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ドミニク・シャルルの過去



 ソファに腰を下ろしたジェレミーは、両手を何度も組み直しながらポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 奴の顔をマジマジと見たのが暫くぶりな気がするんだが、こんな大きな傷を負っていたんだな。確か、イリヤが付けたって話を聞いたことがある。


「俺の家系は、代々ロイヤル社の犬だ。俺も、その使命を全うしようとちっせえ頃から王族並みの教養をつけてきた。アカデミーも首席で卒業してその辺の資格も全部満点で取得できて、このままロイヤル社に入れると思った矢先に父親が行方不明になったんだ。多分、それが全ての始まりだった」

「……ガルシア・シャルル」

「そ。結構大々的に捜索されたもんな。でも、結局その時父親は見つからなかった」

「覚えてるよ、僕が捜索の主導権握ってたから。シャルル伯爵は、結局数ヶ月後にミミリップ地方とアザール地方の真ん中にある森林の中で見つかったんだよね」

「ああ、首吊り遺体としてな。発見が遅れたのと雨が降って気温が下がってたこともあって、首が伸びてて」

「首が伸びて……?」


 ジェレミーが過去を話し始めると、いつもは黙って聞くイリヤが口を挟んでくる。それに疑問を持ちつつも、少しでも気を抜けば話についていけなくなりそうだ。そのくらい、奴は早口で進めている。


 俺が質問をすると同時に表情を崩したのは、きっとその先を話したくなかったんだろうな。なのに、聞いてしまった。

 それを聞いたジェレミーは口を開いては閉じを繰り返し、苦い表情のまま動かない。すると、イリヤが口を開いた。


「首吊りすると、体重に耐えきれなくなって首の骨が頚椎から徐々に折れていくんだよね。で、首の骨が折れるとその周辺の肉と皮だけで頭以外を支えるわけ。アレンは、王宮にある楽団の太鼓を見たことある?」

「……あるが、それが何か関係あるのか?」

「湿気が酷いと、太鼓の皮部分がベコベコになるところは?」

「見たことあるよ。その調整を何度かやらされたことがある。晴れの日はパンパンになるから、楽団の知り合いは毎日のように天気を気にしてた」

「そうそう。それって、人間の皮でも同じことが言えるんだよ」

「じゃあ、ジェレミーの父親は……」

「そう言うこと」

「……すまない、ジェレミー」


 イリヤの説明は、わかりやすくて残忍だ。

 説明が終わると、すぐさま俺の脳内には奴の父親の首が伸び切った映像が鮮明に映り込んでくる。雨風に晒されていたらきっと、その想像以上にご遺体が傷んでいただろう。

 それを、ジェレミーは見てしまったということか。奴が何歳の時かはわからんが、それでも肉親の死は壮絶に違いない。


 俺が謝罪を入れると、「気にすんな」と一言だけ呟いて話は進む。


「で、俺はなぜ父親がそうなったのかを知りたかった。自分の健康そっちのけでスクープに走るやつが、自殺なんてするわけねえってな」

「殺人だったという可能性は……?」

「ゼロだったね。ご遺体に目立った外傷がなく、首元にも爪で引っ掻いた跡がなかった。登り台にしたカバンもあったし、遺書も中にあった。あれは、完璧自殺だよ」

「そうか……」

「まあ、死因は正直どうだって良い。それよりも俺は、父親が死ぬ前の行動を遡った。そこに死んだ理由があると思ってな」


 と言うことは、その時からイリヤとジェレミーは知り合いだったと言うことか? シャルル伯爵の捜索の主導を握っていたと言うことは、その報告をしに伯爵のお屋敷に行ってるはずだし。

 なんだか、そのあたりに2人の仲が悪すぎる原因があるような気もしてきた。今は聞ける雰囲気ではないが。


 ジェレミーは、ソファにふんぞり返って足を組み出した。態度が悪いが……今は、まあ良いか。


「で、調べた結果テレサ・グロスターっつー名前にたどり着いたわけだ」

「テレサって……」

「そ、アリスの母親。諸悪の根源」

「夫人が、お前の父親を死に追いやったってことか?」

「間接的にな。それを調べるために、俺はミミリップ地方を統治しているラバード侯爵の懐に潜り込んだ。優秀な秘書として雇ってもらえるように」

「よく侯爵が許したねー。そんな怪しい秘書、僕なら雇いたくないけど」

「弱味握りゃあ、軽いもんさ」

「弱味?」

「ああ。あいつ、いろんな貴族集めてカジノ拠点に色々あくどい商売してたんだよ。その顧客になって近づいて、「勉強したい」っていやあ警戒心ゼロでお仲間入りってわけ」


 しかし、できるだけ軽めの口調で話そうとしていることだけはなんとなく察せる。と言うことは、この話が奴にとってあまり良いものではないということ。

 なのに、こうやって話してくれるところを見ると、根は優しい奴なんだろうな。アリスお嬢様に向ける視線は、優男そのものだし。


 そんな奴が、なぜ悪党どもと絡むようになったんだ?

 ロイヤル社への就職って、将来安泰も良いところだぞ。下手したら、王宮に勤めるよりも価値が高い。父親を心配して探りを入れるくらいだから、家族の仲は良いはずなのに。それらをひっくり返すだけの何かが、ジェレミーの身に起きたとしか考えられない。


「ラバード侯爵の部下がまた酷くてな。「バロン・マドアス」っつーいかにも偽名のような人物なんだが、不思議なことに日毎に顔が変わるんだ。背丈も格好も、声も」

「……そんな人物は、そもそも居ないってことか?」

「さあ。今になっちゃわからんが、「バロン・マドアス」は俺が知る限りでも5人は居た。そのうちの4人は俺が殺したが、もう1人は生かしておいたんだ。アレンちゃんなら、誰だかわかるよな?」

「アレンちゃ……まあ、なんとなく。俺に言うってことは、「グロスターに来てたマドアス」が殺さなかったマドアスってことだろ」

「そ。あいつは、アリスの母親に弱味を握られて行動してた奴だからな。本名は、ガリバー・ダービー」

「まさか」


 その名前は、先日城下町の水道管に毒を流して捕まえられた人物。サルバトーレ殿の父親だ。

 誰かに殺されてしまった彼の名を、ここで聞くとは思わなかった。このままジェレミーの話を聞いていれば、犯人に近づけるかもしれない。


 そう思って対面したソファに座った時のこと。

 ギギッと音を立てて、部屋の扉が開いた。そこから顔を出したのがアインスだとわかり、5分が経過したことを知る。


「おや、お話の途中でしたか」

「大丈夫。アインスは、お嬢様を診てくれる? 後で説明するけど、ちょっと記憶が過去のものと入り混じって混乱してるんだ。もしかしたら、僕らのことを覚えてないかもしれない」

「わかったよ。その体勢は辛かっただろう、車椅子に戻りなさい」

「うん」

「おい、まさかアインスも聞くのか?」

「私は、お嬢様の治療をしてるだけなので、お構いなく。聞かれたくなければ、他言無用にしますから」


 と、アインスはいつもののほほんとした表情でジェレミーと会話をしている。

 こんな暖簾に腕押しのような対応をされてしまえば、流石のジェレミーもNOとは言えないらしい。渋々顔で、足を組み直して話を続ける体勢に入る。


 その合間にイリヤが車椅子へ戻るのを手伝おうと近寄るものの、パッと器用に移動されてしまった。こう言う時、彼は人の手を借りたがらない。


「ガリバー・ダービーは、アリスの母親の奴隷だった。だからこそ、俺はそいつに同行してグロスター家に仕事と銘打って何度も入り込んだ。俺の父親の死の原因を探れると思って。そしたら案の定、父親は薬中、祖父母はアル中、兄は暴力大好き人間とロクな奴らが居ない集まりだったよ。その中でも、母親は特に酷い。男同士に無理やりサカらせて、それを間近で見て楽しむなんて趣味があった」

「……お前、まさか」


 グロスター伯爵がヤク中なのは、気づいていた。よく、バルコニーで麻薬を吸っていたから。

 あの葉巻は、麻薬を包んでるものだったんだ。だから、嗅いだことのない独特な匂いがした。誕生日で帰省した時に、父様へ話をして発覚したよ。


 それに、祖父母のアル中もジョセフの暴力も知っていた。特に、ジョセフ。奴は、ことあるごとにアリスお嬢様を殴ろうとして、何度も俺が殴られたな。

 でも、母親のことは全く知らなかった。彼女が男狂いなのは知っていたが……。まさか、ジューンさんはそれを伝えたくて俺にあんなことを言ったのか?


「俺は、屋敷内で昼間っから男にケツを掘られそうになった。執事らしきガタイの良い男2人に取り押さえられて、薬嗅がされて……。それを、アリスが助けてくれたんだよ」

「……アリスお嬢様が?」

「ああ、そうだ。もう少しで意識を無くすところに、アリスがテレサ・グロスターの部屋をノックした。「お父様が呼んでいます」だったか……。その声に目が覚めて男にされるくらいならって、目の前に居たテレサ・グロスターを狂ったように犯した。隣では、俺を取り押さえた男らが盛って……。それ以降、気に入られて頻繁に屋敷に行くようになったんだよ。拒否したら、また薬盛って男あてがうって脅されて」

「知らなかった……」

「たりめえだよ、隠してたんだから。……それから話を聞いていくうちに、父親があの女に嵌められて男との性行為を強要させられたことがわかった。俺の母親に言えなかったんだろうな。あいつ、溺愛してたし。で、死を選んだわけ。笑えるよな、そんな理由で」

「そんな、理由じゃない……」


 それが事実なら、テレサ・グロスターは強姦を強要しただけでなく、恐喝に薬物乱用にも手を出しているということ。逮捕されて裁かれるべきことをしてる。

 なのに告発がなかったと言うことは、どれだけの人たちが泣き寝入りしたのだろうか。薬物入手ルートだって、多少なりとも情報が漏れるはずなのに。

 それほど、同性同士の交流はタブーとされ、はたまた「恥」として人々に映る。同性同士に否定的な人はもちろん、同性に好意を持つ人にも大ダメージだろう。脅しの材料として、申し分ない。

 

 多分、マロー伯爵もそうだったんだろうな。だから、婚約破棄をした……。もしそうなら、なぜジューンさんは消えたのだろうか。考えただけで、虫唾が走る。

 目の前で淡々と話す奴だって、被害者だ。アリスお嬢様の声がなければきっと、奴だって望まない行為を強制されたことだろう。なるほど、ここで彼女との繋がりがあったのか。


「同情すんな、気持ち悪りぃ。同情するくらいなら、金くれよ。女と遊んでくる」

「お前なあ……いや、それより「じゃあ、バーバリーあそぶっ!」」

「!?」

「!?」


 流れが大体わかったところで色々質問しようとしたら、ソファ後ろから突然バーバリー殿が現れた。この空間にそぐわないほどニコニコした顔をして、ジェレミーの首に腕を絡めてまとわりついている。

 なのに、イリヤとアインスはさほど驚いていない。と言うことは、居たのを知っていたのか。


 バーバリー殿は、嫌がるジェレミーに向かって頬擦りをしている。

 いつの間にこんなな懐かれたのだろうか。ちょっとだけ、その光景は面白い。


「やめろ! くっつくな!」

「バーバリー、おんな。あそぶ」

「意味が違う! お前じゃ満足できねえよ!」

「ジェミミ、あそばない?」

「っ〜〜〜〜〜! 俺は、ドミニクだ! ジェミミじゃねえ!」

「ドミ……ドミミク!!」

「あああああ! 畜生言うと思った!!」


 ……いや、だいぶ面白い。これは、笑って良いのだろうか。

 正解がわからずイリヤたちの方を向くと……うん、笑って良いらしい。アインスはいつも通りだが、イリヤは声を出して笑っている。なんなら、「ジェミミ、ドミミク、ミミズク」とか言いながら車椅子から落ちそうなほど笑い転げている。


 それを見た俺は、あることに気づく。

 先ほどまで苦しそうにしていたジェレミーの表情が、だいぶ軽いものになっていた。顔色も、比べ物にならないほど良い。

 それに、バーバリー殿は誰かの命令がないと動かないこと、イリヤが途中から喋らなくなっていたこと……。これは、イリヤかアインスの気遣いかもしれないな。だったら、これ以上は聞かない方が良い。あとは、今もらった情報を元に自分で調べて……。


「ロベール様! 大変です!」


 王宮に戻ったら何をすべきか順序立てているところに、クラリス殿が入ってきた。少々大袈裟すぎるほど慌てて、バーンと音を鳴らしながらこちらに向かって叫んでくる。


「どうされましたか、クラリス殿」

「あの、今王宮から早馬が来まして……。取調べ中の罪人が逃げ出したとのことです! エルザ様とクリステル様が、意識不明の重体と」


 俺は、その話を最後まで聞くことなく立ち上がった。


 

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