんだろ! 何当たり前なこと言ってんだ」

「開き直らない!」


 全く。警戒してるのがバカバカしくなりそう。

 私は、ドミニクのオープンすぎる態度にとうとう吹き出してしまった。


 確かに、苦しい。深呼吸が最後まで吸えない感じって言えば伝わるかしら?

 でも、外で谷間見せてるのって恥ずかしいじゃない? パトリシア様が言ってたけど、胸の開いたドレスを着ていると、殿方は全員顔を見ないで胸に向かって話してくるんだとか。露骨すぎる!

 それを考えただけで、私は良いやってなっちゃう。だったら、苦しい方がマシじゃない?


「……確かに苦しいけど、外だけだもの」

「外だけって?」

「夜、寝る時は胸元開いたネグリジェ着てるから。イリヤに買ってもらったやつ」

「は? え?」

「ほら、アリスだった時、ここまで胸なかったし。この身体になってしばらくは肩こり酷いし、ドレス苦しいしで相談したの。そしたら、次の日にイリヤが可愛くて布地が薄い軽めのネグリジェ買ってくれ……ドミニク?」


 半分は本気で心配してくれてるのかな? って思って説明したんだけど……。

 ドミニクは、私から顔をそらして黙ってしまった。何か変なこと言った? あ、イリヤが男性だから? でも、私にとっては女性だもの。別に、良いじゃない。


 と思ったら、ドミニクは私ごと上半身を起こした。

 急な動作に身体がついていけず、彼の着ていたワイシャツを思い切り握ってしまったわ。シワがついてないと良いけど……。うん、ついてない。


「俺、今ならイリヤと仲良くできる気がする」

「……え?」

「ちょっくらイリヤと握手してくるわ。ハグもできる自信しかない」

「えっ。……は?」

「あと、フォンテーヌ子爵に宿泊して良いか聞いてくる」

「な、なんで?」

「クッキー喜んでたんだって? もう一回並んでくるか」

「う、う?」


 どう言うこと!?

 どうしてこうなったの!?


 話の展開についていけず、ただただボーッとするしかできない。直接顔を合わせないために、こうやって外で日向ぼっこしているものだと思ってたのだけど……違うの?

 泊まるのは良いと思う。ザンギフが喜んでお夕飯を用意するだろうし、お父様お母様もパーティの準備始めるだろうし……。でも、私の肖像画を飾られることは勘弁! 本当に泊まるなら、先に根回ししないと。それに……。


「ド、ドミニク!」

「あん? なんだ、アリス」

「だったら、その……えっと」

「なんだよ、一緒にねんこすっか? いいぞ、抱き枕になってやる」

「違くて……うー」

「なんだよ、照れんな。愛の告白じゃあるまいし」

「えっ」

「……は?」


 え、私照れてる!?

 そ、そんなこと……でも、顔が熱い。まさか、真っ赤になってたら嫌だな。


 って、ドミニクも赤くなってる。

 もしかして、気候のせい? 照れてるとかじゃないっぽい。でも、顔が熱い。顔だけ熱いわ……。伝えたいことを伝えるのって、こんなに難しいのね。いつもどうやっていたかしら。


「えっ」

「え? マジ?」

「ミミー!!」

「!?」

「!?」


 言いたいことが言葉にできずモジモジしていると、ドミニクの背後からバーバリーが飛び出してきた。……文字通り、飛び出してきた。


 その衝撃で、私はまたもや彼のワイシャツを強く握ってしまった。今度は、シワがついてしまったわ。ごめんなさい。

 でも、ドミニクはそれどころじゃないかも。だって、バーバリーの腕が彼の首元にキツく巻きついているから。……あれ、大丈夫? 息できてる?

 とりあえず、私はドミニクから離れてその様子を見守った。


「ミミ、あそぼっ! あそぼっ!」

「っ! ……っ!!」

「ミミ、あそばない?」

「ぁっ、っ!!」

「バーバリー、多分苦しいんだと思うけど……ミミってなあに?」


 離れて正解だったわ。

 バーバリーったら、楽しそう。庭師だから、あんな力があるのね。いつも木の剪定とか力仕事できてすごいなって感心してたのよ。グロスターの庭師のジャックも、汗をかきながらやっていたもの。

 その彼女が、全力でドミニクと遊んでいる。ね? 離れて正解でしょう?


 にしても、バーバリーはフレンドリーね。もうドミニクのことをあだ名で呼んでいるなんて。私もあだ名が欲しいな。友達がいなかったから、あだ名も愛称も聞いたことないし。

 でも、「ミミ」ってどこから取ったのかしら? 彼、確かミミリップ地方に住んでないと思ったけど。


「ミミ。このひと、ミミ」

「ドミニクよ」

「シャミミ、ドミミク、ミミ!」

「ぷふっ……。なるほど、ミミ……ミミ」

「〜〜〜っ!!!」


 あ、ダメ。ツボったかも。

 バーバリーってカタコトで話すのよ。きっと、発音が難しかったのね。シエラのことも、シェラって呼んでるし。

 それにしても、笑顔で「ミミ!」なんて言われたら笑ってしまうじゃないの。ミミ、ミミ……。私もそう呼ぼうかしら。結構腹筋にくるわ。


 なんて、私は部外者だから笑っていられたのかも。

 何気なくドミニクに視線を向けると、顔を真っ赤にしてバーバリーの腕をバンバン叩いているのが見えた。相当苦しいようで、顔つきがすごいわ。


「バーバリー、離してあげて。そんなことしなくても、ミ……ドミニクは遊んでくれるわ」

「でも、イリヤがこうしてって」

「イリヤが?」

「うん。お嬢様にしつ……? しつれんなことしてるからって」

「……しつれん?」

「あれ? ちがうかも。し、し?」

「ぶはっ! ……畜生、この馬鹿力がっ! ちったあ、手加減しやがれ!」


 しつれんってなんだろう? って考えていると、ドミニクが復活した。どうやら、自力で出てこれたみたい。顔を真っ赤にしながら、バーバリーに食ってかかってる。

 けど、当の本人は涼しそうな顔してキャッキャと声をあげて笑ってるわ。なんだか、楽しそう。良かったわね、「あそんで」もらって。


 そっか。

 こう言うのが、友達なのかもしれないわ。

 そう納得していると、そこにものすごい剣幕のイリヤが現れた。いつもの明るさはない。


「お前がお嬢様に気安く触んのがいけないんだよ」

「あ、イリヤ」

「お嬢様、離れてくださいまし! こいつは危険です!」

「おお! イリヤじゃんか。今、握手しに行こうと思ってたんだ」

「は? 頭打った?」

「いやあ、アリスにネグリジェ買ったんだって? ナイスじゃん。デザインはどんなの? 今日泊まって良い?」


 どうして、ネグリジェを買ったことをイリヤに言うの?

 デザインも聞くってことは……まさか、ドミニクも欲しいとか? 男性用のネグリジェってあったかしら? それとも、イリヤみたいに可愛い格好に興味を持ったとか? それなら、とっておきのおリボンをプレゼントしたいわ。


 でも、なんか違うみたい。

 ドミニクの言葉を聞いたイリヤは、さらに男性のような鋭い表情になっていく。


「よし、頭打とうか」

「なんでだよ! こっちは歩み寄ってんだよ。受け入れろ」

「お前の視界に、お嬢様の素肌を晒すわけねえだろ」

「んだよ、いいじゃんか別に。減るもんじゃねえし」

「お嬢様の寝姿は、イリヤが堪能するの!」

「ちょ、おま。寝姿って、夜に寝室へ入ってんの!? うらやま!? え、メイドってそう言う仕事なの? 俺、今日からメイドになるわ」

「え、あの……」


 イリヤは専属メイドだから、私の寝支度をしてくれるの。寝る前のホットミルクも作ってくれるのよ。以前は熱すぎて飲めなかったけど、最近は良い塩梅でね。

 でも、毎日ベッドメイキングして、ミルク作って、お部屋の換気して、私の着替えも手伝ってくれてって大変じゃない? 私にはできないわ。それを、ドミニクはやりたいの? そんな働き者だったなんて、知らなかった。


 にしても、イリヤが怖い。どうしてそんな顔をしてるの?

 バーバリーの楽しそうな顔が近くにあるから、それが余計怖く映る。


「失せろ。バーバリー、お見送り」

「え、ミミとあそびたい」

「じゃあ、全身粉砕骨折させる勢いで遊んで良いよ」

「ほんとう!?」

「ほんとう!? じゃねえ! んなことされたら、死ぬわ! 目ェ輝かせんな!」

「ミミ、あそびたい」

「ダメだ。俺ぁ、今からアリスの告白を受けんだから」

「はあ? お嬢様がそんなことするわけないでしょ」

「だって、さっき俺のこと呼び止めて、顔真っ赤にしながらしどろもどろになってたぞ。ったく、良い雰囲気だったのにお前らが邪魔すっから……」

「そうなのですか、お嬢様?」

「え……?」


 少々離れて外野的ポジションから眺めていると、不意に話題を振られた。あまり話を聞いていなかった私は、イリヤの声とみんなの視線を一気に浴びて固まってしまう。

 

「ジェレミーに告白しようとしたんですか?」

「あ……うん。告白というか、でも、恥ずかしいからあまり大きな声では言いたくないわ」

「……嘘でしょ、お嬢様。こんな奴より、イリヤの方が優れてます」

「お前は黙っとけ! アリス、なんでも言ってみろ。俺は、お前に言われたらなんでも受け入れる」

「……ホント?」

「本当だ。お前がその気なら、シャルルに籍を戻しても良い」


 籍を戻す? ってことは、やっぱり難しいことをお願いしようとしてるのね。というか、ドミニクには言いたいこと気づかれちゃった? 

 やっぱり言わない方が良いかしら? でも、もう一度あの喜びを味わいたい。私もわがままになったかも。


 あのね、ふわっとして、良い香りがして……。できれば、毎日のようにたくさん抱きしめて堪能したいな。そうすれば、私も同じ香りになる気がする。それって、最高じゃない? 

 ドミニクなら、叶えてくれると思うの。どうかな。


 私は、みんなの視線を集めつつ恐る恐る口を開く。


「じゃあ、言うけど……。さっきいただいたチョコのクッキーがとても美味しかったの。だから、あと1枚食べたいなって……いえ、あの、できれば抱きしめられるくらいたくさん食べ……どうしたの?」

「……え、お前さっき言いたかったのってそれ?」

「ええ、そうよ」

「なんであんな恥ずかしがってたんだ?」

「だ、だって……食い意地張ってるって思われたら嫌じゃない」

「……そっか。そっか」

「そんなことだろうと思いました。ジェレミーの言う「告白」」

「ミミ、どんまい」

「……」


 口を開いたけど……何か、悪いこと言ったかしら?


 ドミニクはポカーンとした表情に、イリヤは安心した顔、そして、バーバリーは同情って言うのかな。そんな顔してドミニクを見てる。

 やっぱり、食い意地張ってるって思われた!? そうじゃないの。ただ、クッキーの山に身を沈めたいと言うかなんと言うか。チョコレートって、とても高価な食べ物なのよ。だから、その……。やっぱり、食い意地張ってる?


 ごめんなさい、なんでもないの。今の話忘れて。

 そう言おうと思ったところ、ドミニクが勢いよく立ち上がる。


「ちっくしょう!!! 何枚でも買ってきてやらァ!」

「本当!? 嬉しい!」

「あああああ! 可愛いな畜生が!」

「ドミニク、ありがとう!」

「……僕、ジェレミーと仲良くできそう」

「同情すんなや、クソが!」

「ミミ、どんまい」

「お前はもうちっと同情しろ!」


 ……よくわからないけど、買ってくれるみたい。

 私も一緒に行こうかな。イリヤとバーバリーも? そしたら、今日は無駄遣いして使用人たちの分も買ってこようか。今月のお小遣い全然使ってないし。


 私は、イリヤとバーバリーに囲まれてムスッとしたドミニクの顔を見ながら、こんな日がずっとずっと続きますようにと小さく祈りを捧げた。

 それと、もう彼の体臭が血に染まりませんように。

 

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