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不思議な場所、フォンテーヌ家



「アイン、……ス…………?」


 医療室の扉を勢いよく開くと、そこにはアインスとジェレミー、それに、どこに行っていたのやらシエラとバーバリー殿も居る。

 ……というか、なんだこの図は。


「止めろ! 大人しくしてんだろ!」

「イリヤ、いじめる。ダメ」

「いじめねえよ! そもそも、こんな身体で……イッテェエ!!」

「はい、動かない。矯正器具を付けてるのですから、いつも通りの姿勢で動こうとすれば痛みますよ。動くなら、背筋を伸ばして」

「俺じゃなくて、こいつをどうにかしろ!」

「だそうだよ、バーバリー」

「イリヤ、いじめる、てき、はいじょ」

「いじめねえっての!!」


 よくわからんが、ジェレミーは上半身に器具を付けて歩行訓練のように壁際を歩かされている。

 その隣で、バーバリー殿がべったり張り付くように監視しているんだ。視線に殺意が込められているのが、ここからでも良く伝わってくる。それを、アインスとベッドの上に居るシエラが微笑みながら見ている感じなんだが。……もしかして、俺はとんでもないところに来たのかもしれない。


 いや、5分で戻らないといけないんだった。

 ここで立ち止まっていたら、ベル嬢がイリヤに懐いてしまう!


「あの! ジェレミー!!」

「あん? ……おお、親友!」

「し、親友……?」

「待ってたぜ。なんだ、どこに行くんだ? ったく、俺が居ねえとなんもできねえんだから」


 話しかけると、すぐにジェレミーの奴が俺の方へと寄ってきた。その目は、グルグルと視点が合っていないのをヒシヒシと感じるもの。

 まさか、付けてるやつってただの矯正具ではないのか? というか、なんでこんながっちりしたもんを付けてんだ? それほど肋骨がぐちゃぐちゃだったとか?


 というか、こいつ骨折してなかったか?

 なのに歩行訓練なんて……と思っていたのは途中まで。「俺が居ねえとなんもできねえ」? ふざけるな、誰が親友だ!


「…………アインス。こいつの歩行訓練の手伝いをしたい」

「ぜひ、どうぞ。ロベール殿」

「なんだよ、おい! 裏切り者!」


 ジェレミーの発言にイラッとした俺は、腕まくりをして奴を壁際まで追い込む。力が入らないようで、たやすく移動できた。ふん、ザマアミロ。


 って! 違う!

 そうじゃない!! 俺は、何しに来たんだよ。思い出せ。


「いや、待て。イリヤが呼んでるんだ。一緒に来い」

「あん? なんで奴が俺を呼ぶんだよ。行くわけねえだろ」

「来いよ。……アリスお嬢様も居る」


 深呼吸して冷静になってから、奴に向かって話しかけた。すると、やはり思った通りに拒否してくる。どうやら、イリヤに呼ばれて行くくらいならここで歩く練習をしていた方が良いらしい。そんな嫌いか。


 しかし、そんなんで諦める俺ではない。小さな声でアリスお嬢様が起きたことを伝えると、案の定食いついてきた。


「アインス、お嬢様、おきたって」

「なんと! ロベール殿、本当ですか!」

「地獄耳!?」


 ……バーバリーがな。


 かなり小さな声で言ったはずなのに、なぜか少しだけ離れているバーバリーに伝わっている。本当に、彼女は人間離れしているな。ジェレミーが恐怖を感じるのも致し方ない。

 まあ、ジェレミーにも効果があったから良いか。奴は、瞬時に矯正具を外そうと躍起になりだした。それを手助けするようにアインスが近寄り手を貸している。


「アレン、お嬢様起きたの? どっち?」

「アリスお嬢様の方だ。しかし、今は事情があってジェレミーだけ先にきて欲しい。で、イリヤの伝言でアインスは10分後に来るようにって」

「……わかりました。では、ロベール殿に酸素器の止め方を教えますね。バーバリー、彼の固定具を外してやりなさい」


 すると、ベッドに居たシエラも反応した。

 やっぱ、それ気になるよな。俺も、確認したし。


 シエラは、ベル嬢ではなくてアリスお嬢様に助けられたらしいからホッとしたような表情をしたのは良くわかる。しかし、アインスがホッとしたような表情をしたのは理解できない。彼の雇い主はフォンテーヌ子爵だろう。どう言うことだ?

 とにかく、アインスから酸素の機械を止める方法を聞こう。


「自分でやる! お前は頼むから近寄るな!」

「アインス、めいれい、きく」

「頼むから、患者の意思も尊重してくれ!」

「ジェミミ、やとってない」

「今から雇う! 金なら渡すから、今すぐその名前を止めろ!」

「……ジェミミ。ふふ、ジェミミって」

「おい、そこぉ! 笑うんじゃねえ!!」


 アインスにレクチャーを受けていると、唐突に「ジェミミ」という単語が聞こえてきた。

 ここで笑わずして、どこで笑う? って話題に、食いつかない手はない。固定具を外してこちらを睨む「ジェミミ」なんて怖くないぞ。


 にしても、フォンテーヌ子爵のお屋敷に来てから、今まで見たことがないようなこいつの態度がどんどん出てくるから面白いな。やっぱり、ここは不思議な場所だ。

 こういうのを見ると、なんとなくアリスお嬢様がここへ来たのも納得するというかなんというか。


「イリヤにバラされたくなければ、行くぞ」

「はいはい、病人ですが行きますよー」

「んな元気な奴が病人なわけねえだろ!」

「それより、早く行った方が良いのでは?」

「おっと、そうだった。では、アインス10分後に」

「わかりましたよ。その前に酸素器をお願いしますね」

「承知した」


 俺は、先ほどよりなんだか背が高くなったような気がするジェレミーを連れて……って、こいつこんな背筋伸びてたか? さっきの矯正器具すごいな。俺も、肋骨でも折れた時にやってもら……折ったことないから、良くわかんないや。


 とにかく、なんだか優等生でも連れているような不思議な感覚を味わいつつ、俺とジェレミーはベル嬢のお部屋へと向かった。時間は……すでに5分は経ってる気がする。

 イリヤになんて言われるか、行かなくてもわかるよ。「アレンの5分と僕の5分は、どうやら違うみたいだね」……だろ?




***




「アレンの5分と僕の5分は、どうやら違うみたいだね」

「グッ……」

「それに、外行くなら桶の処理くらいするよね? 執事さんなら」

「……うぐっ」


 案の定、部屋へ入ると同時に「ほらみろ」みたいな表情でベル嬢を抱くイリヤにそう言われた。一字一句違わない言葉に、嬉しいやら悔しいやら良くわからん感情が蠢く。

 桶の話だって、考えなくてもわかることなのに。見るとなくなってるということは、イリヤが処理したんだろう。悔しすぎる。

 でも、その感情はすぐさま後ろに居るジェレミーの殺気で相殺された。


 とにかく、2人の間の静かな火の粉というかばちばちとした何かが凄まじい。ここ、戦場にならないよな。ってか、こいつらなんでこんな仲悪いんだ? やり合ってたのは知ってるが、それにしても仲が悪すぎる。

 いつも冷静なイリヤが、なぜか子どものように見えるから不思議だよ。


「おいおい、起きたって聞いたから来たのに。俺のことを呼んでおいて、お前はアリスとベッドでイチャコラしてんのかよ。何様だよ」

「イリヤ様ですが何か?」

「おい、立てや。一発お見舞いしねえと気が済まねえ」

「あー、出た。暴力で全てを解決させる人」

「負け犬の遠吠えしてるだけのやつよか全っ然良い!」

「いつも1人じゃ向かってこない奴がなんか言ってるなあ」

「おい! その足粉砕させっから立て!!!」

「待てよ、そんな言い争いさせるために呼んだのか? アリスお嬢様の前でやるな」


 これは、アリスお嬢様が起きでもしないと止まらないやつだ。きっと、俺が間に入って「どうどう」しなければ永遠と続いていたと思う。こいつら、なんなんだ……?


 俺が声を出すと、一応2人とも口を閉じた。双方ムスッとしているものの、アリスお嬢様の単語を聞いたからかグッと堪えて互いを睨んでいる。

 よし、今後もこいつらが喧嘩をおっ始めようとしたら「アリスお嬢様」を使おう。


「はあ……。今さあ、アレンからグロスター伯爵の屋敷に居た時の話を聞いていたんだけど、いくつかジェレミーに質問があったから呼んだの」

「あん? んで俺に質問すんだよ。こいつが潜入してた時期はあんま屋敷に行ってねえし」

「ってことは、何度かは来たのか。全然気づかなかったわ」

「気づかれねえように行ってたんだよ」

「そこだよ、僕が質問したいところは」

「はあ?」


 会話が進む中、イリヤは膝に載せたベル嬢の頭を優しく撫で上げている。早く話終われ! そして、その場所を俺に返してくれ。このまま、イリヤに彼女を取られてしまうような気がしてならない。

 いや、彼女は俺のものじゃないだろう。そもそも、取られるとかお嬢様は物じゃないし。わかってる。


 そうやって悶々しているところに、イリヤが爆弾を投下するような発言をしてきた。


「あのさ、ジェレミーは僕のこと抱ける?」


 またジェレミーを煽って、お前は! 冗談にもほどが……と喉元から出かかった言葉を、かろうじて飲み込んだ。


 なぜなら、今の発言を聞いたジェレミーが、サーッと血の気が引いたような顔色になったから。

 その切り替わりが、異常なほど俺の目に映り込んでくる。


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