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欺く者、欺かれる者



「わぷっ!?」


 無言で走り続けて結構経った頃、急にお馬さんが止まった。

 ボーッとしていたこともあり、鼻とおでこを目の前にあったドミニクの背中にぶつけてしまう。痛くはないけど、びっくりして声が出ちゃったわ。


「なんだ、今の声。可愛いな」

「う、ごめんなさい……」

「んで謝んだよ。それより、着いたぞ」

「え!?」


 そんな私に笑いながら、ドミニクが声をかけてくれた。

 口調は違えど、その空気はシャルルの兄様を思わせてくる。それが恥ずかしくて、思わず謝ってしまったわ。1人だけ余裕そうな態度になって、もう。


 ドミニクの声で周囲を見渡すと、すぐそこに城門が見える。

 そっか、門番が居るから中には入れないのね。この人、一応……というか立派な犯罪者だものね。


「ありがとう、ドミニク」

「待ってろ、今降ろすから」

「わっ!」


 カバンの中身を確かめながら会話を続けていると、急に浮遊感に襲われた。びっくりして声を出しちゃった。門番の人には……良かった、気づかれてない。

 なんてハラハラしてるのに、ドミニクはこれまた笑いを必死になって堪えている。失礼な奴! ……でも、憎めない。


 そんな彼に降ろしてもらった私は、そのままお馬さんに「ありがとう」と伝えた。

 顔を手でさすると、すぐに擦りつくように甘えてくる。こんな人懐っこいのに、挨拶しないと暴れるなんてお馬さんって面白いわ。暴れずに乗せてくれて、ありがとうね。


「ほれ、行って来い。ちゃんと近くで見ててやるから」

「……でも、あなたは入れないでしょう?」

「入り方があんだよ。前だって、普通に入ってただろ」

「あ、そっか。……捕まらないでね」


 そういえば、この人とは牢屋で会ったんだったわ。すっかり忘れてた。

 そうよあの時! 私のお腹を思いっきり殴ってきて! 今でも思い出すと、ちょっとだけ苦しいんだから!

 ちょっと文句を言ってやろうかしら?


「ふは、なにその百面相! 可愛い」

「なっ、何よ! シャルルの兄……ドミニクが、お腹殴ってきたの思い出して怒ってたんだもん」

「……ああ、あれか。悪りぃ悪りぃ」

「適当! ……でも、送ってくれてありがとう」


 いえ、今は1秒でも早くこれを届けなきゃ。


 私は、手綱を持ちながら笑ってるドミニクにお礼を言って走り出す。一瞬、何か引っかかった気がして後ろを向いたけど、ただドミニクがニコニコしながら後ろで手を組んでいるだけだった。気のせいね。


 門番は……良かった。ヴィエン卿だわ。もう1人は……見たことないわ。

 でも、1人知ってる人だから、入宮手続きがスムーズに行きそう。人も居ないし、並ぶ必要もないしラッキーね。


「ヴィエン卿、こんにちは」

「わ! ベル嬢!? イ、イリヤ隊長は……」

「今日は私だけです。入宮許可をいただいても?」

「ええ、もちろん。一応ルールなのでお尋ねしますが、ご用件は?」


 ほら、やっぱりスムーズ。

 私が話しかけるとすぐに、記録用紙を片手に話しかけてくれた。周囲をキョロキョロと見ているのは、イリヤでも探しているのかしら? このお方は、ラベル卿とちょっと似てるわ。


「サヴィさ……えっと、捕らえられているサルバトーレ・ダービーの資料を持参しました。裁判で使うと言われまして」

「……なんの資料ですか?」

「フォンテーヌ子爵のお仕事をお手伝いした証明です。ガロン侯爵にいただきまして」

「そうですか。……ごめんなさい、ベル嬢。マークス、支えてやって」

「えっ?」


 彼の質問に、カバンを軽く叩きながら答えると、急に謝罪の言葉が聞こえてきた。

 どうして? と思った瞬間、口に何か布を押し当てられ、そこで視界が真っ黒になる。

 



***



 旦那様と奥様は、再び算数のお勉強に入った。

 シン様と、今度はカイン皇子も一緒になってやるらしい。そこに、エルザ様も来られてよくわからない状態になったよ。


 夕方まで少々時間があるため、私はその「学舎」を出てサレン様の元へと訪れた。


「アインス殿、お久しぶりです!」

「おや、ラベル殿。門番ですか?」

「はい、アレンよりサレン様を守れと言われておりまして」

「なるほど。だから、見当たらなかったのですな。サレン様は今?」

「中におられますよ。昼食を召し上がってから、カイン皇子にお借りした本をお読みになっています」

「入っても?」

「ええ、アインス殿でしたらアレンも怒りませんから。一応、荷物検査だけさせてください」

「承知です」


 ということは、ラベル殿が宮殿への伝達係ではなかったことが確定したな。

 隣国の公爵令嬢というのに、彼1人で門番か。よほど人手不足なのか、それとも……。いや、憶測は口にすべきではないな。


 カバンの中身を見せた私は、ラベル殿に促されてドアをノックした。

 すると、すぐに返事が聞こえてくる。


「はい、どうぞ」

「アインスです。入ってもよろしいでしょうか?」


 声をかけると同時くらいに、勢いよく扉が開いた。どうやら、暇だったらしい。サレン様のお顔に、デカデカと書かれている。


 それに苦笑しつつ、私はラベル殿に頭を下げて部屋へと入った。

 どうやら、来客時は部屋の扉を閉めてはいけないらしい。大きく開かれたままの状態で止まっている。まあ、そうか。


「アインス! 誰も来ないから、退屈していたの」

「それはそれは。ご体調はいかがですかな」

「ええ、良好よ。すごいわ、アインスは。短時間で、私の発作を止めてしまうなんて」

「サレン様だって、場所と道具があれば作れるでしょう」

「……バレてたのね」


 私は、サレン様に案内されたソファへと腰を降ろした。

 相変わらず、毒特有の甘ったるい香りがする。部屋の窓を開けておいてこれか。凄まじいな。マスクは不要だが、手袋は持ってきても良かったかもしれん。


 薬を渡すためだけに来たから、体調チェックをして帰ろう。

 ああ、そうだ。これも聞いておかねば。ラベル殿に聞こえないよう、小さな声で。


「同族の匂いは、すぐにわかりますよ。前回は、ロベール殿が居たので黙っていましたが」

「そうだったの。お気遣い、ありがとう」

「いいえ? 貴女様がこれ以上不利になられたら、ここに居られなくなるでしょう。私も、独自の研究がどこまで通用するのか試してみたいので、それは困ります故」

「ふふ。正直ね、アインスは」


 やはり、そうだったか。

 カマをかけてみたが、あっさり乗ってくれたよ。


 前回、陛下の執務室で彼女の尋問の記録を読ませていただいたんだ。

 その時、家族の名前に目が行ってね。「エレン」に「イミン」、そして「サレン」。全て、化学式になぞられていることに気づいた。偶然にしては、ちょっと不自然すぎるだろう。でも、陛下が調べたところそれが本名らしい。だから、聞いてみた。


 そこから推測するに、ロベール殿を慕っているのは名前も関係あるのかもしれないな。あのお方も「アレン」だから。


「さて、体調を見せていただけますかな。私は化学よりも医療が専門なので、今のお話だけで帰ったら資格を剥奪されてしまいます」

「ふふ、じゃあお願いしましょうか。今日も、体液サンプル取ります?」

「もう調べ終わりましたので、大丈夫ですよ。貴女様の毒の成分は、完全に理解しました」

「あら、優秀。じゃあ、診察が終わったらゆっくり本が読めるわね」

「なんの本を読むのですか?」

「カイン様からお借りした恋愛小説を読み終えたら、この部屋の戸棚にあったグリム童話を読む予定」

「グリム童話! 懐かしいですなあ」


 やはり、お一人で寂しかったらしい。

 これはもう少し間を空ければ、もっといろんなことを話してくれるかもしれないな。後で、ロベール卿に相談してみよう。彼女にも、まだまだ聞きたいことがありすぎる。

 陛下が隣国に向かう前に、いくつか確定しておきたい。


 私は、持参したカバンから聴診器とカルテを出した。脈拍や血圧を診て、今後の薬の量を決めないと。

 ああ、若ければもっとテキパキ動けるのになあ。シエラ殿が動けるようになったら、お嬢様のお仕事の合間を縫って助手でもしてもらおうか。


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