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死神に愛された女



 薄暗い部屋の中、私はお行儀悪く机の上に腰掛けていた。


『ちょっと待ってろ。絶対出んじゃねぇぞ。出たら、その場でオカすぞ』


 ってものすごい剣幕でドミニクに言われたのだけど……。オカすって何? どうせ、ドミニクの言うことだからロクなことじゃないでしょうけど。

 おかずを貸してくれるの略? でも、おかずって貸せないわよね。だって食べたら吐き出せないでしょう。だったら、何かしら。……でもそうね、半分こはできそう。ってことは、まさか間接キス!? それは嫌だわ。大人しく待ちましょう。


 ってな感じで、さっき出て行こうとした霊安室で1人寂しく待ってるの。寂しく、は余計かも。そんな寂しくない。

 まあ、出ようにも、ドミニクが鍵をかけて行ってしまったから出られないのだけど。特に不便はない。


「……早く来ないかな」


 何があったんだろ。忘れ物? まさか、捕まっちゃった? ……いえ、心配したところであの人はケロッとした顔して戻ってくるに決まってる。

 それよりも、サヴィ様は大丈夫かしら? 書類がちゃんと渡っていると良いのだけど。それを確かめる手段は、今のところない。私の手で渡したかったな。と言うより、サヴィ様にお会いしたい。


 にしても、ここは涼しいわ。

 少し汗ばんでるからちょうど良い温度なの。今は遺体ってあるのかな。もっと奥に整備されたところもあるんだけど……荒らしたら祟られそうだからやめよう。

 昔の私は怖がったかもしれないけど、今の私は1ミリも怖くない。不思議ね。


「君は、知らぬ間に味方を増やして行くタイプなのかな?」

「!? だ、誰!」


 足をぶらつかせながらドレスの裾を眺めていると、不意に後ろから声がした。

 パッと振り向くも、そこには何もいない。棺の影に隠れていると思い、立ち上がって確認するもここからじゃ何も見えないわ。でも、その声は忘れようもないもの。


「おっと、驚かせてしまってごめんよ。今回も、君を傷つけにきたわけじゃないから安心してくれたまえ」

「……ご用件は」

「ははは! 警戒されちゃってるねえ。まあ、そうか。君がその身体に定着できているのは、私のおかげだからね」

「え?」

「まあ、そう硬くならないで。君を傷つけたら、私はベルに嫌われてしまう」


 そう、この声は、ここに来る途中に休憩をしたあの公園で聞いた時のもの。ってことは、この世のものじゃないってことよね。

 でも、サヴィ様のことを教えてくれたから、敵ではなさそう。でも、敵意でもない好意でもないこのよくわからない視線の正体がわからない。それが、とても気味悪く私の胸に響いてくる。


 どこに向かって話せば良いのかもわからないまま、私は薄暗い霊安室で会話を続けた。


「……あなたは、ベルの何?」

「うーん、なんだろう。恋人だったら良いなって」

「彼女は、女性じゃなきゃ好かないと思うけど」

「ってことは、君には私が男性に見えるってこと?」

「そうだと思ったけど……違ってたらごめんなさい」

「うーん。ベルに好かれたいから女性になるか」

「……ってことは、男性じゃないの。ベルを騙しちゃダメよ」


 声のする方を見るけど、何もないのよね。なんだか、とても不思議な気持ちになるわ。

 でも、今更「どちら様でしょうか」とは聞きにくい。ジョン・ドウさんとでも思っておきましょうか。男性ってわかったことだし。


 それよりも、ベルとの関係性を知りたいわ。私にも関係してくると思うし。前回、この世の者じゃないってわかってるから、そうでしょう? イリヤには見えなかったって言ってたし、私にしか見えない存在なのかもしれない。もしかすれば、この声だって……。


「騙すなんてそんな! 嫌われてしまったら、私は晩年泣き腫らして過ごすことになる」

「……ベルのこと、気に入ってるの?」

「気に入ってるさ。生涯のパートナーにしたいのに、あっちは首を縦に振ってくれない」

「生涯のパートナーって……あなた、人間じゃないでしょう?」

「失礼な。人間にもなれるさ」

「そう言ってる時点で、人間じゃないって言ってるのと同じよ」

「ああ……! しまった」

「ふふ。面白い人」


 やっぱり、この人の声は私にしか聞こえないような気がする。ってことは、周りから見たら私1人で喋っているように見えるのかしら? それはちょっと嫌だわ。


 私が笑うと、その場の空気が少しだけ揺らいだ。それに安堵し、再度机に腰をおろす。

 すると、声がグッと近くにやってきた。


「今日ここに来たのは、君に意思を問おうと思ってね」

「……意思?」

「そう。このまま、ベルの身体を使って生き続けるか、彼女に身体を返すかのね」

「それって……」

「ああ、今結論を出せというわけじゃない。少し考えてくれ。できれば……その身体で生きて欲しいけど」

「……それを決めるのは、私じゃなくてベルだわ」

「君に聞いているという時点で、色々察して欲しいな。今私は、彼女にアプローチ中なんだよ」

「だから、あの子は男性が苦手で……」

「ふむ。では、デュラン伯爵の娘を殺して私がそこに入り込もうか。ベルとこちらで暮らすのも全然ありだ」

「な!? それは殺人よ! こっちの世界では、人を殺したら裁かれるの」


 というか、そんなことできるわけ……いえ、この人ならできそうで怖い。

 だって、私の魂? をこの身体に定着させているってことでしょう? ……オカルト取り越してファンタジーすぎるわ。自分で言っておいて、信憑性がなさすぎる。

 でも、パトリシア様を殺すなんてとんでもない! 彼女には、彼女の人生があるでしょう。私みたいに、終わった人生じゃないのよ。ずっと続くの。

 

 私は、その発言が不謹慎すぎて大きな声を出してしまった。

 それがワンワンと周囲に反響して耳に届き、ハッとする。防音とはいえ、どこまで完全なものかわからないものね。


「じゃあ、殺さないような選択を君がしてくれ」

「……ベルに言いつける」

「ちょ!? そ、それは……」

「ベルに言いつける!」

「すみませんでしたァ!!」


 私が小さな声で怒りの言葉を口にすると、ものすごい勢いで謝罪の言葉が聞こえてくる。

 そんなことしたって許さないんだから!


 その会話は、ドミニクが無事に戻ってくるまで続いた。

 どんな会話だって?


「ベルに言ってやるんだから!」

「やめてくれ! そっ、そうだ。婚約者が居なくなっただろう!? 君が歩く度に男性が振り向くようにしてあげようか!」

「何それ、怖いわ」

「じゃ、じゃあ、チョコレートが好きだと聞いた! 無限に食べられるよう手配しよう!」

「……虫歯になるし、身体に悪すぎるじゃないの」

「う〜……。あっ!」

「何よ」

「じゃあ、その可愛げのない性格を「余計なお世話!!!」」


 ……みたいな。

 どうせなら、サヴィ様の状況を教えて欲しいのだけど。本当、よくわからない人。



 私に、その選択はできないでしょう。

 だって、この身体はベルのものであって、私のものではないんだもの。グロスターの結末がわかれば、それで満足なのよ。所詮、サヴィ様だってベルのもの。


 最近浮かれてた私に、ちょうど良い言葉だわ。

 


***



 壁に背中をつけた俺は、ゆっくりと近づいてくる双方に視線をめぐらせる。

 武器を持っていないか、拳が来る体勢になっていないか。コンマの世界だ。少しでも見逃しがあれば、1人では対処できない。


 ヴィエンは、実力がわかっているからまあ良い。

 問題は、マークスだ。何度か手合わせはしているものの、こんな雰囲気の彼を見たことがない。と言うことは、今までどれだけ手加減されてきたのだろうか。多分、俺は奴と正面切ってやりあえば勝てない。


 しかし、神風は俺に吹いていたようだ。


「マークス! 後ろ!」

「え? ……ガッ」


 何やらクリーム色の物体が蠢いていると思いきや、そいつはマークスの側まで接近し肩をトントンと叩いた。その表情は、完全に「悦」のもの。

 俺も、ヴィエンに言われるまで全く気づかなかったから、やはり敵だったら強敵となっていただろうな。毎回こいつとやり合っていたイリヤは、やはり人間じゃないと思う。


 無論、その人物はジェレミーだ。

 どこかの貴族にしか見えない格好をしながらも、ここにいる誰よりも悪巧み顔をして嬉々とマークスを殴り倒す。

 一瞬足でふん縛ったが次の瞬間、2度目の攻撃によってマークスは壁へと背中を強打した。ボキッと耳に残る低音が聞こえてきたが、本人は涼しい顔して立ち上がる。


「おいおい、暴れんなら呼んでくれよ」

「……誰」

「んなこたあ、どうでも良い。俺ぁ、そっちにいる長身男を殺し……ぶん殴りにきただけだ」

「……そう。マークス、相手してあげて」

「お前が相手だよ! あいつの足触りやがって!」


 ジェレミーが素早くヴィエンとの距離を縮めたが、その間に素早くマークスが入り込んだ。途端に、金属音が広い廊下に響き渡る。逃げ道を探しているのか、奴はマークスに指示を出しながらもキョロキョロと辺りを見渡していた。

 奴の登場に唖然としていた俺は、その音でハッとして壁から背中を離す。出遅れ感がすごいが、ここはジェレミーの補佐に回った方が良さそうだ。


 奴がヴィエンに執着しているようだから……というか、足ってなんだ? こいつ、触られて騒ぐような奴だったのか? とにかく、俺はマークスに狙いを定めよう。

 それに、短時間で終わらせた方が良さそうだ。ジェレミーの勢いを見ている限り、あれは壁をぶち壊す。


「マークス、俺が相手だ」

「……勝てると思ってるの?」

「ここで勝つ必要はない。俺は、目的と主人を話せば暴力は振るわない」

「ははは! 隊長は甘いねえ。でも、嫌いじゃないよ?」

「ガッ!?」


 しかし、その認識は甘かったらしい。

 距離を保っていたのにも関わらず、マークスが素早く俺に向かって低姿勢で迫ってきた。避ける間もなく、重めの拳を鳩尾にくらう。幸い、食事をしていないため胃液で済んだ。ここで吐き出したら、テンポが遅れてしまう。


 一瞬めまいを覚えるものの、すぐさま体勢を整えマークスを見据えた。

 次の一撃は、足を狙っているらしい。……いや、利き腕か。相手は刃物を所持しているから、距離を保ちつつ奪わないといけないな。

 俺は、相手の動きに合わせ呼吸を保つ。


 こう言う時、「音」はない。

 ただただ、相手の呼吸を感じ取り合わせて、動くのみ。一瞬でもそれが乱れれば、すぐに相手に主導権が渡ってしまう。呼吸音が知られれば、それだけ動きが知られることと同じなんだ。

 だから、「音」がない。正確には、聞こえないと言ったところか。


「いいねえ、武術の基本を忠実に守る感じ」

「……」

「でも、それだけじゃダメだってことを教えてあげるね」


 ここで、口を開けば相手に息遣いを教えてしまうことになる。

 それをしてくるということは、余裕があるのだろう。舐められたもんだな。


 まあ、そうか。

 一方はナイフ、もう一方は素手じゃあ、仕方ないな。

 しかし、油断ほど戦闘において怖いものはない。


 俺は、ナイフを持って向かってきたマークスへ、正面から対抗する。


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