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望まれているもの



「ドミニク!」


 揺すって2分程度が経過した。声をかけようが何しようが、奴は起きない。

 これ以上は脳に悪影響を及ぼすかもしれないな。揺さぶるとあまり良くないと聞いたことがある。ゆっくりと身体を横に倒して、医療者を呼んで……。


 多分、直近で一番気を使ったと思う。鉱山でシエラを運んだ時よりも。

 なのに、どうやらそれは無駄だったらしい。


「ってぇ!?」


 ジェレミーを横に倒そうと体勢を変えたところで、俺の額に何かがクリーンヒットしてきた。

 一瞬何が起きたのかわからず額を抑えたが……。同時に何か、ゴンッと鈍い音が聞こえてくる。


 見ると、ジェレミーが頭を抑えて倒れてるじゃんか。

 ……そうか、俺が手を離したんだ。いや、でも今の衝撃はなんだ?


「ってぇなあ! なんだよ、耳元でギャーギャーうっせェわ、殴られるわ。俺様が何かしたのかっての!」

「ジェレ……ドミニク! お前、大丈夫か!?」

「あん?」


 目を覚ましたジェレミーは、いつも通りの態度で俺のことを睨んでいた。嬉しいやらイラッとするやら、なんだか複雑な気持ちだ。

 というか、その拳か。さっきの衝撃は。多分、起きた奴がイラついて殴ってきたんだろう。起きてすぐの攻撃にしては正確すぎる気もするが……。


 奴は、イラついた口調のまま上半身だけ起き上がり、床にぶつけた頭をさすっている。


「あ、いや。倒れてたから、心配で……」

「はあ? 心配するなら、女を寄越せ。血が足りねえんだよ!」

「いやいや、女性から血液を奪うとかお前は吸血鬼か」

「あ゛ん? ちげぇよ! ヌきてぇからに決まってんだろ!」

「起き上がってすぐの言葉がそれってお前! ……というか、誰かに襲われたわけじゃないんだな?」

「はあ? 俺が襲われるわけねえだろ。クリスちゃんの治療してたんだよ!」

「治療……?」


 と、なぜか心配した俺が損した気分になる中、ジェレミーは着ていた服の袖を捲って腕を見せてきた。見ると、絆創膏のようなものが貼られている。これは、あれだ。注射した後に貼るテープだ。

 クリステル様の治療と何か関係があるのだろうか。医療知識のない俺にはさっぱりわからない。


 すると、ジェレミーが俺に向かって書類を投げてきた。よくアインスも持ってるやつだな。目を通すと、クリステル様の容態が事細かく記されている。

 その一番下には、「輸血」の文字、上の方には何やらごちゃっとした計算式も書かれてるぞ。……って、輸血!?


「お前、輸血したのか……?」

「おう。カルテ見たら俺と同じ血液型だったから、血液製剤速攻作ってぶち込んでやった。30分くらいかな」

「……医療者免許は?」

「持ってるって言ったじゃんか」

「……マジか」

「これで、俺が感染症になったら騎士団に請求書出すからな。覚えとけよ」

「……マジか」


 ……輸血、したらしい。

 輸血って、あれだよな。血液を移す……マジか。


 ジェレミーが医療者免許を持っているとは思わず驚いたが……こいつ、まさかイリヤ並に器用なんじゃないか? そして、冷静に突っ込ませてもらうが、お前に必要なのは女性じゃなくて血肉になる食事だと思う。

 後ろに居た団員も、あっけらかんとした表情になってジェレミーを眺めている。わかるよ、その気持ち。


「じゃあ、好きな食べ物言え。持ってこさせるから」

「女」

「以外で」

「チッ、シケてんなあ。……片手で食えるもんなんかくれ」

「わかった。……悪いが、頼んでも良いか? 俺の名前出して、宮殿の厨房に居るガトンシェフに「片手で食べられる血肉になりそうなものをくれ」と。その間、俺が警備しておくから」

「承知です! すぐ行ってきますので、よろしくお願いします」

「あ、待て。交代は?」

「6時間後なので、まだまだです」

「わかった。頼んだよ」


 俺の言葉に敬礼して出て行った団員……確か、ミレー団員だった気がする。先月入ったばかりの新人だ。元気で良いな。


 ミレー団員がいなくなった部屋の中、相変わらずジェレミーは床に座りっぱなしで立とうとしない。

 どのくらい抜いたのか定かではないが、そりゃあ血を抜けばふらつきで立てなくなるのは仕方ないか。……さっき、結構揺すってしまったが大丈夫だろうか。


「んだよ、さっきから。こっち見んな」

「心配してんだよ!」

「気持ち悪りぃこと言うなよ……。どうせなら、アリスに心配されたい」

「俺もそれはされたい」

「お前はダメだ」

「なぜ」


 と、心配を他所に口だけは達者だ。なんか、心配してるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。とりあえず、椅子に座ろう。床には座りたくない。


 クリステル様の寝顔を見ながら隣にあった椅子を引っ張り出しているところで、ジェレミーが噛み付いてきた。

 ちょっとくらいいいじゃんか。というか、心配されなくたって良い。俺の行動によって、彼女の表情が変わるところが見れれば十分すぎるほど満足だ。


「俺のアリスだから」

「理由になってねえ!」

「うるせえな。アリスに、お前が非童貞だって言いつけるぞ」

「なっ……」

「図星か」

「……お前とは違う」

「あ、逃げた。面白えな、お前」


 こっちは、全然面白くない!


 早く、ミレー団員帰ってきてくれ。

 それか、誰かこいつをどこかに放り出して……いや、クリステル様の経過観察をする人がいなくなる。それは、ダメだ。他の医療者はエルザ様のところに居るし、帰った者も居るし。やはり、常駐で医療者がほしいな。……アインスとか。




***




「っくしょん!」

「大丈夫、アインス?」

「失礼。大丈夫だよ、ありがとう」

「なら良いけど……。無理しないでね」


 ベルお嬢様のお部屋に来て、すでに4時間が経過しようとしていた。

 相変わらず、彼女はピクリとも動かない。ロベール殿やイリヤの前では少し起きていたらしいのに。ちょっとでも起きてくれれば、口腔状態や記憶の確認ができるのになあ。


 正直、これ以上彼女の腕に点滴を入れたくない。

 痩せ細った身体に針を入れたくないのもあるが、できることなら口から栄養を摂って欲しいんだよ。点滴で摂れる栄養なんて、高が知れている。口から食物を摂取したほうが何倍も良い。

 それより、くしゃみをするなんてどうしたかな。風邪でも引くのか? それとも、誰か私の噂を……? いや、そんなこと。


「それはともかく、サルバトーレ様が戻って来ないねえ」

「サヴァンさんついてるし、大丈夫だよ。パトリシア様だって、好きな子に無茶はさせない」

「おや、気づいていたのか」

「アインスだって」


 そうなんだよ。

 パトリシア様は、サルバトーレ様に興味があるらしい。いつからだろうな。気づけば知り合っていたようだが、さてどうなることやら。

 旦那様の話を聞く限り、サルバトーレ様には好きに恋愛してくれて良いとのことだったが……。パトリシア様にクラリス殿に。モテ期到来というやつか。


 にしても、サルバトーレ様のことを考えていると引っかかるな。

 なぜ、ダービー伯爵は「フォンテーヌになれ」と言っていたのだろうか。「あいつには手出しさせぬ」の、「あいつ」とは誰だ? 打ち切りになった捜査とはいえ、謎は考えれば考えるほど出てくる。

 でもまあ、ここで調べて元老院に目をつけられでもしたらそれこそ問題だ。私はまだ、ここでのんびりしていたい。


「まあ、当事者同士の話だ。こっちは祝福するか慰めるかの立場でしかない」

「冷めてるね」

「過干渉はよくないだろう」

「アリスお嬢様にも?」

「この子は別だよ。過干渉くらいがちょうど良い。……少しだけ、殺人者さんから彼女の過去を聞いたから。そう思った」

「そう。僕は、アレンから」

「……」

「……」


 その言葉を最後に、しばらくの間無言が続いた。

 アリスお嬢様の過去は、聞けば聞くほど残忍でしかない。医療者は、常に患者1人ひとりに情を移さない訓練をするのだが……それを通り越した先にあるような感情になっている。彼女だけは、1人にさせたらダメだ。それこそ、心が死んでしまう。


 きっと、聞けばまだ出てくるんだろうな。

 どれだけ理不尽でも、文句を言わない彼女。自分の失敗をやたらと怖がり、でも、手を止めたらまるで死ぬとでも言うように進み続ける彼女。何ひとつたりとも、噂で聞くグロスター一家の特徴とかけ離れすぎている。

 かといって、よその子でしたなんて話はなかった。疑問になって、王宮にあった戸籍を調べたんだ。ちゃんと、グロスター伯爵と夫人との間に生まれた子だったよ。


「アインス」

「はい、イリヤ」

「……1週間で足治したい」

「なら、絶対安静。風呂もトイレも全部ベッドの上でできるなら良いよ」

「うー……。それは」

「じゃあ、ダメ。2週間は見積もっておかないと」

「ムー……」


 ああ、調べたいことが多すぎる。時間が足りないよ、全く。


 私は、ムスッたれたイリヤの横顔に笑いつつ、ベルお嬢様の看護に戻った。

 後に、ザンギフがお嬢様用の食事を用意しては、廃棄時間が近づいたら使用人に配るという行動を繰り返していたことを知る。アランもフォーリーも、他の使用人もみんな、それを口にしながらワンワン泣いていたらしい。

 早く、目覚めると良いね。



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