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急性期と休息期を行き来して

 あれから私は、庭に出た。

 なんだか、屋敷の中に居たくなくてね。そしたら、そこにははしゃぐ私とそれを追いかけるシャロンの姿が居たの。


『シャロン! こっちよ』

『お嬢様、お待ちください。走ると危ないですよ』

『大丈夫! それより、これ見て!』


 私が被っている麦わら帽子は、確かドミニクからの頂き物だったわね。誕生日のプレゼントだって言われて、人生で初めて贈り物をもらったのよ。あの時は嬉しかったな。今は、さっきのを見ちゃったからなんかモヤモヤするけど。


 少しだけ幼い私は、小さなスコップ片手に庭へと直撃している。

 その奥では、庭師のジェームズが微笑みながら草木のお世話をしていた。


『あのね、ジェームズからもらった……えっと……あれ? ねえ、ジェームズ。このお花の名前ってなんだったかしら』

『お嬢様、ビオレッテですよ』

『それ! ありがとう、ジェームズ。そう、ビオレッテが咲いたのよ。すっごく可愛いの!』

『ふふふ、良かったですね。とても可愛らしいお花です』


 この記憶は、よく覚えているわ。

 ビオレッテは、私が初めて自分でお世話をして咲かせたお花なの。紫色の小さな花弁が可愛らしいのよ。私が咲かせたビオレッテは、少しだけ白も混ざっていてそこも愛着がわくポイントだった。


 ってことは、やっぱりここは過去なのね。

 シャロンのメイド姿、以前見た時はなんとも思わなかったけど、こうやって見るとなんだか不自然。スーツを着ているのに見慣れてしまったからかも。どちらも、仕事ができる! って感じの雰囲気があって素敵だけど。


『えへへ。あのね、ジェームズがお世話の仕方を教えてくれたの! とーってもわかりやすかったわ!』

『それはそれは。私も習いましょうか』

『いつでも大歓迎ですぞ。若い方が園芸に興味を持つのは良いことです』

『では、明日にでも』

『私も聞きたい!』

『良いですよ。明日は、奥様も旦那様も外出ですから時間が取れます』


 過去の私は、手を真っ黒にして笑っていた。

 お洋服も、汚れて良いものを着込んで準備が良いわね。確か、あれはシャロンが着せてくれたと思う。

 この時が、一番楽しかったかも。楽しかったというか、心がウキウキして明日が来ることが待ち遠しかった。


 私も混ざりたいな。

 ジェームズって、学舎の先生になれると思う。子供が好きって言っていたし。でも、それ以上に植物が好きなんだって。素敵だわ。


 やっぱり、知ってる光景って落ち着くわね。次に何が起きるのかわかっているから、安心して見ていられるもの。

 にしても、昔の私ってあんなはしゃいでたの? ちょっと恥ずかしいわ。


『わあい! ジェームズ、ありがとう! 後で、私のおやつあげるね』

『それは、お嬢様が召し上がってください』

『じゃあ、一緒に食べよう。ね、良いでしょシャロン』

『では、この後お茶を淹れますので休憩しましょうか』

『私もご一緒して良いのかな?』

『もちろん! シャロンも一緒よ』

『はい、承知です』


 これから、みんなでお茶会ですって。楽しそう。確か、私が作ったハーブティを出すのよね。

 他の使用人は近づいてこないのに、ジェームズだけは分け隔てなく接してくれるからよく話しかけに行ってたな。それをきっかけに、お庭いじりを教えてもらっていたの。


 そうそう。

 ジェームズに教えてもらいながら、あの植物とお野菜のカレンダーも作ったんだったな。きゅうりは夏、かぼちゃは冬! 今も、忘れない。……それを持って新聞社に持って行ったのに、門前払いされて悲しかったこともずっと覚えてる。


『……また、奥様が男を連れ込んでるとか』

『そのようですね。どのような方なのでしょう? 私はお会いしたことがないのですが、危ない方ではないのですか?』


 はしゃぐ私がビオレッテを見にいくと、すぐにシャロンとジェームズが声を潜めて会話を始めた。小さな声なのに、それは私の耳によく届く。昔はわからなかったのに。


 2人は、暗い顔をしながらお屋敷を見上げてるけど……どうしたのかしら?

 男を連れ込むって、どういう意味?


『私にもよく存じ上げておりません。マドアス様の付き人と言う方でしたが……』

『マドアス様って、本当に王宮から配属された方なのでしょうか。ちょっと、雰囲気がまともじゃないような気がして』

『私にはわかりかねますな。何もないと良いのですが……。旦那様方が沈むのは勝手ですが、お嬢様まで巻き添えを食らっては理不尽すぎます』

『……そうですね。私は、どんなことがあろうともお嬢様の味方で居ます』

『私もです。ただの庭師ですが、お嬢様には大きな可能性を感じています。やれることはやりましょう』


「……シャロン、ジェームズ。ありがとう」


 昔は知らなかった会話が聞けるって、なんだか複雑ね。

 これがもし本当なら、やっぱりマドアス様には何かあるんだわ。どこかに出てこないかしら? そうすれば、彼がダービー伯爵なのかどうか見分けられるのに。


 ジェームズは優しい人って認識してたけど、こうやって私が知らないところでも心配してくれていたという事実がとても嬉しい。表ではニコニコしてる人も、裏では悪態をついているなんて光景は飽きるほど見たもの。そうじゃないってわかって、とても安心したわ。シャロンも昔から私の味方だった。


 でも、どうしてドミニクはマドアス様の付き人なのにお母様と一緒に居たのかしら? お仕事をまとめているのは私なのに。

 もしかして、お母様にもお仕事を依頼していたとか? それなら、筋が通る。怪しいかどうかは別にして。


『ねえ、ジェームズ! この草は雑草? それとも、綺麗なお花が咲くの?』

『どれでしょうか?』


 それにしても、平和だわ。

 以前見た土だらけの私に、床にある食べ物を無心に食べる私、それに、さっきのドミニクに。全部忘れて、この光景だけを見ていたい。


 けど、それだけじゃきっと、前に進めない。

 せっかくベルがくれた時間を無駄にしないように、私ができることは何かしら。懐かしむだけじゃ、きっとダメ。もっと、情報を探さないと。


「!?」


 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

 次は、どこに飛ばされるの? 怖いところは嫌。苦しいところも、悲しいところも嫌よ。

 さっきまで頑張ろうって思っていたのに、暗闇になった途端にその決意が崩れ落ちていく。……私は、ベルにはなれないわね。私は所詮、口先だけの臆病アリス。


 だから、ベルがもう死んでるなんて認めない。死んでいるのは、私なんだからね。

 どうか、次飛ばされるところにベルが居ますように。




***



 なんて、都合の良いことは起きなかった。

 私は今、震えてその光景を見ていることしかできない。


『お嬢様、落ち着いてください』

『ふー、ふーっ……!』

『大丈夫です。ここに、お嬢様の敵は居ませんから』

『フーッ……』


 場面が切り替わると、そこはグロスターの自室だった。

 シャロンじゃなくてアレンが、狂った私に向かって声をかけている。その光景は、見れたものじゃない。


 だって、ネグリジェ姿の私が、口から涎を垂らしながら床に這いつくばって威嚇してるのよ。醜態も何もない。

 そんな私を、アレンが側まで寄って宥めようとしていた。でも、距離が縮まると、ものすごい勢いで彼を拒絶してくる。手が届くところまで近づくも、私の手の爪がアレンを攻撃しようと懸命に動かして……とにかく、怖い。


『お嬢様、私は味方です。大丈夫です』

『嘘つき、嘘つき……。ごはん、とる、嘘つき』

『取りませんよ。お嬢様のご飯は、お嬢様のものです。誰かが狙っていたら、私が守りますから』

『嘘つき。みんな、私、きらい』

『お嬢さ……っ!?』


「それはダメ! やめて!」


 一瞬だった。

 狂った私は、アレンに近づくとすぐ、馬乗りになって首を締め始めた。涎を垂らし、涙をボロボロとこぼしながら、腕が震えるほどアレンの首を締めている。

 壁際で見ていた私が止めようとしたけど、どう頑張っても2人に触れられない。このままじゃ、アレンが死んじゃう。それは、ダメよ。お願い、私。止まって。それは、やっちゃいけないことよ。


 触れられないとわかっていながらも、その場で何もせず見ているなんてできやしないわ。

 私は、必死になって2人を引き剥がそうとした。でも、できない。

 過去のことだとわかっているのに、頭の中はアレンが居なくなっちゃうことで頭がいっぱいだった。どうやって止めれば良い? 誰か人を呼んで……いえ、私は誰にも見えないんだった。

 どうする、どうする……。


「!?」


 思考をめぐらせて救出方法を探していると、場面が切り替わった。


 でも、場所は同じ。

 登場人物も、狂った私とアレンだけ。


 多分、アレンが食事を運んできたところだと思う。

 ドレス姿の私が、そこに飛びついて彼を押し倒し、トレイの上に乗っていた食べ物を奪うようにして食べている。そうとしか思えない光景が広がっていた。


『お嬢様、お食事はちゃんと机で……』

『ングっ、はっ、はむっ……』

『お嬢様、誰も取りませんから!』

『取らないで、取らないで、わたし、の、ごはん』

『っ……』


 床に散らばった食事は、絨毯にシミを作っていく。

 でも、以前のように食器が割れている様子はない。よくよく見ると、プラスチックになってるわ。アレンが配慮してくれたの?


 狂った私がグチャグチャと音を立てながら食事をしている中、アレンがそれを必死になって止めている。けど、そんな静止を物ともせず、私は素手で食べ物を掴んで口に放り込む行為を繰り返す。それも、作業のように。


 それも、同じような場面が何度も何度も出てくるの。

 場面が切り替わったと思えば、さっきとは別のドレスを着た私が、同じような行為をしてアレンを困らせている。何度見ても、それは恐怖以外の何物でもない。


「……もう良い。見せないで。お願い、なんでもする。もう、死んだ真相なんていらないから。お願い、お願い……」


 私は、目をつむった。

 真実を知りたいと言ったその身体は、目の前の「真実」を拒絶することしかできなくなっていた。


 先ほどまでは立ってその光景を見ていたけど、今はその気力もない。

 あの狂った私と同じく床に座り込んで、両手で顔を覆うので精一杯だった。


 だから、また場面が変わったことなど知る由もない。


『お、お、……』

『っ……!』

『……大丈夫です。わ、私は……アリスお嬢様の味方、ですか、ら……』

『……』


 そこには、一番最初の光景が広がっていたらしい。


 アレンに馬乗りになって、首を締める狂った私。

 嫌われて当然の行為をしているのに、アレンは震える身体で狂った私を抱きしめた。「大丈夫」と優しい声をかけ、頭をゆっくりと撫でながら。

 でも、手で顔を覆ってしまっている私にはそれが見えていない。


『う、ううわああああああん。ああああああ』

『よしよし、大丈夫ですよ』

『あああああああああ』

『少しずつ、治していきましょうね。側にいますから』

『ああああああん、あああああ』


 今の行為によって、狂った私は暴れるのをやめたみたい。

 その代わり、大きな声を出して泣き始めた。小さな子供のようにボロボロと涙を流し、鼻水も涎も垂らしながら。


 その光景を見ていたら、少しは落ち着いたかもしれないのに。

 私ったら、馬鹿よね。


「……違う。こんなの、私じゃない。やっぱり、違うわ。アレン、それは私じゃないのよ」


『お嬢様、お嬢様……』

『うう、うぁ、ああ……』

『ごめんなさい。ごめんなさい、お嬢様……』


「……私は、こんな無様な人間じゃない。伯爵家のお仕事をする貴族令嬢なのよ」


 認めたくない、認めたくない。

 私は、いい子じゃなきゃいけないの。誰にも迷惑をかけず、お仕事をこなしてニコニコ笑っていないといけないの。じゃなきゃ、私を愛してくれる人なんて居ない。お父様もお母様もきっと、私という存在を忘れていくに違いないわ。アレンだって、私のことを嫌いになる。

 ただ、普通に生きていたいだけなのに。それが、私にはとても難しい。


 私の心は、完全に崩れていった。顔から両手を離すと、表情というものが消え去ったのを感じる。目の前で抱きしめ合って泣く2人のことは、見えていない。

 それより、疲れたな。生きていることに、疲れたわ……。

 


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