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多すぎる疑問点

《アリス視点》




 ドミニクの診察で、栄養失調と肺炎になっていることが判明したの。吐血じゃなくて……なんだったかしら? 喀血? があるうちは、あまりしゃべらない方が良いとか。

 彼は、いつからお医者様になったの? それに、アインスは?


 いえ、今はこっちに集中した方が良さそう……。


「ベ゛ル゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛」

「……」


 診察を終えた私は、身体だけじゃなくて心も満身創痍の状態でパトリシア様と会話……というか、一方的な何かをしていた。え、これ会話って言わないわよね。なんだか、ずっとこんな感じで泣いてるの。というか、「ベ゛」って何? どうやって発音してるの……?


 ドミニクに支えられながら起き上がり、とりあえずパトリシア様に向かってニコニコと微笑む。心配してくれたようだし、これ以上心配かけたらダメじゃない? だから笑ったんだけど……余計に泣かれてしまったわ。

 それに、問題はもう一つ。


「パトリシア嬢、お嬢様は目を覚まされたのでもう大丈夫ですよ。あとは、栄養のあるものと休息を取れば回復します」

「良゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛……。シャルル医療者様、どうかベルを元気にしてくださいましぃ……うぅ」

「はい、元通りに治しますよ。お嬢様は、こんなに想ってくださるご友人がいらっしゃって喜ばしいですね」

「なっ……ご友人だなんて!」

「おや、違いましたか?」

「そっ、そうですけど!? なんなら、親ゆ……いえ、ご友人で」

「なるほど、ご親友でしたか。確かに、硬い友情で結ばれている雰囲気があります」

「そうなの。そうなのよ! やっぱり、見る人にはわかるのね!」

「……」


 え、ドミニクよね? この人、ドミニクで合ってる?


 改めて彼の顔を見たのだけど、大きな傷が跡形もなく消えていたの。容姿も、どこぞの上位貴族のようにぴっちり隙がないし。しかも、この爽やかな態度&微笑み! 背筋もピンと伸びて……この人、誰なの。見覚えがない。


 パトリシア様は、そんなドミニクと会話をしながら頬を染めていた。

 まさか、ドミニクに惚れたとか? でも、この人乱暴だからダメよ。女性を「縛る」とか言うし、おかず食べられちゃうし。しかも殺人鬼なんだから! って言おうと思ったけど……なぜか、熱い視線は私に注がれている。……どういうこと?


「ベル! 後で、滋養のある食べ物を届けさせるわ。ザンギフに渡すから、ちゃんと召し上がること!」

「……あ、あいあと、お」

「しゃべらない! 次喋ったら絶交するんだからね!」

「……え、あ」


 熱が出ているからか、涙腺が弱い。

 私は、パトリシア様の「絶交」の言葉ですぐにホロッと涙を溢してしまった。

 絶交ってアレよね。もう一生喋ってくれなくなる……。確か、本で読んだことがあるわ。嫌だな。せっかく仲良くなったのに。これから一緒に香料のお仕事できると思って……。


 考えれば考えるほど、涙は止まらない。それに、ちょっとだけ苦しい。胸が痛い。


「ううううう嘘に決まってるでしょう!?!?!!!!!」

「……?」

「絶交!? 誰よ、そんなこと言ったのは!? ベルと私が離れるなんて、死んでもありえないわ!」

「う……?」

「だから、ベルはしっかり休むこと! 香料の企画に関しては、ガロン侯爵と連絡取って進められるところまで進めるわ。でも、要所要所は貴女の意見が必要だから、これからもお屋敷にちょくちょく遊びに……いえ、お仕事を持ってくるからよろしくね!」

「……ふふ。ふ、あい」

「そうよ、ベルは笑った顔が似合うんだから。……ごめんなさいね。では、シャルル医療者様、ベルをよろしくお願いします」

「任されました」


 良かった。パトリシア様の慌てようにはびっくりしたけど、絶交されなかったみたい。

 下を向いていると、ガバッとものすごい勢いで彼女が抱きしめてきた。……と思えば、すぐに身体を離して頭をよしよしと撫でてくれる。その心地良さに笑うと、なぜかパトリシア様の瞳が揺らいだ気がした。


 もう一度見ようとしたけど、そのままドミニクへ一礼して部屋を出て行ってしまったわ。……もう少し一緒に居たかったのだけど……きっと、彼女も忙しいのね。あまり呼び止めておくのは悪いわ。また来るって言ってくれたし。

 それより、私が任された香料のお仕事をさせちゃって申し訳ないわ。なのに、嫌な顔一つせずに請け負ってくれるなんて、パトリシア様はお優しい。さっき、私が今まで作った企画書の案を全部受け取ってくれたのよ。なぜか、その前にドミニクが一通り目を通してたけど。


「……良い友人だな。暴走すげーけど」

「う……」

「良かったな、昔の願いが叶って」

「……?」

「お前、昔言ってたじゃんか。友達が欲しいって」

「……あ」

「友達はミミズだったもんな」

「っ……」

「はは、覚えてるさ。お前の言葉は」


 パトリシア様が部屋から居なくなると、いつもの調子でドミニクが話しかけてきた。

 やっぱり、彼はドミニクで合ってたみたい。だって、こんな意地悪なことを覚えてるのは彼だって証拠だもの。ちょっとだけ安心した。

 でも、もっと別のことを覚えていれば良いのに。例えば……例えば。


 ……あれ?

 なんだろう。今の今まで考えていたことが、なぜか思い出せない。なんなら、アリスの時のことを思い出しても、断片的にしか思い出せないわ。

 改めて考えても、お父様お母様の名前すら思い出せない。これも、身体が弱ってるせい? 高熱のせいかも。お兄様の名前は……ジョセフお兄様。うん、覚えてる。


「……アリス?」

「うぇ?」

「んだ、その声。可愛いな。……今まで色んな女と接してきたけど、お前を超える奴はいなかった。きっと、これからもいないんだろうな」

「……?」

「アリス。ずっと、ここに居ろよ。もう、ぜってぇ殺されんな。護衛だけじゃなくて、お前のためなら医者にもなるし毒味もする。お前は嫌がるだろうが、人殺しだってなんだってするから。だから……」

「……っ」


 グロスターのお父様とお母様の名前を思い出していると、いつの間にかドミニクが私の身体を抱きしめていた。その力は、先ほどのものよりずっとずっと強い。骨が折れそうなほどの痛みが走る。

 でも、ドミニクの泣きそうな声を聞いたら「痛い」なんて言えない。彼は、どうして泣いているのかしら。こんな、感傷に浸るような人じゃないと思うのだけど。


 不思議に思って、私はドミニクの背中に手を伸ばした。さすさすと、ゆっくり手を動かして「大丈夫?」を伝えてみる。

 伝わったかしら? 声が出せないって不便だわ。


「悪い。……今の状況を軽く説明すっから」

「……う」


 私の気持ちが伝わったのかなんなのか、ドミニクは1分くらいで身体を離してくれた。と言っても、支えてくれる手はそのままで。ちゃんと、痛くならないよう骨とぶつからないところを持っていてくれている。こういうところは、優しいのよね。……殺人鬼だけど。


 でも、直近のドミニクを見ていると、心を入れ替えたのかな? って思うほどあの禍々しい雰囲気がない。憶測だけど、あの一匹狼がジェレミー、今の雰囲気がドミニクって名前を変えて切り替えてるのかな。どちらにせよ、彼が器用な人であることは変わりない。……イリヤが絡むと、かなり沸点が低くなることも。


 ドミニクは、「失礼」と言って私の隣に腰掛けてきた。

 そして、ゆっくりと話し始める。軽くって言ってたから、さわりだけかな。そのくらいなら、今の頭で理解できるかも。

 せっかく話してくれるのに、それが頭に入ってこなかったら申し訳ないもの。


「まず、お前が狙われてるという情報を入手した」

「……へ?」

「だが、お前は普通に生活しろ。気づかないふりして、デュラン伯爵ンとこの令嬢と会ったり、ちょっと身体が回復したら王宮に行って仕事をしても良い。とにかく、普通に生活するんだ。それで、相手の出方を見る」

「……あ、え、えあ」

「ってことで、続きはもうちょい体力が回復してからな」

「うぇえ!?」


 ……全然「さわり」じゃなかった。


 え、ま、待って!?

 どうして、そうなったの!? え、今聞き間違いじゃなければ私が狙われてる話をされた気がするのだけど……。あれ、私って1ヶ月眠っていたのよね。まさか、誰かの夢に侵入して怒らせちゃったとか……そんなわけないか。


 と、とにかく、どうしてそうなったのか教えて! あと、そんな状況なのにパトリシア様をお屋敷に入れるなんて! 何かあってからじゃ遅いじゃないの。

 私は、痺れる腕を精一杯伸ばしてドミニクの着ていたYシャツの裾を引っ張った。言葉が出ない分、何かしら行動を起こしたいと思って。


「続きを聞きたきゃ、飯食って寝ろ。俺の目で見て、回復してると思ったらちゃんと話すから」

「……えお」

「大丈夫。デュランの令嬢には、俺の知り合いをつけてるから。ただし、彼女は知らないから言うなよ。あの様子だと、このことを知ったらデュラン伯爵の所有する銃器類をぶっ放しかねねぇしな」

「……」


 これって、パトリシア様に危険はないってことで大丈夫?

 というか、ドミニクが認める知り合いって誰だろう。きっと、とても強い方なのね。


 それを聞いたとしても、私には質問したいことが山ほどある。

 アインスはどこ? シャロンは? サヴィ様は? お父様とお母様……は、先ほどから遠くの方だけど「ベルや~! 起きたのかい。でも、父さんはお仕事の山でねえ!」と声が聞こえるからまあ良いとして。アレンも……どうせ、美しい「アリスお嬢様」と一緒に居るのでしょう。別に、拗ねてないわ。

 そんなことより、どうしてドミニクがここに居るの? イリヤは、何の調べ物をしているの? 

 そして、なぜ私が狙われているの?


 その日、私は持っている疑問を何もかも消化できずに眠りについた。隣では、両脇にたくさん本を抱えて徒歩でやってきたイリヤが番犬のようにガルガルと周囲へ……というか、ドミニクに対して威嚇しているところで。今日は、ここで過ごすのですって。ちゃんと寝てほしいけど。

 そうそう、これも疑問だわ。骨折って1ヶ月ちょっとで治るものなの?


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