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愉快な人間、カリナ・シャルル


 騎士団の待機室で机仕事をしていると、そこにラベルが入ってきた。

 1ヶ月前にヴィエンたちにやられてしまった片腕を吊るして、それを気にしていないような晴れやかな表情で話しかけてくる。


「アレンー、君宛に手紙が来てるよ」

「誰からだ?」

「ん、ん、んー……。送り人名なし、封蝋も領民が使ってるようなやつだな。紙も量産されてるやつっぽいから、貴族じゃないかも」

「わかった。いただこう」

「……その様子だと、誰だかわかってるようだね」

「多分、な」


 ラベルはあの日、突然暴れ出したヴィエンとマークス相手にエルザ様を守り腕を負傷してしまった。すぐに治療すれば今頃完治していただろうが、奴はエルザ様とクリステル様の治療を優先させ、自分の傷を隠したんだ。後からジェレミーが気づいていなければきっと、腕を切断することになっていただろう。

 今もなお、城下町で起きた水道管への毒流出問題で医者が足りてない。それもあって、ラベルが怪我を隠してしまったのだが……。気づかなかった俺も不甲斐なかった。気づいた時には、傷口から体内に入り込んだ毒薬によって人間ではないような色になり膨れ上がっていた……。


 後から応援にきたアインスによってある程度毒を排出できたラベルは、こうやって俺のテスクワークを支えてくれていた。あまり激しい運動をしてしまうと、残留している毒が体内に巡ってしまうらしい。こうしている合間も、宮殿に止まり続けてくれているアインスからもらった解毒薬を少量ずつ飲んでいる。


「……やっぱり。ベル嬢が目覚めたらしい」

「うお!? マジっすか!? うわ、やった! 良かった!」

「大声を出すな。どこで誰が聞いているかもわからんだろう」

「あっ……。そうっすよね、すんません。つい……」

「気持ちはわかるよ」


 ラベルから受け取った手紙は、やはりジェレミーからだった。

 手紙で情報を届けるなんて、今の時期危ないだろう。それでも、こうやって外見を細工して、内容も暗号化して送ってくれる。


 ……奴も、だいぶ丸くなったな。聞けば、フォンテーヌ子爵より直々にベル嬢の護衛を承ったとか。羨ま……いや、ジェレミーが近くにいてくれれば安心だな。彼女が狙われているという話は、アインスから聞いている。知っているのは、俺とラベルだけだが。

 しかも、その手紙には近々来いと書かれているじゃないか! こっちの状況を理解してんのか?


「アレンのお気に入りだもんね、ベル嬢」

「お気に入りって……。物じゃないんだから」

「でも、なんか良い雰囲気だったって聞いたけど? 確か、2、3年前に侯爵の後継で何件かお見合いしたじゃんか。そっちは全拒否したのに、子爵令嬢が良いの?」

「……いや、あの」

「あのナイスバディの伯爵令嬢いたじゃん。性格も良くて。名前忘れたけど……。身体の相性が悪かったとか?」

「仕事中!」

「ははっ」


 ……とにかく、今、王宮はてんやわんやだ。

 脱獄したヴィエンとマークスは、元から居なかったかのように忽然と国から姿を消してしまった。今のところ、奴らの動きは各地方で確認できていない。

 それに、エルザ様が攻撃されたとあれば、領民に報告せねばならん。彼女は、貴族だけでなく領民たちにも好かれているからな。無論、抗議の嵐になってしまったよ。連日、犯人を殺せとの暴動が各地で起きているのだから、それを止めるための団員を割かねばならん。決まり事とはいえ、もう少し後に報告しても良かった気もする。

 それに……。


「クリステル様は目覚めないのか?」

「うん……。アインス殿の話によると、脳にダメージがあって起きても障害が残るかもって話だった」

「……そうか。陛下は」

「毎日のようにお見舞いに足を運んでいらっしゃるらしい。仕事は、カイン皇子とシン様で補ってなんとかやってる」

「わかった。俺も、これが終わったら向かおう。鉱山関係者のリストを仕上げて、事情聴取書を陛下に持っていく必要があるし、そのついでなら変に気を使われんだろう」

「でも、その前にサレン様のところに行ってあげて。アレンのこと待ってるよ」

「……ああ」


 それに、サレン様の周辺もずいぶん変わってしまった。

 あの鉱山へお連れしたことによって。


 騎士団の手入れが終わった鉱山で、彼女は自身が「アリス・グロスター」ではないことを思い出した。その場で崩れ落ちるように倒れ込み、何かに向かってひたすら謝罪の言葉を述べていたな。

 洗脳の度合いが酷かったらしく、アインス曰く脳内が破壊される寸前まで行ったのではないかとのこと。今もなお、回復せずに解毒をしつつもベッドの上で療養を続けている。「お父様、お母様はどこ?」「国に帰りたい」と、夜になると泣くらしい。

 2日に1回、カイン皇子が見舞いに行かれているとか。


「それと、カリナ・シャルル記者が面会を要求してるけどどうする?」

「会うよ。俺だけで良いだろ」

「サレン様もご一緒にとのことだったけど……」

「いや、これ以上情報をやるわけにはいかん」

「……え?」

「なんでもない。適当にスケジュールにぶち込んでおいてくれ。30分もあれば終わるだろう」

「わ、わかったけど……。アレン、ちゃんと休みなよ。ここ2週間、宿舎に帰ってないでしょ」

「大丈夫。終わったら休むよ」

「……なら良いけど」


 まだ、変化がある。

 俺の中にあった、サレン様の立ち位置だ。

 他人によって人生を狂わされてしまったご令嬢から、別の視点を持ってしまった。


 ロイヤル社の人間が王宮へ来て話を聞いているうちに、彼女がこの一連の事件に関わっていたことに気づいてしまったんだ。しかも、被害者じゃない。あっち側の人間である可能性が高い。

 多分、あの様子を見る限り、気づいたのは俺だけだと思う。


 確かめないと。

 もちろん、どんな理由があろうとも、サレン様を見捨てることは選択肢にない。彼女がアリスお嬢様でなくても、それは些細な問題だ。最初は被害者だった彼女がどこで道を踏み外したのか、護衛を言い渡された俺には知る権利がある。

 知らないと、またあの時のように後悔する気がするんだ。……数年前のジャックに会った時のように。彼女には、そんな危うさがある。


 とりあえず、何があったか話そう。

 王宮へやってきたカリナ・シャルル記者の話は、こうだった。



***



 王宮へ来て取材とは、何をするのだろうか。まさか、失態続きの騎士団と元老院を笑い物に……? 毒で領民を守れず、しまいには犯人も手の届かないところへやってしまうなんて失態以外の何者でもない。しかも、犯人……ダービー伯爵に至っては、本当に主犯だったのか疑わしい事柄が多数出てきている。

 今、部下を使って秘密裏に調査をしてもらっているが……どこまで知れるか。


 わかってる、俺が無能なことくらい……。わかってるさ。


『はっじめましってぇー☆ 僕の名前は、カリナ・シャルル。ロイヤル社で記者をさせてもらってます〜』

『……は、初めまして。アレン・ロベールです。ご足労いただき、感謝いたしま……どうされましたか?』


 そうやって非難されることを承知の上、案内役をかってでたのだが……なんだこのハイテンションは。イリヤと良い勝負な気がする。できることなら、2人を同時に視界に入れたくない。頭痛の原因になりかねん。

 とにかく異次元の人間に見える彼は、両手でピースサインを作りながら俺に向かって笑顔を振りまいてくる。一瞬、俺に話しかけてないのか? と思い後ろを確認したが…。うん、誰も居ない。


 カリナ・シャルルと名乗った記者は、俺の挨拶を聞いているのかなんなのか、突然雷にでも打たれたのかと思うほどの衝撃的な表情になった。衝撃的な表情……それ以外の言葉が思い浮かばん。


『騎士団の隊長さんにお会いできただけでラッキーなのに、まさかかしこまられるなんて……! え、ちょっと今のお気持ちを聞かせていただいてもよろしいでしょうか』

『は?』

『やだなあ、隊長さんなら僕が領民の出だって調べているでしょう〜。なのに、頭を下げてくる! これを革命と呼ばずになんと表すべきか! 僕の辞書には載っていないのですよ。お気持ちを聞かせてくれたらそうだね……花束を差し上げましょう!』

『……はは、そうですね』


 確かに、調べていた。

 シャルルといったら、ドミニク・シャルルだろう。奴に、事前にロイヤル社の内情と来るなら誰が王宮へ上がるかの目星を立ててもらっていたんだ。だから、彼が来ることはわかっていた。わかっていたが……「ハイテンションだから気をつけろ」と言って欲しかった。


 シャルル記者は、そう言いながら俺に向かって花束を差し出してくる。……語弊があった。花束という名のマイクだ。いや、マイクという名の録音機か。

 この時代、録音機なんて高価で貴族にすら買えないのに。さすが、天下のロイヤル社と言ったところ。しかし、その機材の無駄遣いはやめてほしい。


『冗談はさておき、私は階級で人を差別するようなことをしたくないので。人間同士、初めて会えば挨拶をするし、ダメと思ったことはダメとはっきり言います。貴方も記者でしたら、そのようなことはやめていただきたいですね』

『ははっ……。義兄さんの言ってた通りの人だ』

『え、義兄さん……?』

『ドミニク義兄さんですよ! ロベール隊長のお知り合いだとお聞きしておりますが』

『……知り合いじゃない』

『またまた〜。……あっ、名前が違いますかね。ジェレミーって悪党として名が通ってると『わあああああああ!!!』』


 ちょっと待て! ここは王宮だぞ!?


 迂闊にジェレミーの名前を出すな! 俺が犯罪者と……しかも、指名手配中の殺人鬼と知り合いだったなんて知られたら一巻の終わりなんだよ!

 記者なら、そのくらいわかってくれ!


 ……なんて、口にできるわけもなく。

 俺は、奇声に近いものを口から出すにとどまった。ちょうど、脇を通った貴婦人に睨まれてしまったよ。ごめんなさい。


『と、まあこんな感じで、人の弱みを握って情報を引き出すのが得意です☆ どうぞ、よろしくお願いします♪』

『……性格』

『ははは。僕は、元々こういう性格ですから。あっ、女の子には優しいっすよ。差別じゃなくて、区別。ね、男ってそんなもんでしょう』

『はあ……』


 すでに疲れた。帰りたい。イリヤの比じゃないかもしれない。

 でも、今からこの方をあるところへ送り届けないといけないんだ。元老院で何かをするらしい。その用事が終わったら、サレン様のところへ寄っていただこう。陛下への許可はいただいている。


 彼は、コツコツと靴音を軽快に鳴らしながら、王宮を物珍しそうな表情で眺めながら俺についてくる。無論、その手にはいつの間にかメモ帳とペンが握られていた。何か変なことが書かれないよう、見ていないと。


『でも、真面目な話。義兄さんに、貴方のことは聞いていますから』

『あいつが?』

『ええ、優しく口説けばなんでも話すと』

『何も聞いてないじゃないか! 気持ち悪い!』

『はは。やっぱり、義兄さんに聞いた通りの性格っすね。楽しいわー』

『こっちは楽しくない!!』


 それより、この無駄話はなんだ? 

 俺は、疑問を持ちつつも歩みを進めた。


 という感じでシャルル記者と会ったのだが、本題はここからだ。

 本題前が長い? その性格のせいで、俺の疲れがマックスだったんだ。少しは聞いてくれても良いだろう。これでも、かなり短縮して話してるんだ。


 とにかく、シャルル記者が元老院とのやりとりを終えて、サレン様とお会いしたところから話を再開させるとしようか。


『あの植物カレンダーの製作者ですか? 弊社の雑誌を読んでくださっていたのですね』

『ええ、私の国でもロイヤル社の雑誌は人気ですから。私の家族も、毎月購読していますわ』

『それは、光栄です。カウヌ拠点と共同で作成していますから。今月号も気合い入れましたよ』

『それは楽しみね。でも、先月は発行できなかったと聞きました。何か事情でも?』

『そうなんですよ! 実は、モンテディオ全焼で色々企画がポシャってしまいまして』

『あ、そうでした……』

『この度は、大変でしたね。思い出させてしまってごめんなさい』

『え、ええ……。あっ、ごめんなさい。私ばかり話して。アレンと話があるんですよね』

『いえいえ、レディと話していた方が僕としては嬉しいです』

『あら、お上手』


 と、俺を抜きに話が進むこと進むこと。

 この話の前に、シャルル記者のパフォーマンスのような挨拶が入り、それに笑うサレン様なんて図もあったことを記載しておこう。俺は、何も見ていない。跪いて手の甲にキスなんて、記者のやることか? 俺は、何も見ていない。


 しかし、今の会話はおかしかったな。

 なぜ、ここで幽閉のように管理されているサレン様が、隣国で先月発行された雑誌に関する情報を知ってるんだ? 誰かが話したのか?

 それに、シャルル記者だって、彼女の家族が犠牲になっていることを知っているはずなのになぜその話題を出したのか……。


 これは、調べた方が良さそうだ。



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