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グロスターに潜む暗闇



 あの後、大人しくなったアリスお嬢様は、部屋を片付ける俺の姿をベッドに腰掛けてジッと見ていた。そのお顔に、表情はない。

 先ほど、失礼承知で着替えさせてしまったからか? それとも、使用人の立場なのにお嬢様の身を抱きしめてしまったからか? 心当たりが多すぎて視線が痛い。


『また来ますね。一旦失礼します』

『……』


 一通り片付け終えた俺は、途中持ってきた桶と汚れた服を持って部屋を退出する。

 ……が、返事はない。怖すぎる。終始無言だった。

 マジで、嫌われてたらどうしよう……。専属になることを許してなんて、使用人から言うような言葉じゃないだろう。何やってんだ、俺は!


 なんて、パニックになる一方、彼女の身体を支えた感触を冷静に思い出している自分も居る。

 アリスお嬢様は、見た目よりもずっとずっと細かった。少しでも力を入れたら折れてしまうのではないかと、本気で心配するほどに。

 王宮でお会いした時は、そんなこと思わなかった。むしろ、身体のラインが美しく、まるで芸術作品であるかのような……って! やめろ、俺! ただの変態じゃないか! これ以上嫌われてどうする……。


『……レン』

『…………』

『アレン!』

『は、はい!? ごめんなさい!?』


 ボーッとしながらリネン室まで歩いていると、後ろから誰かに声をかけられた。

 急に現実に戻された俺は、後ろを振り返ると同時に全力で謝罪の言葉を述べる。だって、指示されていないのに、勝手にお嬢様のお部屋の片付けに着替えまでしたんだぞ。着任1ヶ月は、勝手に行動してはいけないと執事学校で習ったのに。


 咄嗟の行動に、持っていたシーツやお嬢様のお洋服がパサッと音を立てて床に広がっていく。

 それを急いで手繰り寄せながら相手の顔を見ると、そこにいたのはジューンさんだった。


『何を謝っているのよ。それより、お嬢様は大丈夫だった?』

『え?』


 ジューンさんは、そう言いながら俺が持っていた汚れたシーツを持ってくれた。

 先ほどお嬢様の部屋へ行くことを拒否していたのに、どういう風の吹き回しなのだろうか。よくわからずに顔を見上げると、前髪の隙間から濃い目の青あざがチラッと見えた。確かではないが、さっきまでなかったはず。


 汚れるから持ちますと言おうとするも、彼女はズンズンと前へ行ってしまった。誰も居ない廊下なのもあって、その靴音がいつもより大きく聞こえる。


『お嬢様はね、数年前まで居ないものとしてお屋敷でお過ごしになっていたの』

『……それって』

『でも、数年前に来た次期領主が彼女を見つけてくれてね。あの時は、感謝してもしきれなかった……』

『……そう、なんですね』


 それは、俺の父様です。

 なんて、言えるわけない。俺は、ジューンさんの話に相槌を打つだけに留めた。


 声を潜めているということは、彼女はこのことを周囲に知られたくないのだろうか。ご両親に知ってもらい、治療したほうが絶対良いのに。

 ……まさか、知られでもしたら、彼女はまた屋根裏に逆戻りするかもしれないってことか? こうなるなら、もう少し資料を読んでおけばよかった。途中で吐き気がして止めてしまったことを後悔するよ。


『さっきは言えなかったけど、メインのお肉が腐っていたの。それをわかって、あの人たちは「お嬢様に持っていけ」って言ってたのよ。私、そう言うのが許せなくて……』

『え、あのお肉が!?』

『お嬢様は、召し上がった?』

『い、いえ……。お肉は召し上がっていませんでした』

『そう……よかった』

『そうとは知らずに、ごめんなさい』

『良いのよ。あんなところじゃ、私だって何も言えないわ』


 どうやら、俺は勘違いをしていたらしい。

 ジューンさんは、敵ではない。そう言うことだろう? じゃなきゃ、こうやって話しかけてきたりしないもんな。


 それにしても、酷すぎる。実の娘に、腐ったものを与えるとはどう言う神経をしてるんだ?

 夫人だけじゃない。あの場にいた、ジューンさん以外はみんなお嬢様に腐りものを食べさせようとしていた。ってことは、ハンナメイド長もマリーナさん、ドイットさんもグルなんだよな。……俺には優しかったのに。もう、以前のような目で見られないな。


『……さっきの話、聞いてた?』

『あ、はい……。ごめんなさい』

『良いの。あれ、助けてくれたんでしょう?』

『……』

『ふふ。紹介所からの派遣さんで、あの奥様が気に入った方が入るって聞いた時は気持ちが浮かなかったけど……あなたがきてくれてよかったわ』

『え、俺って夫人に気に入られてたんですか?』


 それは、初耳だ。

 初日の挨拶に顔を出さなかったから、嫌われていると思っていたが……。俺のことを知らずに、何が気に入ったんだ? 紹介所にいる時だって、会った事ないぞ。多分。


 ジューンさんは、話しながらリネン室の扉を軽々と開けた。……すごいな。いまだにここの扉が重くて開けられないのに。

 ハンナメイド長の話によると、空調の関係で他のところより重くなってるんだとか。とはいえ、他の人はみんな開けられるし、やっぱり俺が非力なだけかも。情けない。男なのに。


『気に入られてるわよ。さっきだって、あなたの身体をベタベタ……。もし、その気がなければ気をつけなさい』

『その気……?』


 中へ入るとすぐ、ジューンさんが電気をつけてくれた。前回案内された時はわからなかったが、あんなところにボタンがあるのか。わかりにくいな。でも、今ので覚えたぞ。

 あと、右が新しい寝具カバー、手前のカゴに汚れ物、左の棚はタオル類だ。それは、初日に覚えた。執事は、リネン室と友達にならないと務まらないらしいからな。


 ジューンさんと一緒に汚れ物のカゴに洗濯物を入れている時、こちらを見ながら意味深なことを言われた。

 俺が気に入られている? 初日の挨拶に顔を出されなかったし、そもそも彼女とまともに挨拶を交わしたことないぞ。いつも、部屋に閉じこもって出てこないし。


『大きな声じゃ言えないけど、奥様は男色家なの。あなたみたいなお顔の整った子、好みだと思うわ』

『まさか! ……あ、ごめんなさい』


 生まれてこの方、一度も顔を褒められたことはない。よく男性から「嫌味ったらしい顔」とは言われているが……顔が整ったなんて言われたことないぞ。

 驚きすぎて大声を出すも、内緒話なことを思い出して急いでボリュームを落とす。すると、ジューンさんが笑いながら新しいタオルを俺にくれた。


 それに、俺と夫人は何才歳が離れていると思ってんだ? まさか、そっちの趣味の人じゃないだろうな……。そう言う人が居るのは知ってる。なんだか、心配になってきたよ。


『本当よ。シャルル様にカルロ様、ボネ様に……マロー様まで』

『……ジューンさん』

『でも、良いの。マロー様のことを信じてるもの。一時の気の迷いかもしれないし』

『そうですよ。ジューンさん、こんなお優しいのに』

『ふふ、ありがとう。なんだか、弟が増えたみたいで嬉しいわ』


 そうだった。

 彼女、夫人に婚約者を寝取られたんだ。マロー様って言ってたから、そうだろう。

 結婚前にそんなことするなんて、酷すぎる。でも、まさか俺のことは誘ってこないだろう。未成年だし、紹介所経由だから何かあれば多額のお金を「迷惑料」として支払わないといけないし。


 俺は、ジューンさんからもらったタオルであらかた身体と服の濡れた部分を拭き取り、汚れ物のカゴの中に入れた。まだ臭いが残っているけど、先にアリスお嬢様のお部屋へ行ってシーツを敷かないと。それに、彼女にはちゃんとした食事を持っていって……。


『私がアリスお嬢様のお世話をするから、アレンは身体を洗ってきなさい。中庭に井戸があるの。少し冷たいけど、使用人も自由に使って良いところだから』

『でも……』

『大丈夫よ。私は、いじめとかそういうのが大嫌いなの。お嬢様を辛い目に合わせないわ』

『そ、そういう心配じゃなくて……』


 ジューンさんは、彼女の発作を知ってるんですか? そう聞いてみようと思った。でも、言葉にできなかった。もし、ジューンさんが知らなかったら、お嬢様の秘密をバラしているような気がして嫌だったんだ。

 ここは、彼女の提案してくれたことに乗ろう。正直、ソースで身体がベタベタしていて集中できないから、ありがたい。


 そのまま、リネン室の前で俺らは別れた。

 ジューンさんはアリスお嬢様のお部屋へ、俺は中庭へ。


『また後でね』

『はい。……そのあざ、お大事になさってください』

『……ありがとう』


 言おうか迷ってたけど、言ってよかった。

 俺がそう言うと、彼女はホッとしたように笑ったんだ。何があったのかまで聞く勇気はないけど。それでも、俺にはジューンさんが救われたような表情に見えた。


 またジューンさんとお話したいな。彼女になら、過去の話を色々聞けると思う。……発作のことも。

 それに、専属についても聞いてみよう。居ないとは聞いていたが、あの様子だとジューンさんが専属のような気もするんだ。


 でも、それは叶わなかった。

 ジューンさんは、アリスお嬢様のお部屋へ向かったのを最後に、2度と俺の前に姿を現さなかったんだ。

いつもお読みくださりありがとうございます。


数名の方から「男色家」の誤字報告をいただいておりますが、間違いではありません(言い方があっているか不明ですが)。

男性愛好家?かもしれないです。あまり言うとストーリーの展開がバレるのでここまでのコメントとさせてください。

いつも誤字脱字報告ありがとうございます。精進します。

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