嘘か誠か、貴方を疑い心を遠ざける
気づくと、薄暗い場所に放り出されていた。
頭痛が治まったからか、気分はさっきより全然良いわ。というか、今まで私は何をやっていたかしら?
「……あれ?」
さっきまでアレンが居た気がする。私をギュッてしてくれてなかった?
まさか、私の妄想!? 嫌だわ、恥ずかしい。何か、彼に向かってしゃべった記憶があるのだけど、私の独り言だった可能性が高くなってきた……。
私ね、小さい頃から家族に抱きしめてもらった記憶がないの。だから、誰かにギュッてされると心が舞い上がっちゃうんだ。とても温かい気持ちになるのよ。
私が忘れてるだけかもしれないけど、いつも抱きしめていたのは糸がほつれた毛布だった気がする。それも、透かせば向こう側が見えるような。あれ、結構気に入ってたのだけど最後どうなったのかな。……いえ、そんなことより。
「……私は、これからどうすれば良いの?」
それよりも、今はこの場からどうやって抜け出すのかを考えないと。ずっと、ここに居るなんてことはないでしょう?
それとも、ベルが身体に戻ったから私があぶれた? でも、それならそれでベルはちゃんと伝えてくれるはず。それに、ベルは「戻れない」とはっきり言ったじゃないの。あれは、嘘の言葉じゃなかったと思う。
となれば、私は何をすれば良いのかな。
何か、やるべきことがあるはず。ベルに話を聞くこと? それとも……。
『アレン! こっちよ、こっち!』
『お嬢様、逃げませんから引っ張らないでください!』
考えを巡らせると同時に、パーッと視界が開けた。
眩しすぎて思わず目を瞑る私に、聞き慣れた声が届く。昔の私とアレンだ。と言うことは、ここはまた過去なのかな。
怖い場面じゃありませんように。
『ふふ、お洋服は伸ばさないから大丈夫』
『そう言う問題じゃありません! 走ったら危ないでしょう』
『私を心配してくれているの? ありがとう、アレン』
『……全く、お嬢様は』
恐る恐る目を開けると、やはりグロスターの屋敷だった。
ここは、正面のお庭ね。はしゃぐ私は、真っ赤なよそ行きのドレスに身を包み、アレンの手を取りどこかへ向かっている。あっちには何があったかしら、思い出せないわ。
太陽がこれでもかと言うほど照らす中、私に日傘を差そうと奮闘するアレンがなんだか面白いわ。手を引かれているから、うまくさせないわよね。私って、こんなお転婆だったんだ。ベルになってから、丸くなったかも。
……なんて、イリヤに言ったら笑われそう。「どこが丸くなったんですか? あ、そういえばお顔がプクッとしてきましたね!」とかも言いそうだわ。
『はい、到着!』
『……これは?』
イリヤのことを思い出してクスクス笑っていると、目の前の2人が立ち止まった。
その視線の先には、ティーテーブル1つ、椅子が1つ。どちらも、色とりどりに飾りつけが施されている。
そうか、思い出した。これは、アレンがうちに来て初めて帰省して戻ってきた時だわ。
いつも「帰省」と銘打ってみんな戻って来なくなっちゃう中、アレンは戻ってきたの。帰省前と変わらない笑顔で、私に「戻りました」と声をかけてくれて……。
嬉しくなった私は、機嫌の良い時を狙ってお父様へ「アレンにお礼がしたい」とお願いしたんだったわ。その時、お父様に教えてもらった情報を元に、こうやって飾り付けをして……。
『遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう!』
『……誕生日?』
『あら、違った? お父様から、先日お誕生日だったって聞いたから……』
そうそう、アレンも誕生日だったのよ。
よく読んでいた絵本の中で、誕生日の人を祝う遊びが流行っていてね。私も真似したくなって、庭師のジャックと一緒に準備したの。
楽しかったわ。アレンはどんな顔するのかなって想像してね。
真っ赤なバラとかすみ草を使って飾りつけをして、白いバラの花弁を集めて雪のように降らせて……。お菓子は、厨房を使わなくても簡単にできるドライフルーツ。これも、ジャックが乾燥を手伝ってくれたな。
『……ありがとうございます』
『アレン?』
確か、この時は自分で思っていたような反応をもらえなくてなんでかなって思ったわ。でも、今思えばアレンは潜入捜査中だったんだもの。手放しで喜べないわよね。私は、彼の誕生日を聞いて舞い上がってしまったけど。
誕生日の情報だって操作していたんじゃないの? だって、ありえないでしょう。
私と同じ、8月1日だなんて。
だから私は、イリヤやシャロン、ドミニクがいくら言ってもアレンを心から信用することはできないの。「アレン」って名前だって、嘘かもしれないでしょう?
もう、彼のことで傷つくのは嫌。私の心に勝手に土足でズカズカと上がり込んだ癖に、こうやって平気で嘘をつく。アレンは、そう言う人なんだから。
『嫌だった……?』
『とんでもございません! 嬉しくて、言葉が出て来なかっただけで……』
『知らなくてごめんね。こう言うのって、前倒しでお祝いしたほうが良いのでしょう?』
『そのようなマナーの類は知りませんが、祝っていただけたと言うことが一番のお祝いと言いますか……』
『ふふ、変な言い方』
『す、すみません。嬉しくて、なんと言ったら良いのかわからなくて』
『それより、座って座って! 私が作ったお菓子とお茶を召し上がって!』
でも、こうやって一歩引いて見ると、アレンの表情が嘘をついているようにはどうしても見えないの。あれが演技だったら、彼は騎士団じゃなくて舞台に立つ役者になった方が良いと思う。そのくらい自然な笑みを浮かべて、時に慌てて過去の私と接している。
というか、だいぶ困ってるわ。
途中から合流したジャックに促されて座ったものの、周囲をキョロキョロと見渡してかなりの挙動不審な態度をしている。それが、ちょっとだけ面白い。……あ、日傘が落ちた。
「え……? お嬢様が2人?」
「!?」
そんな遅い誕生会を眺めていると、後ろからこれまた見知った声が聞こえてきた。
ここに居る人とは、会話ができないはず。
むしろ、私の姿が見えないってことは今までの経験上確実よ。なのに、どうして私の姿が見えているの?
「……シャロン?」
恐る恐る振り向くと、そこにはお屋敷で働いてくれていたメイド姿のシャロンがポツンと1人で立っていた。
びっくりしてティーテーブルの方を向くと、そこにはアレンが居る。
ありえないわ、2人が同じ空間に居るなんて。
アレンが雇われてうちに来た時、すでにシャロンはお屋敷にいなかったでしょう?
「シャロン、どうして……」
「……アリスお嬢様、これはなんでしょうか。夢なのですか?」
シャロンは、怯えるようにゆっくりと後退りしながら、私に向かって震えた声を放つ。
なぜ、ここに彼女が居るのか。最悪な展開が、私の脳内を過ぎる。
ここは、死んだ人しかこれない場所なんじゃないの? なのに、どうして貴女がここに居るの? 私の考察は、間違っていたの?
過去の私がはしゃぐ声、アレンとジャックの笑い声場違いに聞こえる中、私とシャロンはまるで石にでもなったかのように動けなかった。
***
「アレン!」
「わっ!?」
サレン様のお部屋を訪れると、ものすごい勢いで何かが飛んできた。……いや、その表現はあまりよろしくないかもしれない。なぜなら、ご本人だったから。
片足を後ろにやってその衝撃を緩和したが、予想していなかったのもあり変な声が出てしまう。
それでも彼女は、何も気にしていないかのように俺の身体にまとわりつく。その後ろでは、警備にあたる第二騎士団の団員ベラがニヤニヤしながら眺めているが……正直、助けて欲しい。それか、代わって欲しい。
「ど、どうされたのですか」
「あのね、さっき聞いたのだけど今度ここにロイヤル社の記者さんが来るのですって」
「……え?」
「あら、聞いてないの? さっき、元老院の方が来られて。ねえ、警備員さん?」
「はい、そのようなお話をされていましたが……よく聞こえていましたね」
「だって、暇なんですもの。静かに本を読んでいたら、聞きたくなくても聞こえちゃうわ。確か、サモンさん……でした?」
「……」
「アレン……?」
初めて耳にする話に唖然する中、聞いたことのない名前が出てきた。マクラミン卿同様、新しいメンバーだろうか。しかし、そんなメンバーを宮殿の伝達係にするか? いつもなら、直接ルフェーブル卿が……いや、待てよ。
なぜ、ここに伝達したんだ? ベラは、騎士団で役付きではないし、俺も特に頼んだ覚えがない。なのに、なぜ?
さっきラベルに直接会ったが、何も言っていなかった。これは、調べた方が良いかもしれない。
「アレン!」
「は、はい!」
「もう、どうしたの? 上の空で」
「……あ、すみません」
「あのね、記者の方が来るなら、前に言っていた植物カレンダーの方こと聞けるかしら? ここから出ないから、文通相手欲しいなって思って……」
「それは、私がOKと言うのはできないので一旦持ち帰らせてください。後ほど、聞いてみますから」
「ええ! ありがとう。それで良いわ。むしろ、ごめんなさいね」
「大丈夫ですよ。では、また後ほどお伺いしますね」
「嬉しい! 待ってるわ」
というか、いつまで俺は抱きつかれているんだ!? 今の会話でハッとした俺は、会話をしながらゆっくりと身を剥がす。幸い、抵抗されずに距離を取れた。一礼して部屋を後にすると、最後まで笑顔の彼女が見送ってくれる。
多分、俺のことを「アレン」と呼んでいるから彼女はアリスお嬢様と思っているサレン様だ。……であれば、色々聞きたいな。陛下に許可をいただき、ジョセフ所有のあの鉱山に連れていきたい。それで色々判明するような気がする。
それにしても、植物カレンダーの人か。
アリスお嬢様と同じ思考の人とは、俺も会ってみたいな。