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「アインスは行かなくて良いの?」

「うーん……。心配だから行きたいけど、呼ばれてないからね」

「じゃあ、僕もついてく? それなら入れると思うけど」

「ダメだよ。君は、前回無理して元老院と関わったんだ。少し休まないと、心が壊れてしまう」

「……でも」


 ロベール殿と殺人鬼さんが消えた部屋の中、私はイリヤと会話をしながらお嬢様の容態をチェックしていた。

 10分置きに脈をはかり、20分置きに心音に雑音がないか見てそれを記録して……。先ほど起きたらしいが、そんな気配は微塵も感じられない。呼吸は整っているが、変化はそれだけだ。


 クラリス殿から聞いたのだが、サルバトーレ様のファミリーネームの変更が認められた時、イリヤは陛下に頼まれて父親と対面する役を買って出たらしい。あれだけ怯えていた相手の前に出ようとしたその決断は褒めるが、無理をしては元も子もない。まだまだ、イリヤは貴族に戻らずここで羽を休めた方が良いだろう。

 幸い、その場に父親が現れなかったらしいが……それでも、心の疲労は相当だったと思う。


「外傷はいつか癒える。だが、心の傷はずっと残るんだよ。消えたと思っても、ふとした瞬間に出てくる。この子がまさに、その状況なのでしょう? それなら、同じ道をたどっても仕方ないよ。エルザ様だって、望んでいない」

「……わかってる。ねえ、アインス」

「なんだい、イリヤ」


 窓際でロベール殿たちが屋敷を去るのを見ていたイリヤは、私の名前を呼びながらこちらに向かって車椅子を転がしてきた。「俺が連れ出したから、俺にも責任がある」と言って殺人鬼さんも出ていったが……あの子も不思議な子だな。

 殺人鬼さんにロベール殿、シエラ殿、ベルお嬢様にアリスお嬢様……。イリヤの周りには、困難を背負いすぎた子が多すぎる。でも、みんな心優しい良い子だ。


 きっと、イリヤ自身が心優しい子だからだろうな。殺人鬼さんのことだって、なんだかんだ言いながら受け入れて気遣っている様子がうかがえる。

 それに、ベルお嬢様が目覚めなかったことに安堵している様子も。


「ベルお嬢様は、僕らが負担だったのかな」

「どうして、そう思うんだい?」

「……さっきのジェレミーの話を聞いて、同性を愛することが世間からどう見られているのかを改めて知ってさ。なんか、違うなって。貴族だから、女で後継を産まないといけないから、一人っ子でみんなの希望を背負っていかないといけないから……ベルお嬢様は、恋が実ることがないとわかってあの毒を飲んだんじゃない気がして。もしかしたら、僕たちの……僕の無意識に与えてた優しさが苦しくなって逃げたかったからだったらどうしようって、ずっと……考えてて」


 やはり、それを考えていたらしい。

 イリヤは、頭の回転が一般人より数倍は速い。故に、こうやって結論の出ないことも深く考えてしまう傾向がある。他人を傷つけるくらいなら自分が引く、そういう子だからこそお嬢様の話は辛いと思う。


 無論、私にも同じことが言える。結論が出ないのに、ふとした瞬間思い出して……。

 ずっとずっと、同じことを考えていたよ。


「私も、同感だね。彼女は、私たちが考えていた要因よりもずっと深いことを考えていたんじゃないかな。きっと、サルバトーレ様が持ってきた毒を見て、色々知恵を働かせちゃったような気もしてならないんだ。毒だと気づいたら彼が危険に晒されてしまう、とかね」

「お嬢様なら、ありそう。アリス・グロスターだってきっと、旦那様みたいに傷ついた子として招き入れたんだろうね。生前は、あんなに憎い憎い言ってたのに結局あの人は」

「……そう、だね」


 でも、そこは私とは意見が違うようだ。

 私は、アリスお嬢様を招き入れたのは彼女になりの「いじめ」だったんだと思う。異性との結婚を強いられ子どもを産むというありふれた、しかし、彼女にとっては残酷な世界へ急に放り出されること自体がね。

 おまけに、アリスお嬢様の過去は、聞けば聞くほど彼女が生きていても辛いだけという事実を押し付けてくるもの。故に、「わがままなご令嬢」はこのお屋敷でも馴染めず自滅するだろうと。始まりは、そうだったと思うよ。


 イリヤは、折れた足を庇うように立ち上がりベルお嬢様のお顔を覗いていた。その表情には、謝罪の色が濃く表れているような気がする。

 でも、その視線を向けた相手はアリスお嬢様ではなくベルお嬢様かな。優しく頭を撫で上げるように手で触れながらも、距離は少々遠目だ。


「アリスお嬢様のご遺体ってどうなってるの?」

「もうとうに朽ちてるよ。なんでだい?」

「……もし、アリスお嬢様の還る場所があったら、ベルお嬢様と一緒に笑って過ごせるのかなって。こんな、ファンタジーのような化学じゃ通用しない現象を目の当たりにしたらさ、そういう夢も見たいじゃん」

「まあね。どういう法則で彼女がベルお嬢様になったのか定かではないが……どちらかが消えてしまうのが理な気がするよ」

「それに、アリスお嬢様が残ったとしても、器と魂って拒絶反応を起こさないのかな。前に、未練ないって言ってたし、身体返すとかなんとか……。考えすぎ?」

「私にもわからないよ。そこは、ベルお嬢様とアリスお嬢様の間で行なう会話じゃないのかな」


 ifを考えていたら、キリがない。

 もし、ベルお嬢様の本当の気持ちを引き出していたら。

 もし、サルバトーレ様からいただいた瓶に毒が入っていたと気づいたら。

 もし、ベルお嬢様の愛する人を旦那様たちに打ち明けて受け入れてもらえるよう動いていたら。


 ……いや。最後のは余計だった。

 彼女は、イリヤと同じく人に気遣われることを嫌う。だから、キリがない。人間は、多様だから面白くて難しい。故に、愛着がわく。


「ベルお嬢様を救えなかった僕に、アリスお嬢様を救えるのかな」

「それは、イリヤの脳次第じゃないかい?」

「脳?」

「アリスお嬢様の望みは、過去の事件の裏側、そして、直近で起こったグロスター一家殺害の真実を知ることだろう。それに、イリヤが手を貸してあげれば……」

「それなら、もう大筋は見えたよ。犯人も、目的もなんとなくね」

「……はあ」


 測った脈と熱をカルテに書き写していると、さも当たり前のようにイリヤが言葉を吐いてきた。さらりと言われたから、聞き逃すところだった。

 この子は全く……。


「5年前のこと、グロスター、ダービー、サレン・ロバン……。なんなら、モンテディオのことも」

「それらが全部繋がってると言うのかい?」

「うん。確実じゃないけどね。……もし、僕の推測が正しければ、黒幕はアレンを操り人形、アリスお嬢様を農夫の賢い娘だと思ってる」

「………えっと」

「でも、現実は違くて。アリスお嬢様は聡いけど、あれは偶然だったんだ。彼女は偶然、敵の暗号を解いてしまった……」

「……」


 ……うん。

 年寄りには少々難しい話だったかもしれん。


 イリヤの独り言になんて答えれば良いかわからず、私はカルテ片手にその横顔を見ていることしかできなかった。あとで、ちゃんと説明してもらおう。

 しかし、その前にイリヤを座らせてやらないとな。



***




 城門へ着くなり、待機していた第二騎士団の団員たちが数名出迎えてくれた。

 聞けば、エルザ様は宮殿の自室で休んでいるとか。ラベルは、その警備に当たっているとのことだった。医療班の活躍で、危ないところは脱したらしい。


「クリステル様は?」

「……」


 王宮の正面入り口から宮殿の渡り廊下へ行く間、話題はエルザ様と逃げたヴィエンたちのものばかり。深追いしても、捜索隊の数や状況、それにいまだ混乱中の城下町への警備について。早馬ではクリステル様の意識がないと聞いていたのだが、一向に名前すら聞かない。

 不思議に思って聞いてみたが、その瞬間に周囲の団員たちの表情が曇っていくのを見逃さなかった。嫌な予感が、体内を駆け巡る。


 俺は、話を聞くために早歩きしていた足を止めた。


「クリステル様の容態は、どうなんだ?」

「……それが」

「ナイフで腹部を中心に刺されて、いまだに意識不明です」

「なんだと? 医者は?」

「時間の問題とのことでした」

「……まさか」

「おい」


 やはり、悪いことは的中するものだ。

 それを聞いて、しばらくの間動く気になれなかった。まさか、俺がいない時にこんなことが起きるなんて。

 エルザ様だって、意識はあるらしいがどんな状態なのか聞くのが怖い。

 何か後遺症が残ってしまったら、どんな顔して会えば良いのだろうか。やはり、アインスを連れてくるべきだった。


 そうやって反省の色を滲ませていると、唐突にジェレミーの声が耳に届いてきた。

 そういえば、「俺が連れ出したから、俺にも責任がある」とか言ってついてきたんだった。忘れていたよ。いやでも、どうやって城門をくぐれたんだ? 結構な厳重警備だったと思ったが……。


「クリステルのところに連れてけ」

「ク、クリっ!? ……えっと、隊長。こ、この方はどなたでしょうか」

「あー……えっとだな」

「医者のドミニクだ。患者のところに連れてけって言ってんだよ」

「……」

「……」

「……」


 どこから突っ込めば良い?

 突っ込む時間も惜しいんだが、ジェレミーの発言にびっくりして振り向くと、なぜか奴の首から医療者関係だけが持てるカードがぶら下げられている。「お前、大概にしろ」という言葉は、それによって喉奥へと引っ込んだ。


 しかも、その態度の悪さで他の団員が引いてるじゃんか。

 あまり目立たないでほしい。


「あー……。俺が連れてきた医療者だ。俺はエルザ様のところに行くから、こいつ……この方を案内してやってくれ」

「承知です! ドミニク医療者、こちらです」

「サンキュ。アレンちゃん、後で来いよ」

「……ああ」


 あいつ、医療資格持ってんのか? 聞きたいが、今聞いたら何か全てが台無しになる気がする。


 俺は、「隊長のお知り合いのお医者さんはワイルドですね」という団員の感想に「そうだな」としか返せなかった。ワイルドってなんだっけ。どんな意味だっけ。

 だめだ、あいつのせいで落ち込んでる暇もない。それより、次の対策を練らないとな。


 エルザ様のご容態を確認したら、クリステル様のところへ行く前にサレン様とジョセフの様子を見て行こう。それからジェレミーと合流して、必要ならアインスを呼び出してから捜索隊に合流して……。

 なぜ、ヴィエンとマークスは裏切ったのだろうか。誰の指示で動いていたのか、何が目的だったのか……議事録も読まないとな。


 

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