シンメトリーとアシンメトリーな現実
サヴィ様のご両親が亡くなったと聞いてすぐ、私は脳内に「毒」を連想させた。
なぜか、アインスが口を開く前にそう確信したの。
「捕らえられている最中に召し上がった昼食……鴨肉にサラダ、スープ、ドライフルーツにチョコレート、それにお水というメニューに毒が混入されていたようでして。私が見たところ、青いグラスに注がれたお水に反応……お嬢様?」
「ベル嬢、お顔の色が……」
すると、案の定「毒」によって彼らの命が散っていったことを告げられた。
どうして、私はわかったの? 毒以外だって、死に方はたくさんあるのに。なぜなのか、今の私に考える脳はない。
そのメニューは全て、私の好物だった。
1つ2つが好きなものならまだしも、全部なんてことそうそうないでしょう。これは、何? 偶然にしては、いたずらすぎるわ。
いえ、待ってちょうだい。さっきサヴィ様とお話したけど、彼は食べてないってこと? それとも、毒の治療が終わったところ? 見た感じ、たまに腹部を押さえて苦しそうな表情になっていたけど……傷口が痛むのかと思っていたわ。
「……サヴィ様も、同じものを食べたのでしょう? 彼は大丈夫だったの?」
「いいえ、同じものではありませんでした。サルバトーレ様のは、オマール海老のハーフポワレ、ローストビーフのミニサラダ、スープ、ブラッドオレンジのタルトとこれまた豪華なもので。それに、彼はちょうど傷口が開いてしまい、治療中で口にしていなかったのです」
私は、質問をしておきながら、アインスの言葉を半分も聞いていなかった。
それは、私にとってトラウマそのもの。
今でも、聞いただけで目の前で起きたあの出来事が鮮明に蘇る。私が家族によって殺された、あの日の朝食風景が。
お父様の好きなオマール海老のポワレ。
お兄様の好きなローストビーフ。
お祖父様、お祖母様の好きなブラッドオレンジタルト。
それらが並んでいた、あのダイニングテーブルの前で私は死んだの。
「……やっぱり。これって……」
「お嬢様? ……お嬢様!」
そうよ。このメニューは、私に関係するものばかりだわ。
なぜか、ダージリンの紅茶が話に上がらないけど、どこかにあったはず。それをアインスに尋ねようとしたところで、急激な眠気に襲われた。
ベルに呼ばれたものではない。それよりも深い何かに、私は呼ばれている。
薄れゆく意識の中、アインスの懸命な声を聞きながらあることを思い出した。
そうよ。あのブロンズの女性が「サレン様」だわ。ロイヤル社で会ったのも、多分彼女。シエラが前に言っていた「アリスお嬢様」でしょう。あんなに悩んだのに、なぜ忘れてしまっていたの?
アレン。あの人はダメよ。
だって、ベラドンナの甘い香りがしたもの。あの香りがする時、必ずと言って良いほど危険な目に合うの。だから、あのサレン様には何か危険なものがあるはず。
アレン、逃げて。お願い、逃げ……。
***
隣国に降り立った陛下と私は、入国手続きを終えた瞬間に出迎えの男女に囲まれた。
来ているとは思ったけど、こんな早くにお会いできるとは思っていなかったわ。
「お久しぶりです、お父様、クリス」
「お久しぶりです」
「久しぶり」
「お久しぶりでございます、アベル様、アシ様」
そこには、陛下の子であり、また我が国の第3皇子であるアベル様と、皇女アシ様のお姿があった。アベル様はカイン皇子と同じお顔、アシ様はシン様と同じお顔をしているのよ。
でも、アシ様は正確に言うと陛下の子ではない。彼女は、陛下の妹であるフラン・ルフェーブル様の子なの。つまり、イリヤのお姉様。……イリヤは、知らないんだけどね。箝口令が敷かれているから、私からは言えないわ。
お2人は、カウヌ国に定住し、私たちの国との連絡係と言うのかしら? 架け橋を作ってくれる仕事をしている。
本来なら、皇子や皇女がすることではないのだけど……。アシ様に色々あってね。彼女から、この役割を名乗り出してくださったのよ。それに、アベル様が続いた感じ。
「長旅の中申し訳ありませんが、早速本題に入らせていただきます」
「ああ。グロスター伯爵夫人は、今どこに?」
挨拶を済ませた私たちは、カウヌの王宮へと向かうための馬車に乗り換える。
アベル様が案内してくださったところに、とても立派な馬車が待機しているわ。4人入っても、まだ余裕がありそうね。
最後に私が乗り込むと、1分も経たないうちに馬車が走り出す。
「テレサ・グロスターは、王宮内にあります独房で処刑を待っています。お父様が承認すれば、明日にでも執行されるでしょう。すでに、冤罪の線は消えていますので」
「……では、彼女がモンテディオに火を付けたのは間違いようもないのか」
「はい、表向きは全員死んだとしていますが……。施設から逃げて生き延びた人々が、口を揃えて同じ証言をしたのです。動かぬ証拠でしょう」
「ふむ……」
もちろん、話題はアリスお嬢様のお母様、テレサ・グロスターについて。
馬車が動き出して少しすると、アベル様が話し、隣でアシ様が資料を手渡してくる。陛下が読んでいる中覗き見をすると、そこには事件の詳細と今まで行ってきた裁判の記録がつらつらと書かれていた。もうここまで話が済んでいるのであれば、何かよほどの事情がない限り処刑は免れないでしょうね。
そこに書かれている事件のあらましは、ルフェーブル卿がサレン様に手渡したあの書類とほぼ同じだった。あれよりも詳しく書かれているし、生き残りが居たなんて書いてなかったけど、それだけ。
真剣な表情で読んでいる陛下は、何かを迷われているように感じる。失礼承知で、私はこんなことを聞いてみた。
「……陛下は、処刑反対ですか?」
「いや。これだけの証拠が揃っているのであれば、隣国での処刑が妥当だろうな。せめて、本国に帰ってから処刑させてやりたいが……被害者たちが、黙っていないだろう」
「……そうですね」
本来ならば、罪人はどこで罪を犯していても故郷での公開処刑になる。
故郷で執行すれば、少なくともおおっぴらな見せ物とはされないため。でも、ここまで大きな被害を出してしまったら、見せ物と言うか、目の前で処刑されるのを見ないと民衆は納得しないと思う。それほど、モンテディオの被害が大きい。……金銭的にもね。
賠償金は、どこまで支払うのかしら? グロスターには生き残りが居ないから……正確にはいるけど、未成年だし、法律上彼女が支払う義務はない。それに、そもそも生まれ変わりって法律的にどんな立ち位置になるの? 普通の法律は適応され……って、そこは真剣に考えるところじゃないでしょう。
陛下はお優しい。だから、冤罪の可能性が1%でもあれば、処刑には合意しないの。
今回も、少し気持ちが進まないようだけど大丈夫かしら? いつもなら陛下のお気持ちに合わせるけど、これに関しては処刑を反対することも延期させることもさせたくない。むしろ、今すぐにでも執行して欲しいくらいの気持ちだわ。
「それに、私自身彼女を許す気にはなれん。ここに来る間、ずっと私情は捨てようと思っていたが……名前を見るだけで、嫌悪の気持ちが大きくなる」
「……陛下」
いえ、そんなことなかったわ。
陛下は、処刑に賛同していたみたい。ただ、私情によって公平な判断かどうかわからなくなっている……そこに、迷いを感じていたらしい。
資料をめくる手を止めずに、眉間のシワを深めながらそうやって気持ちを整理しているようだ。それを、今は邪魔しない方が良いわね。私は、窓の外に視線を向けた。
「お父様のお気持ち、とてもよくわかります。私だって、あのままルフェーブルに居たらアリス・グロスターのようになっていたかもしれません。お母様が逃してくださらなかったら……」
「アシ。僕がいるから、大丈夫だよ」
「……兄様」
「すまない、思い出させてしまったね」
「いいえ、お父様。私情を挟んでいるのは、お父様だけじゃないと言いたかっただけです」
「……アシ」
アシ様は、確かにアリスお嬢様と似ていらっしゃるかも。
でも、彼女は母親であるフラン様に愛されていた。故に、今もこうやって自らの意思によって生きていられるの。その違いは、大きいわ。
チラッと陛下を見ると、先ほどよりも眉間のシワが深くなっていた。
何を考えているのかは、一目瞭然。きっと、アリスお嬢様を助けるよう助言した、エルザ様の言葉が脳内に流れているのでしょう。ここは、話しかけずにいたほうが良さそうね。
「あの子は、本当にタイミングに恵まれない子だった……。才能も人を惹きつける素質もありながら、それを活かせる環境になかった。私が目を付けていなければ、あの子は今も……」
陛下。
それは違いますよ。陛下が目を付けなかったら、餓死していたと思います。あれは、完全な虐待でした。止められなかった周囲の大人に責任があります。
だからこそ、こうやってどこかの誰かが昔の尻拭いをしようと、彼女の死に関係していた人々を殺して……彼女を救えなかった代償に、自己満でもなんでも行動し続けないといけない人がいるんです。精神をぶち壊して、それでもまた這いあがろうと必死に前を向いて、でも、いつも肝心な時に過去を振り返ってしまう人もいるんです。
私だって、仕事に打ち込んでいないとふとした瞬間に涙が溢れる。エルザ様もきっと、そういう症状に悩まされているはず。
そうやって、彼女は何かしら関係者の心に「傷」を残した……。
このモンテディオの茶番も、憎きあの人は高確率で冤罪です。真犯人も知っているつもりですが……私からそれを口にする日は来ません。……イリヤに、アシ様がお姉様だと告げないのと同じように。
「陛下。終わったら、国に戻ってダービー伯爵の真相を調べて元老院を黙らせましょう」
私は、色々知っていながら、陛下に向かって次の予定を話すだけ。
罪悪感は、不思議とない。