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アリスとして、ベルとしてするべきこと



 客間に移動した私たちは、イリヤの淹れたお茶を飲んで一息付いていた。朝食から一滴も水分をとっていなかったためか、いつもよりも胃の中にお茶が染み渡る。

 サヴィ様は、ちゃんと飲み物を飲まれているのかしら。そろそろお昼になるけど、昼食は出るの? ちゃんと召し上がれると良いのだけど。


 それに、辛いことされてない? すぐ処刑だってことはないわよね?

 被害者が多く出ているこの状況をわかりつつも、私は未だにサヴィ様が何のお咎めもなしにこのお屋敷へ戻ってくることを信じていた。こんなの、貴族失格ね。


「そう、この味。美味しいわ。何年経っても忘れられない」

「不味くない? 他の使用人には不評だったと思うけど」

「そんなことないですよ。私が知る限りですが、メアリーもアンナも美味しいって言って飲んでいましたし」

「そうなの? でも、アンナは不味いって……」

「本人がそう言っていたのですか? あの人、使用した茶葉を何回か使い回すほど気に入っていましたけど」

「……じゃあ、あれは夢ね」

「夢?」


 シャロンと対面していると、ここがグロスターのお屋敷みたいに感じるわ。もちろん、違うってわかってるけど。

 あそこは、もっとギラついた調度品が多かったし、いつもお酒を入れてどんちゃん騒ぎしてたからこんな静かじゃなかったし。それに、彼女とはもう少し距離が遠かった気がする。


 こういう縁って良いな。嫌われたと誤解したまま死ななくて良かった。……いえ、一旦死んだのよね。こう言うのって、なんて言うのかしら?


 私は持っていたティーカップに視線を落としながら、夢で見た光景を話した。


「あのね、夢なんだけどとてもその……リアルでね。グロスターのお庭覚えてる? あの、お屋敷に囲まれてるところ」

「覚えていますよ。良く、お嬢様が日向ぼっこしてましたね」

「気持ち良い場所だったわ。でも、夢の中ではそうじゃなくて、なんか、みんな集まってて。死んでる私だと思うのだけど、土まみれで横たわってて、えっと。その時、アンナが私のお茶が不味かったって怒ってたから、みんな我慢して飲んで……シャロン?」


 すると、途中でゴトッと何かが絨毯の上に落ちる音が聞こてきた。びっくりして顔をあげると、シャロンがティーカップを落とした音だったみたい。幸い空っぽだったから、彼女は濡れていない。

 拾おうと立ったけど、その前に後ろに立っていたイリヤがサッと回収してくれたわ。腰が軽くて羨ましい。


 でも、シャロンはそんな一連の流れに気づいていないかのように、私の顔を見続けている。その表情は、今にでも泣きそう。どうしたの?


「……シャロン?」

「お嬢様は、いつその光景を見たのでしょうか」

「いつって……先々週だったかしら。あまり覚えてないけど」

「そうですか……」

「でも、夢だから。それに、アレンが……あ!」


 スパイだったアレンが私の味方かもしれない。そんなの、現実ではありえないでしょう? だから、あれは夢。味方であったら良いなって気持ちが現れただけ。

 シャロンのように、陛下に依頼されてやっていたことかもしれないけど、それを確かめるのは怖い。なぜか、そう思ってしまうの。きっと、ベルの姿で良くしてもらっているからね。


 でも、それより今は別のことが気がかりになった。


「どうしました、お嬢様?」

「あ、えっと。シャロン、知ってたら教えて欲しいのだけど」

「私が答えられることなら、なんでも教えますよ」

「ありがとう。あの、私の身体って今どこにあるの? お祖母様とお祖父様が亡くなったと聞いたのだけど、同じ場所?」

「そんな! お嬢様のお身体をあのような奴らと一緒にするなんて……!」

「……シャロン?」

「……ごめんなさい、なんでもないです。お嬢様のご遺体は、王族専用のオアシスにて先代皇帝陛下と共に眠っておられます」

「え!?」


 と、今度は私がティーカップを落とす番だった。

 ……ごめんなさいね、イリヤ。


 いえでも、待って!? どうして、私の身体が宮殿にあるの!?

 そんな高貴な身体してないですけど!? 私の記念碑がどこにあるか確認だけして、後でイリヤにお願いして連れて行ってもらおうなんて考えていたのだけど……。入れないじゃないの!


「な、なんで? え?」

「色々事情がありまして。もし、お嬢様の身分を陛下に話して良いのであれば、オアシスへの入室許可を取りますがいかがなさいますか」

「行きたいけど。……陛下は信じてくださらないわ」

「でも、話してみないと」

「クリス、ストップ。僕は反対」

「イリヤ?」


 そもそも、シャロンが信じてくれたのが稀なのよ。イリヤもアインスも信じてくれたけど、それを陛下に強要するつもりはない。自分の身体がどこにあるのか、どう保管されているのかが気になっただけだし。

 なのに、後ろに居たイリヤは、鋭い声を発してそれを止めてくる。


 振り向くと、とても真剣な表情でシャロンを見ているイリヤが居た。


「なぜ反対なの? 別に、陛下はお嬢様に害を加えるようなお方では……」

「違う。マルティネスじいちゃんの話じゃない」

「じゃあ、何?」


 って、イリヤ!? 陛下のことをマルティ……ああ、恐れ多い!

 エルザ様とも普通に話していたし、もしかしてイリヤって王族に近いとか……? でも、侯爵だと聞いていたのだけど……。今は聞ける雰囲気ではないわね。


 私は、イリヤが新しく淹れてくれたお茶を飲みながら、2人の視線の間で縮こまる。


「ベルお嬢様のお身体にアリスお嬢様の魂が入っている状況がそもそも普通じゃないのに、そこに器を近づけてどうするの。今のお嬢様が万が一消えてしまったら、僕は嫌だ」

「……確かに。ごめんなさい、浮かれていたわ」

「ってことで、お嬢様は宮殿立ち入り禁止!」

「うー……。元々入れるところじゃないけど、私が居るなら見たかったな」


 確かに、イリヤの言っていることは一理ある。

 私はこの身体の持ち主じゃないから、本当の身体があればそっちに意識が乗り移る可能性は0ではない。

 5年前の身体でしょう? 腐ってるに決まってるじゃないの。私いやよ、そんな身体で歩き回るの。ただのホラーだわ……。


 でも、身体は見たい。

 なんと言うのかしら? とても心が惹かれるの。まるで、アインスのお部屋でベラドンナの香りを嗅いだ時のように、惹かれてしまう。


「ダメです。中庭まででしたら、以前入られているようなので大丈夫だと思いますが。それ以上はイリヤが許可しません」

「……イリヤは、私が腐っても仲良くしてくれる?」

「は?」

「してくれないなら、近づかないわ」

「どんなお嬢様でも、イリヤは問題ないです! でも、ダメです! イリヤが四六時中張り付いて監視するほどダメです!」

「うー……。じゃあ、中庭まで……って、お呼ばれしてるわけじゃないから入れないか」


 ダメらしい。

 そうよね。私も、腐った人と話したくないわ。どんなお嬢様でもって、その「お嬢様」はベルのことでしょう。腐ったアリスは論外だと思う。でも、入りたいわ……。


 下心込みでシャロンをチラッと見ると、何やら考え事をしているみたい。とても、難しい顔している。そんな表情を覗いていると、シャロンが口を開いた。


「イリヤ、中庭までなら良いの?」

「良いよ、僕も行くけど。少しでも異変があれば、急いで遠ざける。行く予定ないけどさ」

「良かった。あのね、これをエルザ様からいただいてきて。イリヤが確認してから、アリスお嬢様にお渡しして」

「エルザが? なになにー?」


 そう言って、あの大きめの袋をイリヤに手渡している。

 エルザ様が、私に? なにかしら? お菓子とか?


 って、食い意地!? 

 違う、違うの。今食べてるイリヤのクッキー美味しいわ。それを食べてたから、お菓子だと思ったのよ。

 それに、エルザ様と言ったらお菓子なの。なぜかわからないけど、良くお呼ばれしてはお菓子をいただいていたわ。

 ベルにもくれるってことは、他のご令嬢にもしているのね。エルザ様はお優しい方だわ。


 だから、決して私の食い意地による思考ではない。


「わ、綺麗! これをお嬢様に?」

「ええ。お嬢様の雰囲気にぴったりでしょう?」

「なあに、綺麗なお菓子?」

「……」

「……お嬢様、お腹空いてます?」

「え? ……あっ、ち、違くて。その、お茶飲んでたから。食い意地すごくないもん……違うもん」


 食い意地を見せないようにしなきゃって思っていたら、それがそのまま言葉に出てきちゃった。案の定、2人は私を見て大笑い! そんな笑わなくたって、良いじゃない!

 サヴィ様に見られてなくて、良かったわ。よく食べる婚約者は願い下げかもしれないし。


 恥ずかしくなって下を向くと、すぐにイリヤが袋を持って近づいてくる。


「後で、ザンギフからお菓子をもらってきましょうね。いただいたものは、お洋服ですよ」

「……ありがとう」


 頬の熱を両手で取って無駄足掻きしている最中に、彼女はパパッと袋の中からドレスを取り出してくれた。


 少し青みがかった緑のそれは、翡翠色。窓から差し込む光によって、キラキラと輝きを見せつけてくる。袋に入れていたのに、シワがないなんて。とても良い布地を使っているのね。

 私は、その美しさに息を呑んだ。


「綺麗……」

「この色でしたら、今の容姿にもお似合いですね」

「ええ、お嬢様の瞳の色と同じだわ」

「……ベルの瞳をあまり見ないんだけど、こんな綺麗なのね。サヴィ様もアレンも惚れるわけだわ」

「え、ロベール卿は多分違「イリヤも惚れています! とてもお美しいですよ。イリヤは、ベルお嬢様もアリスお嬢様もどちらの輝きも好きです」」

「……ありがとう、イリヤ」

「ふふん」


 受け取ったドレスを、手でゆっくりと撫で上げる。それだけなのに、なぜか幸福感を得られるの。このドレスは、とても大切に保管されてきたのね。それが、手に取るようにわかる。


 だからこそ、なぜ私に回ってきたのかがわからない。なにか、聞き逃した会話とかがあった?


「でも、これは受け取れない。私にはもったいないわ」

「そんなことないですよ。お嬢様のために作られたと言っても過言ではないほど、似合います」

「私も、お似合いだと感じます。それにエルザ様は、このお洋服を着た方とお茶をしたいそうです。好きなものをひとつ持ち寄って」

「……そうなの」


 好きなものをひとつ。

 それは、私がアリスだった時にエルザ様とお茶を飲んだ時の約束事。私がひとつ、エルザ様がひとつ持ち寄り、それを交換してお茶を飲むの。私は良くバラを持っていったわ。かすみ草を添えたバラをね。


 でも、そうね。このタイミングでお邪魔すれば、サヴィ様の近くに行けるってことよね? もしかしたら、会えるかもしれない?

 いえ、そんな気持ちを持って行くなんて、エルザ様に失礼だわ。


「お嬢様、せっかくですのでお伺いしてみてはいかがですか?」

「エルザ様、今日明日はご予定がないから、ちょうど良いかもしれません。私が案内しますから」

「でも、当日になんて失礼よ」

「大丈夫ですよ。今だって、エルザ様に行ってきてと言われてここに来てますから」

「……そうなの?」


 ってことは、エルザ様に招待されてるってこと? きっと、ここにパトリシア様が居たら卒倒するわね。すごく名誉なことだわ。

 エルザ様と話せるし、サヴィ様の近くに行けるし良いこと尽くしじゃない?


 それに、私の身体にも近づけるでしょう。


「ガロン侯爵のところへ行くのは、1日ずらしましょう。今なら、まだ連絡すれば間に合います」

「あ……。そうか、お仕事」

「お嬢様のお気持ちにお任せしますよ」

「エルザ様も、無理は言わないお方ですから」

「……」


 私は、ドレスを持って立ち尽くした。


 どっちが良いの?

 この美しいドレスを着て、エルザ様とお茶をする? それとも、サヴィ様としたお仕事をガロン侯爵へ直接渡す?

 前者なら、サヴィ様と私の遺体に近づける。後者なら、グロスターの屋敷へ近づけるわ。それに、サヴィ様としたお仕事を直接アピールできるし、使いのお方が手渡すより早く侯爵の手に渡る。


 考えましょう。

 私が……。今、ここで生きる私がすべきことは……。





 

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