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オトナの魅力と余裕



 お食事のお会計中、私だけ先に外へ出て店前で日向ぼっこをしていた。


 とても心地良いわ。このまま、ここにベッドを持ってきてお昼寝したい。いえ、芝生を敷きましょう。それで十分。

 なんて妄想をしてニコニコしながら、私はみんなを待つ。

 店内では、今でもきっと「私が払います」ミーティング真っ只中だと思うわ。逃げてごめんなさい。あの気迫の中に入っていく勇気は、私には持ち合わせてなかったの。


 そんな私に、天罰がくだるような出来事が待ち受けていた。


「んあ? お前、イリヤの主人じゃんか」

「……? あっ!!」


 呼ばれて振り向くと、そこには私を誘拐したジェレミーの姿が。

 髪を整え、スーツなんて着ているから一瞬わからなかったわ。でも、すぐに鳥肌が全身を駆け巡る。逃げようにも、足が動かなかった。


 ジェレミーは、そんな私の顔をジロジロと見ながら一定の距離まで寄ってくる。視線を合わせるのですら、怖い。


「警戒すんなよ。今日は、俺もオフ。あっちの連れと一緒、な?」

「……っ! 変態」

「いいじゃんか、デカいに越したこたあねえ。お前だって、あんな感じの服着れば同じようになるって」

「着るわけないでしょう」

「はは、お前さんらしいよ」


 ジェレミーが指差した方向を見ると、そこにはこれでもかと胸の谷間を露出した……というか足もすごい。あれって、娼婦ってやつ? 恥ずかしくて直視できないわ。とにかく、そんな感じの女性が退屈そうにカバンを持って立っていた。

 私が同じようになる? 私は、あんな服に一生縁がないわ。頼まれたって、絶対着ない。顔から火が出てしまうもの。


 それにしても、今日のジェレミーは以前連れ去られた時のような鋭さがないわね。私から少しだけ離れてくれているし、「今日は何もしない」というのは本当みたい。でも、いつでも逃げられるようにしておかないと。

 私は、ちょっとずつ後ろに下がって様子を見る。背を向けたら終わりだと思って。


「怪我、治ってよかったよ。それだけが心配だった」

「自分でやっといて、そんなこと思ってないでしょう」

「いんや? 俺はマクシムと違って女は大切にするタイプだから」

「……ええ、そうですね」

「やっぱ、お前の性格好きだわ。もうちっと身長があればなあ、俺の女にするのに」

「あなたにあげられるものは一切ないわ」

「ふは! 良いねえ。ただ、もう少しだけケツをでかくしな。それじゃあ、抱いても面白くねえ」

「……? ご忠告ありがとう」


 言っている意味がよくわからないわ。

 でも、きっとロクなことじゃないのはわかる。後で、イリヤに聞いてみましょう。


 そんな会話をしていると、相手の女性から「早く行こう」という声が聞こえてくる。

 しかも、私の顔を見るなり「勝った」みたいに誇った顔をして! ムカッとしたけど、張り合うほどの体力はない。それよりも、早く行って欲しい。


「おっと、呼ばれちまった。なあ、嬢ちゃん。イリヤに伝言頼んでも良いか?」

「私が伝える義務はないわ」

「まあそうか。とりあえず、嬢ちゃんに判断は任せるよ。……近々、隣国で公開処刑がある。イリヤが調べてる家の、夫人が出てくるって情報な」

「……罠でしょう。イリヤの首は取らせないわよ」

「さあ、判断はイリヤに任せるよ。……わかったよ、今行く。じゃあな、嬢ちゃん。今度は、ゆっくり茶でも啜ろうぜ」

「冗談」

「ははは!」


 再度催促されたジェレミーは、カラッとした笑いを披露しながら行ってしまった。本当に、「オフ」らしい。ということは、あの時は仕事だったということ?

 彼が背中を向けると、すぐに肩の力が抜けていく。……今のは、なんだったのかしら。とりあえず、イリヤに伝えましょう。


 そう思った私は、いまだに出てこない3人を探しにお店の中へと再び戻った。

 すると、使った個室の前でじゃんけんをする3人が。聞けば、イリヤが勝てばイリヤが支払い、そのほか2人が勝てばデュラン家が支払いらしいのだけど決着がつかないのだって。……そんなことある?


 とりあえずイリヤに耳打ちでジェレミーに会ったことを伝えると、今までの楽しそうな表情を一変させて、ものすごい勢いで外に飛び出していった。けど、すぐに戻ってきて「居なかった」と一言だけ。

 とりあえず、今はパトリシア様と一緒だし危険はないとのことで、今夜一緒に話す時間を設けたわ。でも……。


「さあ、行きましょうベル」

「あ!」

「ふふ。何があったかは知らないけど、先手必勝よ!」

「あああ……。ごめんなさい、お嬢様ああ。イリヤ負けてしまいました……」


 そうやっている間に、パトリシア様が……というか、サヴァンが支払いを済ませてしまったみたい。

 イリヤは、本気で悔しそうな表情になって私へ訴えてくる。しかも、そんなイリヤを、支払った2人が表情で煽ること煽ること! ニコニコしながら腕組みしてるなんて、確信犯よね。


 こういう時って、どうすれば良いの?

 パトリシア様に支払わせたなんて心が痛い。でも、善意だからここは感謝してお屋敷で精一杯おもてなしするのが正解かしら。


「パトリシア様、奢ってくださってありがとうございます」

「私がしたかったから良いの。ベルにしかしないし。それに、イリヤだって次から遠慮して食べなかったら承知しないんだからね!」

「パ、パトリシア様〜。一生ついて行きます……!」

「ふふ。ありがたく、ご馳走になります。その代わり、お屋敷で早めになりますが夕食を召し上がってくださいな」


 こうなったら、パトリシア様をお夕飯に誘ってみましょう。

 ただ言うだけじゃ、きっと断られてしまうと思うの。

 でも私には、魔法の言葉があるの。絶対に断らない、魔法の言葉が。


 私は、お店の外に出ながらパトリシア様との話を続ける。


「でも、お屋敷に戻れば準備されているし、私はあなたの婚約者を見……いえ、香料の企画書に関してのお話ができればそれで良いのだけど……」

「こちらでお夕飯を召し上がるようでしたら、エルザ様のお座りになった席へご案内し「行くわ! ぜひ、お伺いします!」」


 勝った!


 誘いを聞いたパトリシア様は、すぐさま話に乗ってきた。しかも、今までと比べ物にならないほど前のめり姿勢で。

 私は、イリヤと小さくガッツポーズをしつつ、呆れ顔の、でも、楽しそうなサヴァンに「ごめんなさい」と手を合わせる。それだけなのに、なんだか先ほどまで夢を見ていたと思うほど心が穏やかなの。


 周囲を見渡すと、ジェレミーの姿は見当たらない。

 でも、指先がいまだに震えているから夢じゃないってわかってるわ。

 イリヤは、そんな私の気持ちをわかってくれているのか、屋敷に着くまでずっと、片手をギュッと掴んで離さないでいてくれた。




***




 頭を少しでも左右に振るたび、私の頭からはラベンダーの良い香りがする。それが、思ったよりも心地良くてニコニコしちゃうわ。こういうおしゃれを楽しいと最後に思ったのはいつだったかしら。仕事に追われすぎて、よく覚えていない。

 でも、私にはご令嬢のような生活よりも、こうやって汗を流しながら働いていた方が性に合うから仕方ないわね。


 湯専用の侍女と別れた私は、そのまま宮殿の廊下を歩いていた。

 これから、エルザ様にお礼を言わないと。結局、お洋服も2着いただいちゃったし。……あの侍女が「好きに持っていってね」って言ってくださったけど、本当に良かったのかしら?


「クリスちゃん〜! こっち、こっち」

「あ、エルザ様。バスタブだけでなく、お召し物まで図々しくお借りしてしまいました」


 廊下を歩いていると、前からエルザ様がやってきた。

 相変わらずお美しい立ち姿だわ。背筋がピンと伸びているから、そう見えるのかもしれない。猫背気味の私にとって、その立ち方、歩き方は憧れそのもの。


「良いのよ。あげるって聞いてない?」

「……ありがとうございます」

「遠慮しないで。あなたのおかげで、いつもお仕事が回っているのだし」

「謙遜です」


 やはり、もらって良いものらしい。

 もし、本当は貸しただけなのに、「いただいてしまって」なんて挨拶したらちょっと耐えられないもの。でも、本当にもらって良いものだと聞いて安心したわ。

 後で、この手提げ袋に入れたお洋服をアリスお嬢様へ持っていきましょう。


 エルザ様からいただいたものを他人に横流しするのは良くない。けど、彼女が本当に渡したかった相手に渡すのだから、まあ良いでしょう?


「ふふ、可愛い。それより、さっきサレンさんに会ったのだけど……」

「え!? エルザ様、お願いですから無闇に近づかないようにしていただきたいです。貴女様が体調を崩しでもしたら、すぐにサレン様が疑われます」

「大丈夫よ。ある方から、解毒薬をいただいているから」

「……信頼できるものですか? ジャックの件もあったので、しばらくは医療者を慎重に選んだ方が」

「昔からの知り合いだから、大丈夫。彼ほど信頼できる医療者は居ないから」

「なら、良いのですが……」


 そんな医療者が居るのであれば、宮殿に来ていただいても良い気がする。

 今はサレン様のことや、本当に隣国の薬剤施設が火災になったのかとか調べないといけないから、後ほど陛下にでも聞きましょう。すでに候補は絞りつつあるけど、外部から入れるより知り合いの方がずっとずっと安全だし。

 でも、知り合いって誰かしら? トマ伯爵は違うだろうし。


 私が諦めると、エルザ様は鼻唄を歌い出しそうなほどご機嫌のまま、一緒にあてどなく廊下を歩き出した。……いえ、この方向はサレン様のお部屋だわ。


「カインとシンもね、さっきサレンさんと会ったの。部屋には入らせてくれなかったけど、扉を大きく開けて廊下でなら話しても良いって言われて。シンったら、本当は今日戻るはずだったのにもう少しここに居るって言って。サレンさんは、人気者ね」

「……そうですね」


 エルザ様は、捲し立てるようにそうやって話しかけてくる。私がまた怒るとでも、思っているのだろうか。いえ、これはちょっと違うかも。


 よくわからない時は、相手に聞いてしまった方が良い。それが、私の仕事論。

 私は、立ち止まってエルザ様の背中を見る。すると、彼女もすぐに立ち止まってくれた。


「なあに、クリスちゃん」

「……エルザ様は、というかみんな、なぜサレン様がアリスお嬢様だと言ったことについて言及しないのですか? 一番重要なのは、そこだと思うのですが」

「ああ、そのこと。理由はわかっているわ」

「え?」


 でも、エルザ様はそう言ってすぐにまた歩き出す。

 訳のわからない私は、その足取りについていくので精一杯だった。聞こうとしたけど、聞ける雰囲気ではない。


 エルザ様ったら、本当に楽しそう。

 まさか、その理由って面白いものなの? サレン様が余興でそう言ったとか……は、ないか。


「……5年前の、潜入捜査の炙り出しってところかしら? 敵は、隣国だけじゃないみたいね」

「まさか……」

「ええ。サレンさんの持つ毒って、幻覚症状も出るものなんですって。最近彼女は、毒入りの食事をしていないから身体が弱って行ったのね。だから、自家中毒のような症状で、自分のことをアリスちゃんだって言ったのかもって。知り合いの専門家が」

「また、昔からの知り合いですか」

「ピンポ〜ン! 大正解」

「なら良いです……」


 そんな話を、明るく言う彼女の気持ちがわからない。それほど追い詰められているのか、それとも楽しむだけの余裕があるのか。

 王族って、怖いわ。王族殺しが出た時も思ったけど、肝が座りすぎているというかなんというか。


 再度諦めの言葉を口にすると、すぐに真剣な顔になってエルザ様がこちらを見てきた。そして、とても落ち着いた声色でこう言ったの。


「しばらく、というか、今まで以上に苦労をかけると思うわ。それでも、あなたは主人の……陛下の付き人として立っていられる?」


 どうやら、彼女はこの国にも敵が居る……しかも、隣国のロバン侯爵と繋がっていると思っているみたい。そんな売国するような人が居るの? 考えただけで、恐ろしい。


 でも、私の心はとうに決まっている。

 この地位についた時から、ずっと変わっていない。


「もちろんです。私が生きるのも死ぬのも、陛下の隣と父様より言われておりますので」

「そう。私、クリスちゃんが居てくれて嬉しい」

「もったいないお言葉です」

「ふふ。それはそうと、そのお洋服を着せたい相手が居るのなら、今度連れてきてちょうだい。一緒にお茶が飲みたいわ」

「……着せたい、相手?」

「居るのでしょう? だから、クリスちゃんが着ずにそうやって別で持ってる……って思ったけど」

「……」


 私が答えると、エルザ様がにっこりと笑いかけてくださった。それだけで、どんなに辛くても生きようと思うのだから、彼女はこの国の王妃として相応しい人物だと思う。陛下だって、国を豊かに、平等にしようと懸命に動いているし。

 私は、そんな王族を支える人になりたいわ。


 でも、待って。

 どうして、着せたい相手が居るってわかったの? エルザ様は、いつから超能力が使えるようになったの?


「その子に、伝えてくださいな。「好きなものを1つ、持っていらっしゃい」と」

「……かしこまりました」

「じゃあ、私はこの辺で。サレンさん、今はアレンとお話しているからもう少ししてから行った方が良いかも」

「はい……」


 好きなものを一つ? 何かの暗号かしら?

 それとも、エルザ様は私がこのお洋服を渡すお相手を誰かと勘違いしていらっしゃる? 良くわからないけど、彼女に内緒で横流しするような行為じゃなくなったから良かった。


 私は、少しだけ軽くなった心のまま執務室への道を戻る。

 仕事を一つだけ片付けてから、サレン様のところへ向かいましょうか。それまでには、ロベール卿との話も終わるでしょう。


「〜♪」


 にしても、ラベンダーって良い香り。

 どこかの領主が香料の企画書を作成している、との噂を耳にしたことがあるけど、ぜひ成功させてほしいわ。


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