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イリヤの気付き



 休暇をもらった日は、誕生日だった。

 誕生日だから、という理由で休暇申請ができたから結果オーライだったと思う。急に休暇が欲しいなんて言っても、2ヶ月ちょっとの俺をそうそう休ませてくれるなんてないだろう?


『じゃあね、アレン』

『……はい! 明日のご朝食は、リンさんが持ってくるのでちゃんと召し上がってくださいね』

『わかったわ』


 しばらく戻っていない屋敷に帰れると思うと、ここ2ヶ月の緊張感が今からでも緩みそうだ。

 帰ったらそのまま、疲れを癒す時間を取ろう。それから、クリステル様に会いに行って……。


 そうやって浮かれていた俺は、お嬢様が「行ってらっしゃい」じゃなくて「じゃあね」と言ったことに気づかなかった。その悲しそうな表情にも気づかず、ただただ夏の暑さが肌を掠っていくのを感じながら、屋敷を後にする。




***




『アレン! おかえり』

『よく戻ったな、アレン』

『ただいま。父様、母様』


 屋敷に戻ると、すでに俺の出した連絡が行っていたのか、父様母様を先頭に使用人たちが外で待っていてくれていた。姉様は……またどこかのパーティにでも行ってるんだろう。夜だからって、お屋敷に閉じこもっているような人間じゃないから。


 小さなボストンバッグ一つで顔を出すと、すぐさま母様が抱きしめてくれた。気のせいかもしれないけど、その声は涙声だ。

 後ろに居る父様も、なんだか泣きそうな顔になって……どうしたんだ? 


『さあ、まずは食事にしようか。それとも、ゆっくり眠るかい?』

『いえ。先にクリステル様へ聞きたいことがあるので、連絡を取ってから色々やります』

『……気づいたんだね』

『はい』


 と、再会の感動に浸っている間もなく、父様の言葉へ被せるように返事をする。そのあと、使用人たちにも挨拶をしようとしたのに、父様は「来なさい」と言って屋敷へと入ってしまった。

 俺は、取り残されそうになりつつも、父様の背中を追った。使用人たちも、それを見送るかのように頭を下げてくれている。



 屋敷に入ると、以前と変わった様子のない調度品やカーペットの柄に安堵を覚えた。

 それと同時に、このカーペットはどうやって洗うのか、あの調度品は持ち手部分の彫刻が細かすぎて拭くのが大変だろうな……なんて、いつの間にか執事目線で物事を見てしまう自分に気づく。せっかく休みに来たのに、これじゃあ変わらない。


『アレン、アリスはどうだ?』

『俺のことを覚えていませんでした。でも、今は専属として彼女を守っています』

『……そうか、引き続き頼むよ。大きな危険はないと思うが』

『はい、外的要因からは死守します。ただ……』


 一瞬、話そうかどうか迷った。でも、黙っていたら「大人の判断」が聞けないと思った。俺は子供だから、子供の視点でした物事を見れないだろう。その点、大人なら別の視点で物事を捉えるかもしれない。


 しかし、こんな廊下では話したくない。

 それを汲み取ってくれたのか、父様は何も聞かずに書斎まで案内してくださった。こういう察しの良さは、見習っていきたいものだ。何を基準に判断しているのだろうか? 今度聞いてみたい。

 

『さて。君から見て、アリスはどんな人物だったのか聞かせて欲しい』


 書斎に着くなり、父様は扉に鍵をかけてそう聞いてきた。今までは聞こえなかったのに、コツコツとした足音を立てながら、中央の椅子に収まる。

 それにならいテーブル前まで足を運ぶと、父様が指を指してきた。その先を見ると、テーブルとソファが。どうやら、座って良いらしい。


 父様に「失礼します」と言って座った俺は、あまり沈まないソファに背をつけた。こう言うのは、変にずっしり身体を沈めると疲れるんだよな。グロスター伯爵のお屋敷にあった奴は、死ぬほど沈むふかふかの奴だったからなんだか新鮮だよ。


『彼女は、優秀です。仕事においての優先順位の付け方、作法、普段の立ち振る舞い全てにおいて秀でています。まるで、父様を見ているようでした。ただ一点だけ、食事を摂らないことをひどく怖がっていました。伯爵の指示で食事が抜かれた次の日は、必ず発作を起こしています』

『発作とは?』

『……運んできた食事へ、全身を使って飛びついて奪おうとします。その衝撃で床に散らばった食事を、素手で死に物狂いになって召し上がるんです。これは、発作の類だと思います』

『まさか……。知ってる人は?』

『そこまで使用人と話をしていませんが、少なくともグロスター伯爵たちは気づいてないでしょうね。気づいていれば、隔離位はする人たちでしょう』


 俺の話は、想定外だったらしい。

 急に話したらダメだったかもしれない。でも、もう考えたところで遅すぎる。お嬢様の醜態を晒しただけになったらどうしよう……。


 俺の話を聞いた父様は、考え込むようにどこか遠くを見つめ始めた。

 こう言う時は、話しかけない方が良い。俺だって、考え事している時に話しかけられたら集中が途切れてイラッとするし。……アリスお嬢様を除いてな。彼女には、なぜかイラつかない。


『そうだったのか……。アレンの前に彼女の専属だった人は?』

『シャロン、という名前の女性でした。……クリステル様ですよね』

『……』

『父様! 黙ってるなんて、酷いじゃないですか!』


 5分は経ったと思う。

 それから口を開いた父様の言葉は、期待したようなものではない。待てなくなった俺が、立ち上がり声を張ると「先にこっちにきてくれて良かったよ」と小さな声でつぶやいてきた。




***




「なるほどね」

「今ので、何がわかったんだよ……」


 ベル嬢というかアリスお嬢様を……ああ、ややこしい! 身体はベル嬢だから、ベル嬢で良いか。

 ってことで、膝に乗ったベル嬢の頭を撫で上げながら過去の話を聞かせていると、イリヤが初めて口を挟んできた。今まで静かに聞いていたのに。


 イリヤのことだから、きっと俺が考えていることの倍のことを理解してるんだろうな。

 畜生、その頭脳の半分でも良いから欲しいわ。


「ロベール侯爵もマルティネスのおっちゃんも、クリスの精神状態を考えてあえて言わなかったんだと思うよ」

「ああ、その話か」

「確かに、その時期のクリスは僕の目から見ても酷かったし」

「そうなのか?」

「それに、ジューンさんって人のことだけど……」

「なっ、なんだよ」


 イリヤは、そう言ってなぜか眠っているベル嬢へと手を伸ばしてきた。突然すぎるその行為に、俺は彼女を胸元まで手繰り寄せる。取られると思って。


 咄嗟に動かしてしまったが、彼女は……大丈夫だ。まだ眠っている。寝息が可愛いらしい。寝顔も癒される。やつれていなかったら、もっと可愛かったと思う。


「ジェレミーをここに呼んできて」

「はあ? なんでだよ」

「いいから。お嬢様は僕が抱いてるから」

「……やだ。お前が行けよ」

「僕は足が折れてるからね。アレンが行った方が効率的でしょ?」

「ぐっ……。じゃあ、ベル嬢は枕に「僕が抱くの!」」

「足折れてんだろ! 無理だ!」

「脛部分が折れてるので、歩けないだけですぅ〜。お嬢様のお身体を支えるくらい朝飯前だもんね」

「いや、俺はイリヤの身体を気遣ってだな……」

「気遣う時間あったら、早く呼んできてよ」

「っ〜〜〜!!」


 お前! 絶対ベル嬢抱きたいだけだろ!?

 なんだよ、お前の主人じゃなくて、中身はアリスお嬢様だぞ! お前が抱く要素ないじゃんか!


 なんて。

 今も昔も、こいつに口喧嘩で勝ったことがない。むしろ、勝つ兆しすら見たことがない。マジで、口だけは達者で……。いや、武術もすごいし頭脳もすごい。参りました。


「なんか言った?」

「なんでもねぇ!! 行けばいいんだろ!」

「そゆこと♡」

「秒で帰るから、変なことすんなよ!」

「秒で帰らなかったら、今後一切お嬢様の身体触らないでね」

「すみませんでした。5分で戻ります……」


 ほらな……。


 俺は、唐突なイリヤのお願いを叶えるべく、ベル嬢の身体をゆっくりと下ろして立ち上がる。イリヤの身体に置かなかったのは、俺なりの抵抗で……って! 既に膝の上に乗せてやがる……。

 別に、ベル嬢の身体を触りたいとかじゃなくて、アリスお嬢様のお側に居たいだけなんだよ。彼女の口から、ちゃんと正体を聞きたいだけ。朦朧とした意識じゃなくて、ちゃんと向き合った時に。


「あ、そうだ。アインスに10分後くらいに来てって言っといて」

「はいはい、わかりましたよー」

「よろしく〜」


 こうなったら、1分以内に……は、無理だ。5分以内には戻るぞ。扉を開けたらすぐ、左に身体を寄せて角を曲がれば少しは時間短縮に……なるわけないわな。

 とりあえず、ジェレミーを呼ぼう。もう治療は終わってるだろう。

 


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