第八話 毒まっさかり
ボールを蹴っているのも疲れて、遊んでいたメンバーで絨毯やソファに座り飲み物を飲んで休憩をしていた時、誰かがふとなぁなぁと全員に向かって話しかけて来た。
「冒険者。みたことあるか?」
冒険者は、王都の壁を越え森や平原にいる害獣並びに魔物たちを借る職業者だ。定住地を作らず旅をしているのがほとんどで、男の子が憧れる職業一位だとか。二番目に騎士だ。外への憧れは俺も持っているが、俺がそれになれるとも思わない。今後の俺の人生は王族を全うできるか、死だ。
「俺あるぜ!」
「俺たちは今回の護衛は冒険者だぞ!かっこいいぞぉ」
一人が自慢をし始めた。周りも良いな良いなと話を聞きたそうに、質問を重ねていく。伝承物語に出てくる英雄も冒険者が多い。憧れるのもしょうがないものである。みんながこぞってそいつに集まっている中、クレアは後ろの方でつまらなそうな顔をしていた。相槌をうってはいるが、どうも興味ないように見える。俺は思い切って聞いてみることにした。
「クレアは興味ないのか」
「ん?あぁ、まあね。なれたら自由なんだろうけどさ。夢を持たないようにしてる。俺の家は子爵だが騎士を輩出する家で、強制的に騎士になるからさ」
はぁとため息をクレアはついた。騎士も憧れの職業だが、嫌そうだ。なぜだと問えばクレアは苦い顔をしながらもこれは秘密なと言って、答えてくれた。
「俺が騎士になったら、同じ年の第一王子様の近衛騎士にする候補だそうだ。けど7歳になっても表舞台に出てこない王子様なんて気味悪いだろ。大人たちの言う病弱っていうのもあながち間違ってないんじゃないかと俺は思う。そしたら騎士としてかっこいい場面とかでくわなそうじゃん。つまんないのも嫌だなって」
それわかるわ。と何人かの男の子たちが賛同してくる。俺はへーと生返事を返しとく。文官になれたらいいけど俺は頭弱いから無理だわ。とすでに勉強というものに絶望しているものがいたが、俺は気味悪いと言われたことに内心絶望した。顔にはきっと出ていないだろうが、もし王子が目の前にいると知ったらきっとクレアも今のような気軽に話しかけてくれなくなるだろう。そして嫌がられる。ここは何としてでも騙さなくては、俺は王子ではありません。
ドオンドオンと話の区切りとしてちょうどよい所で、昼を告げる鐘が鳴った。俺は内心助かったと思い、安堵する。
クレアたちは天幕も近いらしく、家の迎えなしで帰っていく。お前はと聞かれたので、迎えが来るまでここで待ってる旨を伝えると、あっさり「じゃまた後でな」と言って帰っていく。ユリアたちご令嬢たちは、メイド達が順々に迎えに来ていてまたねと手を小さく振ってくれた。俺も同じように笑って返す。誰もいなくなったところで、後ろからひょっこりとファイが顔を出す。はぁこれで無理に顔を笑わなくていい。憑き物を落とすように、顔の力を緩め無に戻る。若干顔がひきつる気がして、両手でぐにぐにと顔をいじる。ファイに笑われた気がして視線をやると、澄ました顔を返された。
「お疲れさまでした。天幕に戻りましょう」
行きと同じ道を通って戻る。この道は、貴族たちが立てている天幕とは少し離れた道で、第二騎士団が警備のために敷いた天幕の並びを歩くので、先ほどあった子供たちとは会わずに済む。
「私、友人ができるか冷や冷やして見ていましたが、殿下、楽しそうでしたね」
俺も冷や冷やした。けど中に入れたら意外とどうにかなるもんだ。クレアも気のい奴だった。けど俺が王子とばれた時は、面倒なことになりそうだ。いや嫌われるだろうな。今だけの友人だろう。
元の天幕にたどり着き、直接食堂に向かう。少し汗臭かったが、ファイが迎えに来たと同時に浄化をかけてくれたので、身ぎれいで椅子を汚す心配はなくそのまま座る。父上たちは、昼は狩りの途中のため野外で食事をしているそうだ。王が地べたに座ることを想像できなかったが、椅子やテーブルを休憩地点に用意をしているのだとファイが教えてくれた。それを用意しているメイドや、騎士たちを思うと大変お疲れ様ですと敬意を払いたくなる。
ファイは俺が遊んでいる間に、警備の者と交代で食事をとり済ましてあるとの事。騎士というものは休憩を見てない間に済ますものだそうで、あまりお気になさらずと朗らかに笑われた。椅子に座るとメイドたちがそそくさと、食事の用意を終わらす。側に控えているのは、ファイだけになり静かな食事が始まる。
朝食べたのと同じようなものが出て来た。ただしスープはコーンスープのようだ。朝よりは少なめになってはいるが、疲れているこの体には肉の脂身は受け付けられない。とりあえずコーンスープを口に含む。トウモロコシの甘みが広がると思う。しかし、いつも以上に甘い気がする。味覚があいまいな俺でもわかる。これは調理で作られた味ではなく、何か別の雑味に近い。首をかしげ考えたが分からない、これが隠し味かもしれない。食べれない味ではないので、口に入れ続けながらもこれが何なのか検討した。
「…あ」
気づいたころには遅かった。胃の奥の方から、ものがせりあがってくる気持ち悪さが出て来た。急ぎ手で口をふさぎ立ち上がり、外に向けて走り出す。いつもは夕飯時に毒物を混ぜられる上にここは王城外だ、勝手に油断をしていた。後方からファイが驚いて呼び止めている声が聞こえた気がしたが、立ち止まれる余裕はない。吐きそうだ。どこか人気がなくて寄り付かなそうな場所はと、天幕から離れて魔物狩りをしている森が近い小さな小高い丘の上に一本の木が生えているのを見つけ、そこに行く。木の側に倒れこむようにしゃがみ片手を突き、吐き出す。
「うぇ」
胃の中には大したものは、入っていない。先ほどの食事もスープしか飲んでないので、にさん回吐き出すとあとは胃酸がぐっと上がってくる。喉が辛い上に、舌の上は不快な酸っぱさが味を占める。
「殿下急にどうし…」
ほんの少しだけ遅れてファイが追いついて来た。ファイは俺を見て言葉を失ったようだ。あぁファイの事を忘れていた。誰にも見られないようにと思っていたが、護衛騎士が今は側にいるんだった。初めて体調が悪い場面を見られてしまった。エミリア様のもとに行く日は、たとえ体調が悪くても夜に起こった事なので朝起きた時には和らいでいる。その為、無表情をより無表情をかけて誤魔化しがきいている。しかしファイには堂々と見られてしまった。あぁ、もう後々が面倒なことにならないといいな。
「抱きます。医務所に行きましょう」
肩を抱かれ腰が浮く。そうだよな普通は医者を頼るよな。普通は
「ファイ、待ってこのまま」
持ち上がられた拍子で胃がまたひっくり返ってきて、吐きそうだ。うぷっと吐きかけると、ファイはそっと下に降ろし、背中をさすってくれた。ほんの少し心地よく、気持ち悪さが和らぐ。隣に人がいてくれるのも悪くない、こうして支えてくれるなら。
「少しでも収まったのなら、行きましょう」
首を横に振り拒否をする。ファイは今にも立ち上がり連れていかれそうだったので、袖を引っ張り、押さえにもならない牽制をする。
「待って。説明するから、少しこのままで」
ファイはイライラしてそうだが、俺が落ち着いたと思っても吐き気を催しているのをみて、留まることを選択してくれた。ありがたい。
しばらく、ぐっと胃のせりあがりが何度かあったが、息は落ち着いて来た。ただし臭い。ファイは落ち着いたのを見計らったのか、一斉に浄化をかけてくれた、俺の口内までもすっきりだ。気分はすっきりするが体調は完全に治りはしない。吐き気は落ち着いてきたが、今度はめまいを感じる。多分同時に症状は現れていただろうか、吐き気の方が強くて気づかなかっただけだ。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「大丈夫そうに見えません。顔も青白いです」
機会があったら今にも連れ去りそうだ。ははっとから笑いを発したら、ぎっとにらまれた。弱ったなエミリア様とは違った心配のされ方だ。あの人は見守りながらサポートしてくれる人だ、ファイのように直接何かをしてくれるのは新鮮だ。めまいを起こす頭を支え側にあった木によりかかる。
「何から話したら」
体調をごまかすようにニヘラと笑うと、ファイはより一層険しい顔つきになった。しかし先ほどまでの医務所に連れて行くのは諦めたらしく、俺の正面にドカッと胡坐をかいてくれた。話を聞いてくれるようだ。
「毒を、盛られたのですね」
確定である。朝から一緒にいれば俺の体調が、急に変化したのは分かる。食事をして急変するのは毒以外考えられない。
「なぜ医者のもとに行きたがらないのです」
「何度か見てもらったが、部屋で寝かされるだけだった」
何度かという言葉に引っ掛かりを覚えたのか、ファイは下を向き繰り返し唱えたあと再び俺に視線を戻してきた。その顔は、眉間にしわを寄せどう怒ればいいのか分からなそうなむっすりとしていた。
「死ぬような症状は今までもない。いつも吐き気や頭痛、めまい。たまに高熱を出すときもあったが風邪と勘違いされたな」
はあと本当に疲れたため息を吐き出す。ぐわんぐわんと頭が揺れている気がする。少しでも気にしないように目をつむるが、午前の疲れもあって寝落ちそうだ。
「殿下?でん・・・・」
ファイの声が聞こえなくなり、多分意識が吹っ飛ぶんだなとゆっくりとした時間を瞼の裏で感じた。
主人公、寝落ち芸が得意です。