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数年経っても、心は枯れたままで




 15分でイリヤたちのところへ戻ったのに、俺はなに一つ情報をもらえなかった。

 誇張も何もなしに情報の「じ」の字も与えられていないのに、意味もなく王宮に戻っている。イリヤが、アインスに診てもらいたいのだと。「彼なら、フォンテーヌ子爵の屋敷に戻ったぞ」と言ったのだが、イリヤが「王宮に居る」って言い張ってな。あと10分弱で着くだろう。


「……」

「……」

「……」


 一応同じ馬車に乗っている……いや、乗せてもらっているが、そもそも俺居るか?

 こんな沈黙が続くなら、さっき駐在所に貸してきた早馬で先に王宮に戻ってた方が絶対に良かった。


 おい、イリヤ。教えてくれるって言ったじゃんか!

 なんだよ、「はい、16分」って。お前、時計持ってねえじゃん。なんで、時間がわかんだよ!


「あ、あの……」

「何、隣国のご令嬢に夢中な騎士団の隊長さん」

「……言い方。仕事だよ」

「じゃあ、お仕事で隣国のご令嬢に夢中な騎士団の隊長さん」


 と、この口調を聞く限りイリヤは俺を責めたいらしい。

 側から見ると、そんな風に写っているのか。だめだな、距離を考えないと。


 俺自身、彼女を特別視しているつもりはない。かといって、冷遇しているつもりも。

 ただ、彼女を知りたいだけなんだ。アリスお嬢様にできなかったその行為をしたい、それだけなんだよ。クリステル様はわかってくれ……ダメだ。イリヤと同じ表情で俺を見てる。


「もっと酷いわ! あのなあ、サレン様はそういうのじゃない。確かに、アリスお嬢様と重ねてたのは認める。しかし今はちゃんと向き合ってるし、彼女の本心を知りたいだけで……。ただ、俺は……」

「アリスお嬢様の二の舞にならないように、って?」

「……もう、あんなことは懲り懲りなんだよ。俺が、後悔したくないってだけ。やれることは全部やりたいんだよ」

「で、やれること全部背負って、今も書類整理とかは部下に回さないの? シエラ居なくて、大変でしょうに」

「いいんだよ、大変だってなんだって。ラベルは手伝ってくれるし。ヴィエンだってもう少し俺の方で見て、信頼できると思ったら仕事振るし。無計画ではない」

「ふーん」


 聞いておいて、ふーんはないだろう!?


 とはいえ、下手に文句は言えない。

 なぜなら、ここでイリヤの機嫌を損ねたら「情報」がパーになるからだ。それだけは、避けなくては。


 俺は、馬車の揺れに身を任せながら、イリヤの「どうでも良い」表情を眺めていることしかできない。情けないなあ。

 そんな俺を、クリステル様が笑っている。……いや、待てよ?


「イリヤ」

「なんですか、浮気者アレン」

「ちがっ……いや、今はどうでも良い。それより、ベル嬢が本当にアリスお嬢様だとして、それを知って言える人は誰だ?」

「なにさ、急に。そんな質問で答えると思って「違う! ジェレミーは王宮に入れないだろう。もし、彼女がアリスお嬢様だと気づいている人に王宮で遭遇したらまずいかもしれん」」

「……どういうこと?」


 そうだ。

 ダービー伯爵の食事が、彼女の好物づくしだったんだ。もし、彼女が生きていると敵に気づかれたら、また殺されるかもしれない。


 イリヤたちにその話をすると、


「なんで、今思い出すの!」


 と、耳がつんざくような声量で、叱咤された。隣では、クリステル様が「嘘でしょ」と小さくつぶやいている。

 ってことは、やはり彼女がアリスお嬢様か。とりあえず、それは確定事項にしておこう。


 でも、なぜ別人の身体に? 俺が毎日捧げていた祈りのおかげ……な訳ないか。そんな摩訶不思議な現象があって良いのか? 

 もしかしなくとも、俺は今夢の中にいるのかもしれん。


「それ、誰かに言った?」

「言ってない。今、初めて言ったよ」

「そこは褒める。クリス、王宮着いたら僕のことはどうでも良いからお嬢様をお願い」

「わかったわ。……無事だと良いけど」

「ジェレミーがついてるから大丈夫。あいつ、気配隠し上手いから」

「……じゃあ、やっぱりベル嬢の中身はアリスお嬢様?」


 会話的にそうだろう。

 だから、聞いたのだが……。2人して、俺の顔を見て固まっている。なんだ、どうせ俺は浮気者ですよ。


 とにかく、彼女に聞いてみよう。直接聞けば、わかるだろう。

 もしアリスお嬢様なら、その時は……どうしよう。何も思いつかないや。とりあえず、挨拶をしよう。基本だ。


「はあ、お馬さん可哀想だったなあ」

「あれは、本当にマクシムがしたの?」

「多分ね。僕の足はそう。慣れてる手つきだったから、お馬さんと御者さんを傷つけたのはそっちで間違いなさそう」

「そう……」

「あーあ、僕も折っておけば良かった。ねえ、アレン。代わりに折らせてよ、暴れ足りない」

「折っても良いが、ベル嬢の正体を教えてくれよ……」


 あとは、何をしようか。

 今は苦しくないか、聞きたい。不便なく生活できているのかも。嫌なことはないか、そうだ、俺に何かできることがないかも聞こう。あと、できれば笑ったお顔が見たいな。

 それに、一緒にお仕事もしたいし、休日にはお嬢様のお好きなチョコレートパフェを食べに出かけて……。


 なんて、そんなことできるわけないじゃんか。


「マジ? じゃあ、そうだよ。アリスお嬢様が、ベルお嬢様の身体を借りている状態らしい。君が、サレン様と城下町デートしてた頃からかなあ。お嬢様、ショックだったろうなあ、アレンが知らない女と……アレン?」

「……ロベール卿」


 茶化しまくっていたイリヤの言葉が、ピタッと止まった。なぜか、クリステル様まで複雑そうな顔してこちらを見ている。なぜだ?


 理由を聞いてみたいのに、俺は口を動かせなかった。口どころではなく、全身の力が抜けていくのを感じる。

 なんなら、疑問と共に視界が歪んでいく。うまく、呼吸すらできない。


「……ごめん、アレン」


 いつの間にか俺は、人前だというのにボロボロと涙をこぼしていた。

 止めようにも、止め方がわからない。


 知らなかったとはいえ、彼女になんて失礼なことをしてきたのだろうか。

 彼女の目に、俺はどんな風に写っていた? 顔を合わせる資格を持ち合わせていないのに、俺はなぜ気づかずにのこのこと会いに行けた? 薄々、気づいていただろう?


 それに、彼女に今の地位をどう思われていた?


 考えれば考えるほど、自分を責める要素しか見当たらない。

 あの日から5年も経っているのに俺は、剣を握れるようになったこと以外何一つ変わっていないじゃないか。そんな俺が、彼女に関わってどうする? 傷つけるだけだ。


「……お嬢様は、俺のことを何か話されていたか?」


 馬車の揺れが、いつの間にか止まっていた。


 それに気づいた俺は、同時に醜態を晒していることにハッとする。

 改めて2人を見ると、こちらを見ながらもどんな表情になって良いかわからず困っているようだった。大の大人が、情けない。


「特に……」

「そうか。なら、俺は彼女をベル嬢として接しよう。無論、彼女が拒絶してきたら金輪際会わなくて良いよう取り計らう」

「待って、それは……」


 窓の外を見ると、王宮に着いたらしい。

 城門と門番……今日は、誰だ? ここからじゃよく見えん。


 涙を拭った俺は、御者が開くより先に勢いよく扉を開けた。


「5年前から、俺は国の奴隷だ。アリスお嬢様よりも国を取った俺に、彼女を語る資格はない」

「お嬢様が、求めてきたら?」

「その時は……。いや、ありえないな」


 そして、馬車の中に2人を残して、王宮へと急足で向かっていく。


 これから、サルバトーレ殿の様子を確認して、緊急事態に備えて団員も配置しないと行けない。

 サレン様のご様子も見つつ、陛下へ報告に行って、城下町の被害者住民へのケアにジョセフの容態も確認して……。隣国で行なう公開処刑の手続きもせねば。

 そうだ、俺にはやることがたくさんある。過去を振り返ってどうする? もう、取り返しのつかないことをしてしまったのだから、その分死ぬまで働かないと。自分に罰を与え続けないと、どうにかなってしまいそうで怖いんだ。

 それに……。


『1年前、ベルお嬢様の飲まれた毒の成分と、サレン様の体内で生成している毒の種類が完全一致しました。もしかすると、私たちは大きな勘違いをしているやもしれませんな』


 グロスター伯爵夫人の公開処刑の報告を受けた時に聞いた、アインスの言葉が頭を過ぎる。

 もし、そうだとすれば敵はもう一度、彼女を「アリスお嬢様」に仕立ててくるはず。そのチャンスを逃さないよう、せいぜい俺はサレン様をも欺き真実を追おうじゃないか。


 それが全部終わっても、まだアリスお嬢様がベル嬢の中にいらっしゃったらその時は。その時は……。




***




 どのくらいの時間、眠っていたのかしら?


「……?」


 目が覚めると、そこは暗闇だった。

 いつも通りベルを探そうと思ったけど……身体が動かないわ。それに、いつもなら見えるはずの自分の身体も闇に溶け込んでしまっている。もしかして、また変なところに飛ばされる?

 それに、手足と口元に違和感があるわ。これは、何?


 確か、サヴィ様の証明書を届けに王宮へ着いたと思ったのだけど……。

 ヴィエン卿に会って、お話しして……それから、どうしたのかしら。眠っていたからか、頭がボーッとしてうまく考えられないわ。私ったら、そんな呑気な人だったの? とにかく、カバンは……。


「んっ!?」


 おかしい。やっぱり、身体が動かない。

 しかも、背中に壁を感じるわ。かといって足が疲れないから、私はどこかの床で眠っているということ? 目を開けても真っ暗だから、どこかに閉じ込められていると思って間違いないかもしれない。

 それに、手足を何かで縛られているし、口にも何かかまされていると思う。


 ヴィエン卿は大丈夫かしら? まさか、彼も何者かに捕らえられてしまったとか……。

 それに、今は何時? サヴィ様にお会いしないと行けないのに、どうして?


「んー、んー! んんー!!」


 必死に声を出すと、その音が周囲に反響してくる。懸命に腕を動かして、肘を両側に突き出すとすぐ壁にぶつかるし……かなり狭い場所ってことよね? ちょっと息苦しくなってきた。


 そこで、私はまた誰かに誘拐されてしまったことに気づいた。

 まさか、またドミニクが? いえ、でもあの人はこんな風に見えない場所には置かない。いつも、自分の目が届く範囲の場所に所持品を置く癖があったから。

 じゃあ、誰が?

 

「ん、んんー! んー!」


 誰か気づいて!

 誰か私に気づいて!


 その祈りが届いたらしく、ガチャッと音がしたと思ったらすぐに右の方から細い光が入ってきた。

 それと同時に、騒ぐのをやめたわ。今更だけど、もし敵だったら? 味方が入ってきたなんて保証はどこにもない。むしろ、確率としては低いって考えたから。


 耳を済ましていると、コツコツと足音がこちらに近づいてきていた。

 コツコツってことは、革靴ね。シャロンはヒール、イリヤはパンプス、ドミニクは……紐靴だった気がする。アレンは革靴だったわ。


 でも、この際誰でも良い!

 誰でも良いから、私をここから出して!


 ガガッと音がすると同時に、視界に色がついてくる。

 どうやら蓋がされていたみたい。ってことは、何かの入れ物に入ってるってこと? 

 とにかく私は、ゆっくりと大きくなる光に目を細めながら、その時を待つ。



 

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