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裏切り者か、救いの手か



「……ねえ、バランス悪くない?」


 馬車で王宮へと向かう途中のこと。

 私は、2人に不思議すぎる人の話をした。したのだけど……。


「バランスの問題ではありません!」

「そうですよ! 今この瞬間にアリスお嬢様が連れ去られる可能性だってあるんです!」

「だからって……」


 したのだけど、それからずっとこの調子なの。

 馬車の中、向かい側が空いているのに、2人とも私の左右に座ってちょっとだけ狭いわ。行きは、私が1人、向いに2人だったのに。今、その場所はカバン置きと化している。


 それよりも、サヴィ様のことを考えないと。

 死者が600人って、相当数よね。流行り病じゃなくて、水道管へ毒を入れたことによる中毒なんですって。私も毒で死んだ人間だから気持ちがわかるのだけど、きっとその600人の最期は想像を絶する苦しみだったと思うの。だから、処刑は免れないのはわかってる。

 なぜ、ダービー伯爵と夫人はそんなことをしてしまったの? あの夜、私に「ぺぺのこと、よろしくね」と言った時の夫人の顔は、サヴィ様を愛しているものだったのに。ベルのお父様とお母様が向けてくれる視線そのものだったもの。なのに、なぜ?


「決めました。イリヤ、今日からお嬢様と共に夜を過ごします」

「ダメよ、そんなの私が許さないんだから! こうなったら、私がアリスお嬢様と一緒に」

「やだ! イリヤが」

「ダメ、私が」

「イリヤが」

「私が」

「2人ともうるさーい!!」


 考え事は、静かなところでやるべきでしょう!?

 静かの「し」の字もないわ。どんな会話していれば、そんな盛り上がれるの!?


 私が声をあげると、ピタッと静かになった。……言いすぎた? いえ、そんなことないわ。だって、2人して睨み合ってるし。なんの話をしていたのかしら?


「ねえ、私の話を聞いてくれる?」

「ええ、いくらでも」

「私も」


 でも、そんな重要な話じゃなかったかも。だって、私が話すとすぐに耳を傾けてくれたし。

 こうやって、サヴィ様たちの話に耳を傾けてくれるお方が、王宮にも居ると良いな。私は、心のどこかでまだ冤罪であることを望んでいる。


 私が生きていた時もあった「一族連帯責任」って法律は、貴族の誇りでもあるの。未成年でも、家業を継いでなくても、お家の一員として認められたということでもあったし。それに、この法律が適応されるのは貴族だけ。だから、私も一貴族としてその法律に誇りを持って暮らしていたわ。

 それは、法に詳しくなくたって、貴族領民関係なく誰もが知っているもの。だからきっと、私が何もしていなくても「連帯責任」という言葉で私も忌み嫌われていたのだと思う。じゃなければ、会ったこともない人に嫌われるなんてことないはずでしょう?


 その法律から逃れられる方法は、ただ一つ。

 認めたくない自分と、それを望む自分が居る。だから、2人に聞いて欲しかった。


「私は、無関係と証明されたサヴィ様までもが、ご両親の犯した罪を背負う必要はないと思うの。何も知らなかったのに、処刑されるのはあんまりでしょう。もちろん、一族のしでかした罪を知らん顔するのは違うってわかってるわ。でも、処刑されるよりも、生きてその罪を償うことの方がずっとずっと良い未来になると思う。私も、サヴィ様の婚約者としてそれを一緒に償っていくつもり。でも、今の法律ではそれができないのでしょう?」

「……そうですね。サルバトーレ様がダービー一族であられる限り、いくらお嬢様が社会貢献としての証明をお持ちになっても、処刑されることには変わりありません」

「じゃあ、サヴィ様が「ダービー」じゃなくなったら?」

「……お嬢様」

「だから、お父様とお母様もついて行かれたのね」


 その答えは、考えただけでも視界が歪んでいく。鼻の奥がツンとして、喉から何かが出てきそうになるの。でもそんな感情、彼が処刑されることに比べたらかすり傷にもならないわ。

 だから私はそれを認めて、サヴィ様を生かす未来を作りたい。きっと、お父様とお母様もそう思ってくれているはずだから。

 でも、どうして私には話してくれなかったの? お2人の口から聞けば、無理矢理にでも納得したのに。


 話を聞いてくれている2人は、私の手を硬く握っていてくれている。きっと、これから口にすることを言わなくても伝わっているのね。

 でも、言葉にさせてね。


「私、サヴィ様との婚約を破棄するわ。それで、サヴィ様をフォンテーヌ家に迎え入れる。……もう、そういう段取りになっているのでしょう?」

「……その通りです。お嬢様、黙っていてごめんなさい。旦那様から、気づくまでは言わないよう指示を受けていました」

「イリヤは知っていたのね。きっと、アインスも、みんなも……。お父様お母様は、私が駄々をこねるとでも思ったのかしら? 嫌だわ。本当に、嫌だわ」


 でも、それで正解ね。

 だって、こうやって泣いてしまうのだもの。


 私が少しでも嫌な顔をしたら、サヴィ様のお気持ちが揺らいでしまわれることを恐れたのかもしれない。かといって、お父様たちと私で口裏合わせをしたところで、サヴィ様の目は誤魔化せない。私を愛してると言ってくださった彼だからこそ、騙せないわ。

 きっと、こうしたってサヴィ様が養子を希望する可能性は低いと思う。私だって、家族が処刑される立場なら一緒に連れて行って欲しいもの。寂しいじゃない、自分だけ取り残されるのは。


 だから、サヴィ様を死なせたくない、一族連帯制度なんて止めて生きて一緒に償いましょうって言うのは私の勝手な考えなの。

 全部全部、わかっているわ。わかった上で、私は王宮へと向かっている。


「……お嬢様のなさっていることが、一番正解に近いのかもしれませんね」

「わからないわ。私は、最後はサヴィ様のお気持ちに添うつもり。でも、婚約者という立場で、彼に何かしてあげられるのはこれきりだもの。やれることはやりたい」

「アリスお嬢様は変わりませんね。だから、私も応援したくなる……」

「シャロン……」


 イリヤから受け取ったハンカチで涙を拭っていると、シャロンが頭をゆっくりと撫で上げてくれた。それが、昔を思い出すような懐かしい気持ちにさせてくる。彼女に頭を撫でられたことなんて、ないはずなのにな。でも、心地良いからなんでも良いわ。

 その心地良さに寄りかかっていると、すぐにイリヤも同じことをしてきた。


「私、頑張ってお仕事をして城下町に寄付金を送るわ。水道管も、途中で何かを入れられるような作りじゃなくて、もっと丈夫で安全なものを考えて……。亡くなった方への祈りも毎日捧げる。そんなんじゃ全然足りないし、亡くなった方が戻ってくるわけじゃない。けど、私も何かしたい」

「イリヤも、一緒にやります。一緒に、背負います」

「私も、できることをやらせていただきます。今も、陛下が被害者家族への支援を検討しているところなので」

「陛下……」


 マルティネス陛下は、いつだって優しい。

 昔の皇帝陛下はそうじゃなかったみたいだけど、マルティネス陛下は貴族領民の境目を気にしないし、むしろ領民に寄り添った政治を心掛けている。その姿勢は、今も変わらないのね。


 貴族にあって、領民にない決定的なものはお金だもの。

 その差を取れば、みんな生きている人間って事実が残るだけ。そうでしょう?

 ……なんて、貴族の私が言っても仕方ないわね。今は、サヴィ様のことを考えましょう。


「私、グロスターの結末を知りたいけど、同時に、ダービー一家に起こったことも知りたいわ。サヴィ様を愛していらしたご両親が、人を大量に殺すなんて考えられないの」

「でも、ダービー伯爵は黒い噂が耐えないお方だったから……」

「じゃあ、グロスターと同じね。だから、シャロンが潜入捜査で私の屋敷に来た」

「それでアリスお嬢様と出会えたのですから、私としては喜ばしい出来事でした。結果、お嬢様を深く傷つけてしまいましたが」

「もう良いのよ。こうやって誤解が解けたのだから、昔のことは……。イリヤ、どうしたの?」


 シャロンと話していると、イリヤが静かになっていることに気づく。

 見ると、瞬き一つせずに前の座席に目を向けているわ。……いいえ、きっとその瞳には何も写っていない。馬車に揺られているのに、イリヤだけが止まって見えるのだけどどうしたのかしら?


 私が声をかけても、彼女はジッと前を見ているだけ。

 見かねたシャロンが肩を叩くと、やっと気づいたようでこちらを見てくれた。でも、いつものように笑ってくれないの。


「イリヤ?」

「お嬢様、今のお話で気になる点を見つけました」

「どういうこと?」


 そう言って、イリヤは立ち上がり私たちの前の席に座り込む。

 すごいわ。馬車が動いているのに、そんなことができるなんて。バランス感覚が良いのね。私には無理だわ。

 

 そういえば、イリヤに言わないといけないことがあったわね。ジェレミーの伝言を伝えないと。それに、あの不思議な男性の言うことを信じるのなら、シャロンも私に隠し事をしてることになる。陛下の付き人って言ったら、シャロンだけだものね。

 でも、私は何も聞けなかったし、言えなかった。それよりも、イリヤの言葉が不安を煽ってくる。


「ずっと不思議だったんです。なぜ、サルバトーレ様の無実が彼の話だけで証明されたのか。事情聴取、しかも、簡易的なものなのに、なぜ元老院は彼を無実だと決められたのか、今なんとなくわかった気がします」

「イリヤ、それって……」

「サヴィ様がちゃんと話したからじゃなくて?」


 シャロンはわかったみたい。でも、私にはよくわかっていない。

 元老院って、法を守る管轄でしょう? 人を信じることも仕事のようなものだし、何も変じゃない。


 私は、ざわつく胸を抑えながらイリヤの言葉を待つ。すると、


「いいえ、お嬢様。サルバトーレ様にも、何者かの指示によって潜入捜査の手が伸びていたのかもしれません。そう、たとえば……彼の付き人であるクラリスさん、とか」


 そう言いながら、シャロンと私を交互に見てきた。


 相変わらず馬車の揺れがひどい。

 イリヤの隣に置かれたカバンの金具が、揺れるたびにカチカチと音を立ててくる。でも、今はそんな音が気にならないほど、不安で胸が締め付けられた。

 大丈夫。お父様お母様にアインスもついて行ったらもの。クラリスが敵だとしても大丈夫。


 ……大丈夫なんだから。




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