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弱点「アリスお嬢様」



 絨毯の上を歩いているはずなのに、なぜかコツコツとヒールを鳴らす音が響いている。

 それは、本当に鳴っているのか、はたまた、脳内でのみなのか。冷静さを欠いている私にはわかるはずもない。


 アレンは、あっちの美しい女性をアリスだと思ったってことよね。だから、私のことを「ベル嬢」って呼んだ……。辻褄が合ってしまったわ。

 それが、なぜかとても心苦しい。アレンと居た期間なんて、6ヶ月ちょっとじゃないの。シャロンと居た時間の方が……なんなら、ドミニクと居た期間の方が長いはずでしょう。


「アリス、こっち来い」

「え?」


 アレンと不可解な女性から離れて廊下を歩いていると、急にドミニクが腕を引っ張ってきた。

 急な行動にバランスを崩し転びそうになるものの、彼の絶妙な支えによってそれは起こらない。むしろ今は、そんな強引すぎる行動が新鮮に感じる。


 私は、ドミニクが勝手に開けた部屋へと転がり込んだ。幸い、人は居ない。


「ねえ、ドミ「シッ」」

「……?」


 この部屋は何? そう質問しようとしたのに、私の口をドミニクが片手で覆ってくる。鼻まで覆われているから、ちょっとだけ息が苦しいわ。それに、この鉄の臭いは何……? 鉄というか、生臭い。


 気持ち悪くなりそうだから息を止めていたけど、限界ってあるわよね。

 私は、涙目になりながらドミニクの腕をバシバシと叩いた。


「……もう大丈夫。って、んで泣いてんだよ」

「ぷはっ! は、は……苦しかったのよ! ドミニクの手、鉄臭い!」

「ああ、返り血か。悪りぃ、拭いたんだが」

 

 私の要望に気づいた彼は、手を離しながらこともな気にそう言い放った。

 そして、手や服に鼻を近づけてクンクンと臭いを嗅いでいる。


 ……そうだったわ。この人、喧嘩っ早い人だった。

 これって、私を霊安室に置き去りにして誰かと殴り合いしてたってこと? だから、服がボロボロだったとか。色々繋がったわ。あまり目立つことしないで欲しいのだけど。


「……無闇に人を傷つけちゃダメだからね」

「わかってるよ。お前との約束も守ってる」

「なら良いわ」


 よくよく考えてみれば、アレンの服もボロボロだったわよね。

 2人で暴れたってことだと思うし、アレンは野蛮なことしないし。ましてや、王宮内で暴れたりしたら、アレンの立場上まずいでしょう? だから、多分この人は約束を守ってると思うの。


 それよりも、聞きたいことがあるわ。


「ねえ、宮殿行かないの?」

「行くけど、隊長サンが来たから隠れたの」

「えっ、アレン?」

「ちょお、出てくなよ!」

「でも……」


 でも、アレンが違うって気づいてこっちに来てくれたのかもしれないでしょう? そう言おうとしたけど、自分で思っておきながらそんなことはないと否定する自分も居る。だから、「でも」の続きは言葉にできなかった。


 そんな私にドミニクは、黙って頭を撫でてくれるだけ。

 それだけで、私の気持ちをわかってくれてるって思ってしまった。反動で、視界が歪んだと思った瞬間、頬に涙が伝う。


「……アレンの「お嬢様」は、私だけじゃないの?」


 シャロンが私を嫌いで出て行ったのではなかった話を聞いた時、心のどこかでアレンも私を裏切ったわけではないのはわかっていた。人を裏切っておきながら、昇格するような人ではないことも。

 なのに、私が避けたんだわ。怖くて逃げた。5年も経って、忘れられてたらどうしようって。もう、相手は別の人生を歩んでたらどうしようって。話をする機会はいくらでもあったのに、それをしなかったのは私。


 今更気づいたって、遅いわ。

 だって、アレンはあっちの方を「アリス」に選んだのだから。


「お前って、昔から隊長サンにだけ優しいよな。好きなの?」

「……好きよ。嫌いな人を作るほど、私は出来た人じゃないもの」

「あー、そうじゃなくて。……んー、まあ良いや。なんでもねえ」

「……?」


 何か言おうとしたのに、ドミニクは口を閉ざしてしまった。その代わり、今度は私の身体を優しく抱きしめてくれた。

 身長差がある分、抱きしめるって表現よりも覆い被されるに近いかも。でも、その分余計温かさを感じる。


 さっきは離れて欲しいって思ったのに、今はもう少しこのままでいて欲しいって思う。

 私も、勝手な生き物よね。


「その分、俺が大事にするから。俺にとっても、お前は唯一の「お嬢様」なんだよ」

「どういう意味?」

「……さあな。それより、隊長サン居なくなったから行こうか」

「うん……」

「大丈夫。後で、ワケを聞いてやるから。俺が納得いったら、お前にも教える」

「納得いかなかったら?」

「お前の視界に、一切隊長サンを映さねえようにする」

「あっ! 殺しはダメよ、絶対ダメ!」


 私が急いで付け加えると、殺気を放つ彼が急に笑い出した。

 ドミニクのこの雰囲気、最初は怖かったけど今は平気。むしろ、どこか安心感がある。慣れたってことかしら? 不思議だわ、あんなに痛い目に合ったのに。


 私は、笑いながら扉を開けるドミニクの上着の裾を握り、廊下へと出た。いつの間にか、涙は止まっていたわ。


 でも、あのブロンズ髪の女性、どこかで見たことあった気がする。

 どこだったかしら? 最近アリス時代を思い出すことが多くて、ベルになってからなのかすぐわからないのよね。歳だわ……。



***




「アレン! 待ってたわ」

「遅くなってすみません」


 結局、ベル嬢に追いつくことは出来なかった。

 廊下の角を曲がってからそんな経たずに追いかけたのに、彼女の姿は見えなかった。あれは、ジェレミーが抱いて走ったな。じゃなきゃ、あんな早くいなくなるなんてありえない。


 エルザ様のところへ向かうと言っていたから、近くまで行ったのだが……仕方ないな。後で、フォンテーヌ家に行ってみよう。サルバトーレ殿の様子も見たいし、シエラの容態もチェックしたい。


「さっきこの人……ラベルに聞いたのだけど、私、この部屋から出ちゃダメだったのね。ごめんなさい」

「こちらこそ、説明せずに失礼しました。お茶をお持ちしましたので、まずは休憩いたしましょう」

「……ありがとう。ねえ、アレンは私のところに居て、他の人に何か言われない? 大丈夫?」

「大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」


 こういうところは、アリスお嬢様にそっくりだ。行動だけ切り取って見れば、それは「アリスお嬢様」という枠組みを超えない行動をしてるんだ。

 かといって、演技の類でもない。なぜわかるかって、本物のアリスお嬢様と性格が大差ないから。違っていることといえば、俺の胸の高鳴りくらい。……いや、今のは忘れてくれ。


 まさか、この「アリスお嬢様」も毒の一種とか? あるだろう、幻覚剤とかそのテのものが。

 しかし、ラベルが部屋前に居て、敵と接触するとは思えん。敵は、どうやってサレン様をアリスお嬢様に仕立てたんだ?

 考えを巡らせながら、俺は手に持っていたお茶のセットをテーブルに並べていく。


 サレン様の座るソファの後ろには、ラベルが「どうなってんの?」という顔を隠しもせず立っていた。そういえば、この話までした覚えがないな。シエラは元々アリスお嬢様を知っていたから話しやすかったが……どうやって切り出そうか。


「アレン、ありがとう。美味しい」


 笑顔で紅茶を飲む彼女も、「毒」に人生を狂わされたお方だ。故に、俺はどうしても無下にはできん。

 彼女をこんな身体にした人は、本当に父親だけ? 母親は関与していなかったのか? その辺りは、調べたら色々情報が出てくるだろう。陛下に許可をいただき、隣国の資料を取り寄せよう。なんなら、そっちに向かっても良い。イリヤ辺りが喜んでついてくると思う。


「よかったです。今日は遅いので、明日生花を浮かべた紅茶をお淹れしますね」

「ええ! 楽しみにしているわ。忙しいのにごめんなさい」

「別に、忙しくなんか……ないですよ」

「あっ! 出た、アレンの疲れ隠し! ダメよ、ちゃんと休まないと」

「はは、バレましたか。ちゃんと寝てますから、大丈夫です」

「もう……。無理したら、怒るからね」

「はい。その時は、叱ってください」


 あー……。

 そうだった。ヴィエンが裏切り者だった話もラベルに共有しておかねば。

 今日も、徹夜だな。色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。


 俺は、紅茶の入っていたポットを置きながら、「こっちのお嬢様には、ツンが少ないな」とかそんな違いについても考えていた。……会いたいな。



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