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クロスドレッサーはカーネーションに色を塗らない

番外編です。


 幼少期から、僕は周囲に「天才」だと言われていた。脳の回転が、他の人よりも速いらしい。

 意識したことはないけど、確かに机上の作業で僕の右に出る人はいない。勉強も仕事も、いつも僕が一番先に終わり、内容だって丁寧だった。それだけは、自信がある。

 だから、大人になったら王宮で書類整理ができたら良いなって思ってた。得意なことで国に貢献できるのが、僕の夢だったからね。できれば、本に囲まれてお仕事する司書が良いな。


 なのに、ある日突然、父様より騎士団入りを言い渡された。


『その知性を活かして、騎士団団長に上り詰めなさい』


 最初そう言われた時は、意味がわからなかった。

 知性は、武術に必要なの? 必要かもしれないけど、それよりも王宮の書類整理の方が余すことなく使えるでしょう。なのに、どうして?

 

 理由は、単純明快。

 それは、僕が「男」だったから。男は、武術で生きて行くのが誇りらしい。ただ、それだけの理由。

 馬鹿馬鹿しい。そんな誇り、人生の足しにもならない。

 ただ単に、考えることを放棄して前任の価値観を真似しているだけに過ぎないと思う。それって、面白いの?


 そっちの方が自分の能力を余すことなく発揮できるなら、僕は素直に従おう。

 でも、そうじゃない。それは、僕にとってただの生き地獄だ。僕の無駄遣いだ。吐き気しかしない。


 でもまあ、騎士団団長になってからは結構楽しめたよ。

 暇つぶしにはなったと思う。父様の命令は守ったし、マルティネスのじっちゃんと母様の話もできた。

 心残りはそうだな……忙しすぎて、母様が僕に隠していらした秘密を探れなかったことかな。母様が困っていることなら、僕が力になったのに。そういうことに使うために、僕の脳があるのに。




***



 少し癖のある黒髪は、ちょうど真ん中とはいかないが2つに分けられピンクのゴム紐によってまとめられている。以前は1つだった。黒いゴム紐を隠すように光る紋章入りのヘアリングカフスをつけて。

 でも、馬車の窓ガラスに映った自分は2つ縛り。見ているだけで、心が弾む。


 でも、それも終わりだね。


「お嬢様、ちょっとだけクリスと居てくださいね」

「……イリヤは?」

「僕は、外の様子を見てきます」

「何があったの?」

「……襲撃です。相手は、銃を保持しています」


 サルバトーレ様のファミリーネーム変更に必要な書類を持ち馬車に揺られていた僕たちは、ジェレミーとマクシムの襲撃に遭った。

 馬車の中には、ベルお嬢様の身体を借りたアリスお嬢様とクリスと僕の3人。外には、馬を操る御者が1人。戦えるのは、僕しかいない。


 相手は、銃を持ってる。種類は? 本数は? それによって、対応が変わってくるよね。

 馬車の座椅子に刺さっている銃痕を見る限り、古い型だからオートではない。1丁なら、このまま打たせて玉を無くしても良いかも。……いや、このガラスは防弾ではないからそれはダメか。

 しかし、武器はどうする? 僕が外に行ったら、誰がお嬢様を守る?

 考えている暇はなかった。僕が、彼女たちの盾になるしか道はない。


「よぉ、腰抜け」

「……何しに来た」


 素早く外に出ると、そこには見知った顔が2つ。

 ジェレミーとマクシムが、ニヤついた表情で僕の格好を眺めていた。なんとなく想像がついていた僕は、冷静にドロップレッグホルスターからナイフを取り出し構えの姿勢になる。


 小さなナイフでいけるかな。

 ジェレミーは短剣、マクシムは銃を持っている。あの銃は……コルトパイソンの4インチモデルと見た。6発入っているはずで、さっき1発打ったからあと5発か。無駄撃ちさせたいな。ただ、ここからじゃあれがダブルかシングルかの区別がつかない。一回、引き金を弾いてくれればわかるんだけど。


「ん〜? 妨害に決まってんだろ」

「前のお返しだよ。俺らが邪魔されたのに、お前らがすんなり事を運ぶなんて許せねえ」

「そっか。じゃあ、どうぞ」

「は?」

「聞こえなかった? どうぞ、って言ったんだけど」

「ド畜生が!」


 なら、挑発してみよう。

 幸い、あの角度から打たれたとしても、僕が盾になれば馬車に当たることはない。御者と馬は……手遅れだ。酷いことをしてくれる。命を弄ぶという行為に、反吐が出そう。


 手を使って挑発すると、予想していた通り先に動いたのはマクシムだった。

 ジェレミーは、相手の出方を見る。それとは正反対に、マクシムは直感で動くんだ。そのスタイルは、昔から変わらない。


「後悔すんなよ!」


 マクシムは、その言葉と共に銃を構え、秒で引き金を引いた。

 あれは、.357マグナム弾だ。ストレート形状で1,600フィート、最大圧は……。


 真っ直ぐに弾を見つめて入れば、それを止めるのは容易い。

 引き金を引かれたと同時に、持っていたナイフを横にして刃先に銃痕が当たるよう調整してみた。案の定、計算通りの場所に重い衝撃が走る。この角度から入れば、跳弾しても馬車の方へは行かない。

 最大圧の計算まで済ませていれば、そのままマクシムに跳ね返る角度があったと思うけど……そこまで時間はなかった。


「……っ!」

「……は? こいつ、銃を止めたぞ」

「飛び道具に頼ってると、そうなるんだよ」

「偉そうに!」


 でも、ナイフ自体が脆かった。

 銃痕を受けた部分が、パキッと折れてしまったんだ。ナイフの強度まで考えてなかった、僕の失態だ。

 残り4発。どうやって片付けようか……。


 なんて、悠長なこと考えている暇はなかった。


「っ!」

「脇がガラ空きですよ?」

「ジェレミー!」

「元団長さんは、複数からの攻撃に弱いんですかあ?」

「っ、……また、お顔にペイントしてあげようか」

「やれるもんなら、やてみやがれ!」


 直線を見続けていたため、ジェレミーが動いていたことに気づけなかった。

 左の死角から飛び込んできたジェレミーに素早く反応するものの、刃こぼれしたナイフを落としてしまった。それを、奴が足で蹴り捨てる。あれじゃあ、拾いにいけないな。

 まあ、体術でいけるでしょう。ジェレミーの行動パターンは、脳が覚えている。


 でも、ジェレミーと戦っている時って「実践」って感じがしないんだよね。いつも、演習をしているような錯覚を起こしてくる。これは、なんだろう。手加減されてるのかな。それだったら、嫌だな。

 こんなかすり傷しか受けないなんて、絶対に本気を出されてない。

 ムカつく。肋を折っても、腕を折っても、ジェレミーは楽しそうに向かってくる。


「はあぁ!」

「っ……オラァ!」

「くっ……」


 嫌だ、嫌だ。

 今、すごく嫌なことを思っちゃった。

 いや、違う。思ってない。思ってないよ。スカートの裾が邪魔だなんて、微塵も思ってない。

 これは、僕の好きな服だ。僕を受け入れてくださったフォンテーヌ子爵から頂いたものだ。邪魔だなんて、思ってない。


 むしろ、そっちに気を取られてしまったのがいけなかったんだ。

 僕は、翻したスカートの影に隠れていたナイフに気づけなかった。


「っ……!!」

「もらいっ!」

「ガァッッ!!」


 ジェレミーのナイフを間髪で避けた時には、遅かった。その先で待ち受けていたマクシムの膝蹴りが僕の脛を直撃する。

 以前、怪我をした部分を律儀にも覚えていたマクシム。……いや、こいつにそんな脳はない。きっと、ジェレミーの入れ知恵でしょ。嫌なやつ。


 なすすべもなく、僕は地面に転がった。すぐに、マクシムの猛烈な蹴りが全身を襲い狂う。

 起きなきゃ、起きなきゃ。馬車に行かれてしまったら、おしまいだ。こいつらなら、息をするように人を殺す。こんな痛み、なんてことない。

 でも、さっきはヒビが入った程度だったと思うけどこれは折れたな。足が、焼けるように痛い。頭が割れそう。この感覚、久しぶりかも。


「さて、俺ァあっちを調べてくる」

「じゃあ、俺はこいつで遊ぼうかな〜」

「や、やめ……グッ!」

「気色悪りぃ格好してっから負けんだよ、わかる?」

「……」

「言い返せねえの? ハッ、そんなんだからお前の母ちゃんは」

「母様は、……関係ない!」

「だよなあ、関係ないよな。だって、お前の母ちゃんはお前に内緒で隣国へ「イリヤ! イリヤ!」」


 ジェレミーが馬車へと向かう中、僕は地面に伏せてマクシムの猛攻に耐えていた。馬車へ行かなきゃいけないのに、足がピクリとも動かない。思考が止まりそう。


 そんな時、奴の口から母様の話が出た。

 最初は、僕を笑うために名前を出したのかと思った。けど、続く言葉でそうじゃないと気づく。

 母様の秘密は、お亡くなりになった今もわかっていない。それを、マクシムがなんで知ってる? 隣国が何? 内緒で隣国へ、何?

 その言葉は、馬車に居たはずのお嬢様の声にかき消された。


「お、お嬢さ、だめ、です」

「どうして、こんなひどいことができるの!」


 こちらへと走ってきたお嬢様は、叫びながら僕の身体を抱きしめてきた。

 危ない。相手は銃を持ってるのに。以前のお嬢様じゃ考えられない行動だよ。こんな危険、絶対に冒すような人じゃなかった。それが、僕には悲しくも愛しくも思う。

 本当は、もっとマクシムの話を聞いていたかったけど……今は、お嬢様だ。


 僕は、彼女の身体を押し戻そうと両手を伸ばす。でも、うまく力が入っていないようで、お嬢様の身体は離れない。「逃げてください」と言っても、銃口を向けられても、僕を離そうとしないんだ。

 どうして彼女は、弱いのにこんな強いんだろう。震えているのに、無理して。


 その後、なんとか危機を脱したけど……。まさか、ジェレミーがアリスお嬢様との接点があるとは思わなかった。そんな偶然あるのか? あんな乱暴で、僕のことを馬鹿にするジェレミーが? 

 信じられないけど、お嬢様の言葉には素直に従っている。意味がわからない。


「……クリス。さっきマクシムが、僕の母様が隣国と関係ある話をしてたんだけど」

「……」

「クリス?」


 マクシムが居なくなり、ジェレミーの本名が明かされた時、僕はクリスにそう聞いてみた。

 その時は、軽い気持ちだった。全身の痛みを和らげるための世間話的な。でも、クリスはピタッと身体を硬直させて表情を硬くする。


 お嬢様とマクシムが話している傍ら、その彼女の表情が気になった。

 クリスは、母様の秘密を知っている。そして、それを口にできる権利がない。……ということは、マルティネスのじっちゃんに止められているんだろうな。クリスを責めても仕方ない。


「クリスは怪我ない?」

「え……ええ。大丈夫。イリヤは……折れてるわね」

「うん。痛い」

「無茶しないで。もっと、身体を預けて良いわ」

「……うん」


 怪我が治ったら、調べてみよう。

 それに、ジェレミーとマクシムは何を探していたのかな。ここに居た目的は? 奴らも、サルバトーレ様を邪魔するために来たとしか思えない。その背景に何があったのか調べる必要がありそう。それから、隣国と王族の接点を探してみようか。


 本当に頭の回転が早いなら、こんなこと朝飯前でしょう?


「アリスお嬢様って、強いんだね」

「そうよ、強いわ。昔からあんな感じだった……」

「眩しいよ」

「……そうね」


 ……母様。

 僕は成人しているのに、いまだに貴女の面影を追ってしまいます。

 ごめんなさい。女々しい息子で、ごめんなさい。


 こんな僕だから、1人で立って歩けるアリスお嬢様に惹かれるんだろうな。

 僕も、彼女のように立って歩けるようになりたいな。願わくば、彼女と一緒に……いや、それは僕じゃないような気もする。悔しいけどね。



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