あの日と同じ
宮殿は、あちこちに騎士団のお方が散りばめられていた。それを視界に入れるたび、隣に居る人が指名手配されている人だと誰か気付くのでは? とハラハラドキドキだったわ。
なのに、ドミニクったらわざわざ自分から「お疲れ様です」とか言ってるの! もう、何度心臓が口から出そうになったか! 多分、今の短時間で私の寿命は3年は縮んだと思う。……もう死んでるんだけどね。
「ほい、到着。扉叩けば、イリヤたちも居るから」
「……ドミニクは?」
「イリヤと殺り合って良いなら入るが」
「ダメ!」
「はは。まあ、そういうこった」
まあ、流石に犯罪者をエルザ様に合わせるのはアレね。
私が叫ぶと、ドミニクは笑い声を廊下に響かせた。そして……。
「ねえ、終わったら……」
扉前で深呼吸してから、ドミニクに話しかける。
終わったら、アレンのところ一緒に行って欲しいって。
でも、いつまで経っても返事はない。
それもそのはずだわ。
「……ドミニク?」
ドミニクは、私の後ろから居なくなっていた。
急いで廊下も見たけど、どこにも居ない。こんな広い廊下なのに。隠れるところだってないのに。
まさか、これっきり? こんな簡単に居なくなるの?
嫌だわ。せっかく……せっかく。
扉の前でひとりぼっちになった私は、どうしたら良いのかわからなくなり涙を流す。
胸元までぴっちりと締められたドレスが、なんだか窮屈に感じてしまった。
***
エルザ様が「ちょっと忘れ物」と言ってお部屋を出られて早20分。一体、どこまで言ったのやら。
その間に、私たちの居る学舎もとい客間には、イリヤとサルバトーレ様、そしてクラリス殿もやってきた。彼の処遇を喜んだのも束の間、旦那様たちにとっては「先生」が増えたようなもの。お顔を真っ青にされて首を横にブンブン振っている。
それもそのはず。
旦那様のお母様が、カイン皇子の語学の先生だったと判明し……というか、忘れていた旦那様はやはり大物だと思う。車椅子までいただいているのに。まあ、とにかく、その「恩」を少しでも返そうと、カイン皇子までもが「先生」になって算数を教えてくるものだから、逃げ場というものがないんだ。そこに、サルバトーレ様たちの到着で半ばパニック状態になってる。
「……イリヤ?」
そんな嬉しい再開で、サルバトーレ様がみんなに頭を下げていると、不意にイリヤが車椅子を押して扉の方へ向かった。エルザ様が帰ってこられたのだろうか。
車椅子に座って扉を開けるのは大変だろうから、私が開けよう。
イリヤに変わって扉を開くと、そこには……。
「お嬢様、どうなされたのですか?」
「……イ、イリヤぁ」
そこには、涙を目にいっぱい溜め込んだお嬢様のお姿があった。
クリステル様からいただいたドレス姿で……おかしいな。お屋敷で見た時は、もう少しサイズがぴっちりしていた気がする。あれじゃあ、苦しくて体調を崩すのではないかと思った記憶があるんだ。しかし、今はそう感じない。
そんなお嬢様は、イリヤを見るなりものすごいスピードで抱きついてきた。
無論、抱きつかれたイリヤは全身をビクッと揺らし、痛みに耐える表情になる。骨折した足に、衝撃が響いたらしい。あれは痛いぞ……。
「っ……!」
「イリヤ、イリヤ。ドミニクが居なくなっちゃってね、あのね」
「あ、え、お、お嬢様……」
「……あっ! ご、ごめんなさい。足!」
「イリヤは痛みに鈍感です。痛い……」
「痛がってるじゃないの! え、本当に大丈夫? アインスは? 診てもらいましょう」
「ここに居ますよ、お嬢様。しかし、その前にお会いした方が良い人がいるのでは?」
お嬢様らしいな。彼女は、途中で気づきイリヤから離れて顔を真っ青にしていらっしゃる。
それにしても、ドミニクとは誰だ? 記憶する限り、知り合いは居ない。イリヤに言っているということは、ここに来るまでの間に会った人物かな。後でイリヤに聞いてみよう。今は聞ける雰囲気ではないから。
話に割って入ると、案の定イリヤしか視界に入っていなかったらしい。
とても驚きながら、こちらに向かってポカンと可愛らしいお口を開けている。……ん? 今日は、メイクのやり方も違うな。イリヤがやったんじゃないのか?
「ベル!」
「サヴィ様!?」
イリヤの手を握って謝罪していたお嬢様は、サルバトーレ様を視界に入れるや否や一目散に走り出す。
先ほどチラッと話を聞いたところ、やはり旦那様達のおっしゃっていた通りお嬢様がサルバトーレ様とお仕事をした証明書を取りに言ったらしい。しかも、わざわざミミリップまで出向き、ガロン侯爵にお会いしたとか。
ご自身の過去に嫌な思いをしているであろう地域に行くとは、それほどサルバトーレ様の身が心配だったようですな。
お嬢様は、両手を広げ待つサルバトーレ様の胸の中に勢いよく飛び込んでいった。
……おっと、クラリス殿が少々ムスッとしていらっしゃる。こっちも、どうやら何かあったらしい。あの表情には、恋が隠れきれていないぞ。でもまあ、悪いことではないか。なぜなら、サルバトーレ様は……。
「ベル、色々してくれたとイリヤから聞いた。ありがとう」
「良いのです! 婚約破棄……は、悲しいし、まだ気持ちが追いついていませんが、そんなのサヴィ様がいなくなることを考えればどうってことありませんわ!」
「ベル……」
「あっ! サヴィお兄様……かしら?」
「うっ……」
おっと、急に「お兄様」呼びは、心の準備がないと応えるだろう。
案の定、サルバトーレ様は身悶えするのを抑えつつ、口を手で覆い喜びを隠している。破壊力が凄まじいだろう、「お兄様」は。
しかし、お嬢様。
カイン皇子やシン様も居る中、ご挨拶しないのはいただけませんな。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」
「ええ、どうし……!」
声をかけると、さすがお嬢様。奥にいらっしゃるカイン皇子たちに視線を向け、ハッとしたような表情になった。どうやら、今気づいたらしい。
お嬢様は、パッとドレスの裾を翻し、カイン皇子とシン様の方へと歩いていく。
サルバトーレ様は……離された手が少し寂しそうだ。
「こんばんは、僕はカイン。こっちが、弟のシンだよ。君の名前は?」
「ご挨拶が遅れてしまいまして、大変申し訳ございません。私、ベル・フォンテーヌと申します。両親がお世話になったようで、ありがとうございます」
「礼儀正しいですね。ご挨拶ありがとうございます」
と、シン様がお嬢様の手を取りキスを落とすと、案の定慣れていないのだろう彼女が顔を真っ赤にさせてしまった。それを見たカイン皇子も、面白がって後に続いている。
そんな中、お嬢様は、頬を染めながらも周囲をキョロキョロと見渡している。
どうやら、誰かを探しているらしい。エルザ様か、ダービー伯爵とご夫人か。後者の場合、少々辛い話をしなければいけないな。イリヤは、サルバトーレ様と談話に入っているし。
「あの、エルザ様もいらっしゃるとお伺いしたのですが……。それに、ダービー伯爵とご夫人は」
「母様は、忘れ物を取りに部屋をあけています。もう少しで戻ってきますよ」
「カイン皇子、ありがとうございます。ご挨拶できるのを、楽しみにお待ちしております。このドレスをいただいたので、そのお礼もしたく……」
「そうだったのですね。とてもお似合いです」
「光栄です」
おっと、どちらもだったか。
それに、ちょっと引っかかるぞ。カイン皇子たちが居るのを見て、エルザ様を探しているのかと思いきや、「いらっしゃるとお伺いした」と言われたな。ということは、誰かに聞いたということ。
先ほどの「ドミニク」と言い、少し離れただけで色々情報が追いつかなくなっている。
そして、今度はこっちを見ているではないか。
ということは、ダービー伯爵とご夫人の話は私からした方が良いな。サルバトーレ様のことで色々動いてくださったようだし、ここは隠し事なしで伝えた方が良いだろう。
「お嬢様、ダービー伯爵とご夫人ですが、残念ながらお亡くなりになられました」
「……え?」
「捕らえられている最中に召し上がった昼食……鴨肉にサラダ、スープ、ドライフルーツにチョコレート、それにお水というメニューに毒が混入されていたようでして。私が見たところ、青いグラスに注がれたお水に反応……お嬢様?」
「ベル嬢、お顔の色が……」
もっと、オブラートに包めばよかったのかもしれない。
話が進めば進むほど、彼女の顔色が真っ青を通りこし真っ白になっていく。隣に居て気づいたシン様が声をかけるも、それどころではないようで虚空を見つめ続けている。……失敗したな。
「……サヴィ様も、同じものを食べたのでしょう? 彼は大丈夫だったの?」
「いいえ、同じものではありませんでした。サルバトーレ様のは、オマール海老のハーフポワレ、ローストビーフのミニサラダ、スープ、ブラッドオレンジのタルトとこれまた豪華なもので。それに、彼はちょうど傷口が開いてしまい、治療中で口にしていなかったのです」
「……やっぱり。これって……」
「お嬢様? ……お嬢様!」
相当、ショックだったらしい。
フラッとしたかと思えば、お嬢様はそのまま倒れるように気を失ってしまわれた。
ちょうど隣に居たシン様に支えられて、ことなきを得たが。やはり、話すべきではなかったな。もう少し、喜びが落ち着いてからにしておけば、感情の振り幅が大きすぎて倒れることはなかったのに。
シン様の腕の中に居るお嬢様の脈を測っていると、旦那様と奥様を筆頭に、部屋の中に居た人たちが集まってきた。
みんながみんな、お嬢様の名前を呼び続ける中、イリヤは私に状況を教えろとせっついてくる。それに応えると、「あちゃー……」と予想以上に落胆した表情をしたが……。
もしかしなくても、言ったらダメなことでもあったのだろうか。
思い出してみても、サルバトーレ様のご両親の死にランチメニューに……。やはり、知り合いが亡くなったからか? 説明してくれないと、わからんよ。